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世界を翔るトラックドライヴァー:修(しゅう)ちゃんの「中南米めおと珍道中」その2

2017.02.08

静岡・沼津市在住のパーカッショニストでトラック運転手……
現在、奥様とともに中南米を旅行中の高木修二さんからのレポート第2弾!
ドミニカ共和国編です。

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posted by eLPop at 22:18 | Guindahamacas

世界を翔るトラックドライヴァー:修(しゅう)ちゃんの「中南米めおと珍道中」その1

2017.01.19

静岡・沼津市在住のパーカッショニストでトラック運転手……
現在、奥様とともに中南米を旅行中の高木修二さんから、レポートが届きました!
まずは、その第一弾。メキシコ〜キューバ編です。

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posted by eLPop at 20:03 | Guindahamacas

バナナ・ボートは北へ

2016.02.14

日本で唯一人、世界中でも二人しかいない「カーニバル評論家」のZZz-白根氏より、eLPopに寄稿文が届きました。今しも、宴たけなわのリオで格闘中だそうであります。



飯を食うのは音楽を聴くのと同じ、と言ったのは誰であったか、そのお言葉は限りなく重い。飯を食わないと肉体は死ぬ。音楽を聞かないと精神が死んでしまう。点滴でも生命は維持できるが、もはや生きている実感は持てない。皮膚でも音楽は聴けるが、心が死ぬと音楽は響かなくなる。

さてさて、音楽の話ではなくて、まずは食い物の話をしよう。長期間にわたって海の向こうの、しかも日本食や中華メシはおろか、食物自体が不安定供給状態の地に出向くと、とにかく飯を食うことがいかに人間にとって重労働かしみじみ実感させられることが多い。このような地に長居をしていると、そのうち腹が減ること自体が腹立たしくなってくる。空腹感とはなんとまた無粋なものを人間は身につけたのか、理不尽にも八つ当たりしてみたり、食したいものリストに頭を悩ませたりと、悪あがきに身をよじる事たびたびである。

その昔、南米某所でバナナ・ボートをヒッチハイクしたことがある。年がら年中酔っ払い気味の船長と港町の酒場で知り合い、無理を承知で頼んでみたら、あっけなく乗船許可が出た。とうに耐用年数を越えた小型のオンボロ貨物船で、エクアドル南部のひなびた港町から、輸出用のバナナを各地に寄港しながら積み込み、最後はメキシコまで北上するという。もうすでに、甘い香りのモンキー・バナナやらまだ熟していない調理用の青バナナの箱が、船倉に半分ほど積み込まれていた。船員手帳もないし、果たして国境を越えられるのかは不明だが、安請け合いの船長はメキシコまで面倒みてやるからオレに任せろと胸を張っている。文字通り渡りに船とばかり、喜び勇んで乗り込んだのであった。

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甲板の片隅に寝場所を確保し、ハンモックをぶら下げて出港となった。そろそろメシどき、美味い魚でも食わせてくれるかと思っていたら、酒臭い船長に軽くいなされてしまった。「お前の飯はバナナ、下の船倉のはいくら食ってもいいぜっ!」

それからの3日間、朝昼晩の三食はただひたすらバナナだけとなった。海の上で、他に選択の余地は皆無。こうなると、摂取量で差別化を図るしかない。朝3本、昼4本、夜6本などとサル知恵で工夫してみても、すでに翌朝にはバナナを見るのもいやになった。もはや美味な飯を食いたい、などという贅沢な思いはない。無駄な抵抗とわかっていても、思い浮かぶのはただバナナ以外の食物である。

それでも、時が過ぎれば否応無しに空腹感に襲われる。バナナに醤油をかければ日本食だろうか、などとアホな考えに浸る自分が情けない。3日目には、もう生涯バナナは絶対に口にしない、と八百万の神さまに固く誓ったのであった。実際、次の寄港地で脱走、じゃなかった下船して以降、丸一年間ほどはバナナを目にしただけで足はすくむは、拒絶反応で吐き気は催すは、完全なトラウマとなった。それにつけても、食べるものが選べる贅沢なんぞは普段まったく意識しないことだけに、あの3日間は貴重な体験と言うべきかも知れない。

カーニバル評論家 ZZz-白根

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タグ:カーニバル
posted by eLPop at 21:06 | Guindahamacas

ウィリー・ナガサキ氏より、松岡直也さんへの追悼文が寄せられました。

2014.05.12

ピアニストで作/編曲家の松岡直也さんが去る4月29日に亡くなりました(享年76歳)。
1980年代初頭に松岡さんに見いだされて福岡から上京、長年活動をともにしたパーカッション奏者のウィリー・ナガサキさんから追悼文が届きましたので掲載します。
改めて松岡直也さんのご冥福をお祈りいたします。(eLPop)
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 いつもアルバム制作、いわゆるレコーディング中はこれでもかというぐらいに高揚する。プレイバックを聴いて、「松岡さん、なんか俺、ズレてますよね…」「ん…ん、でもノリはあってるからね、大丈夫だよ」と、このように厳しくもやさしく、そして豪快に音楽に接しておられた気がする。ニューヨーク・ラテン、サルサ、特にティト・プエンテそしてマチートなどの研究と自らの楽曲に対する姿勢とそれらの反映たるや、ハンパなく凄かった。すべてを把握したうえでの作、編曲は、まさに天才的であった。
 
