2025年は2冊の編著の編集作業に追われた一年だった。その成果の一つ、石橋純・伊藤嘉章編『都市のリズム:旅する音楽、人、街の物語』(鹿島出版会)が10月に上梓された。共編者の伊藤嘉章をはじめ、eLPopメンバーの水口良樹、高橋めぐみの寄稿、宮田信へのインタビューが収録されている。私と伊藤さんはライターとしても参加している。
本書の詳細はまたの機会に譲るとして、ここでは高橋めぐみ「ビーゴ:ガリシア人の魂の音楽」で紹介されている一曲、エルネスト・レクオーナの「Para Vigo me voy(私はビーゴに帰る)」を取り上げたい。
発表は1935年。リズムは、カーニバルの熱狂を運ぶコンガである
Para Vigo me voy 史上初録音とされるザビア・クガートと彼のオルケスタ版(1935年12月発表)
https://youtu.be/vSqOJXA-NgI
コンガのパレードへ行こう、ほら。 急げ、もうボンゴが鳴っている マラカスも、ティンバルも響き渡る 愛しい人よ(ミ・ネグラ)、行列についていこう コンガは一度過ぎたら、もう戻らないのだから
私はビーゴに帰る 愛しい人よ、さよならを言ってくれ さあボンゴのマエストロ、叩いてくれ 踊りたくてたまらないんだ 私はビーゴに帰る、帰る、帰る
ほら、コンガが行ってしまったら もう二度とあの音は響かない 私はビーゴに帰るんだ
(石橋純・訳)
19世紀から20世紀初頭にかけて、スペイン・ガリシア地方から中南米へ、多くの移民が海を渡った。1898年までスペイン領だったキューバはその主な渡航先だった。1929年の世界恐慌と砂糖価格の暴落は、彼らに逆方向の旅――ガリシアへの帰還を促した。この曲は、そんな「帰郷の波」の中で生まれた。
歌詞にある「ミ・ネグラ(mi negra)」は、直訳すれば「黒人女性」だが、キューバでは肌の色を問わず、愛しい女性へ向ける親愛の呼称だ。おそらく彼女は、出稼ぎに来た主人公を支えた恋人、あるいは現地妻なのだろう。
小金を貯めたのか、あるいは成功者となったのか。男はキューバを去り、故郷ビーゴへ帰る喜びに震えている。現地のカーニバルに同化し、コンガのリズムを聴けば踊らずにはいられないほどこの島に馴染んだ彼にとって、これが最後のパレードとなる。「コンガが終わっちゃう」と恋人を急かす彼に、彼女を故郷に連れ帰るつもりは毛頭ない。男が急かせば急かすほど、祭の喧噪と色彩を背景にして浮かび上がるのは、透明人間のような女のシルエットだ。
作詞を手掛けたのは、フランシア・ルバン。ウクライナのキーウに生まれたユダヤ系移民で、ニューヨークの音楽界でラテン音楽の紹介に尽力したプロの作詞家である。スペイン語にも堪能だったらしい。Lubanという姓は東欧アシュケナージ系であるので、スペイン系ユダヤ人(セファルディム)が話すラディーノ語を母語としていたわけではなさそうだ。おそらくは移民として生きる中で習得した言語なのだろう。
ディアスポラとして自身も様々な別離を生きた彼女が、この歌詞に移民のリアルを込めたのだとすれば、次のような読みが可能にならないだろうか?
