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ペドロ・アルモドバルの映画と音楽

2014.03.10

今週(3/10〜3/14)は、radiko.jpで全国どこからでも聞ける「RN2」の15:20〜(再放送は22:20〜)の20分間に出演します。
ご紹介するのはスペインの映画監督、ペドロ・アルモドバルの映画と音楽についてです。
ア ルモドバルは、フランコ総統の死によってスペインが長い独裁政権から大きな転換期を迎えた1975年以降に起きた"La Movida Madrileña"(直訳:マドリード運動)というカウンターカルチャー・ムーブメントを代表する人です。このムーブメントは他の欧米諸国や日本でも 60年代後半には起きていた若者文化の大爆発が、遅れてきたとも言えます。その遅れを取り戻すかのように、音楽、映画、文学などの様々な分野でまさにぎら ぎらしたドラッギーなどんちゃん騒ぎが起こったのです。
音楽では、私も好きなファンゴリアのAlaskaもこの頃にキャリアをスタートしています。

さて、第1日目の3/10にかかった曲とその映画について簡単な解説をします。ひとりしゃべりでの出演が初めてだったので、放送では緊張してカミカミで、よくわからなかったと思いますので内容が重複するのはご容赦ください。

1.「Gran Ganga」Almodóvar & McNamara
映画「laberinto de pasiones (邦題:セクシリア)」(1982)から
これは歌詞が過激すぎて訳せないのですが、アルモドバル自身がファビオ・マクナマラと組んで、映画の中野ステージにも登場します。アラブっぽいクネクネしたメロディが面白い曲です。マクナマラは現在も活躍中のミュージシャンです。
映画はニンフォマニアの女性がゲイの王子様に惚れるという不条理な物語から一転、大ハッピーエンドに。

2.「La bien pagá 」Muguel de Molina
映画「¿Qué he hecho yo para merecer esto? 」(1984)から
ミゲル・デ・モリーナは1930年代から50年代に活躍したコプラ歌手です。コプラは当時大流行した歌謡で、インペリオ・アルヘンティーナやローラ・フローレスなどの多くのスター歌手を輩出しました。
今やスペインを代表する女優のカルメン・マウラが、過激に個性的な家族の中でおきる出来事に振り回される映画です。

3.「Ne me quitte pas 」Maysa Matarazzo
映画「La ley del deseo(邦題:欲望の法則) 」(1987)から
けだるい、ひたすらけだるい曲。ご存じジャック・ブレルの名曲「行かないで」です。歌っているのはブラジルのマイーザ嬢。
映画はアルモドバルがはっきりと全面的に「ゲイの物語」描いた最初の作品と言われています。世にも複雑な三角関係。

4.「Esperame en el cielo 」Mina
映画「Matador(邦題:マタドール) 」(1986)から
イタリアの人気歌手ミーナがスペイン語で歌う美しくも哀しい曲。キューバのボレロ王、アントニオ・マチン(1903-1977)の大名曲です。
この映画あたりで日本でもアルモドバルの知名度はあがったのではないでしょうか。マタドール(闘牛士)と殺人事件を巡るサスペンス。「珍しく暗い」と思うと最後にびっくりどんでん返し。
posted by eLPop at 20:02 | 高橋めぐみのSOY PECADORA

世紀の大傑作小説「2666」の著者、ロベルト・ボラーニョと音楽(1)

2014.02.28

2666.jpg 

 チリ出身の詩人/小説家、ロベルト・ボラーニョは2003年7月15日に亡くなった。享年50。その遺作が「2666」だ。出版は死後の2004年。そして、邦訳が出たのが2012年。日本版は上下二段組880ページ。価格も税抜で6,930円。本の重さも値段の高さもどちらもずっしりくる。だが、これは100年に1冊の傑作なのだ。故・米原万里氏の著作のタイトルを借りるなら「打ちのめされるようなすごい本」(この本もすごく面白い)だ。本読みならば読まずには死ねない。
 「2666」は、批評家たちの部、アマルフィターノの部、フェイトの部、犯罪の部、アルチンボルディの部の5つのパートに分かれている。いずれの部も、多くの女性が殺害されているメキシコのシウダ・フアレスを想起させるソノーラ州サンタ・テレサという街となんらかの関わりを持つ。そこに、ノーベル賞候補といわれながらもその所在すら不明なドイツ人の小説家アルチンボルディを研究している4人の文芸批評家、サンタ・テレサの大学教授、米国の新聞記者、プロイセン生まれの軍人などが登場する。壮大で遠大でありながら細かく枝分かれする「2666」に対する正しい対処法は、物語を追うよりも「ひたすら読む」こと。まずは最後まで読み続けることだ。

 ボラーニョは、文学だけでなく、映画、音楽にもとてつもない知識を持っていた。故にその作品を読むときに読者は彼からの挑戦を受ける。一般的なものからマニアックなものまでの、書かれている物や人や題名や出来事を知っているかどうか。その挑戦に自分がどこまで答えられるか、「これは知っている」と思ったときにそれは甘美な喜びになる。
 そんな人なので、執筆の際にはヘッドフォンで音楽を聞きながら書いていたという。じゃあ、彼が聞いていた音楽はどんなジャンルだったのか、知りたくなるのは当然。調べてみると、バルセロナのCCCB(バルセロナ現代文化センター)のブログにその一部がうかがえる記事があった。曰く、ビオレータ・パラ、ルー・リード、ジミ・ヘンドリクス、ボブ・ディラン、ジョルジュ・ムスタキ、AC/DC等々。1953年生まれの人らしく、彼が最も好んだのはロックだと言われている。ここで紹介されている故郷の音楽はビオレータ・パラだけ。この記事は2013年の4月にボラーニョの生誕60周年(生きていたら、去年60歳だったのだ)を記念して、企画されたイベントの一部で、彼が遺した膨大な予定表から聞いていたであろう音楽のコンピレーションも作られている。そこには前述のミュージシャンに加え、ゲッコ・ターナー、レナード・コーエン、メルセデス・ソーサ、マーク・ボラン、バーニー・ケッセル、チック・コリアなどの作品が並んでいる。

 では、彼の作品の中にはどんな音楽が流れているのだろうか。そんなことが可能かどうか不安もあるが、具体的な記述がなくても、その場所と時代で想像してみたい。
posted by eLPop at 18:12 | 高橋めぐみのSOY PECADORA