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トゥルース・レヴォルーション・レコーズ

2023.08.03

トゥルース・レヴォルーション・レコーズ(Truth Revolution Records/TRR) のアーティストであり、オペレーション・マネージャーでもあるサックス奏者のダリル・ヨークリー(Darryl Yorkley)が来日しライヴの合間の日程に話を聞くことが出来た。

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Darryl Yorkley

TRRは2009年設立のジャズ/ラテンの音をリリースしてきたインディペンデントのレーベルだ。ジャズとラテンの間で活躍するザッカイ・カーティス(Zaccai Curtis, p)とルケス・カーティス(Luques Curtis, b)のカーティス兄弟(The Curtis Brothers)が設立した、ジャズ/ラテンの境界のないNYの現場感覚がダイレクトに伝わる重要な作品をリリースし続けてきた。

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何枚かのアルバムからレーベルの息吹が伝わるものをご紹介しよう。

まずThe Curtis Brothers。弟のベーシスト、ルケスはエディ・パルミエリ楽団で何度も来日しているのでご存じの方も多いだろう。クリスチャン・スコットやゲイリー・バートンなどのジャズ畑からパルミエリやビル・オコーネルなるラテン畑まで幅広く活動。

兄のザッカイはブライアン・リンチ(tp)やドナルド・ハリソン(as)などとも活動をしている。まさにNYのジャズとラテンの間を体現する音だ。ご紹介するのはレーベル旗揚げの時のアルバム1曲目から。カーティス兄弟のピアノとベースにレイナルド・デ・ヘスス(congas)、リッチー・バーシェイ(ds)の4人を中心にした作品。レーベルのカラーが良く出ている。

Curtis Anew / Curtis Brothers Quartet

https://youtu.be/Ugimub7vVQE


続いて、今回来日したダリル・ヨークリー(ts)のアルバム”Pictures at an African Exibition”から。

カリフォルニアでアフロアメリカンの父、メキシコ系の母から生まれ、高校時代に東海岸へ、以後大学で音楽を学び現在はNYを中心に活動。する彼の2作目。アフリカからカリブ、南北アメリカに連れてこられたその歴史を題材にした作品。骨太でおおらかな音が魅力的。アフロもアラブもラテンも北米ジャズも歴史の大きな流れの要素である事が表現されるが、NYという現場の音に裏打ちされたものである事も分かる。カーティス兄弟も参加。

The Birth of Swing

https://youtu.be/1Z11nsQMN94

さて最近の新譜からあといくつかご紹介。

ベーシストのアレックス・"アポロ"・アヤラはプエルトリコ生まれ。サンファンの高校、大学で音楽を学びロベルト・ロエナやヒルベルト・サンタ・ロサなどのサルサのオルケスタやウンベルト・ラミレス(tp)のバンドなどでのジャズを演奏後、NYに拠点を移しパポ・バスケス(tb)やラルフ・イリサリー(timb)などのジャズ/ラテンジャズのバンドで活動してきた。

本作はデビュー盤。骨太のベースにボンバとジャズを融合した音がとても個性的。NYで活躍するジャズシンガーのアナ・ルイーズ・アンダーソンも参加したこの曲は現場の雰囲気をよく伝える。

Café Y Bomba Eh / Alex "Apolo" Ayala

https://youtu.be/Evle_Ws1agA


今年リリースのリトル・ジョニー・リベロ(congas)とアンソニー・アルモンテ(vo,perc)の新譜"Mejor Que Nunca"もとてもNYらしい。プエルトリコを代表するサルサの名門オルケスタ、ソノーラ・ポンセーニャに在籍した後、NYに移りエディ・パルミエリのオルケスタでも活躍するジョニー・リベロと、ブルース・スプリングスティーンのツアー/レコーディングメンバーでありウイントン・マルサリスのリンカーンセンターでのオーケストラに参加する一方でパルミエリからスパニッシュ・ハーレム・オーケストラ、コロンビアのレゲトンスター、カロルGのメンバーなど引く手あまたの若手のアルモンテが組んだ。

