"I had to write a song for you"からポップにスタート。シティ・ポップ的な音感覚。2曲目"Deixa't Anar"はカタランの歌詞。今回の作品のサウンドの方向性はステファン・コンダード(b)が担当。ネオソウルやファンクなど最近のUS系ジャズの音がベースだが、そこに異なる色それもカスティーリャではない色を付ける曲の一つ。カタランの持つ言葉の響きは、4曲目の"Jungla"も同様でステファンとアンドレアの個性のバランスが響く面白い感覚。ちなみにステファンはオーストリア人でNYで活動するジャズヒップホップなインスト・グループのRuff Packのメンバー。今回の録音盤には同じくUSAで活躍するBIGYUKI(kyd)、グレゴリー・ハッチンソン(ds)が参加している。
3月のプエルトリコは先月お伝えした『Dia Nacional de la Salsa/サルサ国民の日』『プエルトリコ・ジャズ・フェスティバル』の他にも「Afrodescendencia月間(アフロ系ルーツの子孫月間とでも言おうか)」に合わせた『Dia Nacional de la Bomba/ボンバ国民の日』や『ラファエル・セペーダ・ボンバスクール50周年イベント』『第11回Encuentro de Tambores/タンボール・フェス』などの開催とシーンは忙しかった。
そのスピンアウトでカリブやアフリカのまだ日本に紹介されていない音楽映画に字幕を付けて上映しようという『Caribafrica Film & Music Collection』という企画をDJ miyaが立てたのが今年の春。そしてまずカリブから4作品を選び、契約をし、字幕翻訳を完成させ、9月から4か月かけ上映を行ってきました。ラインナップはこんな感じです。いずれも音楽ドキュメンタリー。
特に医療関係が多く現在でもラテンアメリカ医学大学(La Escuela Latinoamericana de Medicina (ELAM) )の2022年の留学生卒業生は799人で、内コンゴ民主共和国605人、アンゴラ103人、ナンビア51人などアフリカ勢が多くを占めています。その中でアフリカからの留学生たちから、又は彼らが結成した互助団体(アフリカ留学生ユニオン)のイベントなどを通して「アフリカの音」がキューバに直接入って来るようになります。
「Bakoso」という言葉は、元々Oba Kosso/Obakosso/Obakosoの形の言葉で、Changóの尊称の一つ。「Kosoの王」の意味をもち、それは”The King does not hang”の意味を持つとも言われています。
ナイジェリアの劇作家デュロ・ラディポが1963年にナイジェリアのオソグボで初演した演劇『Oba Kò So』はShangoが主人公でObakosoがなぜ”The King does not hang”なのかも含め描かれていたりするのを知るとBakosoという名前で出て来た音楽がヨルバの長い歴史と繋がっている事に改めて感銘します。
1967年には「FIRE IN MEH WIRE」の大ヒットで68年のロード・マーチ(カーニバル・シーズンの最人気曲)を受賞するが、なんと女性を理由に賞を取り上げられてしまう。しかしその10年後の1977年に「TEMPO」で、翌1978年には「SOCA JAM」でロード・マーチを2年連続獲得で見事に男どもをぶっ飛ばす。