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『2025年はこれだった:ペルーへの旅と印象に残った曲たち』(水口良樹)

2026.01.01

2025年、ペルーへの旅と印象に残った曲たち

今年は、私が2000年代よりお世話になっていたペルーのクスコの友人宅のご両親が相次いで亡くなり、リマでお世話になっている80オーバーの友人が体調を崩されたりということもあったので、予定を変更して夏にペルーに行ってきた。とはいえ、現地は南半球、冬である。長らく2月3月ばかりペルーに行っていたので、冬のペルーは久しぶり。そして感想としては、やはり暖かい季節に行きたいなぁということを改めて痛感。やっぱり寒いのは嫌いだ(今も寒くて風邪を引いている…)。

クスコより高度の高いアルティプラーノ高原の南端近くに位置するティティカカ湖畔の町プーノでは、昔参加していたワフサパタ地区サンポーニャ合奏団アルティプラーノがコンテストで優勝して、そのまま祝勝会で激しく飲むことになり、高山病にビール注入でかなり厳しかった(年々高地に弱くなっている)。激しい頭痛で残りのプーノ滞在はほとんどスープばかり飲んでいた。長らく参加していないが、それでもまだ私を覚えてくれている仲間もいて、こうして一緒にお祝いできたことは素晴らしかった。彼ら曰く、今の流行に迎合しないことで、独自色が逆に有利に働いたということらしい。そのトロフィーを中心に盛り上がっている風景を少しご紹介。

Agurupación Zampoñistas de Altiplano Barrio Huajsapata en Cancharani, 2025

https://youtu.be/CB_5bmgR5w8

クスコでは、他の友人たちにはほとんど合わず、かつて居候をしていた友人宅でお世話になったお父さん、お母さんの思い出話をして墓参を皆でした。昨年訪ねた時にはお父さんはぼけてしまって歩くことも出来ず、私の顔を不思議そうに眺めていた。お母さんはそれが悲しくて泣いていたのを覚えている。介護に疲れた友人の家族の話を聞きながら、どうやって乗り切れるかと話していた矢先の父親の死、そしてその悲しみが少しずつ癒えて気持ちが上向いてきた矢先の母のガンの発覚とあっという間の死。そんな顛末を改めて聞きながら、時の流れをかみしめた。

そしてリマでは、下町のムシカ・クリオージャの大聖堂、カテドラルの集いに通い、セントロムシカルやコンサートを巡り、インタビューをし、20年来合っていなかった友人がまさかリマに帰って来ていて久しぶりに会ったりした。

かのオスカル・アビレスもプレシデンテを勤めたセントロムシカル・ドミンゴ・ユフラのフェリックス・バルデロマルとグスタボ・ウルビーナの歌に80歳を超えた生ける伝説のギタリストマキシモ・ダビラの演奏を一曲ご紹介したい。

Centro Musical Domingo Giuffra
Félix Valdelomar y Gustavo Urbina con Máximo Dávila "Angelica"


https://youtu.be/WxDpqCA85xQ

ペルー映画祭がちょうど東京で行われているときで、私が解説を書いたケチュア語ロックのバンド、ウチュパのドキュメンタリー映画が公開されており、バンドリーダーのフレディ・オルティスに映画祭で話してもらうはずがまさかのコンサートとダブルブッキングとなり、私がライブ会場を中継し、最後ひとことお言葉をもらうという大役を引き受けた。

映画「ウチュパ」予告編(スペイン語)

https://www.youtube.com/watch?v=Ff0ZVzk001Y

この映画の素晴らしいところは、ウチュパのリーダーであるフレディ・オルティスが、亜アプリマックでなんとなく入隊した警察が、その直後からセンデロとの内戦に突入し、故郷や近隣地域での対テロ最前線での戦闘行為に拒否権なく動員されたことによる、自身の罪とトラウマとどう向かい合うかという非常に繊細なテーマを、掘り下げていることだ。白人の先住民への差別意識の強い上官、暴力の日々に麻痺しハイテンション出なければ生き抜けない日々、そして拷問の相手が同級生であったというような数々のトラウマ。警察に耐えきれなくて辞めたあとも、彼は当時を思い出しては泣き、酒と音楽(ロックとブルース)と宗教(彼は敬虔な福音派を表明している)がなければ生き抜けなかったと語る。

