ラテン音楽研究の第一人者でありグラミー賞審査員も歴任したスティーブン・ロサ教授がディレクターをつとめ、ジャズ、ラテン・ジャズ、チカーノ音楽、サルサなどを聞かせるグループで、3月19日の南青山MANDALAを皮切りに、赤坂B-flat、晴れたら空に豆まいて、明治大学アカデミーホール、東京藝術大学第1ホールと、連日パフォーマンスを行った。
資料によると、ベーシックなメンバーは以下のとおり。
・Steven Loza (trumpet / vocals):UCLA教授。ラテン音楽研究の第一人者、グラミー賞審査員も歴任。
・Regina Carter (violin / vocals):ジャズ・ヴァイオリン界の至宝、グラミー賞ノミネート多数。
・Clayton Cameron (drums):トニー・ベネットやサミー・デイヴィスJr.を支えたドラム界のレジェンド。
・Abhiman Kaushal (tabla):世界的なタブラ(打楽器)奏者、2017年グラミー賞受賞アルバムに主要奏者として参加。
・Arturo O’Farrill (piano) :グラミー賞を8回受賞。アフロ・キューバン・ジャズを現代に継承するピアニストとしてラテン・ジャズ界に君臨。
・Charlie Tovar (congas)
・Gregory Esparza (vocals)
・Hitomi Oba (saxophone)
・Nick DePinna (trombone, arranger)
・Salim Washington (saxophones, flute)
・Simeon Pillich (bass)
・Eriko Onojima (vocals)
来日中、何人かのメンバーにインタビューすることができた。
まずはヴァイオリンのレジーナ・カーターから・・・
レジーナといえば、何といっても、エディ・パルミエリのアルバム『Listen Here!』での鮮烈な演奏が印象的だ。
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――あなたはデトロイト生まれですよね? 2020年のアルバム『Swing State:Harmony In The Battleground』の1曲目「Welcome to Swing States from Regina Carter」の中で、「デトロイトで生まれ、カリブ系やメキシコ系など、様々な文化圏の人々に囲まれて育った」と語っていますが、そのことについてお聞かせいただけますか?
1950年代以前から自動車産業が盛んだったから、様々な文化圏の人々がデトロイトに移住してきました。メキシコ系住民が非常に多く、カリブ系住民も最大規模でした。ギリシャ人が多く住むグリーク・タウン(Greektown)や、ポーランド系住民が多く住むハムトラムク(Hamtramck)もありました。これらの地域の子どもたちのほとんどは公立学校に通っていたので、私たちは幼い頃からお互いの文化に触れる機会が多かったんです。そして、これらの地域にはそれぞれ故郷の音楽がありました。ですから、ヨーロッパのクラシック音楽、モータウン、ジャズといったものに加えて、そういった音楽に触れることで、実に多様な文化と音楽に触れることができたんです。
1966年8月6日デトロイト生まれのレジーナ・カーター。
以下、オフィシャルサイトによると・・・
4歳からスズキ・メソードでヴァイオリンを始め、デトロイトのキャス・テクニカル高校を卒業後、ニューイングランド音楽院とミシガン州のオークランド大学でジャズの研鑽を積んだ。デトロイトの公立学校やドイツの米軍基地でヴァイオリンを教え、女性5人組ジャズ・クインテット「ストレート・アヘッド」で注目を集めた(このグループは最近、デトロイト・ジャズ・フェスティバルで結成25周年を祝った)。ほかに、ニューヨークのストリング・トリオとも6年間レコーディングやツアーを行っている。
そして、1995年、アトランティック・レコードからソロ・デビュー・アルバムをリリース。その後、ヴァーヴから『サムシング・フォー・グレース』(1997年)、『リズムズ・オブ・ザ・ハート』(1999年)、『モーター・シティ・モーメンツ』(2000年)と、立て続けに3枚のアルバムを発表。
イタリアのジェノヴァを訪れ、1743年にジュゼッペ・グァルネリが製作した伝説のヴァイオリン、ニコロ・パガニーニの「イル・カンノーネ」を演奏した初の“非クラシック”ヴァイオリニストとして歴史に名を刻んだことが、次の作品『パガニーニ:アフター・ア・ドリーム』(2003年)のインスピレーションとなった。その後も、『アイル・ビー・シーイング・ユー:ア・センチメンタル・ジャーニー』(2006年)は、『リバース・スレッド』(2010年)と『サザン・コンフォート』(2014年)、『エラ:アクセントエイト・ザ・ポジティブ』(2017年)とリリースを続けている。
――子供の頃、初めて聴いたのはどんな音楽でしたか?