ここ描かれるのは、帰郷に浮かれる男の残酷な無邪気さと、置き去りにされる女の悲哀である。 歌詞の中で、女性は主体的な言葉を持たない。だが、そうすることでルバンは、男の馬鹿騒ぎから一線を画し、悲しみを封殺して立ち尽くす女の姿を、逆説的に際立たせようとしたのではないか。彼女の「ノリの悪さ」は、恋人との別離を前にした必然の沈黙だろう。ストリートに響き渡るコンガのリズムが、その切なさをより一層、色濃くしている。
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『口笛のはなし』、『南米力と沖縄愛 日系16人のライフヒストリー』
2025.06.14
武田裕煕・最相葉月『口笛のはなし』ミシマ社、2025年

https://mishimasha.com/books/9784911226155/
本書は、世界的口笛奏者の経験と、音楽・科学・信仰を横断するライターの知的好奇心とが交錯し、「口笛」という周縁的主題を対位法的に織り上げた一冊である。
語り手・武田裕煕は、世界大会で幾度も優勝した口笛奏者・研究家である。本書では、自らの経験と技法を開示するのみならず、その圧倒的なオタク力をもって、話題は中国南北朝の文人、平安貴族、馬をなだめる欧州の農夫から、口笛で一家を支えた米国の興行師、バンドマン顔負けのメキシコのバス運転手、さらにはベネズエラの口笛妖怪にまで及び、口笛が時代と文化を横断して人と社会を結んできた軌跡を描き出す。
武田裕煕は、「ルネサンス的ホビイスト」「最強のアマチュア」と呼ばれるにふさわしい。彼が選んだのが、口笛という周縁的な技芸だったからこそ、広大な知的・芸術的宇宙がその背後にひろがることになった。もしフルートやサックスのような市場性のある技芸に傾いていれば、その情熱は狭く深く、「プロの道」に収斂していたかもしれない。
こうした博覧強記の表現者は、しばしば自身の知見や技法を体系化して語るのが不得手である。そこに、最相葉月という稀有なエデュテインメント・ライターを対話者として得たのは僥倖だった。最相は音響・文化・技術の各次元を丁寧に掘り起こす。読者はQRコードから実際の音を聴きながら、「読む」から「吹く」へと身体を通して移行していくことができる。
本書には、「ライシーアム」「ショトーカ」といった19世紀米国のオルタナティブ教育運動が登場する。制度化された学校の外で、民衆に実践的技芸と教養を伝えた営みが、口笛という身体技法に場を与えてきたという指摘には多くの示唆がある。こうした運動は、ラテンアメリカの民衆教育――19世紀のシモン・ロドリゲスやホセ・マルティ、20世紀のパウロ・フレイレ――とも共鳴する。制度の外で伝承されてきた口笛のオルタナ性は、産業社会に奉仕するプロフェッショナリズムを乗り越えて、人間の生を豊かにする力を秘めている。
漢那朝子『南米力と沖縄愛 日系16人のライフヒストリー』ボーダーインク、2025年

https://borderink.com/?pid=186467487
語りとは、移動の記録であると同時に、その過程で再構成されていく自己像の軌跡でもある。本書は、南米出身の日系人たちが「沖縄に帰ってきた」あるいは「やってきた」理由と、その後の生活のリアリティを丁寧に聞き取り、描き出した、稀有なライフヒストリー集である。
ブラジル、ペルー、ボリビアなどラテンアメリカ各地で生まれ育ち、日本語よりもポルトガル語やスペイン語に親しんできた人々が、沖縄という地にやってきて生活の基盤を築いていく。その語りには、距離と時間を超えて交差する「ふるさと」と「現在地」のせめぎあいが、通奏低音として響いている。
熟年にさしかかってから、急速に沖縄系二世としてのアイデンティティに目覚めた著者の耳が捉える声は、移動のドラマティシズムや民族的抒情に回収されることなく、日常の現場へと分け入っていく。世代や移動経路の異なる語り手たちが、それぞれに描き出す沖縄像・南米像のズレは、ともすれば一枚岩に語られがちな日系人像に多声性と陰影をもたらす。
本書で描かれる「沖縄愛」は、血縁・信仰・文化・言語に息づく静かな持続力として浮かび上がり、しばしば語り手達は衝撃的な出会いとともに、それらを自らのルーツにいちづける。「南米力」は、いわゆるラ米文化への誇りよりも、主流社会や国家が提示する生き方を相対化し、自律的に人生を選び取る経験の集積として感じられる。語り手の多くは、沖縄に暮らしてはじめて、それが東アジア近代史のなかで周縁化されてきた地であることを知る。周縁性の発見は、「沖縄愛」と「南米力」を統合する触媒として働いているように読み取れた。