そういう過去を持つ彼が、ペルーのケチュア語ロックの最前線を切り開いてきた。それは、近年流行っているようなパッチワーク的に先住民的イメージを寄せ集めてイメージを作る作品ではなく、日々の農作業や村の生活の中にあった音楽の営み、位置づけをロックを通して生みだす作業でもあるところに特徴が有る(この映画については別にいつか書きたい。というか、書くなら早く書かないと、ですね)。
ともかく、そんなウチュパの代表曲からコンサートは始まった。その時のビデオを紹介する。

Uchpa "Ananau"

https://www.youtube.com/watch?v=l2SuG9lyvIY

後日、フレディの家にも遊びに行き、彼が家の屋上に作っているアンデス庭園を見せていただいた。アンデスの伝統的なハーブやさまざまな植物を植えていて、それでお茶を入れてくれた。

またこのライブで知り合ったアンカシュ出身のロックに詳しい方から、古い日系人ロックを数曲教えていただいた。興味深いので紹介しておきたい。この方とはまた合ってゆっくり話そうと意気投合していたのですが、時間切れで会えなかったのが残念でした。

1967年にリマで日系人2人を含む4人で結成されたロス・シグ・セロ、どんな曲だと聞いてみたらまさかの日本語で非常に驚いた。当時日本語で歌っていたペルーのロックといえば圧倒的にセサル・イチカワがメインボーカルをしていたロス・ドルトンスが有名だが、他にもいろいろいたのだということをその友人から教えていただいた。

Los Zig Cero "No sé por qué lloro" (1968)

https://www.youtube.com/watch?v=Jz0_FT6J1VM

もう一曲はペルーのSPレコードなのだが、スペイン語のグァラチャと日本語(しかも「お富さん」!)という組み合わせにのけぞる。おそらく70年代頃の録音と思われる。

Trío Sensación "Nakata"

https://www.youtube.com/watch?v=src-eU-kD7Y

またインストでベンチャーズ路線でペルーで活躍したロス・ベルキングスは「オキナワ2000」という曲を作っている。

Los Belkings "Okinawa 2000" (1969)

https://www.youtube.com/watch?v=QbrPUkqv3Yo

さらに今回の滞在では、念願のラ・ラーのコンサートに行くことも出来た。鼻歌と音階のラから名前をつけたというラ・ラーの歌は、自由で、抽象的で、それでいて痛みと課題を優しく問いかける作品が多い。フェミニスト歌手として暴力、差別、非人間化、無賃家事労働、ルッキズム、身体性の奪回など多岐にわたる。また、こうした問題を曲としてうたうだけでなく、前口上としてしっかりと聴衆に投げかけながら歌っていたのが非常に印象的だった。ここではまだアルバム未収録の「私もあなたを見た」。大切な存在に思いも寄らぬ形で裏切られること、そしてそれの愛が支配であったことに気づく、そういう歌だ。こちらは彼女のオフィシャルビデオから紹介。

La Lá "Yo también te vi"

https://www.youtube.com/watch?v=a4DhANQuang

他にも、若い女性たちによるマリネラ・リメーニャを中心とする運動であるとか、悪魔舞踊を巡るショーと講演、同じムシカ・クリオージャを愛していても、庶民のいくペーニャと富裕層が通うライブハウスの違いなど改めて痛感したりとほんとうにいろいろなことを感じたが、そうした経験も少しずつ機会を見つけてご紹介して行ければと思う。

そんなわけで、今年の新曲なども含めていろいろ紹介することも考えたが、せっかくなので私がこの夏に旅で出会った曲から特に印象的だったものをご紹介させていただくことにした。それでは2026年も皆さんのラテン音楽生活にとって、実り多きことを祈っております。

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posted by eLPop at 12:45 | 水口良樹のペルー四方山がたり

ミレナ・ワルトン

2025.06.14

今回はペルーの若いアンデスルーツの女の子たちをエンパワーメントするポップ・アンディー(アンデス・ポップス)のを歌い続けているミレナ・ワルトンの近作を紹介したい。

2023年にチリのビニャ・デル・マール音楽祭のフォルクローレ部門で金賞を受賞しましたが、それ以前から若い層に強い人気があったのは、「かわいい」路線でアピールするだけでなく、それぞれが尊厳を持てるように、テーマ自体も生きづらさを乗り越えていく、つながっていける、そういうものの大切さを一貫して作り歌い続けてきたことにある。

