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【こういう人が日本にもいるんです〜スペイン語と映画に生きるLa Doña Setsu】
【ペドロ・アルモドバルの映画と音楽】
【世紀の大傑作小説「2666」の著者、ロベルト・ボラーニョと音楽】
【私はいかにしてラテンにハマったのか?】

さようなら「岩波ホール」&『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』

2022.06.30

 日本におけるミニシアターの草分けである神保町の「岩波ホール」が2022年7月29日をもって閉館する。エキプ・ド・シネマ運動(註1)によって、商業ベースに乗りにくい作品を上映し、長く映画好きに親しまれてきた。個人的には足繁く通っていたわけではないが、生涯忘れられないいくつかの作品に出会うことができた。
 例えば、初めて岩波ホールで観たのはフランス映画好きの亡父が連れて行ってくれた『大いなる幻影』(1937年 ジャン・ルノワール監督作品)で、1976年のことだった。これが一生忘れられない素晴らしい映画で、ジャン・ギャバンが一応主演ではあるが、脇を固めたピエール・フレネーとエリッヒ・フォン・シュトロハイムの印象が強烈で、思い出すときに私の記憶にはジャン・ギャバンはまったく出てこないほどだ。第一次世界大戦が舞台のルノワール監督曰く「リアルな」戦争映画で、監督も一部の俳優陣も従軍経験があり、従来とは違った戦いの姿を描き出した傑作映画だ。
 他にも『惑星ソラリス』、『家族の肖像』、『ルードヴィヒ』、『山猫』、『八月の鯨』、『ハンナ・アーレント』、『ピロスマニ』など忘れたくても忘れられない映画体験をさせてくれた作品が思い起こされる。
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 その岩波ホールの最後の上映作品が、ヴェルナー・ヘルツォークの『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』(2019年 原題:NOMAD in the footsteps of Bruce Chatwin)だ。この映画が観られるとわかった時点で号泣した人も少なくないと信じたい。ブルース・チャトウィン(1940-1989)はイギリスの旅行作家で、小説家、ジャーナリストだ。10年余りの作家としての短い活動期間に、これまた私が生涯手元に置いておきたい作品を何作か発表している。その代表作である『パタゴニア』(1977年 原題:In Patagonia)は、いつまでも光り輝く宝石の様な作品だ。子供の頃に自宅のキャビネットに飾られていた品の中に「プロントザウルスの毛皮」と言われるものがあり、それは彼の祖母の従兄が、チリ側のパタゴニアの洞窟で発見し一部を送ってきた物だった。その毛皮がチャトウィンの旅心に小さな火を灯し、その火はいつしかその人生をも決定づける燃えさかる炎になっていく。実際にパタゴニアを旅しながら語られる細かいエピソードも全部おもしろいので、少しでも興味を持たれた方はぜひご一読いただきたい。
 『パタゴニア』が高く評価され旅行作家の地位を確立したかに見えたチャトウィンだが、彼の本領は物語を語ることだった。彼も時々奇蹟的に現れる「天性のストーリーテラー」だった。ブラジル人が西アフリカで奴隷商人となる『ウイダーの副王』(1980年 原題:The Viceroy of Ouidah)は、1987年にヘルツォーク監督によって『コブラ・ヴェルデ』というタイトルで映画化されている。さらに、晩年の大著『ソングライン』(1987年 原題:The Songlines)は、オーストラリアのアボリジニの人々の文化である目には見えない道「ソングライン」に導かれ旅をした、フィクションとノンフィクションの境目のような紀行文学の傑作だ。