16人の語りを一方向に収束させない構成には、口述史としての倫理と敬意が宿っている。 著者による感動の演出や定型的なドラマツルギーを排し、あくまで語り手に寄り添う筆致は、淡々としているが奥行きがある。次回作では、南米で家族を成し、日本に帰還し、さらには沖縄移住者の母ともなった著者自身の感性と思想を前景化させた作品を読んでみたい。
https://mishimasha.com/books/9784911226155/
本書は、世界的口笛奏者の経験と、音楽・科学・信仰を横断するライターの知的好奇心とが交錯し、「口笛」という周縁的主題を対位法的に織り上げた一冊である。
語り手・武田裕煕は、世界大会で幾度も優勝した口笛奏者・研究家である。本書では、自らの経験と技法を開示するのみならず、その圧倒的なオタク力をもって、話題は中国南北朝の文人、平安貴族、馬をなだめる欧州の農夫から、口笛で一家を支えた米国の興行師、バンドマン顔負けのメキシコのバス運転手、さらにはベネズエラの口笛妖怪にまで及び、口笛が時代と文化を横断して人と社会を結んできた軌跡を描き出す。
武田裕煕は、「ルネサンス的ホビイスト」「最強のアマチュア」と呼ばれるにふさわしい。彼が選んだのが、口笛という周縁的な技芸だったからこそ、広大な知的・芸術的宇宙がその背後にひろがることになった。もしフルートやサックスのような市場性のある技芸に傾いていれば、その情熱は狭く深く、「プロの道」に収斂していたかもしれない。
こうした博覧強記の表現者は、しばしば自身の知見や技法を体系化して語るのが不得手である。そこに、最相葉月という稀有なエデュテインメント・ライターを対話者として得たのは僥倖だった。最相は音響・文化・技術の各次元を丁寧に掘り起こす。読者はQRコードから実際の音を聴きながら、「読む」から「吹く」へと身体を通して移行していくことができる。
本書には、「ライシーアム」「ショトーカ」といった19世紀米国のオルタナティブ教育運動が登場する。制度化された学校の外で、民衆に実践的技芸と教養を伝えた営みが、口笛という身体技法に場を与えてきたという指摘には多くの示唆がある。こうした運動は、ラテンアメリカの民衆教育――19世紀のシモン・ロドリゲスやホセ・マルティ、20世紀のパウロ・フレイレ――とも共鳴する。制度の外で伝承されてきた口笛のオルタナ性は、産業社会に奉仕するプロフェッショナリズムを乗り越えて、人間の生を豊かにする力を秘めている。
漢那朝子『南米力と沖縄愛 日系16人のライフヒストリー』ボーダーインク、2025年
https://borderink.com/?pid=186467487
語りとは、移動の記録であると同時に、その過程で再構成されていく自己像の軌跡でもある。本書は、南米出身の日系人たちが「沖縄に帰ってきた」あるいは「やってきた」理由と、その後の生活のリアリティを丁寧に聞き取り、描き出した、稀有なライフヒストリー集である。
ブラジル、ペルー、ボリビアなどラテンアメリカ各地で生まれ育ち、日本語よりもポルトガル語やスペイン語に親しんできた人々が、沖縄という地にやってきて生活の基盤を築いていく。その語りには、距離と時間を超えて交差する「ふるさと」と「現在地」のせめぎあいが、通奏低音として響いている。
熟年にさしかかってから、急速に沖縄系二世としてのアイデンティティに目覚めた著者の耳が捉える声は、移動のドラマティシズムや民族的抒情に回収されることなく、日常の現場へと分け入っていく。世代や移動経路の異なる語り手たちが、それぞれに描き出す沖縄像・南米像のズレは、ともすれば一枚岩に語られがちな日系人像に多声性と陰影をもたらす。
本書で描かれる「沖縄愛」は、血縁・信仰・文化・言語に息づく静かな持続力として浮かび上がり、しばしば語り手達は衝撃的な出会いとともに、それらを自らのルーツにいちづける。「南米力」は、いわゆるラ米文化への誇りよりも、主流社会や国家が提示する生き方を相対化し、自律的に人生を選び取る経験の集積として感じられる。語り手の多くは、沖縄に暮らしてはじめて、それが東アジア近代史のなかで周縁化されてきた地であることを知る。周縁性の発見は、「沖縄愛」と「南米力」を統合する触媒として働いているように読み取れた。
