バジェナートの世界では最大のイベントFestival de la Leyenda Vallenata(バジェナート伝説フェスティバル)、なかでもとりわけ重要な「王の中の王」を決める第55回記念大会を紹介します。
といっても、もう終わっちゃったんですよね。「イベント前に書けよ」と言われればそのとおりだし、そういうクレームが殺到するぐらいこのコロンビアの田舎音楽を愛する人が増えれば嬉しいのだけど、出場者が分かるのは開催寸前なので、事前に紹介するとしたら「こういうイベントありますよ〜」ぐらいしか書くことないんですよね。
毎年カンファレンスの類いのプレイベント的なものは年初からボチボチ、メインイベントは4月26日から30日まで開催されています。去年はパンデミックの影響で10月にリモート開催となりましたが、今年は観客ありで季節も通常に戻りました。10年前からメインイベントは予選が地元バジェドゥパルのローカルテレビ局カナル・ドーセ(Canal12)で、決勝はバランキージャのテレビ局テレカリーベ(Telecaribe)でネット中継されているので、興味がある人はご覧ください。俺はこの時期はいつも昼夜逆転・連日12時間以上聞き続けて“バジェナート廃人”状態です。
ということで、既に終わってしまったイベントですが、youtubeに動画もアップされているし、思いつくままに紹介しましょう。
毎年フェスティバルの行われるバジェドゥパル市の目抜き通り−これでも目抜き通り。セサル県の県庁所在地ですが、そもそも伝統的にバジェナートの盛んな地域はコロンビアでも特に貧しい地域です。−にあるこのオブジェが何であるか、予備知識がなくてわかる人は誰もいないでしょう。このオブジェは"Pedazo de Acordeón"といって同名の名曲にちなんで、アコーディオンの部品をオブジェにしているのです。バジェドゥパルという町がどれほどバジェナートを愛しているのか、端的に示していますよね。
このアコーディオンのかけら そこにはおれの魂が宿っている
おれのアコーディオン それはおれの喜びの一部
おれが死んだらおまえたちに頼みたいことがあるんだ
このアコーディオンのかけらを俺といっしょに墓まで運んでくれ
おれの友人がいうんだ これがおれの誇りだと
このアコーディオンほどおれに愛情を注いでくれたヤツはいなかった
フェスティバルのコンテストはピロネーラス(Piloneras)部門、カンシオン・イネディタ(Canción Inédita)部門、ピケリア(Piqueria)部門、コンフント・ティピコ(Conjunto Tipico)部門に分かれて競われます。
ピロネーラスでは民族衣装を着た男女混成のグループが地域に口承によって伝わるトウモロコシ挽きの労働歌を歌い、踊りながら目抜き通りをパレードをします。写真で男性が棒、女性が受け皿を持っていますが、これがトウモロコシを挽く際に使う道具「ピロン」です。写真は2012年、撮影者は俺。
カンシオン・イネディタ部門というのは新曲の発表会です。
”Ausencia Sentimental(感傷的な不在)”というフェスティバルのイムノ(Himno)、これなしのフェスティバルは100%あり得ない、これ聞いて涙を流さないバジェナートファンはいない、という名曲中の名曲があるのですが、1986年のこの部門の最優秀曲です。
Ausencia sentimental
https://www.youtube.com/watch?v=ydLvKbQr28c
フェスティバルが始まった
みんながぼくのことを誘いに来た
ぼくといっしょに勉強していた
田舎の仲間たちも帰ってしまった
みんなが帰った昨日の午後
ぼくはふさぎ込んでいた
誰にも気持ちを話したくなかった
ぼくだって死ぬほど行きたいんだ
でもこの首都にいなければならないのは
ぼくのさだめなんだ
部屋に閉じこもったまま
ぼくは悲しい気持ちを
あの土地にいることのできない空しい心を
詩にするよ
気の利いた小話とすてきな物語
それがあの土地の習慣
ぼくのおじいちゃんとおばあちゃん
恋人や友だちのための詩の節
それがおなじみの楽しみ方
ぼくはここにいるけど
ぼくの魂はいつもあの土地にある
ピケリアというのは、2人の歌手が、即興でクアルテータ(4行詩)またはデシマ(10行詩)を繰り出し、時に相手を挑発し、からかいながら、受け応えの当意即妙さ、ユーモアを競う歌比べです。サルサでも”ドゥエロ”という歌合戦があるでしょう。そのバジェナート版です。