この曲は南ア出身のヒュー・マセケラ(tp)の曲にパット・メセニー(g)やジェフ・テイン・ワッツ(ds)などなどで活躍するグレゴリー・マレ(harmonica)やポルトガル生まれアメリカ育ちでマーカス・ミラー(g)やマイケル・リーグ(g)、スナーキー・パピー、ベッカ・スティーヴンス(vo,g)などとの活動するルイス・カト(g,vo)が参加。とても面白いグルーヴ感とサウンドになっている。


Grazing in the Grass / Little Johnny Rivero &Anthony Almonte

https://youtu.be/-xF0vLIc12w


最後にもう一曲。ドナルド・ハリソン(sax)の新譜から。
ハリソンはニューオリンズ出身、バークリーを出てアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに加入後、自己のグループで活動。ニューオリンズの音、カリブからの音、ヒップホップやラテン、R&Bなど様々な自己の背景をもとにした音がとても魅力的。

さずがドクター・ジョン(vo.p)からノートリアスBIG、クリスチャン・マクブライド(b)までとの活動をこなす感性だ。クリスチャン・スコット(tp)は甥っ子。

本作収録のアルバム『Congo Square Suite』(2023)はニューオリンズのコンゴ・スクエアをテーマ。コンゴ・スクエアはニューオリンズの広場の名前で、16世紀ころから黒人たちが青空市場を開き集まって打楽器で音楽やダンスに興じる場所として生まれ、そこにはカリブのクリオージョ/クレオールな音やリズム、またブラスバンドの音なども演奏される中、ジャズの原型が出来て来た場所として知られる。そんな歴史を組曲にした作品で、The Congo Square Nation Afro-New Orleans Cultural Groupやモスクワ交響楽団なども参加する大作。

Congo Square Suite: Movement III /Donald Hurrison Jr.

https://youtu.be/m2_9OxHtvhM


その他にもTRRから作品は本当に多岐にわたり、ブレーナやボンバのようなフォルクロリックなものからバリバリのジャズ、ラテンまで今の現場の音が詰まっおり、このあたりがお好きな方は是非、TRRをキーワードに気にいる音を探してて頂ければ。
posted by eLPop at 14:19 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症

ラテン間の融合:マーク、マルマ、カロルG、ラウ・アレハンドロなど

最近の米国のラテンチャートを聴いてると、一昔前のラテンとUSAアーティストとのコラボからラテン域内の音との融合が米国のチャートで上位に食い込むケースが増えていて面白い。

サウンドのベースは「今」の音=URBANという共通点があるし、ラテン・アーティスト間のコラボも従来から珍しい事ではないのだが、今やアフロアメリカン系を抜いてUSA最大のマイノリティとなったラテン系(ヒスパニック)のリスナーやUSAの一般リスナーがラテンな感性同士の融合したサウンドを自然と受け入れている変化の表れかと思う。もちろんそんな分析とは別に、自分にとってはラテン+ラテンな音は安心感と新鮮さが楽しい、ということなのだが。ランダムにいくつかご紹介を。


マルマ & マーク・アンソニー/Maluma, Marc Anthony, “La fórmula”
こういう組み合わせはおなじみ。3月のリリースだがトロピカル・エアプレイ・チャートで2位、ラテン・エアプレイで9位のヒット。

コロンビアのアーバンの雄マルマとサルサのマークの組み合わせを2021年のラテン・グラミーで「プロデューサー・オブ・ザ・イヤー」を獲得した売れっ子テキサス生まれメキシコ系のエドガー・バレラ、コロンビアの売れっ子プロデューサー、ルード・ボーイズ、そしてセルヒオ・ジョージ御大が共同プロデュース。安定の出来。

Maluma, Marc Anthony, “La fórmula”

https://youtu.be/4AtEVbfMVk8


次はコロンビアのレゲトン〜アーバン〜トラップの歌姫カロルG(Karol G)の“Amargura”
ベースはレゲトンだが、だれしもがバッド・バニーの影響下にあるような新人男性レゲトネロに比べ女性歌手は彼女も含め歌が素直。この曲は冒頭にフランキー・ルイスの名曲"La Cura"が使われてるのが面白い。失恋の傷みを歌う曲。