16人の語りを一方向に収束させない構成には、口述史としての倫理と敬意が宿っている。 著者による感動の演出や定型的なドラマツルギーを排し、あくまで語り手に寄り添う筆致は、淡々としているが奥行きがある。次回作では、南米で家族を成し、日本に帰還し、さらには沖縄移住者の母ともなった著者自身の感性と思想を前景化させた作品を読んでみたい。
posted by eLPop at 01:21
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2024年はこれだった!下山静香『ベネズエラ・プリズム』
2024.12.31
私がピアニスト下山静香と出会ったのは2010年頃だったろうか。「スペインとラ米音楽を専門にするピアニストがいるので紹介したい」と、ラ米音楽評論の大先輩・竹村淳さんからお引き合わせいただいたのだ。下山静香はそのときから「いつかベネズエラ音楽の音源を出したい」と口にしていたが、情報も少なく、日本には市場もないベネズエラのクラシック音楽でアルバムを録音するなど、非現実的なプロジェクトと私には思えた。
だがときおり、ベネズエラ・ピアノ音楽のCDを献呈したり、譜面や文献を紹介したり、私がプロデュースする来日アーティストの公演を聴きに来てもらうなど、細々とした情報交換を継続するうちに15年近い月日が流れた。ついに、日本で初めてとなるベネズエラピアノ音楽特集のアルバムが世に出ることになった。

『ベネズエラ・プリズム』ーー下山が選んだこのタイトルは ベネズエラ音楽の魅力をみごとに言語化している。無色の光線は、三角柱のクリスタルを透過すると、彩りを顕わにする。分散して6つに別れることもあれば、寒暖の2色に感じられる光もある。ときには、3と2のグループに分かれた5色に見えることもある。
芸術的色彩の背後に光の波長という物理現象があるように、ベネズエラ音楽の鮮やかな彩りの背後には、光学的に精緻なリズムの遊びが隠されている。下山静香は、音楽学的なこだわりと傑出したオタク力をもって、ベネズエラのリズムを探求してきた。そうした20年以上に及ぶベネズエラ音楽研究の成果として世に出されるがこのアルバムなのだ。
主として以下の作曲家の作品から選曲されている。
当時世界一有名なピアニストであったテレサ・カレーニョ、大家デルガド・パラシオス、録音されることが稀なフォルメルやブランなど、19世紀のピアノ音楽の作曲達によるバルス。彼らのスタイルをひきついだ20世紀前半のモレイロやカステジャノスらのバルスとホローポ。そして民衆音楽についての知識が都市教養層にも普及定着した20世紀後半のラウロ、ボル、パエサノらのメレンゲ、ホローポをはじめとする、より「とがって」ベネズエラ的なレパートリーなど。
クラシック・ギターの大作曲家として知られるラウロは、管弦楽・室内楽・声楽の作品も残している。今回録音された『ベネズエラ組曲』はピアノ独奏のためのオリジナル曲である。人口に膾炙したギター曲よりもより20世紀音楽的な和声の響きをもっている。
マリア・ルイサ・パエサノは、クラシック音楽とポピュラー音楽の境界を行き来した20世後半のピアニスト兼作曲家だ。都市器楽ブームの1980年代にピアノ、ベース、クアトロからなる《エル・トリオ》という冗談のような名前のアンサンブルで何点かのアルバムを残した。
そのデビューアルバムタイトルとなったメレンゲ曲「エル・トランカオ」があまりに衝撃的すぎて、人びとはこのユニットを「トリオ・エル・トランカオ」と呼び習わしたものだ。下山はパエサノ作品に並々ならぬ傾倒を示し、ベネズエラ・メレンゲの5拍目と1拍目の間の真空に宇宙エナジーがみなぎるような、演奏は、まさに「トランカオな(ブレーキを踏み込んだ)」ノリを体現している。
特筆すべきは、ピアノの女傑テレサ・カレーニョの「夢の舞踏会」というファンタジーである。自由な構成の本編は「舞踏会」シーンが描かれていると思われるが、その特徴あるリズムにメレンゲの5拍子が隠されていることを、下山は譜面の行間から読み取った。