 実は、私が初めて読んだチャトウィンの作品は最後の作品である『どうして僕はこんなところに』(1989年 原題:What am I doing here?)で、原語で読破できた2冊目の本になったものだ。エッセイとごく短い物語などで構成されていて舞台もさまざまだが、チャトウィンのエッセンスがぎゅっと濃縮したような作品だ。邦題は直訳で「僕はここで何をしているのだろう?」の方が内容と合っていると思うのだが。
 さて、『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』がどんな作品かというと、チャトウィンの生前親交のあったヘルツォーク監督が、彼の人生を辿るように作られていて、監督本人のナレーションに加え、チャトウィン自身の朗読による作品紹介、妻エリザベスをはじめとした縁のある人々へのインタビューなどで構成されている。生前撮影された映像や旅先の写真なども豊富に紹介される。
 私は幸いにも若い時にパタゴニアを旅した。チャトウィンのルートを辿ったわけではないが、彼が魅了された化石を多く展示しているラプラタ自然史博物館を訪れることが出来て、巨大なアルマジロのような古代生物の標本は見ている。当時は物凄い数の標本に辟易したのであるが。
 放浪癖がなくても、伝説や物語に興味がなくても、ぜひ『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』を観てほしい。人がなぜ旅をするのか、未知のものに心惹かれるのか、さらに考えたくなる映画だから。

註1 エキプ・ド・シネマ運動の定義(ウィキペディアより):
※ 日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介。
※ 欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映。
※ 映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの。またカットされ不完全なかたちで上映されたもの。
※ 日本映画の名作を世に出す手伝い。
posted by eLPop at 17:30 | 高橋めぐみのSOY PECADORA

5/27 Soy Pecadoraの傾聴室 Vol.1

2018.05.09

本コラム「Soy Pecadora」のイベントです!
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いよいよ始動!
eLPopのコラム『Soy Pecadora』を執筆する高橋めぐみが、ゲストのお話を傾聴するという企画です。ゲストがその人生で出会った音楽もかけます。

「常々、人間関係はすべてが片思いだと思っています。恋愛関係に限らずぴったり同じ気持ちで惹かれ合うことなど稀でしょう。だからこそ、わたしはこちらが一方的に片思いしている人の話を聞いてみたい。特に何か素敵なあるいはびっくりするような経験をしてきた人の話を聞いてみたい。わたしのコラム名の『Soy Pecadora』とはスペイン語で、わたしは罪深いという意味です。そんなお話も聞けるかもしれません。日曜の昼下がり、ぜひお運びください」
高橋めぐみ

【Soy Pecadoraの傾聴室 Vol.1】
日時:2018年5月27日(日)open 16:30 start 17:00 〜
会場:Con Ton Ton
参加費:¥1,000 +1ドリンクのご注文をお願いします。
出演:岸のりこ(歌手)
聞き手:高橋めぐみ

https://www.facebook.com/events/1698901533531598/?active_tab=about
タグ:傾聴室
posted by eLPop at 19:58 | 高橋めぐみのSOY PECADORA

映画『ナチュラルウーマン(原題:Una Mujer Fantástica)』

2018.01.15

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2018年2月に公開の映画『ナチュラルウーマン(原題:Una Mujer Fantástica)』の試写に行ってきました。『ナチュラルウーマン』は前作『グロリアの青春』(2013)が注目されたチリの新進気鋭の監督クリスティアン・レリオの新作です。

 映画の最初の方で主人公の恋人オルランド(フランシスコ・レジェス)がナイト・クラブに向かいます。そこでは愛するマリーナ(ダニエラ・ベガ Daniela Vega)が歌っています。
 良く聞くと彼女が歌っているのはサルサで、なんとエクトル・ラボーの『ペリオディコ・デ・アジェール(Periódico de ayer)』じゃありませんか!実際に歌手でもあるダニエラ・ベガですが、正確にはこのシーンではマリーナはあてぶりだけで歌ってはいませんでした。ラテン好きならもうここでつかみはばっちりです(笑)。

