『インパール』などの著作のあるノンフィクション作家で、映画の脚本も手がけた高木俊朗が、1952(昭和27)年、移民史映画の製作という怪しげな企画を受けて、監督や俳優団を伴いブラジルへ渡った際に巡りあった、第二次世界大戦中から戦後にかけてのブラジル日本人移民たちによる勝ち組と負け組による、まことに奇怪な騒動の取材録。
朝日新聞社からの初出が1970年(私の読んだのは、その後の出来事について触れた短い新版あとがきが付いた1991年再刊のファラオ企画による原点叢書版)と、古い本ではありますが、偽情報に踊らされた大きな事件が巻き起こされている今、改めて読み直していきたい一冊、かと(そして今年は、流言蜚語により朝鮮人らが数多く虐殺された関東大震災から100周年にも当たります)。
同書に曰く、「この長い怪ニュースを読みおえて、私はひといきついた。こうしたニュースの一つ一つは、とりとめもない笑い話に似ていても、これが限りなく流布されたのが問題であった。その数量の力は、善良で無知な移民を混乱と盲信におとしいれないではおかなかったろう」
「私は退屈しながら、なぜ、この人たちは、同じことを、同じ調子で話すのか、と考えた。そして、ふと思い当ったのは、新興宗教などに熱中した信者のことである。彼らは自分たちの信仰を絶対と信じ、それを、他人の気持を無視して、押しつける。/私は、勝組の人々に共通するものは、宗教的な熱意と、陶酔のような自己満足ではないかと考えた。それはまた、狂信と紙一重にあるように思えた」
「《大いなる世界の動き》といっているのは、すでに記したように、信念派の人々が特別の意味をもたせているところである。つまり、日本は降伏したことになっているが、すでに世界連邦政府ができていて、日本の天皇陛下は、その盟主となっているというのだ。信念派の人々は、それを伝える使節のくるのを待っているのだ」etc.
近刊書では、「勝ち負け抗争」を題材とする葉真中顕の小説『灼熱』(新潮社、2021年)も近く読みたいと思っちょります。それから、高木らと訪伯し『狂信』とも関わりある往年の人気俳優、大日方傳(*注)が主演、脚色にも携わった1950年代のブラジル映画『勝組負組奇譚 バルガス平原の決闘』もぜひ観てみたい。上映会希望!(他力本願)
https://www.shinchosha.co.jp/book/354241/
*注=戦前から俳優として活躍し、小津安二郎の『出来ごころ』や島津保次郎の『隣の八重ちゃん』などに出演している大日方傳は、1953年にブラジルへ移民し牧場と農園を運営した(後、米本土を経てハワイに再移民)。55年には雑誌『実業之日本』が、一時帰国した大日方に取材し、「私の体験したブラジル移民の実情」という記事を掲載しており、その中で映画の広報を絡め、勝ち組負け組騒動の経緯についても触れられている。
なお、大日方は東京府立園芸学校(現在の東京都立園芸高等学校)を卒業していて、同校出身の“キャバレー太郎”こと昭和のキャバレー王、福富太郎が著書『わが青春の「盛り場」物語』で次のように書いている。
「こうして、玉電の国士舘中学、田園都市線の荏原中学に挟まれ、私のいた園芸学校は強い生徒がいないので、切歯扼腕したものである。農家の子だから生活が真面目なので破天荒な人間がいないのである。園芸学校から出た役者では、若いころの芦田伸介に似た感じで顎に傷のある大日方伝は、『燃える大空』という映画などで軍人役をやり、園芸学校出のたった一人の英雄だが、その後ブラジルへ行ってしまった。さらに挙げるとすれば、宮田ハーモニカの向こうを張って有名になった南部ハーモニカや二十世紀ナシをつくって有名になった人くらいで、不良も出ない地味な学校だった。不良が出ないというよりも、太陽とともに寝起きして、土とともに生きるのだから、むしろ不良たちの嫌がる学校で、満蒙開拓青少年義勇軍に参加した生徒もいた」。