1曲目に紹介させていただく「ラティンチョラ」は、ペルーではなく、ボリビアの都市部に住む先住民女性チョラの衣装で行われるチョリータ・プロレスが、ボリビアの首都ラパス周縁部に位置する、高度4200メートルのエル・アルトで生まれた新たな建築様式チョレット建築(新アンデス様式とも)の屋内に設置されたリングで行われる、そういう現場を通して歌っている。彼女の歌とラップとプロレスとスケボーをシャッフルしながら、姿の見えない男性に対して技をかけ、そう簡単に籠絡できると思うなと啖呵を切りながら打ち倒していくことで、制度自体にまけずに闘い続けて変えていけることを伝えようとしている。

ミレナ・ワルトン 「ラティンチョラ」
Milena Warthon "Latinchola" 2025/03


https://www.youtube.com/watch?v=zcHd1cwKgW4

続いて2曲目の「チョリータ・リンダ」は、遠い田舎からひとり大都市リマに出てきた若い物売りの女の子が、皆に居ない者とされ、追い払われしながら、それでもときに悲しい思いもしながら、インフォーマルな環境に生きる人びとの相互扶助を通して人とつながり、居場所を作っていく情景を描いていく。制度が「先住民」「女性」「貧者」「地方出身者」を劣位に、そしてときに居ない者と扱い、都合良く利用する存在とする中で、したたかにつながりながら生きていく連帯をイメージさせる彼女の歌は、だからこそ響くのだろうとも思ったりする。

「チョリータ・リンダ」
Milena Warthon "Cholita linda" 2024/07


https://www.youtube.com/watch?v=3Q7k5G0y4Ds
posted by eLPop at 01:22 | 水口良樹のペルー四方山がたり

2024年はこれだった!ミゲル・バルンブロシオ、フロール・デ・ラップ、トレンケ・ラウケン

2024.12.31

今年、自分が新しく出会ってうぉぉぉと思った作品は、必ずしも新曲というわけではないが印象的な曲をあげたい。

今年前半のラテン音楽最新地図ではアフロペルー音楽をめぐる曲をご紹介したが、その時にも紹介させていただいたチンチャのアフロ音楽を牽引するバルンブロシオ・ファミリーのミゲルによるケチュア語とスペイン語で歌われた曲。最新ラテン音楽地図のイベントでは紹介したが、Web上では未だ紹介していなかったのでこの機会に紹介しておきたい。

ペルー南部沿岸地域に位置するチンチャのエル・カルメンは「アフロペルー音楽の聖地」化によって観光を推進している地域だが、歴史的には、むしろアフロ系とアンデス系の交流こそがこの地域が持っていた魅力である。カホンを叩きフェステホを踊るアフロの聖地のイメージが近年の創られた伝統であることを考えれば、アンデスとの連続性の中にこそ、本来の彼らのルーツがある。そうした歴史的文脈をきちんと踏まえて作られたのがこの「ヤナ・ルナ(黒い人)」だ。タイトルはケチュア語。

Miguel Ballumbrosio "Yana Luna" (Peru)2013

https://www.youtube.com/watch?v=aujZZcJcDXw

また、2024年水口はラテンアメリカのフェミニズムの国際シンポジウムを企画・開催し、現在その成果をもとにブックレットを鋭意準備中なのだが、その中にラテンアメリカのフェミニズム歌謡についての資料を掲載するために伊藤さんの協力を得ながら準備をしている。その中で出会った曲で私の心を撃ち抜いたのが次の曲であった。

それはチリの貧民街で生まれ、幼少期に父が目の前で焼身自殺しようとした経験を持つ女性ラッパー、フロール・デ・ラップ(本名:アンヘラ・ルセーロ・アレイテ)の曲だ。新自由主義が支配するチリにおいて、スラムに生まれ育つということは、犯罪、売春、ドラッグ、DVといったものから距離を取ることが難しい環境がある。

その中で女性として生まれるということは、それだけで社会の歪みを一身に受けて成長することとなる。ただ、幸せになりたいという願いが踏みにじられながら、家にも、学校にも、路上にも居場所を見つけられない女性たち、若くして妊娠し、シングルマザーとしてたくましくなるほか生き残るすべがない女性たちの生を、下から来て上を目指す一人の人間の叫びとして描き出したこのラップは聴く度に心にずんと来る重たい、そして激しい感情を呼び覚ます曲である。

