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バジェナートとユネスコの無形文化遺産登録

2015.12.03

バジェナートがユネスコの無形文化遺産に登録されました。

https://twitter.com/UNESCO_es/status/671681508319604736

vallenato.jpg

でもすごいことですよね バジェナートなんて世界的に無名どころか(今でも無名だと思いますが)、コロンビアでもちょっと前まで”cosas de peones descalzos, ”(裸足で歩いてる土方風情の代物)“muy buenas para entretener borrachos, pero no para entrar con la pata en el suelo en las casas decentes”(酔っぱらいを楽しませるには良いかもしれないがまともな家の敷居をまたげるものではない)などといって、徹底的に侮蔑の対象だったんだから。

http://elpais.com/diario/1983/06/22/opinion/425080810_850215.html

ほとんどのバジェナートの音楽家は辺境の地の文字も読めない最下層の出身で、その多くはさすらいの旅芸人として人知れずのたれ死のような最後を迎えた。それがユネスコのお墨付きの「アーティスト様」だなんて・・・他国のことながら誇らしい。

http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20091114/1258178285

[Valle Dupar]



ユネスコに登録されたのはフグラーレス(旅芸人たち)のバジェナート。彼らは遅くとも19世紀末頃からコロンビア東北部、現在の行政区分でいうとラ・グアヒーラ県、セサル県、マグダレナ県東部を、アコーディオンをかついで、ニュースやゴシップから恋愛沙汰まであらゆる題材を歌にしながら放浪してめぐっていた。商業音楽としてのバジェナートは、歌謡曲化、ダンス音楽化しながら今も盛況だが、メディアが発達した今どきは旅芸人も何もないのは当然で、伝統的にもっとも重要だったバジェナートの社会的機能は、今も歌われる古い歌の歌詞や節回しにその痕跡を残すだけでとうに絶滅している。その世代でおそらく今唯一の生き残り、ナフェル・ドゥラン。彼が死ねばこの時代を音楽家として生きた人はいなくなる。



バジェナートに限らずコロンビアは伝統音楽が虐げられている他のラテンアメリカ諸国と違って、1960年代頃から「おらが地の音楽」を守ることに関しては、聴衆、音楽家、メディア、行政が一致団結して熱心なんです。(コロンビア音楽が定期的に「いなたい」とか言われて流行に敏感な人に「変な音楽」として取りあげられるのはそのせい) ちょっと素晴らしいですね。
posted by eLPop at 12:28 | 山口元一のiAy Hombe!

Hermoso cañaguate florecido...美しく咲き乱れるコガネノウゼンよ

2014.03.09

 ビジャヌエバからバジェドゥパルにいくバスに、その男は乗っていた。ラ・グアヒーラ県ビジャヌエバ市生まれ、職業はバジェナートの歌手。音楽家の一 族に生まれ、30歳に近くなって、ようやく名門楽団“Binomio de Oro”のセカンド・ボーカルに採用されたが、たいした評判にもならないうちに脱退。ついでにいうと、つきあっていた彼女にふられたばかりだった。

 失意の男を乗せたバスがある町にさしかかると、cañaguate(コガネノウゼン)の花束を山のようにかかえた男性が乗り込んできた。彼が奥の席へと歩いていくと、花束からこぼれ落ちた花びらがバスの通路を鮮やかな黄色に染める。その光景をみて、男は歌を作った。



Hermoso cañaguate florecido  美しく咲き乱れるコガネノウゼンよ
si pasa dile que deje el afán  もしもあのこがとおりかかったら、愛情を残していくように伝えておくれ
por favor embellece el camino  そして、その道を美しく飾っておくれ
que pise de tus flores al andar  あのこがおまえの花ビラを踏みながら歩くように

No quiere nada de mi  あのこはオレのことがだいきらい
ni mi adiós quiso aceptar  さよならさえも無視された
tantas veces le mentí  何度もあのこにウソをついてきた
que hoy me duele la verdad  今、真実がオレを苦しめる

tuvo toda la razón   オレにはわかるよ
para marcharse lo sé  あのこが去っていくのももっともだ
como buen guajiro yo  でもオレは一人前のグアヒーラっ子だから
mi falta la pagaré  自分のあやまちはつぐなうよ

 
Ay hombe olvidarla es imposíble   ああ、なんてこった、あのこのことを忘れるなんてできっこない
Ay hombe esto para mi es terrible  なんて恐ろしいことなんだ
Ay hombe sin su amor yo no soy nada  あのこの愛なしにはオレなんてないのもいっしょだ
Ay hombe que vacio hay en el alma   心の中にぽっかり穴があいたみたいだ


 「アレホ・ドゥランの“Alicia adorada”以来、誰もレコードにしたら売れるなんて思わなかった」(マネージャーのロベルト・メサ)古くさいリズム、“ソン”に乗せたこの歌は、2002年に発表されると、あれよあれよというまにヒットチャートを駆け上り、2003年のコロンビアでは、フアネスやシャキーラといった世界的なスーパースターをおさえてラジオでもっともよくかかった曲となった。
 “Ay Hombe”のメガ・ヒットは、“el muchacho que alguna vez cantó con Jean Carlos Centeno en el Binomio de Oro(いつだったか、ビノミオ・デ・オロでジャン・カルロス・センテーノの横で歌っていた若いの)”を“ホルヘ・セレドン”という一人前の歌手として知らしめるとともに、“La Nueva Ola”(新しい波)と呼ばれる、バジェナートの隆盛のシンボルになった。

Cuando escuche esta canción  この歌を聞いたら
va a saber que hay ansiedad  あのこはオレの熱い想いを知るだろう
tengo fé de que mi son  オレは自分のソンを信じている
donde esté la va a encontrar  あのこがどこにいようと届くはずさ

 ところで、夢の中でコガネノウゼンの道を踏んだ彼女に、セレドンのソンは届いたのだろうか。
“En un momento me la encontré . Me dijo que había escuchado la canción, pero no sabía que era para ella. Tuve la oportunidad de decírselo, pero no fue lo mismo. Soltó una sonrisa y siguió su camino...”
「その後、彼女とばったり会ったよ。その歌、聞いたわ、って言ってくれた。でも彼女のために書いた歌だって気がついていなかった。ボクはそのことを伝えるチャンスはあったんだけど、もう昔と同じじゃなかった。彼女はほほえむと、そのままいっちゃったんだ…」

posted by eLPop at 07:27 | 山口元一のiAy Hombe!