Karol G, “Amargura”

https://youtu.be/hlgx4OKsWtE


そのバッド・バニーはメキシコのグルーポ・フロンテーラ(Grupo Frontera)とのコラボの“un x100to”をリリースしオールジャンルのホット100チャートで5位、ホット・ラテン・ソング・チャートで2位を記録。
グルーポ・フロンテーラは2019年デビュー、テキサス出身のノルテーニョのバンド。またもエドガー・バレーラとブルックリン生まれのプエルトリカン=ドミニカンのMAGがプロデュースに参加。ちょっとノスタルジックで不思議なブレンド。

Grupo Frontera x Bad Bunny, “un x100to”

https://youtu.be/3inw26U-os4


メキシコ系と言えばエスラボン・アルマドペソ・プルマ(Eslabón Armado & Peso Pluma)の“Ella baila sola”のレキントとブラスというノルテーニョ/シエレーニョ王道を今の感覚でプレイした曲がチャートトップを獲得しビルボード・グローバル200や"メキシコ・リージョナル・チャートでも1位となる快挙も面白い。シエレーニャ・パーティーのノリノリの曲。

Eslabón Armado & Peso Pluma “Ella baila sola”

https://youtu.be/lZiaYpD9ZrI


メキシコ系で、もひとつ好きなのはカロンチョ(Caloncho)の “Superdeli”
メキシコのオブレゴン出身のポップ/レゲエのインディーなシンガー・ソングライターだがバチャータ風味がなかなか気持ちいい。

Caloncho“Superdeli”

https://youtu.be/Dc0n0PEebNo


ドミニカ共和国との融合となるとメレンゲは外せない。
フィラデルフィア出身のEDMトラックメーカーのマシュメロ(Marshemello)とコロンビアのモンテリオ生まれの23歳のマヌエル・トゥリソ(Manuel Turizo)が組みEDMとメレンゲをマッチングさせた"El Merengue"
ビルボードのトロピカル・エアプレイ・チャートで、1位だったトゥリソ自身"La bachata"を14週ぶりに2位に追いやってトップに躍り出た曲。こういうサウンドもフロアでは人気なのだろう。

Marshmello, Manuel Turizo, “El merengue"

https://youtu.be/25vNYV0qdgA


最後に曲はほわっとしたアーバン・レゲトンだが、PVのところどころに日本での撮影が登場するロサリアラウ・アレハンドロ"Beso"を。ビルボードのグローバル200チャートでトップとなった曲。PVの日本ロケとか日本の風景を挟み込むとか(カロルGとシャキーラの"TQG"とか)結構多い。日本のミュージシャンとのコラボまで進むと面白いのですが期待したいところ。

Rosalía, Rauw Alejandro, “Beso”

https://youtu.be/QXQQAsIhHMw

posted by eLPop at 14:14 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症

アンドレア・モティス『Loopholes』ライヴ@Blue Note Tokyo

2023.05.26

昨年日本盤で最新作『Loopholes』がリリースされ、がぜんシーンで注目されたスペインのシンガー&トランペッター、アンドレア・モティス(Andrea Motis)。

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『Loopholes』はそれまでの基本オーソドックスなスタイルをから、ロイ・ハーグローヴのRHファクター、やロバート・グラスパー、グレッチェン・パーラト、エスペランサ・スポルディングなどからの影響も強く感じるサウンド。今回のライヴは前回までの来日と異なりそんな音を初めて日本で披露した。

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"I had to write a song for you"からポップにスタート。シティ・ポップ的な音感覚。2曲目"Deixa't Anar"はカタランの歌詞。今回の作品のサウンドの方向性はステファン・コンダード(b)が担当。ネオソウルやファンクなど最近のUS系ジャズの音がベースだが、そこに異なる色それもカスティーリャではない色を付ける曲の一つ。カタランの持つ言葉の響きは、4曲目の"Jungla"も同様でステファンとアンドレアの個性のバランスが響く面白い感覚。ちなみにステファンはオーストリア人でNYで活動するジャズヒップホップなインスト・グループのRuff Packのメンバー。今回の録音盤には同じくUSAで活躍するBIGYUKI(kyd)、グレゴリー・ハッチンソン(ds)が参加している。

