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ペルーで活躍する日系人音楽家たちの肖像(2) 作曲家ルイス・アベラルド・タカハシ・ヌニェス
2014.03.16
2005年の年末に、愛知県小牧で一人の偉大なペルーの作曲家が亡くなった。癌だった。彼の名はルイス・アベラルド・タカハシ・ヌニェス。日系ペルー人だ。ペルーの北部海岸地方で音楽に囲まれて生まれ育ち、首都のリマに出て時計職人として働きながら作曲や音楽活動で頭角を表し、やがてペルーのムシカ・クリオーヤを代表する作曲家として多くの名曲を遺した。彼の曲はペルーのみならず、ラテンアメリカ各地で今でもことあるごとに演奏され、大合唱され、愛され続けている。晩年に至るまで、まさに70歳を過ぎても作曲の熱意は衰えず、始終日本とペルーを行き来しながら新作を発表し続けていた。そんな作曲家が日本でひっそりと人生に幕を降ろしたのである(ペルーでは大事件だったが)。今日はそんな(日本では)知られざる日系ペルー人作曲家を少し紹介したい。続きを読む
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ペルーで活躍する日系人音楽家たちの肖像(1) 序章:遥かペルーの大地に生きた日本人たち
2014.03.15
ペルーはラテンアメリカ第二の日系人居住国であり、ラテンアメリカで最も早く国策として日本人移民が行われた国でもある。そのため、南米大陸で最初に作られた仏教寺院は、移民たちが多く住み、そして亡くなることとなったカニェテに建てられた慈恩寺だ。かのフジモリ大統領が出た国であり、その他にも様々な分野で日系人が活躍した国でもある。中でもペルーの弱小女子バレーを世界トップクラスのチームにまで育て上げた加藤明などは、ペルーではまさに英雄であった。彼の葬儀には5万人のペルー人が弔問に訪れたという。続きを読む
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ペルー・アンデス・フュージョンの可能性(3)
2014.03.10
アンデス音楽が都市に生きる若者たちによってどのように再構築されていったのか。そのフュージョンの歴史をチチャ、そしてロック側から追ってきたが、次はアンデス音楽自身がどのように展開していったのか、視点を逆のほうから見てみたい。
アンデスに生きる若者たち自身がコレが新しい俺達の音楽だ!と提示する音楽は、必ずしもかっこいいとは限らない。いや、むしろなかなかそうはならない。しかし、それが絶妙によかったりするのである。それをダサいからダメということは簡単だ。しかし、ほんとにダメなのか?気がつけば口ずさんでいたりしないか?そのダサさを愛おしく思い返して皆で笑ってハッピーになっていないか?そういう懐の広さがこのアンデス・フュージョンには見られると思う。もちろん、かっこいいものもたくさんある。でも、個人的には絶妙に微妙なものこそズキュンときたりするのもまた本当のことである。とは言え、そういうキワモノばかりをいきなり紹介してもなんなので、今回は王道的紹介を中心にこのアンデス・フュージョンの最終章を語りたいと思う。
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アンデスに生きる若者たち自身がコレが新しい俺達の音楽だ!と提示する音楽は、必ずしもかっこいいとは限らない。いや、むしろなかなかそうはならない。しかし、それが絶妙によかったりするのである。それをダサいからダメということは簡単だ。しかし、ほんとにダメなのか?気がつけば口ずさんでいたりしないか?そのダサさを愛おしく思い返して皆で笑ってハッピーになっていないか?そういう懐の広さがこのアンデス・フュージョンには見られると思う。もちろん、かっこいいものもたくさんある。でも、個人的には絶妙に微妙なものこそズキュンときたりするのもまた本当のことである。とは言え、そういうキワモノばかりをいきなり紹介してもなんなので、今回は王道的紹介を中心にこのアンデス・フュージョンの最終章を語りたいと思う。
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ペルー・アンデス・フュージョンの可能性(2)
2014.03.06
アンデス音楽を象徴する音楽として「ネオ・フォルクローレ」が世界的に注目を浴びる中、ペルーではチチャが興隆し、さらにその背景では中産階級の若者たちによってロックとアンデス音楽が融合していく新たな局面が切り開かれていった。さらなる複数形のアンデス都市音楽の進化は、ロックというグローバルな潮流を糧にペルーにおいて花開きつつあった。続きを読む
posted by eLPop at 13:42
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