ただ歴史は古い。ガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」に、「即興の歌比べで悪魔を打ち負かした」フランシスコ・エル・オンブレという放浪楽士が登場するのをご存じの人も多いと思いますが、あの勝負がピケリアです。過去最高のピケリアは1938年にウルミタ(Urumita)という町で行われたエミリアーノ・スレータ(Emiliano Antonio Zuleta Baquer)とロレンソ・モラレス(Lorenzo Miguel Morales Herrera)の対決で、そこで勝ったエミリアーノが勝利を自慢してモラリートをめっちゃディスった歌が、1993年にスーパースター・カルロス・ビベス(Carlos Vives)が歌ってメガヒットになり、バジェナートという音楽をいっきに世界に知らしめた”La Gota Fría(冷たいしずく)“です。
ピケリアは現地では今も根強い人気があって、俺が録画したビデオもyoutubeにアップしたところ、たくさんのコロンビア人がみてくれて、コメントもついているのだけど、俺の語学力だとどっちがどっちだかさっぱりです(汗)。
2012 Festival de la Leyenda Vallenata - Félix Ariza, Rey de la Piqueria
https://www.youtube.com/watch?v=a3lh8kLedp0
コンフント・ティピコ部門とは、グアチャラカ(Guacharaca)、カハ(Caja)とトリオを組んだアコーディオン奏者が、子ども部門(13歳以下)、青少年部門(14歳以上18歳未満)、アマチュア部門、成人女性部門(18歳以上)、プロ部門に別れて、バジェナートの4つの"Aire"(アイレ、リズムのこと)であるパセオ(Paseo、4分の2拍子で速い)、メレンゲ(Merengue、8分の6拍子で速い)、ソン(Son、4分の2拍子でゆったり)、プーヤ(Puya、8分の6拍子ですごく速い)を演奏して競い合う。フェスティバルの華で、予選から準決勝、決勝と勝ち抜いて"Rey Vallenato"(バジェナート王)”に選ばれることはバジェナートのアコーディオン奏者にとって最高の名誉とされています。
これまで、毎年の「王様」選びのほかに、10年に1度"Rey de Reyes"「王の中の王」を選ぶ大会が開催されていましたが、世界的なインフレ昂進の影響を受けて、この度、間隔が5年に1度に改定されました。...というのはもちろん冗談で、10年に1度だとあまりにも間隔が空きすぎて、過去の王様のフェスティバル参加へのモチベーションが保てないってことらしいのですよね。今年は制度が変更されて初めて、カンシオン・イネディタとピケリア、コンフントの各プロ部門で「王の中の王」を選ぶ大会です。
アコーディオンの「王の中の王」は過去コラーチョ・メンドーサ(Nicolás Elías Mendoza)、エル・コーチャ・モリーナ(Gonzalo Arturo Molina)、ウーゴ・カルロス・グラナードス( Hugo Carlos Granados)、アルバロ・ロペス(Álvaro López Carrillo)と4人しかいない。「王の中の王」の価値は、この変更で下がるのかも知れないけど、俺は歓迎です。というのも、いったんバジェナート王になると「王の中の王」選びの記念大会以外には出場しないのです。好きな音楽家が、俺の大好きな昔ながらのバジェナートを演奏する姿は、バジェドゥパルあたりまで行って私的なパランダでも参加しない限りみる機会はほとんどなく、その数少ない機会のひとつがこのフェスティバル。やっぱりすばらしい音楽家の演奏は、できるだけたくさん聴きたいもの。10年に1度の宝石の輝きは5年に1度になっても失われない。
このとおりフェスティバルは演奏者だけでもたいへんな数になるので(俺が取材にいった2012年の大会の場合、アコーディオン奏者は320人、発表された新曲は289曲、ピケリアは58試合、ピロネーラスは120グループ)、市庁舎前広場、公園、牛の競り市場、と4つほどに分かれた会場は、朝からバジェナート、さらに夜には地元クラブでライブと、辺境の田舎町は、この時期どこにいっても朝から晩までバジェナートだらけになります。