おそらく・・・レコード、それも、ヨーロッパのクラシック音楽だったと思います。そう、4歳でヴァイオリンを始めたので。でも、兄たちがいて、彼らはモータウンやビートルズを聴いてましたし、両親はジャズのレコードも持っていて、エラ・フィッツジェラルドやナット・キング・コール、それから映画のサウンドトラックも聴いてました。だから、あらゆるジャンルの音楽を少しずつ聴いていたんです。
――子供のころ、どんなトレーニングを受けていたんですか? クラシック音楽の学校に通って、その後ジャズやラテン音楽を学んだと聞きましたが。
ヨーロッパのクラシック音楽を勉強する学校に通って、高校でジャズを少し始めました。でも、ジャズを本格的に学んだのはデトロイトでした。デトロイトはジャズ・シーンが盛んで、そこでミュージシャンたちから教わったんです。学校ではなく、ミュージシャンたちから直接学んだんです。ライヴをしながら、そういう風に学んでいったんです。今でもストリートで学び続けています。
――あなた自身は、ラテン系の血を引いているんですか?
いいえ。ただ、音楽が大好きなんです。そうなんですよ。
――初めてあなたの演奏を聴いたのは、エディ・パルミエリのアルバム『Listen Here!』で、だったと思います。
ああ、そうなのね。
――2005年ごろだったかな? 21年前ですね。
ほかに、チュチョ・バルデスとも演奏したりレコーディングしたりしました。そして、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのオマラ・ポルトゥオンドとも。あと、(90年代に)ニューヨークで数年間、ロス・ホベネス・デル・バリオというチャランガ・バンドでも演奏していましたよ。
――アルトゥーロ(・オファリル)ともやってますよね。どういう経緯でラテン音楽に関わるようになったんですか? 例えば、エディ・パルミエリとは・・・?
デトロイトに住んでたころ、オルガン奏者とバンドを組んでいました。彼はラテン音楽が大好きで、よく私にレコードを聴かせてくれたんです。私が初めて聴いた、ラテン音楽を演奏するヴァイオリニストは、アルフレド・デ・ラ・フェだったと思います。彼の音楽が大好きになりました。あの音楽を聴くと、踊りたくなるんです。一番好きな音楽だと思います。そして、ニューヨークに引っ越してからは、仕事を得るためにどんな音楽でも演奏していました。エディ・パルミエリとはどうやって知り合ったのか、自分でもよく覚えていません。たぶんフェスティバルか何かだったと思いますが、彼が私をレコーディングに誘ってくれたんです。そうですね・・・ニューヨークやツアー先でたくさんのミュージシャンと出会い、一緒にレコーディングしたり、演奏したりする機会に恵まれた、というわけです。
――クラシック音楽やジャズも演奏しますよね?
以前はヨーロッパのクラシック音楽を演奏してたし、ジャズも演奏してました。
――今回は、ラテン・ジャズ・バンドですよね。さまざまなジャンルを演奏するとき、脳の別の部分を使っているんですか?
(爆笑)ちゃんと機能しているのかどうか、よく分からない(笑)。ただ、なんとなく、そういう感じ。まるでカメレオンみたいに、簡単に周りに溶け込めるような気がします。
実は今回、2年半ぶりにヴァイオリンを弾いてるんですよ。脊椎の手術を受けて、手にも問題があったので、ずっと弾いてませんでした。まだ手が弱っているんです。人前で演奏するのは2年ぐらいぶりなんです。
――そうなんですか・・・。脳の話は置いといて(笑)、やっぱり、曲ごとに必要な演奏テクニックは違うわけですよね?
ええ。でも、あまり意識していないんです、本当に。確かに違いはあります。まるで違う言語を話すようなものですから、口の形も変えなければなりません。でも、意識的にやっているわけじゃないんです。ただ音を聴いて、どうすればいいかを考えるだけだと思います。
――昨日、(「晴れたら空に豆まいて」でのライヴで)たぶん「Low Rider」でだったと思いますが、最後にソロがまわってきて、ワルツみたいなリズムで、変わったフレーズを弾いてましたよね・・・覚えてますか?