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カタランに加えて色を付けるのがクリストフ・マリンジャーのマンドリンやヴァイオリン。6曲目に演奏された彼の作品"Espera"はそれら楽器が前に出ていて、US的なサウンドに収まらない色彩を生み出していた。

ライヴ後半はファンク色強い"Heat"に続いてクンビア"El Pescador"。これが会場を盛り上げた。
日本のジャズ系の記事にはUSジャズの話しかほとんど触れられていないが、この作品はコロンビアの作曲家ホセ・バロス(José Barros)の作品だ。バロスはクンビア、ポロ、クルラオ、バジェナート、バンブーコ、パシージョからタンゴ、ボレロまで多くの作品を残している名作曲家。"La piragua", "Navidad negra", "Momposina", "El gallo tuerto"などの曲はコロンビアの歌い手からソノーラ・マタンセーラ、アグスティン・ララなどラテンの様々な歌い手/グループにより歌われている。

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José Barros (1915-2007)

"El Pescador"は彼女がチリに演奏旅行に行った時、トト・ラ・モンポシーナのヴァージョンで曲を知り、いつか歌いたいと思いつつも、従来のオーセンティックなジャズでは扱いにくかったのが、このサウンドで可能になったと語っている。

Totó la Momposina - El Pescador

https://youtu.be/w-HYUtqFLmY
https://youtu.be/6_wKnB3DhKA

Andrea Motis - “El pescador”

https://youtu.be/JuXTDdiKQR8

ライヴは最後は会場と歌で一体となって楽しいステージ。アンコールは"Summertime"だった。

音楽や文化は色々な機会、背景で混淆し合って何かを生むことも多い。彼女の本当の面白さは、この混淆の深みがどう出てくるのかにあると思う。これから彼女がどう発展していくのか、彼女やメンバーの中の欧州が何か音に何かをもたらすのか今後が楽しみだ。

そうそう、アンドレアは2人目のベイビー(お父さんはメンバーでパートナーのマリンジャー)が育つ丸いお腹でバリバリ吹くわ歌うわで、そのエネルギーも含めとても楽しいステージだった。


Andrea Motis(vo,tp), Christoph Mallinger (g,vln,mandolin), Arecio Smith(key), Stephan Kondert(b), Miguel Asensio(ds)

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posted by eLPop at 19:01 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症

リッチー・オリアック

2023.04.03


3月のプエルトリコは先月お伝えした『Dia Nacional de la Salsa/サルサ国民の日』『プエルトリコ・ジャズ・フェスティバル』の他にも「Afrodescendencia月間(アフロ系ルーツの子孫月間とでも言おうか)」に合わせた『Dia Nacional de la Bomba/ボンバ国民の日』や『ラファエル・セペーダ・ボンバスクール50周年イベント』『第11回Encuentro de Tambores/タンボール・フェス』などの開催とシーンは忙しかった。



その中でも『第一回アフロ・アンティジャーナ・フェスティバル』は様々なアフロ・カリブの音楽を統合・敷衍する事を目指すようなイベントで今後注目だ。プエルトリコ、ドミニカ共和国、キューバなどからの参加もあった。

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今回は第一回目で昨年53歳の若さで亡くなった地元プエルトリコのボンバとプレーナに貢献したパーカッショニスト、ティト・マトスに捧げたものだったが、今日取り上げるのはドミニカ共和国から参加のリッチー・オリアック/Riccie Oriachだ。アフロ・カリビアン・フォルクロリック、ロック、ビートミュージックなどを自然体で取り込んだその個性的な音楽で強い支持を受けている、

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Riccie Oriach - Todos los Animales se Drogan

https://youtu.be/TlAsKPDydps

能天気なPVも楽しいが、アフロ・カリビアンとアフロ・ミュージックの共通性が浮き彫りになるような、アフリカとカリブをぐるっと一蹴したようなビート感が秀逸。

リッチーは1989年ドミニカ共和国のサンド・ドミンゴ生まれ。14歳の時パンクやヘビーなロックのバンドを始め、ニュージャージーに1年ほど住んだのちサント・ドミンゴに戻り、ドミニカやカリブの様々な音、リズムを取り入れた音を作ってきている。