 ふりかえれば約30年前、スイス 「モントルー・ジャズ・フェスティバル」にウィシングで初出演され(1980年)、そのライブ作のプロモで、我が街・福岡におみえになった。場所は義兄弟が経営する倶楽部。あつかましくもプエンテのことなど地元放送局の方そっちのけでいろいろと尋ねたような。最後に美しいピアノ・ソロを。あっ!思いだした。「ん、やるかい?」ってデスカルガをやった。この日が松岡さんとの最初の出会いだ。

 82年、NY録音の傑作『見知らぬ街で/Fall On The Avenue』は、79年、来日中のティト・プエンテ ラテン・パーカッション・ジャズ・アンサンブルを迎えた『ソン』の続編、加えてマエストロ松岡の金字塔と言えるアルバムだ。

 2度目にお会いしたのは、これに先だった宣伝@福岡で、店に着くなり「いつかのボーイは元気?呼んでくれないかね」…(後はご想像ください)…それから上京して今に至っています。

 先述した『見知らぬ街で』の録音を終え、帰国されてすぐ、ご自宅で、「ジェリー・ゴンザレスどうでした?ニッキーは?!」「ジェリーはすばらしかったねえ…エイトのうら(8分音符のウラ拍)がバチッときてさ…彼のリズム・ワークそのものが音楽になってるんだよ。ニッキー?とにかくシャープでドライブしててね、持っていかれちゃんだよ…あっ!ここで?!と思った瞬間にフィール・インがバッチとね」

 私にとってかけがえのない師、その方が別世界へ。寂しさをいまだ禁じえないが、すばらしい先輩方との出会いも含め、いただいた多くの言霊に深く感謝しつつ これからの音楽人生を歩んでいきたく思います。


ウィリアム・ナガサキ

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82年 松岡直也&ウィシング 中野サンプラザにて

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83年 松岡直也グループ モントルー・ジャズ・フェスティバルにて


「Touch The New York Pink〜Chillon welcome」(1983年のモントルー・ジャズ・フェスティバルにて。ティンバレスはウィリー・ナガサキ)

posted by eLPop at 18:37 | Guindahamacas

ウィリー・ナガサキ氏より、アルマンド・ペラーサへの追悼文が届きました!

2014.04.20

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1979年西鉄グランドホテルにて 写真:上田通明(Micky Ueda)氏提供

我々の、最後の精神的支柱であるアルマンド・ペラーサ(本名 アメーラマンド・ペラーサ)師が2014年4月14日に別世界へ。
 
<ぺレス・ブラード、ティト・プエンテなどから始まる黄金の音楽人生>
 1950年代の名演はプエンテがティコ・レーベルに残した「ラン・カン・カン」の第2弾。クレジットは無いが、全編、華麗に歌いまくるスタイルは彼以外のなにものでもない(プエンテ楽団の社長を務めたボンゴセーロ、ジョニー・ロドリゲスに確認済み)。
 電光石化、スパークするボンゴは、まさに大都会を照らすひとつの灯、未来へのニューヨーク・ラテンに勇気を与えた。
 
<その後、西海岸ベイ・エリアに本拠地を移す>
 パッと浮かぶプレイは、カル・ジェイダー61年作『ラテン・バッグ』収録の「ダビッド」で、これも、美しくも、激しく、そして優しいペラーサそのものの演奏である。
  なんと言っても72年、ニュー・サンタナ・バンドへの加入。抜群の才能を持つロック・ミュージシャン達に更なる喚起を促す。サンタナ 同年の傑作『キャバンサライ』からクレジットされているアルバム、すべてが素晴らしい!
  特に『ボルボレッタ』の「漁夫の契り」そして『アミーゴ』の「ヒターナ」や「ダンス・シスター・ダンス」におけるコンガ、ボンゴの神技は永遠の光を放つ。
  スーパー・ブラック・ブリット!黒い弾丸、すなわち心を撃ち抜く弾丸!これを携えた数少ないパーカッショニストがアルマンド・ペラーサ。その立ち居ふるまいは、俊敏かつ整然。まさに“南海の黒豹”、“鋼鉄の獅子”であった!
 
グランド・マスターの新たなる旅立ちを皆さまと見守りたく思う。
 
ウィリアム・ナガサキ
posted by eLPop at 20:44 | Guindahamacas