ところで、このフェスティバル、「伝説」と名がついているわりには宗教行事とはまったく関係がないし、ラテンアメリカ各地で開かれる多くの音楽祭と違って、ピロネーラスを除くと、踊ったりきれいな衣装を身につけたりといった観衆を楽しませるスペクタクルがまるでない。ラテン音楽では珍しいことと思うけど、バジェナートには基本的にステージ衣装というものが存在せず、どんなスターも、GパンにTシャツ、それにソンブレロ・ブエルティアオをかぶれば一丁あがりです。夜の人気者のクラブ出演やスタジアムで行われる決勝戦以外はすべて無料なので、会場はどこも人でいっぱいになるのですが、連日35度以上になる炎天下のなか、大騒ぎするでもなく、踊るでもなく(かつてあるバジェート王が、観客が踊り出したら演奏を中止して「あんたが踊るなら俺は帰るよ」と言い放ったという逸話もあるぐらいです。)、ひたすら音楽を楽しむこの町の人の音楽好きには目を見張るものがあります。
さて、能書きはこの程度にして、昨年惜しくもCovid-19で亡くなった名歌手・ホルヘ・オニャーテ(Jorge Antonio González Oñate)に捧げられた第55回伝説フェスティバル、ありがたいことに、さっそくyoutubeに映像がアップされているのでみていきましょう。
プロ部門準決勝。全部で7時間以上ありますが、これが苦にならなくなったらあなたも立派なバジェナート中毒です。
Semifinal acordeonero profesional V Rey de Reyes Festival Vallenato
https://www.youtube.com/watch?v=771mVoulEPg&t=2194s
10:30〜 ハイメ・ダンゴン(Jaime Rodolfo Dangond Daza)。2016年の王様です。以下みなさんパセオ→メレンゲ→ソン→プージャの順番で演奏します。
31:50〜 ルイチート・ダサ(Luís Eduardo Daza Maestre)。2010年の王様。情熱がテクニックを凌駕するタイプで、俺の大好きな演奏家です。かつてのバジェナートはみな歌ってアコーディオンを弾いていましたが、1960年代の半ば頃以降、歌とアコーディオン演奏は別人がするのが通常で−地元の名人に聞いたところ、それを最初に確立したのがオニャーテだそうです−今もフェスティバルでも最低一曲はアコーディオン奏者が歌うルールになっているものの、歌はグアチャラカの人が担当することがほとんどです。でも彼は全部自分で歌う。ルイチートの歌が一般的な意味で上手いというのかどうか、俺はよくわからないけど、バジェナート的には彼は上手いです。このコンフントはレオニダス・アルバレス(Leonidas Álvarez)のカハもいい。
52:00〜 アルメス・グラナードス(Almes Guillermo Granados Durán)。2011年の王様。アコーディオン職人、作曲家として名高いオビエド(Oviedo)、2007年の「王の中の王」、ウーゴ・カルロス(Hugo Carlos)、2005年の王のフアン・ホセ(Juan José)を排出したグラナードス・ダイナスティの一員です。カハのメモ・グラナードス(Adelmo Memo Granados)も一族。バジェナートは基本民謡なので、「なんとか一族出身」みたいな人は多いです。グアチャラカのホセ・ドロレス・ボルナセリ(José Dolores Bornacelli)も含めて強力なコンフントです。
1:13:30〜 サウル・ラェマン(Saúl Enrique Lallemand Solano)。1998年に20歳で王様になりましたが、これは今のところ最年少記録です。大御所イバン・ビジャソン(Ivan Villazón)のパートナーを長く続けた人気者です。このコンフントは歌とグアチャラカのアルダイル・ベラスケス(Aldair Andres Velasquez)もいい。若手の民謡歌いとしては俺的にはナンバーワン。なお彼は地元ではチマキのデリバリー販売もしています。バジェナートの音楽家には副業を持っている人も多いです。儲かる音楽じゃないからね。
1:32:50〜 ラウル"チッチェ"マルティネス(Raúl Javier "El Chiche" Martínez Paredes)。1981年の王様。40年前まだ20そこそこでオニャーテのパートナーに抜擢されたアコーディオン奏者です。名歌手との思い出に浸りながら弾いているんでしょうね。パセオの"El chevrolito"は当時のヒット曲です。オレはちっちゃなシボレーをもってる マラカイボまで商売にいくために買ったのさ キミに小さな屋台を分けてあげたよ オレに分け前をよこせって野郎はほうっておいてさ♪
