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セルヒオ・ジョージ・インタヴュー<3>

2014.04.15

――楽器を始めたのは?
「まずトランペットとヴァイオリンをやって、ピアノは15歳ぐらいからだ。はじめは独学で2年、そのあと個人レッスンを受けて、大学に入ってからジャズのジャッキー・バイヤードについて2年。そしてMJQ(モダン・ジャズ・クァルテット)のジョン・ルイスに習った。最初に参加したレコードは、ラテン・パーカッション社(※)から出たコンフント・カチェーのアルバムで、77年ごろだったからね。ボクは16歳ぐらいで、音楽についてはほとんど何も知らなかったね」

(※)ラテン・パーカッション(LP):ニューヨークをベースにするラテン・パーカッションのメーカー。1970年代初頭から、教則レコードをはじめ、ティト・プエンテ、カルロス“パタート”バルデスなどパーカッション奏者を中心としたさまざまなアーティストのアルバムをリリースするようになった。続きを読む
posted by eLPop at 00:20 | 岡本郁生のラテン横丁

セルヒオ・ジョージ・インタヴュー<2>

2014.04.09

――ところで、大ヒット中のDLGですが、サルサ+ヒップ・ホップ+レゲエっていうあのアイディアは、一体どこから?
「なにか変わったことをしたいと思って、ラッパーを使うことを思いついたんだ。最初は試しに1曲だけやってみて、うまくいったんで、アルバム全部でやろうってことになった。実際、4〜5年前にティト・ニエベスのアルバムの中の曲で部分的に試してはいたんだ。でも、ラップとレゲエをもっと増やして、アルバム全部をそのコンセプトでやるまでには何年もかかったね」

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posted by eLPop at 20:25 | 岡本郁生のラテン横丁

セルヒオ・ジョージ・インタヴュー<1>

2014.03.29

『サルサ・ジャイアンツ』のプロデューサーとしてこのところ大きな注目を集めているセルヒオ・ジョージ。数年前に<TOP STOP MUSIC>を設立し、第一弾として手がけたルイス・エンリケでグラミーを受賞。プリンス・ロイス、レスリー・グレイスといったバチャータのアーティストをヒットさせ、マーク・アンソニーの久々のアルバムをプロデュースするなど、再び脚光を浴びている才人である。
 彼は1980年代後半、コンサート・プロモーターのラルフ・メルカードが設立したRMMレーベルの専属アレンジャー/キーボーディスト/プロデューサーをつとめるようになった。ほどなくしてサルサ界最大のレーベルにのし上がったRMMの影の立役者というべき人物だ。

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posted by eLPop at 13:10 | 岡本郁生のラテン横丁

ラロ・ロドリゲス!

2014.03.14

先日のキック・オフ・パーティでもご紹介した曲なんですが、ラロ・ロドリゲスLalo Rodríguez、1982年のアルバム『ヌエバメンテ・ラロ / Nuevamente Lalo』からの「セ・エンペニャン / Se Empeñan」。
レイ・サントスとルイス・ガルシア、プエルトリコの名アレンジャー/プロデューサーふたりが手掛けたこのアルバム、豪胆にして繊細、まさにサボールとセンティミエントがとめどなく溢れ出る大傑作。ファンの必須アイテムです。
特に薄暮のころ、次第に深くなってゆく暗闇の中、ひとりで聞いていると、狂気と正気の境目が徐々に薄れていくのを感ずることになる・・・かもしれません。
しかし残念ながら、現在ではなかなか入手困難なアルバムのようです。
そんなわけでせめてYoutubeで・・・
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「サルサ・ジャイアンツ」NORAインタビュー・その2

2014.03.01

私たちが出た最初の日が1万2000人、次の日が1万5000人ぐらい入ってたと思います。3ヶ所でやってて…私たちは“サム・クック”っていう一番大きなステージだったんですけど…まず私たち(セルヒオのオール・スターズ=サルサ・ジャイアンツ)、次がルベン・ブラデス、そしてサンタナ、という順。ベネズエラからたったの30分で来れるので、お客さんたくさん来てましたね。

今回、私は「サルサ・カリエンテ・デル・ハポン」だけ。最初は2曲やる予定だったんですけど、リハをやったら…ラテンではありえないんだけど…長すぎるってことで1曲カットになって。私の次がティト・ニエベス、ホセ・アルベルト〜っていう順番。ウィリー・チリーノ、アンディ・モンタニェス、チェオ・フェリシアーノ、チャーリー・サー、ルイス・エンリケ、オスカル・デレオン、マーク・アンソニー、だったかな?

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posted by eLPop at 12:40 | 岡本郁生のラテン横丁