メレンゲの記譜法は、3連符入りの4分の2拍子、6拍目を休符にした8分の6拍子の、8分の5拍子など、歴史的にも書き手によっても揺らいできた。とくに19世紀の作曲家は「5拍子」という変な拍子で自国のリズムを記譜出版するには抵抗(文化的劣等感)があったと想像され、より西欧的常識にかなう表記に落とし込もうとしたのだ。女傑カレーニョも例外ではない。ベネズエラ・メレンゲを探求し、弾きこみ、これらの身体化した下山は、大巨匠カレーニョが隠そうとして隠しきれなかったベネズエラ流大宴会のノリを、21世紀の聴衆の耳に再現して見せた。
ベネズエラ音楽の光彩は、輝きの頂点でキラキラと踊りながら、余韻を残ざず消えて、すぐに別の色を反射させる。下山静香の鍵盤の(プ)リズムは、その色彩も輝きも、みごとに磨き上げている。
(編集部追記)
12/3にレコード・アルバム発表を記念して、ベネズエラ音楽にスポットを当てたライブ「ベネズエラ・プリズム」を新大久保のスペースDoにて開催された。

(最新盤音源がまだYouTube掲載前なので、前作『ピアソラ・ピアノより』)
https://youtu.be/eyIqpWQTg4w?si=82WI7ZdJJpT3dUxV
下山静香さんはクラシック・ピアニスト。
桐朋学園大学卒業・研究科修了後、欧州各国で活躍。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてマドリードに。帰国後はNHKでの多くの番組や様々なコンサート活動を行う。 ウィーン・ヴィルトゥオーゾ、チェコフィル六重奏団、M.ホッセン、R.シメオ、V.スンをはじめ数々の来日アーティストと共演。
スペイン、ラテンアメリカのクラシックのみならず、タンゴ、ジャズ、フォルクローレとのコラボレーション行っている。また演奏活動のかたわら、翻訳・執筆・講演・朗読と多方面もで活動。
2015年より「下山静香と行くスペイン 音楽と美術の旅」を実施(主催:郵船トラベル)。
アルバムは今回リリースのものを含め14枚の作品を発表している。
今回の作品は【中南米ピアノ名曲コレクション】シリーズの1枚。
《ロマンサ・デ・アモール〜メキシコ&キューバ珠玉の小品集》中南米ピアノ名曲コレクションvol.1
《アルマ・エランテ》中南米ピアノ名曲コレクションvol.2(アルゼンチン編)
《アルマ・ブラジレイラ〜ショーロ&ブラジルタンゴ コレクション〜》
中南米ピアノ名曲コレクションvol.3 (ブラジル編)
《ピアソラ ✕ ピアノ》 中南米ピアノ名曲コレクション特別編
そして第五弾が今回の発表の《ベネズエラ・プリズム》。
だがときおり、ベネズエラ・ピアノ音楽のCDを献呈したり、譜面や文献を紹介したり、私がプロデュースする来日アーティストの公演を聴きに来てもらうなど、細々とした情報交換を継続するうちに15年近い月日が流れた。ついに、日本で初めてとなるベネズエラピアノ音楽特集のアルバムが世に出ることになった。
『ベネズエラ・プリズム』ーー下山が選んだこのタイトルは ベネズエラ音楽の魅力をみごとに言語化している。無色の光線は、三角柱のクリスタルを透過すると、彩りを顕わにする。分散して6つに別れることもあれば、寒暖の2色に感じられる光もある。ときには、3と2のグループに分かれた5色に見えることもある。
芸術的色彩の背後に光の波長という物理現象があるように、ベネズエラ音楽の鮮やかな彩りの背後には、光学的に精緻なリズムの遊びが隠されている。下山静香は、音楽学的なこだわりと傑出したオタク力をもって、ベネズエラのリズムを探求してきた。そうした20年以上に及ぶベネズエラ音楽研究の成果として世に出されるがこのアルバムなのだ。
主として以下の作曲家の作品から選曲されている。
当時世界一有名なピアニストであったテレサ・カレーニョ、大家デルガド・パラシオス、録音されることが稀なフォルメルやブランなど、19世紀のピアノ音楽の作曲達によるバルス。彼らのスタイルをひきついだ20世紀前半のモレイロやカステジャノスらのバルスとホローポ。そして民衆音楽についての知識が都市教養層にも普及定着した20世紀後半のラウロ、ボル、パエサノらのメレンゲ、ホローポをはじめとする、より「とがって」ベネズエラ的なレパートリーなど。
クラシック・ギターの大作曲家として知られるラウロは、管弦楽・室内楽・声楽の作品も残している。今回録音された『ベネズエラ組曲』はピアノ独奏のためのオリジナル曲である。人口に膾炙したギター曲よりもより20世紀音楽的な和声の響きをもっている。