1:55:00〜 ウィルベル・メンドーサ(Wilber Nicolás Mendoza Zuleta)。2013年の王様。コラーチョの息子です。歌とグアチャラカは代表的な民謡歌い・オダシル"ニエーコ"モンテネグロ(Odacir 'El Ñeko' Montenegro)。ニエーコは1998年にはサウル・ラェマンが王になったとき、2007年にウーゴ・カルロス・グラナードスが「王の中の王」になったときにも、彼らとコンフントを組んで素晴らしい歌とグアチャラカを披露しています。
2:22:00〜 アルバロ・メサ(Álvaro Meza Reales)。2001年の王様。この人にソンブレロ・ブエルティアオ(渦巻き模様の麦わら帽子)にサインもらったことあります。インタビューもしました。見た目ゴツいけどプレイは軽快です。
2:46:30〜 シロ・メサ(Ciro Meza Reales)。アルバロの兄貴で2003年の王様です。なんだかすごい爺さんが出てきたなあと思うかも知れませんが(現在69歳)、プレイは若いし、なによりもこの人はかなりの実力者です。私は2007年の「王の中の王」は、ウーゴ・カルロスが驚異的な演奏をしなければこの人がなっていた思います。
3:10:20〜 フリアン・モヒーカ(Julián Ricardo Mojica Galvis)。2017年の王様。コロンビアに詳しい人は苗字でピンと来るかも知れませんが、この人はコスタ(大西洋沿岸地方)の出身者ではありません。バジェナートはカルロス・ビベスが登場するまでは限られた地域の出身者で演奏され聴かれていた音楽なので、音楽家はマグダレナ県東部、セサル県、ラ・グアヒーラ県出身を中心にほとんどがコスタの出身で、アンデス山岳地帯の出身者はごく少数です。ボヤカの出身の彼は、山岳地方出身者(カチャーコ)で史上2人目の王様です。
3:37:20〜 アルフォンソ"ポンチョ"モンサルボ(Alfonso Manuel Monsalvo Baute)。歌とグアチャラカはドナルド・マルティネス(Donaldo Martinez)、私が一番好きな歌手です。アコーディオンももちろん素晴らしいのですが、とにかく歌を聴いて欲しい。毎年この爺さんのだみ声を聴くのを楽しみにしています。ドナルド爺さんとポンチートのコンビは2011年以来。
4:02:00〜 グスタボ・オソリオ(Gustavo Osorio Picón)。2014年の王様。さえないおっさん三人組に見えるかも知れませんが、素晴らしいコンフントです。
4:26:00〜 ホセ・マリア”チェミート"ラモス(José María Ramos Navarro)。2000年の王様。この人のお父さんホセ・マリア"チェマ"ラモス(José María "Chema" Ramos)は1977年のバジェナート王ですが、一昨年亡くなっています。
4:51:00〜 フェルナンド・ランヘル(Fernando Isaac Rangel Molina)。2012年に私が観に行った年の王様です。彼も短期間ですがオニャーテの相棒をしていました。
5:13:30〜 フリアン・ロハス(Julián Rojas Teherán)。サンアンドレス島の出身者で91年の王様。その時にいっしょに組んでいたのがドナルド爺さんです。ロハスは最近、深刻な薬物中毒でSNSに変な投稿したり奇行が目立っていましたが、すっかり回復したようです。すばらしい。
5:41:00〜 フレディ・シエラ(Freddy Sierra Díaz)。1995年の王様。
6:08:00〜 マヌエル・ベガ(Manuel Eduardo Vega Vásquez)。21回フェスティバルに挑戦して、王様になれず万年ファイナリストと化していた人ですが(もしかしたらこの人の演奏を一番たくさん聴いてるかも)、2020年、22回目の挑戦で王様になりました。
6:36:30〜 ホセ・リカルド・ビジャファニ(José Ricardo Villafañe Álvarez)。衣装が特徴的ですが、この人はシエラ・ネバダの先住民アラウカ族の出身です。去年の王様です。