連呼される「Vamos para arriba, porque venimos de abajo(私たちは上へと行く。なぜなら私たちは下から来たのだから)」という言葉の力強さと切実さが、私たちに格差を見てみぬふりをして、その収奪の上の繁栄を享受することを問うまなざしを、きちんと受け止め考えることを突きつける。

私たち一人一人が、こうした音楽を「消費」するのではなく、他者を踏みつけにして成立する社会の歪な暴力性をどう解消していくかこそがより良い社会の在り方へとつながっているのかということに向かい合うことで応えていくことが必要なのだと改めて思う。

Flor de Rap "Inmarchitable" (Chile)2019

https://www.youtube.com/watch?v=dawCDu2lQTg


そしてこの年末に、今をときめくラテンアメリカ映画の若手牽引役として七面六臂の大活躍をしている新谷和輝さんが上映権を購入し、4回限定で上映したアルゼンチン映画「トレンケ・ラウケン」を視聴したので紹介したい(まさかの満員御礼で初日は劇場まで行ったにもかかわらず満席で見ることが出来なかった)。

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第1部、第2部あわせて4時間以上の大長編を一気に視聴したのであるが、わずか4日限定の映画が二日目は午前10時すぎにはもうほぼ完売という状況(上映開始は17時40分)に驚愕し、どういう人が来ているのかと不思議に思ったものだ。そして、改めてその盛況ぶりに映画の可能性を感じもした(ラテン音楽もそれぐらいの活況を取り戻していかねばとも思う)。

映画は、失踪した植物学者ラウラを探しに来たブエノスアイレスの恋人ラファエルと、田舎町トレンケ・ラウケンで彼女の運転手をしていたチーチョの探索行から始まる。

パラレルな失踪、秘密の手紙、湖で発見された謎の生き物、妊娠している女性たち、ラジオパーソナリティ、謎の花、女性医、クィアなカップル、ガウチョ(アルゼンチンのカウボーイ)とさまざまな要素が絡まりあうが、何より物語の筋書きが、聴衆の予想を裏切ってどんどんとメタモルフォーゼしていくところがなんとも言えない魅力となっている(同時に役者の演技がピカイチなのである)。

曇り空、疲れた顔の中年男女、田舎町、とカタルシスのない一見地味に見えるこの映画であるが、その予想を裏切りながら展開していく物語に、気がつけばすっかり引き込まれている。

そしてこの映画の特徴は、人の想像力によって紡がれる作品であるというところだ。真実を語るのではなく、真実を考えながら想像でそれぞれが物語を紡いでいく。その創造/想像が生み出すリアルを超えて解釈される現実というものを提示していく。

監督がインタビューで、夢を分析しリアルな何かに結びつけて具体化していくことで失われるものについて考える必要性、という視点を語るが、まさにその思想に基づいてさまざまな謎や伝聞が、リアルがどうであるのか、その真実を告げられぬままに提示され、投げかけられ、回収されない。

しかし、それこそがこの物語を別の次元からリアルにしている側面でもある。伏線回収される物語の整えられた虚構性を蹴っ飛ばすかのように、不確かで分からない中を想像しながら解釈していくリアルを、この映画は聴衆に投げかけていく。

また、上映後のトーク(2日目)でも語られていたように、ストーリーテーラーが第1部と第2部でスイッチすることで立ち現れる視線も切り替わっていくところも見事だ。男性目線で描かれる第1部に対し、女性目線で女性たちを描く第2部に入った途端、物語は全く別の展開へと進展していく。

男が女性に期待し背負わせるまなざしをすり抜けていく女性たちの物語として、「トレンケ・ラウケン」は、失踪はもしかして解放としての側面もあったのではないかと問いかけるように描かれているのかも知れないと、見終わった後に感じる、そういう映画でもある。

このたびは4日限定の上映であったが、もしかしたら今後別の機会で上映されることもあるかもしれない(おそらくそういう機会を作りたいと思っているのではないかと思う)。なので、ぜひ機会があれば、この不思議できっと見る度に違う発見がある豊かな映画を、ぜひ多くの人に見て欲しいと思う。(個人的にはその時には予告編も見ずに前情報なしに見て欲しい)