マリア・ルイサ・パエサノは、クラシック音楽とポピュラー音楽の境界を行き来した20世後半のピアニスト兼作曲家だ。都市器楽ブームの1980年代にピアノ、ベース、クアトロからなる《エル・トリオ》という冗談のような名前のアンサンブルで何点かのアルバムを残した。
そのデビューアルバムタイトルとなったメレンゲ曲「エル・トランカオ」があまりに衝撃的すぎて、人びとはこのユニットを「トリオ・エル・トランカオ」と呼び習わしたものだ。下山はパエサノ作品に並々ならぬ傾倒を示し、ベネズエラ・メレンゲの5拍目と1拍目の間の真空に宇宙エナジーがみなぎるような、演奏は、まさに「トランカオな(ブレーキを踏み込んだ)」ノリを体現している。
特筆すべきは、ピアノの女傑テレサ・カレーニョの「夢の舞踏会」というファンタジーである。自由な構成の本編は「舞踏会」シーンが描かれていると思われるが、その特徴あるリズムにメレンゲの5拍子が隠されていることを、下山は譜面の行間から読み取った。
メレンゲの記譜法は、3連符入りの4分の2拍子、6拍目を休符にした8分の6拍子の、8分の5拍子など、歴史的にも書き手によっても揺らいできた。とくに19世紀の作曲家は「5拍子」という変な拍子で自国のリズムを記譜出版するには抵抗(文化的劣等感)があったと想像され、より西欧的常識にかなう表記に落とし込もうとしたのだ。女傑カレーニョも例外ではない。ベネズエラ・メレンゲを探求し、弾きこみ、これらの身体化した下山は、大巨匠カレーニョが隠そうとして隠しきれなかったベネズエラ流大宴会のノリを、21世紀の聴衆の耳に再現して見せた。
ベネズエラ音楽の光彩は、輝きの頂点でキラキラと踊りながら、余韻を残ざず消えて、すぐに別の色を反射させる。下山静香の鍵盤の(プ)リズムは、その色彩も輝きも、みごとに磨き上げている。
(編集部追記)
12/3にレコード・アルバム発表を記念して、ベネズエラ音楽にスポットを当てたライブ「ベネズエラ・プリズム」を新大久保のスペースDoにて開催された。
(最新盤音源がまだYouTube掲載前なので、前作『ピアソラ・ピアノより』
https://youtu.be/eyIqpWQTg4w?si=82WI7ZdJJpT3dUxV
下山静香さんはクラシック・ピアニスト。
桐朋学園大学卒業・研究科修了後、欧州各国で活躍。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてマドリードに。帰国後はNHKでの多くの番組や様々なコンサート活動を行う。 ウィーン・ヴィルトゥオーゾ、チェコフィル六重奏団、M.ホッセン、R.シメオ、V.スンをはじめ数々の来日アーティストと共演。
スペイン、ラテンアメリカのクラシックのみならず、タンゴ、ジャズ、フォルクローレとのコラボレーション行っている。また演奏活動のかたわら、翻訳・執筆・講演・朗読と多方面もで活動。
2015年より「下山静香と行くスペイン 音楽と美術の旅」を実施(主催:郵船トラベル)。
アルバムは今回リリースのものを含め14枚の作品を発表している。
今回の作品は【中南米ピアノ名曲コレクション】シリーズの1枚。
《ロマンサ・デ・アモール〜メキシコ&キューバ珠玉の小品集》中南米ピアノ名曲コレクションvol.1
《アルマ・エランテ》中南米ピアノ名曲コレクションvol.2(アルゼンチン編)
《アルマ・ブラジレイラ〜ショーロ&ブラジルタンゴ コレクション〜》
中南米ピアノ名曲コレクションvol.3 (ブラジル編)
《ピアソラ ✕ ピアノ》 中南米ピアノ名曲コレクション特別編
そして第五弾が今回の発表の《ベネズエラ・プリズム》。
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「恨み節」--パーティソングにみる南米民衆の創意
2024.02.27
カラカスの音楽人達が20世紀初頭から伝承してきたパーティ・ソングに「Maldicion 恨み節」というバルス(ワルツ)がある。多数の音楽家を輩出したレイナ家の宴で歌われてきたといわれる。この歌を広く知らしめたのは、セシリア・トッドが1982年に発表した旧き良きカラカスの民衆歌謡集《El novio pollero》だ。彼女もまたこの歌をレイナ家の宴会で聴き覚えたという。
Cecilia Todd "Maldicion" 《El novio pollero》(1982年)より。
https://youtu.be/5eIEWt9G19I
幸せだったと気づいてなかった私