 実は、この映画を見た後にある痛ましい事件を思い出しました。2012年3月に映画の舞台でもあるチリのサンティアゴで、24歳の青年が同性愛者を憎む者たちから6時間に及ぶ激しい暴行を受け、病院で治療を受けたものの25日後に亡くなったのです。チリでは彼の無残な死をきっかけに棚上げになっていた憎悪犯罪を禁止する法律が施行されました。日本では同性愛を理由に暴力を受け命まで奪われるようなことは稀ですが、残念ながらマチスモ(男性優位主義)が根強く残るラテンアメリカ諸国では、特に男性の同性愛者に対する暴力事件が後を絶ちません。「男らしさ」への盲信のようなものが他人の生き方にまで影響を与えています。
 なぜ、このようなことを書いたかというと、怪我をするようなことはありませんがこの映画の主人公も差別にさらされ、辛い思いをするからです。ややステレオ・タイプに描かれる差別者たちは、いってみればごく普通の人たちです。
 主人公マリーナが男性から女性に変わろうとしているトランスジェンダーで、演ずる俳優のダニエラ・ベガもそうです。おそらくこの点が大きく取り上げられるであろうと思われるのですが、この映画の主題は差別でもなくトランスジェンダーでもありません。

 この映画は、偶然の悲劇から悲しく不条理な経験をしたひとりの人間が成長する物語を少し変わった手法で描いています。彼女は決して強い人間ではありませんが、とにかく前を向いて生きていこうともがきます。恋人の突然の死、その元妻や息子たちから受けるひどい仕打ち、恋人の弟は理解を示しますが彼女を守るまでのことは出来ません。
 しかし、なんと言っても特筆すべきはダニエラ・ベガの美しさです。憂いのある眼差しを持つ整った美貌、均整の取れた見事な身体。自らインタビューで「何でも演じられる」と言っていますが、その通りです。彼女は何にでもなれるでしょう。また、その歌も大変素晴らしいのです。声楽はもともと学んでいたようですが、ソリストとしても通用する深いアルトの良い声です。
 さらにオルランド役のベテラン俳優フランシスコ・レジェスもおっさんの魅力全開でとても好感が持てます。ありのままのマリーナを愛する年上の恋人は、冒頭で死んでしまいますが、その後も何度か登場します。どのように登場するかは見てのお楽しみ。
 効果的に使われる音楽も秀逸。邦題はここから取ったのであろうと思われるアレサ・フランクリンが歌う『You Make Me Feel Like A Natural Woman』は、確かに主人公の心情を表しています。ラテン・アメリカならではのある種の伝統的な手法も垣間見られる美しくも悲しい純愛映画です。

 最後に蛇足ながら、私がこの映画の配役の中でやりたいと思った役は主人公が働くカフェの店長の女性。ああいう人でありたい。
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「シネスイッチ銀座」「新宿シネマカリテ」「YEBISU GARDEN CINEMA」他で2月の公開の後全国で順次公開予定。
http://naturalwoman-movie.com/
posted by eLPop at 11:33 | 高橋めぐみのSOY PECADORA

『時に応じて駆けない騎手は、自らの墓標を刻む』 グアコ・インタビュー

2017.02.28

グアコ・インタビュー by 高橋めぐみ

列席:グスタボ・アグアド、ルイス・フェルナンド・ボルハス
通訳:石橋 純
2016年11月13日@中野サンプラザ 楽屋にて

 記事のアップがこんなに遅くなってしまったのだが、昨年(2016年)の日本におけるラテン音楽界の最大トピックは、グアコの来日公演だろう。この日を待ち焦がれていた人がどれだけいたことか。一昨年に非公式ながらその噂を耳にしたときに文字通り心が震えた。過去にも何度かそういう話は浮上しつつ、いつの間にか消えていたので、今回はどうやら「本当」らしいということがわかるにつれ、期待はどんどん高まった。
 ベネズエラ音楽研究の第一人者である石橋純氏を擁するeLPopでは、氏のトークを中心に来日前に3回に分けて『勝手にグアコ祭り』を開催して、まさに勝手に来日を盛り上げた。わたしは90年代に2回グアコのライブを見ているので、第2回の聞き手にご指名をいただき、個人的な盛り上がりは頂点に達した。さらには、インタビューもせよ、という指令まで来た。まさに、「生きててよかった!」だったのだ。

※『勝手にグアコ祭り』Vol.1の前半後半、Vol.2の前半後半をご参照ください。
※ 記事中の写真:by 石橋 純

 東京公演当日のリハ前にインタビューに臨んだ。カリブ・中南米のミュージシャンは押しも押されぬ大スターでありながらも、気さくな人が多い。あこがれのグスタボもまさにそういうタイプで、ニコニコと柔和な笑みを浮かべつつ話してくれた。