(笑)さあ、どうでしょう・・・ただ、その場で起こっていることにインスピレーションを受けているだけなんですよ。
――つまり、他の音を聞いてそれに反応している、と?
はい。そうすると、色々なイメージが浮かんでくるんです・・・すみません、具体的な方法はないんです(笑)。
――変な質問ばかりですみません。
いえいえ、ただ、今まで考えたこともなかったことなので(笑)。だから、そのプロセスは面白いんです。あまり深く考えないようにしています。
――いまのところの最新アルバム『Swing State』について教えてください。とても素晴らしいアルバムだと思います。
ありがとうございます。あのアルバムは、ちょうど(2020年の)大統領選挙の投票直前に製作しました。アメリカでは、激戦州(Swing State)が、誰が当選するかを左右するんです。多くの人が失望していて、投票に行きたがらない状況だったので、投票してほしいと思いました。投票は私たちにとってとても大切なことなんです。それで、激戦州それぞれの、地元の曲を選んでレコーディングしました。
――参加しているのは、ジョン・バティステ・・・
ハーヴィー・メイソン・ジュニア、ジョン・デヴァーサ・・・(ほかに、アレクシス・クアドラドとカビール・セーガル)
――彼らはレギュラー・メンバーだったんですか?
いえ違います。あれは一回だけの特別なプロジェクトで、アルトゥーロの『ファンダンゴ・アット・ザ・ウォール(Fandango at the Wall)』をプロデュースしたカビール・セーガル(Kabir Sehgal)が、このアルバムをプロデュースしてくれたんです。
――いまはニュージャージーにお住まいですよね?
そうです。でも、UCLAで教えているので、学期中はロサンゼルスに住んでいて、学期が終わると自宅に帰ります。夫はニュージャージーにいて、ドラマーなので、そこで教えたり仕事をしたりしています。その自宅に帰るんです。
――私自身は、ラテン音楽を聴くのが大好きで、もう40〜50年くらいになります。ファニア・レコードはじめ、サルサ、メレンゲ、そういう音楽が大好きなんです。今の音楽シーンはどんどん変化していると思いますが、どうでしょうか?
ええ、業界全体が変化してますよね。良い方向に変化している部分もあれば、そうでない部分もあると思います。レコーディングに関しては、今では、誰でも録音できます。大手レーベルやメジャーレーベルと契約する必要はありません。そして、ライヴや仕事のギャラは、多くの場合、上がっています。他のミュージシャンのギャラは上がっていますし、物価も上がっていますが、ジャズ・ミュージシャンのギャラは上がってません。いまだにとても低いままです。若い人たちは当然、演奏したいと思っていて、仕事があれば引き受けます。プロのミュージシャンもそういう仕事を引き受けます。だから、ギャラを上げようとしない若い人たちにとっては、状況がさらに難しくなるんです。それに、クラブが閉店したり、そもそも数が少なくなったりして、演奏できる場所がほとんどないんです。それに、今の世界情勢を考えると、ツアーも難しいですよね。
――そして、今まさに若いアーティストたちが台頭してきています。例えば、バッド・バニー。世界中で大旋風を巻き起こしていると思いますが、彼についてどう思いますか?
実は最近まで彼のことをよく知らなかったんです。でも、(スーパーボウルの)ハーフタイムショーを見て、すごく感動しました。本当に重要なことだと思います。まさに民衆の音楽(music of the people)です。彼は労働者、つまり世界を動かしている人々について、重要なメッセージを発信しています。だから、とても大切なことだと思います。
ほかにも、素晴らしい若手ミュージシャンがたくさん出てきていますね。サックス奏者のラケシア・ベンジャミン(Lakecia Benjamin)、カミーユ・サーマン(Camille Thurman)、それに私が知らない若い世代もいますが、彼らはまだハングリー精神にあふれ、この音楽を演奏したいと強く願っています。
――最後に・・・ジャズやラテン音楽でヴァイオリンを演奏する上で、一番大切なことは何ですか?
私はただ、ありのままの自分でいたいんです。自分のエゴを静めて、邪魔をしないように。何かを演奏しようとするのではなく、ただ音楽が自分を通して流れてくるようにしたいんです。だから、音楽の邪魔をしないようにしなければならないのですが、それが時々難しいんです。そのマインドがね・・・
――ありがとうございました。
(3月21日:明治大学アカデミーホールにて)