トレンケ・ラウケン予告編(英語字幕)

https://www.youtube.com/watch?v=CJEvAlSigCw

また、この映画を製作しているエル・パンペロ・シネという映画制作コレクティボも興味深い。協働による制作という手法は個人的にはグルーポ・ウカマウを思い出すし、私の友人である岡山で「地産地生」映画として地元の人と地元を描く映画を作り続けている山崎樹一郎監督などを思い出したりもするが、この映画も6年の歳月をかけ、主演女優と監督(ふたりのラウラ!)によってシナリオが作られ、トレンケ・ラウケンの町の人々の協力を得ながら作られたインディペンデント映画という意味でも本当に興味深い。

posted by eLPop at 12:59 | 水口良樹のペルー四方山がたり

ペルーにおける詩と音楽〜吟遊詩人の世界

2024.12.04

 ラテンアメリカのそうそうたるトロバドールの世界の中で、ペルーは非常にマイナーな国である。しかし、では吟遊詩人は存在しないのかといえば、そんなことはない。ペルーはペルーで非常に多様な吟遊詩人世界を持っている社会でもある。

 吟遊詩人の定義は諸説あるが、国立民族学博物館で現在開催されている特別展「吟遊詩人の世界」展では、吟遊詩人を、王家の系譜や英雄譚を語り継ぐ語り部、戦場で兵士を鼓舞する楽師、社会批評家、宴席に哄笑の渦をまき起こすコメディアン、庶民の意見の代弁者、中央のニュースを地方に伝えるメディア、儀礼の進行を担う司会者、五穀豊穣を祈願する門付芸人、また、霊的な世界と交流する職能者、ヒップホップなどのラッパーまでをを含めている。

 一般にラテンアメリカで吟遊詩人という時にイメージされるものは、韻を踏んだ四行詩や十行詩の即興の歌や歌試合、ニュース歌謡などがイメージされるが、民博の定義であると物語歌だけでなく、神々と交歓するシャーマンの儀礼歌なども吟遊詩人の範疇に入ることになる。そうなると途端にアンデスやアマゾンのさまざまな儀礼歌が吟遊詩人の範疇に入ってくることになるが、ここではアマゾン地域でアヤワスカ儀礼の際に歌われるイカロという歌があり、それをうたうシャーマンたちが居ることを紹介するにとどめたい。

Sigo Siendo - Icaros amazónicos

https://youtu.be/fseKgna-Dsw?si=0QmvWajl9rL7qxgJ&t=521

続いてクマナナだ。クマナナは四行詩コプラを即興で韻を踏みながら歌試合をするというスタイルの音楽で、勝敗が決まるまで終わることが出来ないという。主にピウラ地方に残っている。クマナナは音声的にはアフリカのキンブンド語由来であるとニコメデス・サンタ・クルスは書いており、彼はこの即興詩の歌試合に惚れて自らの楽団名をクマナナと名づけたほどであった。

ニコメデスによれば、ペルー北部の町モロポン最高のクマナナとされたものに非常に似た歌試合の記録が1700年代のチリに残っており、こうした詩のスタイルやテクニック自体が非常に広い範囲で共有された民衆知として機能していたことを物語っている。クマナナは古くはアルパ、近年はギターとともに行われたというが、最近は無伴奏で歌試合をすることもおおいようで、個人的にはやはりちょっとギターなどの音楽に合わせて歌って欲しいと思ってしまう。

ニコメデス・サンタ・クルスも影響を受けたラモン・ドミンゲスが謡うクマナナの録音


Cumananas. Ramón Domínguez,(1913 - 1987), agricultor, natural de Morropón - Piura. Marzo, 1970.


https://www.youtube.com/watch?v=6ZkCX_M3RsE

ニコメデスのアルバム「ソカボン」にもクマナナが少し録音されている。

ギターが入っているクマナナ。

Cumanana YO SÉ MÁS DE CUZCO Maricielo y Fiorella

https://www.youtube.com/watch?v=fkWK125CwY0

ペルーの北部海岸を讃えるクマナナ

Cumaná Planta (1er puesto)

https://www.youtube.com/watch?v=FcoSHr9vKdQ

最後にアモール・フィーノである。これはどのようなものかというと、車座になって順番に四行詩を歌っていくというもので、緊張感がある劇的な単調のギターのメロディーが印象的だ。この遊びも現代ではほとんど行われることがなくなったが、カテドラル・デル・クリオジスモではたまに人がそろうと催される。2つ、1979年の大御所のものと、カテドラルのものを載せておくが、歌詞が分からないと、ほとんど違いが分からないかも知れませんね。