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【バンドの歴史は反骨精神】 
 わたしが最も聞きたかったのは、50年以上もの長い間続けて来られた理由だった。もちろん、結成時の1958年と今のグアコは同じではない。何度かの変貌を遂げつつ、トップ・バンドで有り続けられたのには秘訣があるはずだ。
 「グアコの哲学というのがあってね」と前置きしながら、「バンドとしての基礎はあるけれども、いつも現状に満足せず反骨精神を持って新しい挑戦をする。時に応じて駆けない騎手は、自らの墓標を刻む、ということだね」。
 さらに「いろいろなことを経験して思い出の多い人は孤独ではない。しかし、思い出にのみ生きる者は愚か者だ」と続けた。さすがである。グスタボは60代後半という年齢であり、見た目はそれなりにおじさんであるが、他の3人の若いフロントマンたちと一歩も引けを取らず歌い踊れるのは奇蹟でも何でもなく、彼の心意気の賜物なのだ。
 例えば、ローリング・ストーンズやエル・グラン・コンボのように世界には50年以上続いているバンドがいくつかあるが、その中でもグアコは図抜けて変化に富んだ音楽性を持っていると思う。そのあたりについては、「哲学だよ!例えばタンボーラやチャラスカといった伝統楽器を演奏していても、唯一無二のオリジナルであることを心がけている。今まで批判を浴びたこともあるけれど、グアコのサウンドはカリブ・中南米発のラテン音楽へのベネズエラからの回答なんだ。常に反骨精神を持ってね」と語る。
 
【ライブとアルバムの違い】
 3回に渡り開催した『勝手にグアコ祭り』の中で石橋氏が繰り返し語った説によれば、グアコには、その成立から現在まで第1期から第5期まで5つに分けられるそれぞれの期間があり、グスタボが言うようにバンドとしても基本姿勢は変わらなくても、その時々の特徴あるサウンドを作り上げてきた。ただし、常にそのステージはダンサブルでエキサイティングなものであったという。
 わたしが見たのは90年代後半で、いずれもヨーロッパでの音楽業界のコンベンションでのショウ・ケースだった。業界人(笑)という人種は概ね会場の後方の全体を見渡せるポジションでの鑑賞が一般的で、その端くれのわたしも友人たちと後ろの方で「グアコどうかな」などと話しながら見始めた。しかし、そんな斜に構えた無礼な態度は一瞬に吹っ飛んだ。気がつけば一番前で「グスタ〜ボ〜」と絶叫していたわたし。キャッチーなメロディ、時にうっとりするほどロマンティックですらある楽曲の美しさ、バックが繰り出す厚みのある複雑なリフ、声よし見た目よしダンスよしのボーカル陣。その乗りの良さは格別だった。
 しかしながら、アルバムは必ずしも興奮のステージと同じではないのだ。それはグアコに限らず言えることだが、ライブとアルバム(録音物)がまったく同じということはほとんどない。その中でもグアコは、かなり違う印象を持ったので、その辺も率直に聞いてみた。
「そうだね。録音の時はどうしても少し臆病になるかな。それに対して、コンサートではフロントの歌手4人も自由に動きながら発散して歌い、楽器の演奏も一体感を持って演奏できる。歌を聴くと言うよりもグアコの全体を楽しんでもらえる」。
 確かにアルバムはその都度コンセプトを決めて制作されるので、グアコのような大所帯でそれをステージで再現することに固執することはあまり意味がないかもしれない。つまり、仮にアルバムが少し大人しめであっても、グアコのライブは絶対にノリノリで楽しいものであることに間違いがないということだ。