人生とは楽しいもの
すべては幸せと、幸運と、喜びだった
あなたと出会うまでは
あのときから私の人生はどん底
一日を生き延びたら翌日は苦悶
夏の花よ、冬がおまえを枯らせた
あなたの愛情がニセモノだったから
好きだと言ったのに、嘘だった
私だけの人だと言ったのに
あなたは人を愛したことなんかない
あなたは恋を知らない
夜ふけの静けさのなかで、いとしい女よ
恨み節をあなたに捧げよう。さよなら、さよなら(石橋純・訳)
詞だけ読むと、深刻な失恋歌のように見えるが、セシリア・トッド音源からもわかるとおり、ユーモアと奇知に富んだ楽曲である。おそらくは、失恋した仲間を笑いのネタとしつつその傷心を癒やすために歌い継がれてきたのだろう。
この曲を採譜し、はじめて録音したのは、レイナ家の先代当主にして独奏クアトロの先駆者フレディ・レイナである。ながらくこの曲は「作者不詳伝承曲、フレディ・レイナ採譜」という楽曲情報が知られてきた。
Fredy Reynaによるクアトロ独奏
Maldicion
https://youtu.be/oS3NcnzC5Gg
最近、この曲の原曲と考られる作品が発見された。Youtubeにおける稀少音源投稿の賜だろうか、それとも昨今のベネズエラ人ディアスポラの産物だろうか。1917年に録音されたSP音源で、ルドビコ・ムシオというチリ人テノールの演唱で、作者名として「ロペス提督」というスペイン人の名が記されている。
Ludovico Muzzio歌 "La maldicion "
https://youtu.be/gbN_Oc6UI5o
一言で切り捨ててしまえば、原曲はひいき目にも名曲とは言いがたい、凡庸な19世紀ロマン派的歌曲である。ベネズエラ伝承版とは詞にも異同があり、原曲はガチの失恋歌と考え良さそうだ。
乾期(夏)と雨期(冬)の二季システムのカラカスで、「夏の花よ、冬がおまえを枯らせた」という歌詞の謎も、スペインの曲だと知れば、氷解した。
カラカスの文化人一族レイナ家のパランダ(音楽の宴)ではじめて歌われたのは、どのような状況だったのかはもはや知るよしもないが、その後歌い継がれ、こんにちの小粋でユーモラスベネズエラ・ワルツへと変化していった過程に想像力をかき立てられる。
リズムは6/8と3/4が同時進行するベネズエラ的ポリリズムとなり、20世紀のポピュラー音楽にふさわしく、和声は原曲より複雑になっている。原詞からかなりの文句が削除されて、旋律のシンコペーションとあいまって小気味よい緊張感にみちている。これらの改編は、誰か個人の翻案・脚色というより、宴会の現場で歌いつがれるなかで、磨かれ、洗練されていったと想像するのが、楽しい。原曲が発見されたからこそ、かえってカラカスの音楽家たちの集合的な音楽美学が浮き彫りになったような気がするのだ。
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Cecilia Todd "Maldicion" 《El novio pollero》(1982年)より。
https://youtu.be/5eIEWt9G19I
幸せだったと気づいてなかった私
人生とは楽しいもの
すべては幸せと、幸運と、喜びだった
あなたと出会うまでは
あのときから私の人生はどん底
一日を生き延びたら翌日は苦悶
夏の花よ、冬がおまえを枯らせた
あなたの愛情がニセモノだったから
好きだと言ったのに、嘘だった
私だけの人だと言ったのに
あなたは人を愛したことなんかない
あなたは恋を知らない
夜ふけの静けさのなかで、いとしい女よ
恨み節をあなたに捧げよう。さよなら、さよなら(石橋純・訳)
詞だけ読むと、深刻な失恋歌のように見えるが、セシリア・トッド音源からもわかるとおり、ユーモアと奇知に富んだ楽曲である。おそらくは、失恋した仲間を笑いのネタとしつつその傷心を癒やすために歌い継がれてきたのだろう。
この曲を採譜し、はじめて録音したのは、レイナ家の先代当主にして独奏クアトロの先駆者フレディ・レイナである。ながらくこの曲は「作者不詳伝承曲、フレディ・レイナ採譜」という楽曲情報が知られてきた。
Fredy Reynaによるクアトロ独奏
Maldicion
https://youtu.be/oS3NcnzC5Gg