1979年のテレビ番組で行われたアモール・フィーノ。伝説的な大御所たちがアモール・フィーノをやっている。それだけで大興奮もののビデオである。

Amor Fino - Malambo

https://www.youtube.com/watch?v=AEy4KsxxgL8

カテドラルで開催された現代のアモール・フィーノ。

AMOR FINO - La Catedral del Criollismo - Lima, Perú

https://www.youtube.com/watch?v=7rBiUhbBDrc

さて、ペルーの吟遊詩人の世界はこうした多様なスタイルを持っているが、その謡い手としてもっとも有名な人は誰かというと、紛れもなくニコメデス・サンタ・クルスであろう。アフロペルー音楽復興の立役者でもある詩人の作品も聞いておこう。

マリネラに捧げられたデシマ。最初に続く4つのデシマの最終行を1つの四行詩として提示し、その後それぞれそのフレーズで終わるデシマを4つ続けるデシマ・グロサーダで

Nicomedes Santa Cruz: Décima a La Marinera

https://www.youtube.com/watch?v=LmC0mxcEDYI

また彼のもっとも有名なデシマの1つである「ペルー黒人のリズム」も載せておこう。

Nicomedes Santa Cruz - Ritmos Negros del Perú

https://www.youtube.com/watch?v=kZoqLcWfsjc


さらに、現代の若手吟遊詩人たちを紹介したい。

オマール・カミーノは新進気鋭の社会派シンガーソングライターであり、ペルーの若手の中でも非常に評価の高いデシミスタでもある。彼のコンサートでは、大抵最低でも1回はデシマが挟まれる。批評精神あふれるものからシャレが効いた爆笑ものまでさまざまな引き出しを持っている。また彼の師匠筋がコンサートに来てくれている時には、ちょっとしたデシマの交換を行うこともある。

そして強調しておきたいのが、彼が作る曲が本当に素晴らしいということだ。コスタのムシカ・クリオージャやアフロペルー音楽、そしてアンデスのワイノなど各地の伝統音楽に真摯に取り組み、それぞれが抱えている生きづらさ、疎外された者へのあたたかいまなざしに満ちた曲が多いのが素晴らしい。彼の詩集もよいらしいが私は残念ながら手に入れられていない。インタビューもコロナのロックダウンで流れてしまったのが返す返す残念である。

コンサートでリマに捧げるデシマを行ったときの模様を見てみよう。

Décimas a Lima - Omar Camino

https://www.youtube.com/watch?v=BmPCgmMpkPA

さらに小さなライブでリマを代表する老デシミスタアントニオ・シルバ・ガルシアとコントラプントを行った時の模様。

Contrapunto de Décima Antonio Silva García y Omar Camino

https://www.youtube.com/watch?v=m2uLL5Z_yLY

彼の歌う歌も一曲。都市移民を歌った曲「風に舞う葉」を。

Cultural Live Sessions - Omar Camino - Hojas Al Viento

https://www.youtube.com/watch?v=UB1O7NEWsw4

もう一人、若手を紹介するなら、マリア・アイデーだろう。アンデス東斜面のワヌコ出身で、大学時代にオマール・カミーノとともに音楽学者チャレナ・バスケスの薫陶を受け、デシマを始めている。彼女は大学の卒論でもラテンアメリカのデシマについて書いており、ペルーを代表するパジャドールとしてラテンアメリカ各地のパジャドール、トロバドールの大会に参加し、各地のさまざまな世代の吟遊詩人たちと交流し、そこから彼女の故郷ワヌコで国際的なイベントを企画していこうという本当に行動力と才能溢れる若手詩人であり、歌手であると言える。

また、アンデスにルーツを持つものとして、特に故郷ワヌコのワイノを積極的に歌い継いでおり、リマに出てきた時には、ムシカ・クリオージャのより古いスタイルが守られているカテドラル・デル・クリオジスモを訪れ、主催者のギタリスト、ウェンドル・サルガードに必ずソカボンを捧げている。彼女の詩集は幸い彼女にインタビューした時に購入することが出来、彼女が私にあてたデシマを書いてくれたのは非常にうれしい思い出である。