【耳で聞いて足が動き出す】
 さて、そんなオリジナリティと反骨精神バリバリのグアコが影響をうけた音楽は何だろう。メンバーも何度も入れ替わっているし、上記の『勝手にグアコ祭り』でも語られたように、その時々のヒット作を手がけたソングライター達が影響を受けた音楽も同じではないだろうが、まずはグスタボはどうなのか、その点を聞いてみた。
 わたしのキューバ公演についての質問を受けて、「キューバには行っていない。本当だよ。アマウリ・グティエレスとか、仲のよい友人はたくさんいるけれど」。
 ロス・バン・バンの影響が感じられる曲があるのではという質問には、「ロス・バン・バンよりもこっちの方が歴史があるよ(笑)!ドラムを入れたのもティンバレスを独立させたのもグアコの方が先だし、似たように聞こえてもグアコの方が複雑なことをやっている。とはいえ、アース・ウインド・アンド・ファイヤーの影響は受けた」。アース・ウインド・アンド・ファイヤーの影響を受けていないミュージシャンはいるのか、と思うほど、カリブ・中南米でも多くのミュージシャンが「影響を受けたバンド」にその名を上げる。しかし、きちんと調べなかったのも悪いのだが、まさかまだキューバ公演を行っていないことには驚いた。なぜなら、キューバのミュージシャンにもグアコ・ファンはたくさんいる有名なバンドだからだ。
 「そういえば、だいぶ前の話だけれど、イサック・デルガドがベネズエラに来た時にグアコの公演を見に来た。それでキューバに帰国して、グアコを真似た編成のバンドを組んだ(笑)。これは本人がそう言ってるのだから作り話じゃないよ。グアコはNG ラ・バンダやイラケレより先にドラムを入れてる!グアコの音楽は頭から入って足が動き出すものを目指しているんだ」と笑いながら話しつつ、最後に「でも、もちろんロス・バン・バンは大好きだ。ソンゴはいいよ。私たちはとにかく何でも聞くんだ。ミュージシャンとして功成り名を遂げたとしても、音楽を聞かないやつはだめだ」とにっこりした。
 そして、「もうひとつ言っておきたい」と前置きをして、「私たちの音楽にとってアフリカ系の人々がもたらしてくれたものがとても重要だ。ハイチ、ジャマイカ、ドミニカ、キューバといったカリブの島々だけでなくベネズエラにも到達している。コロンビアもそうだ。海岸地方にはアフリカ系の人々とその文化がある。スリア州でもマラカイボの湖南地方にある。それはアメリカ大陸全ての宝なんだよ」。
 自らを「活字中毒ならぬ音楽中毒」と称するグスタボ・アグアド。孫が5人いるらしいのだが、「ぜひ100歳まで歌い踊ってください」と頼んだら「そりゃあ、無理だよ」と爆笑した。

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【グアケーロから看板歌手へ】
 今回は、もうひとり、ルイス・フェルナンド・ボルハスにも話を聞くことが出来た。事前に石橋氏から「彼は本当にかっこいい」と知らされていたので、大抵のイケメンにはまったく緊張しないわたしもちょっとドキドキしていたのだが、部屋に入ってきたときにすでに悩殺されかかった。「俺ってかっこいいだろ」というような態度は全くなく、おしゃれでもない(失礼!)のだが、めちゃくちゃステキなのだ。それがスターというものさ、と言えばそれまでだが、とにかく「華がある」というのが一番ぴったりきた。
 グアコ最大のライバル・バンドである、グラン・コキバコアの音楽監督ネギート・ボルハスの甥であるルイス・フェルナンドがグアコのボーカルになるというのは、サッカーで言えば、FCバルセロナのスター選手を叔父に持つのにレアル・マドリードに入って大活躍みたいな感じで、その加入時にはちょっとした話題になった。実のところは、18歳の時に街のライブハウスでグスタボにスカウトされたという。彼はグアコの曲「Quiero ser un guaquito(ちびっ子グアコになりたい)」を地でいくグアケーロ(グアコ・ファン)で、そのことを家族や親類は反対もせず温かく見守ってくれていたそうだ。
 「だから、グスタボに声をかけられたときは本当に嬉しかった。彼は僕がボルハス家の人間とは知らなかったんだ。まるで世界中が僕の味方をしてくれて奇跡が起きたと思ったよ」とさわやかな笑顔で語る。横からグスターボが「本当に偶然だったんだよ」と合いの手を入れた。
 とはいえ、18歳でグアコのメンバーとなったルイス・フェルナンドも、もう40歳。かれこれ20年以上のキャリアを誇る看板歌手だ。
 「とにかくグアコで歌えることがひとりの人間として嬉しく誇らしい。でも、それは毎日がチャレンジで、グアコを通じて世界に向けてラテン音楽を発信している責任を感じている、僕の双肩にかかっているんだ(笑)」。
 今の世の中、40歳はまだ若い。これからもルイス・フェルナンドには多くの女性ファンの悩殺し続けて、グアケーロを踊らせてほしいものだ。