この中から5人がファイナルに進むのですが、予選から全部みて、みんなすごいのでこれに順番つけるなんて無理でしょって思ったのですが(ちなみに例年はプロ部門に60人前後が出場するのですが、熱心な野球ファンなら山本由伸や千賀滉大とファームから上がってきたばかりの敗戦処理のピッチャーの違いが分かるように、プロといえども並べて聴くと、俺のような楽器の素人がみても、失礼ながらかなり差があります。)、強いて言えばハイメ・ダンゴンとホセ・リカルド・ビジャファニ、フレディ・シエラとマヌエル・ベガはないかな、アルメス・グラナードスはもしかしたら頭半分抜けてるかも、シロ・メサはいい、ルイチート、サウル、ポンチート、ランヘルの中ではルイチートは絶対に残ってほしい、フリアン・モヒーカはすばらしいけど、出身地からして無理かなというのが俺の感想でした。
で、ファイナルに進出したのは、アルメス、チッチェ、ウィルベル・メンドーサ、シロ・メサ、そしてなんとフリアン・モヒーカ。
年寄り4(アルメス、チッチェ、メンドーサ、シロ・メサ)、若手〜中堅1(モヒーカ)という配分は、せめて若手〜中堅にもう一枠欲しかったところですが、まあしかたないかという感じ。それにしてもフリアン・モヒーカ、コロンビアというのは地域対立が極めて大きな国で、ガボも自伝でボロクソに書いていますが、カチャーコというのはこの地域の人からしてみると、外国人みたいな感じなのですよ。ボヤカ出身で「王の中の王」のファイナル5人に残るなんて、こりゃよほど審査員の評価が高かったんだろうなと思いました。
「何ごともないありふれた日の午後、頭のない男が騾馬にまたがって通るのを私たちはみた。バナナ農園同士の抗争のなかで山刀で首を刎ねられ、頭は小川の冷たい流れに運ばれていったのだった。その日の晩、私は祖母が毎度の説明をするのを聞いた―
『あんな恐ろしいことができるのはカチャコだけだよ』
カチャコというのは高地生まれの人のことで、私たちが彼らのことを他の人間と区別していたのは、その覇気のない物腰と悪巧みのありそうなことば遣いのせいだけではなく、自分たちこそが神の意思の使者であるかのようにお高くとまっているせいだった。カチャコはこのイメージでひどく嫌悪されるようになったため、バナナ労働者のストライキを内陸から来た兵隊たちが激しく弾圧した事件を境に、私たちは軍隊の人間のことを兵隊ではなくカチャコと呼ぶようになった。私たちは彼らばかりが政治権力の担い手になっていると見ていたし、彼らの多くは実際、自分らだけにその権利があるかのようにふるまった。」
(G・ガルシア・マルケス・旦敬介訳「生きて、語り伝える」新潮社・2009年)
さて現地時間4月30日午後7時、日本時間5月1日午後9時という絶好のタイミングで行われた決勝戦。GWにあわせてくれているわけじゃないと思いますけどね。テレカリーベではバジェナートのショートドキュメンタリーなど流して雰囲気を盛り上げます。
女性成人部門、これはまだ歴史の浅いカテゴリーなので「女王の中の女王」ではないのですが、優勝者は20歳のマリア・サラ・ベガ(María Sara Vega)。3人のファイナリストの中ではもっとも印象的で、納得です。彼女は伝説のピケリアの舞台・ウルミタの出身。俺は行ったことないんですが、Google Mapでみると、100年前にJuglar(フグラール、放浪詩人)がアコーディオンを担いで放浪していたころも斯くやというか、ほんとうに貧しい、何にもないところです。こういう地域で輸入品の高価な楽器(バジェナートで使うアコーディオンはほぼ全部がドイツからの輸入品です)を使う音楽が昔から栄えていたと言うのは今さらながら驚いてしまう。日本人だったら音楽に金使う前に何か生活に役に立つもの買えって思っちゃうんでしょうね。
55 FESTIVAL DE LA LEYENDA VALLENATA V REY DE REYES MARÍA SARA VEGA BARROS REINA CATEGORIA MAYOR 2022
カンシオン・イネディタの王の中の王はグスタボ・カルデロン(Gustavo Calderón)の" La Parranda Vallenata"。
カンシオン・イネディタのステージではだいたい歌が下手、あるいは特に何もしていないのにノリノリな人が1名いるのですが、このビデオでも向かって右端のおじさんが作曲者です。
Canción Inédita Valledupar 2022 | LA PARRANDA VALLENATA