マリア・アイデーが謡うソカボン。

María Haydeé - Décimas de presentación - Socabón (Perú)

https://www.youtube.com/watch?v=d0ostuREY9s

カテドラル・デル・クリオジスモでマリア・アイデーが、家主(主催者)のウェンドル・サルガードに捧げたソカボン。

María Haydeé canta Socabón en La Catedral del Criollismo

https://www.youtube.com/watch?v=b1PBOW0Cxa4

彼女が歌うワヌコのワイノ「Adiós cariño」。

María Haydeé & Omar Majino - ADIÓS CARIÑO - Huayno huanuqueño

https://www.youtube.com/watch?v=SQFv9xo81nc

チリのカサブランカで毎年開催されている「Encuentro Internacional de Payadores」は、チリ、アルゼンチン、コロンビア、ペルー、メキシコ、プエルトリコなど各地から吟遊詩人が集まり、それぞれの歌を交換し、時に歌試合に興じる。毎年訪れているマリア・アイデーの活動をいくつか追ってみよう。

ソロでソカボンを歌うマリア・アイデー
XIV Encuentro Internacional de Payadores de Casablanca, Chile
Socabón Peruano "Siendo en el amor capaces" Décimas de María Haydeé Guerra Berrios

Siendo en el amor capaces

https://www.youtube.com/watch?v=ZlE4rbrck60

ペルーとチリのパジャドールの歌試合
Contrapunto de Maria Haydeé Guerra (Perú) con Ruth Barrales (Chile)

Contrapunto de Maria Haydeé Guerra (Perú) con Ruth Barrales (Chile) en Casa Blanca, Chile

https://www.youtube.com/watch?v=n8CwG3fzeMA

せっかくなのでEncuentro Internacional de Payadoresで他の国の歌試合も見てみよう。

アルゼンチンとチリ

Encuentro Internacional de Payadores de Coltauco, Chile 2023. Contrapunto y Parte 1.

https://www.youtube.com/watch?v=c6uieS7XonQ

4カ国対抗

XXX Encuentro Internacional De Payadores en Casablanca

https://www.youtube.com/watch?v=0_APHX44jWc


今回はざっくりとペルーの吟遊詩人世界について紹介させていただいた。また、個別の魅力的な人々についても機会を見つけて掘り下げていければと思う。

→【本企画目次へ戻る】
http://elpop.jp/article/191144018.html


posted by eLPop at 21:57 | 水口良樹のペルー四方山がたり

ペルー映画『革命する大地』とベラスコ時代から考える

2024.05.20

 2023年の第2回ペルー映画祭で上映され、現在全国で順次上映されている『革命する大地』がなかなか刺激的なドキュメンタリー映画となっている。GW最終日に2回目を見て、レビューを書こうと思いつつ、仕事に追われてこんなに遅くなってしまった。まだ未見の方、ぜひ見に行って欲しい作品です。

 原題「革命と土地」と名付けられたこの映画は、ペルーで68年から始まったベラスコ軍事政権の再評価を迫るドキュメンタリー映画だ。ラテンアメリカ、しかも60年代末〜80年代ということをになると、ラテンアメリカ・リテラシーのある人は、CIAのコンドル作戦に基づく米国主導の反共軍事クーデターとその後のお決まりの虐殺、そして新自由主義の強制導入をイメージする人も多いだろう。しかし、実はペルーはこの時代、まったく逆の路線を突っ走っていた。この軍事政権は「左派」であり、「革命政府」を名乗っていた軍事政権であった。


予告編 『革命する大地』

 この映画の非常に面白いところは、単なる政治的タブーとされた一時代を掘り起こし再評価する、という以上に、映画の中で大量のペルー映画を引用し、ノンフィクションとフィクション、インタビューが並列して語られる所である。ノンフィクションは「事実」を監督の思想に基づいてくみ上げながら語り直される物語だとすれば、そこに含まれる多数のインタビューや物語映画の引用は、この映画の中で多声性を獲得しつつ、再び監督の物語の中に回収されていくという独特な手法となっている。さらに、監督曰く、ペルーで作られた映画の90%はすでに失われてしまってアクセス不能となっている、ということを鑑みれば、この作品の中で過去のペルー映画を引用することは、ペルーという国の歴史と映画史をベラスコ時代の「文化革命」を再考するためのツールとして掘り起こすと同時に、ラテンアメリカ映画の中でもマイナーな国と見なされるペルーでこれまで試みられてきたさまざまな映画を通した表現の闘争をも評価していくことを見る者に求めるものになっていると言えるだろう。
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posted by eLPop at 00:32 | 水口良樹のペルー四方山がたり