 インタビューの後に、リハーサルも見せてもらったのだが、そのリハーサルはなんと帰国後の公演及び、4月ベネズエラ全土で公開予定のドキュメンタリ映画『Semblanza』収録用のオーケストラ(グスタボ・ドゥダメル指揮)とのスタジオ共演を想定してのリハーサルでもあったようだ。確かに日本公演は終盤にさしかかっていたので、サウンド・チェックさえしっかりやれば本番の曲は完全に身体に染み込んでいるので問題なしというわけだ。だったら次の準備を怠りなくということなのだろうが、しかしまあびっくりである。
 その後の本番。とにかく夢のような体験だった。さすがに一番前での絶叫こそしなかったものの、こんなに最後まで楽しかったライブはいつ以来だろうと考え込んだ。その後、親しい仲間で行った勝手な打ち上げの時に、石橋氏からひとつの驚愕の事実を聞いた。グアコは結成当時から現在までギャラは完全に均等割だという。すごすぎる。
posted by eLPop at 19:19 | 高橋めぐみのSOY PECADORA

岸のりことラス・ペルラス:インタビュー 「これぞ、エンタテイメント!」後編

2016.05.26

 前編でご紹介した岸のりこのバック・コーラスとして「東京キューバンボーイズ」の公演時などに一緒に活動してきたのが、ラス・ペルラスのベアトリスこと毛利真帆とメルセデスことナナ・カンタリーナの2人だ。3人は「東京キューバンボーイズ」のツアー時などに、「何か歌がメインの新しいことをやりたい」とよく話していたそうで、岸のりこは「私と2人のコーラスではなく、3人のコーラス・ワークでできることを考えた」という。行動に移すきっかけとなったセカンド・アルバム『Doce Recetas De Amor(恋の12の料理法)』の収録曲のいくつかでその片鱗を聞くことが出来る。ラス・ペルラスはキューバやメキシコ、プエルト・リコの楽曲にこだわらず、ロネッツの大ヒット曲「ビー・マイ・ベイビー」など幅広いレパートリーを持ち、オリジナルも徐々に増やしていく方向のようだ。
 ここで、「ラス・ペルラスとはどんなグループなのか」という大切なことを説明しなければならないのだが、その前に、興味深い話が聞けた毛利真帆とナナ・カンタリーナについても少し書いておきたい。
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 毛利真帆は、「とにかく子供の頃から歌や踊りが大好きでアイドルになることを夢見る」少女時代を送り、卒業アルバムの将来なりたい職業欄に「歌手」と書いてしまうほどだった。しかし、そういう少女のほとんどは歌手にはならない。彼女も一旦は諦めかけたが、あるとき『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989)というジャズ・ピアニストの兄弟が女性ボーカルを入れて成功&挫折する映画を見て、「こういう生き方もあるのか!」と心機一転、働きながらジャズ・ボーカルのレッスンを受けるようになった。そして、アルバイトをしていたライブハウスで知り合ったミュージシャンのバンドにボーカルとして参加し、一気に音楽のジャンルが広がった。そこからクレイジーケンバンドの横山剣まで人脈が広がりレコーディングにも参加した。仲良くなったキーボード・プレイヤーがキューバ音楽が好きだったことをきっかけに、毛利真帆は急速にキューバと接近、旅行だけでなくボーカル修行にまで出かけることになった。
 現在はラス・ペルラスを含むいくつかのユニットで活躍中で、「好きなことはボレロやフィーリンを歌うこと。ヌエバ・トローバも好き」という彼女だが、「今後歌いたい一曲を選ぶとしたら、ビオレータ・パラの『グラシアス・ア・ラ・ビーダ(人生よ、ありがとう)』なんです。これはいつか必ず歌いたい」という希望を聞かせてくれた。岸のりことはまた違った歌の世界観を持つ毛利真帆が、『グラシアス・ア・ラ・ビーダ(人生よ、ありがとう)』を歌う日が来たら、わたしは是非その場にいたいと思う。