https://www.youtube.com/watch?v=Fjnr01300KU
メインイベントの中のメインイベント、コンフント・ティピコ部門ファイナル、シロ・メサのパセオが例によってシヌーくじの当選発表で−毎年中継のど真ん中、演奏中にフェスティバルとまったく関係のないくじの当選発表が割り込みます。テレカリーベ、演奏終わるまで待てないのかよ...−聴けなかったのですが、俺の感想は年寄り4人の中ではアルメス−シロ・メサ−チッチェの順番、一番よかったのはフリアン・モヒーカだけど、「政治的に」それはないな(爆)でした。採点競技は多かれ少なかれそういうものでしょうが、フェスティバルも、毎年微妙に、年によってはけっこう露骨に、情実採点があると思います。
そして結果は、アルメスが晴れて「王の中の王」に、2位がモヒーカ、3位がシロ・メサ。まあ納得。そもそも音楽は順番つけるものではないしね。とりあえずアルメスとモヒーカ、シロ・メサ、チッチェ・マルティネスのビデオを紹介します。みなさんも聴き比べてみてください。
55 FESTIVAL DE LA LEYENDA VALLENATA REY DE REYES ALMES GUILLERMO GRANADOS GANADOR DEL PRIMER PUESTO
https://www.youtube.com/watch?v=JSYXUG-FUkU
SEGUNDO puesto Rey de Reyes 2022 | Julian Mojica Galvis
https://www.youtube.com/watch?v=gzHGkJFGpaQ8
CIRO MEZA FINAL REY DE REYES 2022 FESTIVAL VALLENATO
https://www.youtube.com/watch?v=U6P7eZwGqho
Chiche Martinez Final Rey de Reyes 2022
https://www.youtube.com/watch?v=SQT5O4xY4gc
ラテンアメリカでは、というか世界中どこでもそうだと思いますが、伝統音楽は時代とともに廃れています。音楽の趣味が異常なほど保守的で、古い曲が普通にラジオでかかるコロンビアもその趨勢には抗えない。もともとバジェナートというのは「百年の孤独」に描かれているように、ニュースやゴシップを唄いながら各地を放浪したJuglar(フグラール、放浪詩人)の音楽だったのですが−そうした放浪詩人が、出身地を尋ねられて"Soy nato del Valle"(俺はバジェドゥパルの生まれだよ)と答えたのが語源−当然ながらアコーディオンを担いで放浪する人も、バジェナートでニュースやゴシップを知る人も、もう何十年も前に絶えています。その時代の人でまだ存命なのは今90歳のナフェル・ドゥラン(Nafer Durán)ぐらいかな。現在、商業音楽としてのバジェナートは、ほとんど「レゲトン風味のアコーディオンの伴奏付きランチェーラ」と化して、4つのアイレのうちメレンゲ、プージャ、ソンはほとんど演奏されないし、詩情を感じさせる歌詞も滅多に聴けない。
「音楽は順番つけるものではない」と書いたけれど、それでも何十年も前のフグラーレスの曲が今なお、この地の少年少女から年寄りまで老若男女に演奏され、歌い継がれ、伝統に新曲や新たな勝負−フェスティバルでは子どもまでピケリアします−が老舗の焼き鳥屋の「秘伝のタレ」のように継ぎ足されているのは、このフェスティバルがバジェナートをコンテストの題材にしたことによって、創設者の意図を超えて競技化し、習い事・お稽古事の要素が付与されたからだと思います。そうでなければ、辺境の地の下層階級の、踊らない、騒がない、一般的には「ダサい」とみなされているアコーディオン入り音楽は、時代遅れの価値のないものというレッテルを貼られて、とうの昔に廃れていたはずです。たとえば、かつてのバジェナートにはもう1つ"タンボーラ"というアイレがあったのですが、フェスティバルの演目にならず、今では演奏する人がいません。
何はともあれ、今年も主催者、音楽家、メディア、そしてこれを支えた地元の人々、この素晴らしいフェスティバルにかかわったすべての人に感謝です。また来年、あのマンゴーの木の下でお会いしましょう。どこにいても、"ぼくの魂はいつもあの土地にある"のだから。