最近、この曲の原曲と考られる作品が発見された。Youtubeにおける稀少音源投稿の賜だろうか、それとも昨今のベネズエラ人ディアスポラの産物だろうか。1917年に録音されたSP音源で、ルドビコ・ムシオというチリ人テノールの演唱で、作者名として「ロペス提督」というスペイン人の名が記されている。
Ludovico Muzzio歌 "La maldicion "
https://youtu.be/gbN_Oc6UI5o
一言で切り捨ててしまえば、原曲はひいき目にも名曲とは言いがたい、凡庸な19世紀ロマン派的歌曲である。ベネズエラ伝承版とは詞にも異同があり、原曲はガチの失恋歌と考え良さそうだ。
乾期(夏)と雨期(冬)の二季システムのカラカスで、「夏の花よ、冬がおまえを枯らせた」という歌詞の謎も、スペインの曲だと知れば、氷解した。
カラカスの文化人一族レイナ家のパランダ(音楽の宴)ではじめて歌われたのは、どのような状況だったのかはもはや知るよしもないが、その後歌い継がれ、こんにちの小粋でユーモラスベネズエラ・ワルツへと変化していった過程に想像力をかき立てられる。
リズムは6/8と3/4が同時進行するベネズエラ的ポリリズムとなり、20世紀のポピュラー音楽にふさわしく、和声は原曲より複雑になっている。原詞からかなりの文句が削除されて、旋律のシンコペーションとあいまって小気味よい緊張感にみちている。これらの改編は、誰か個人の翻案・脚色というより、宴会の現場で歌いつがれるなかで、磨かれ、洗練されていったと想像するのが、楽しい。原曲が発見されたからこそ、かえってカラカスの音楽家たちの集合的な音楽美学が浮き彫りになったような気がするのだ。
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タグ:Maldicion
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eLPop今年のお気に入り!2023年ベネズエラのクリスマスキャロル
2023.12.30
ベネズエラのクリスマスキャロル伝統曲、ビセンテ=エミリオ・ソホ採譜と採詞、ギター編曲と演奏アリリオ・ディアス
"Cantemos cantemos(歌おう、歌おう)" 《Aguinaldos y otras melodías
venezolanas》(1975年発表LP、2012年CDとして復刻)より
https://youtu.be/HZqR3KPC6H0?t=378
スペイン語圏各地で、クリスマスシーズンに伝統的なクリスマス頌歌(アギナルドまたはビジャンシコ)が歌われる。ベネズエラでは19世紀に由来する旧いアギナルドがいまも盛んに歌われる点で特異だと思われる。しかも世界の思わぬとこにでそれらの旧いアギナルドのファンがいることに驚かされる。おそらく、これは、20世紀前半にベネズエラ国民楽派の作曲家ビセンテ=エミリオ・ソホが精力的に採譜・採詞して楽譜に残したこと(それがベネズエラの学校教育に取り入れられたこと)と、2023年生誕100年を迎えるクラシック・ギターの巨匠アリリオ・ディアスがギター独奏曲として編曲し、世界じゅうをツアーして演奏したことと無縁ではないだろう。
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"Cantemos cantemos(歌おう、歌おう)" 《Aguinaldos y otras melodías
venezolanas》(1975年発表LP、2012年CDとして復刻)より
https://youtu.be/HZqR3KPC6H0?t=378
スペイン語圏各地で、クリスマスシーズンに伝統的なクリスマス頌歌(アギナルドまたはビジャンシコ)が歌われる。ベネズエラでは19世紀に由来する旧いアギナルドがいまも盛んに歌われる点で特異だと思われる。しかも世界の思わぬとこにでそれらの旧いアギナルドのファンがいることに驚かされる。おそらく、これは、20世紀前半にベネズエラ国民楽派の作曲家ビセンテ=エミリオ・ソホが精力的に採譜・採詞して楽譜に残したこと(それがベネズエラの学校教育に取り入れられたこと)と、2023年生誕100年を迎えるクラシック・ギターの巨匠アリリオ・ディアスがギター独奏曲として編曲し、世界じゅうをツアーして演奏したことと無縁ではないだろう。
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