 3人の中で実は異色の経歴を持つのが「ピアノは習っていたけれど音楽は特に好きではなかった」ナナ・カンタリーナだ。とはいえ、プロとしての活動が一番早かったのは彼女なのだ。小学6年生の時にバンドを結成してギターを担当、中学生の時には高校生とバンドをやり、ロックからファンク・ロックの方向に向かった。ギタリストとして「フライド・エッグ・ジャム」というバンドでメジャーからアルバムを1枚リリースしている。とはいえ、本格的な歌はまだでせいぜいコーラスぐらい、今の姿からは想像できない「ミュージシャン」生活が続いた。しかし、そこから、ナナにとって遠い世界であったラテン音楽にサルサを通じて少しずつ近寄って行くのだが、そのきっかけは大阪帝国ホテルにあったサルサ・クラブ「パタパタ・デ・ラ・サルサ」への出演だった。サルサ・クラブを謳うだけあってお客さんは耳の肥えた人が多く、「サルサを聞きに、踊りに来るのに、こんなにラテンを知らないのはまずい」ということになり、バンドのメンバーと「こうなったら既成事実を作ろう」といきなり1ヶ月のキューバ旅行に出かけた。そこで痛感したのは「これは生半可な気持ちでできることではない」という当然と言えば当然なことだった。
 そこから毎年キューバに行くようになり、大阪の人気ティンバ・バンド「サブロスーラ・デル・ソニード」のメイン・ボーカルとして歌唱力と小悪魔的なルックスで人気者となった。アルバムも2枚リリースした。2005年に活動拠点を大阪から東京に移しバンドが解散した後、「ナナ・ソノーラ」というユニットで2枚のアルバムをリリースしている。「あれよあれよという間に、キューバ音楽の世界にどっぷり浸かってしまった」ナナ・カンタリーナは、「ギタリストだったので言葉から音楽に入っていない。よくも悪くも歌詞にこだわりがなくリズムが優先してしまう。でも、これからはなんとか言葉を操る歌手を目指したい」と締めくくった。
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 ラス・ペルラスはそんな3人がコミカルな小芝居を混ぜて、素晴らしいボーカルとコーラス・ワークを聞かせてくれる。バックのミュージシャンは、最早日本のラテン・ピアノの第一人者と言っても過言ではないあびる竜太、頼れるベーシストは渋谷和利、パーカッションなら何でもおまかせの伊波叔という実力派揃い。これで面白くないはずはない。わたしが初めてラス・ペルラスを見たのは、結成して3回目ぐらいのライブで、拠点としている下北沢のボデギータだったのだが、笑い転げるような珍妙な小芝居とは裏腹の高い音楽性を持ったステージに圧倒された。ジャンルをくくればラテンなのだが、ソウルやジャズ、オールディーズの要素もたっぷり楽しめる。
 現在はさらに進化していて、小芝居は縮小し歌を聞かせる部分が大きくなっている。

 2016年6月16日のスペシャル・コンサートの後半がラス・ペルラスのステージだ。今回はスペシャル・ゲストにヴァイオリンのSayakaとドラムの藤井摂が参加し、開演前と休憩時間にはsayakaとelectropicoのDJも会場を盛り上げてくれる。

岸のりこ、Las Perlas スペシャル・コンサート
〜Realidad y Fantasía〜(現実と夢)
2016年6月16日(木)
会場:JZ Brat SOUND OF TOKYO
Open 17:30
1st:Start 19:30
2nd:Start 21:00
入替なし
チャージ ご予約¥4,320 当日¥4,860
ご予約受付中:03-5728-0168(平日15:00~21:00)
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