2017年コロンビア・ツアーを行い、同年にミニ・アルバムをリリース、活動が一気に広まった。翌2018年にはプエルトリコの元Calle 13のビジタンテとのコラボをスタート。2020年リリースの『Mi Derriengue』はラテン・グラミーのコンテンポラリー/フュージョン・トロピカルにノミネートされた。

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2021年にビジタンテのプロデュースでアルバム『Maquiné』をリリース。より汎カリブ的な色彩と今の様々な音との地に足の着いたミックスが強まっって魅力的だ。

Riccie Oriach - La Guayaba

https://youtu.be/6Zn7H97v1HM

Maquiné

https://youtu.be/L7zNKY0-6pI

表層的でない今の息吹とカリブ、ドミニカ独自のものとのバランスがとてもユニーク。これからも注目して行きたい。


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http://elpop.jp/article/190261244.html
posted by eLPop at 13:17 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症

バコソ/アフロビーツ・オブ・キューバ

2022.12.28

自分を含め5人のDJクルー(Miya, Llumi, Amii, Shochang, mofongo)でカリブとアフリカの音を楽しむイベント『カリバフリカ(Caribafrica)』というのをやっています。

そのスピンアウトでカリブやアフリカのまだ日本に紹介されていない音楽映画に字幕を付けて上映しようという『Caribafrica Film & Music Collection』という企画をDJ miyaが立てたのが今年の春。そしてまずカリブから4作品を選び、契約をし、字幕翻訳を完成させ、9月から4か月かけ上映を行ってきました。ラインナップはこんな感じです。いずれも音楽ドキュメンタリー。

1.『ストレイト・アウッタ・プエルトリコ』(2007)プエルトリコでのレゲトンの誕生を追った作品
2.『ディープ・ルーツ・ミュージック』(2007) レゲエ史を掘り下げる6部構成の作品のVol.1&2
3.『エル・メディコ/ザ・クバトン・ストーリー』(2007) キューバのレゲトン・アーティスト、エル・メディコのストーリー
4.『バコソ/アフロビーツ・オブ・キューバ』(2019) サンチアゴ・デ・キューバでの今のアフロルーツの音を描く作品

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筆者も1.『ストレイト・アウッタ・プエルトリコ』では字幕翻訳(英・西)と1, 3では解説のトークを担当し、3では監督及び出演のミュージシャンをオンラインでつないでのインタビューも行いました。キューバのミュージシャン、エル・メディコとの対話で出てきた生の声はキューバの現状をストレートに語ったものでとても印象的。

4.の『バコソ/アフロビーツ・オブ・キューバ』は12/11の上映会の後、再上映を希望して下さる声も多く、2023年の1/14(土)に銀座のLas Risasで上映会&トークを行うこととなりました。監督のイーライ&主演のDJ Jigue(ヒグェ)とのオンライン・インタビューも現在調整中。うまく行けばこの映画でも監督(米国)、主演(キューバ)と直接話が出来るかもしれません。解説トークと進行は伊藤が担当。

詳しくはこちら↓↓↓(画像をクリック)
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https://fb.me/e/39KhmwrLh

さて、この機会に少し映画の予告編的に内容をご紹介したいと思います。背景や状況の前知識が少しあった方がより楽しめるかと思いますので。

映画はサンティアゴ生まれで、ヨーロッパでDJ活動の後ハバナで長く活躍するDJ Jigueがサンティアゴのアフロ性を「発見」して音を作る過程が描かれる物語。

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DJ Jigue(ヒグゥエ)

サンティアゴの「アフロ」性と聞くとキューバ音楽を知ってる人であればトゥンバ・フランセサやカーニバルでのコンガなどが浮かぶかもしれません。実際コンガの老舗グループ、ロス・オヨスのリーダー、ラサロ・バンデラを含めたチームと共に音を作るシーンも登場します。

Conga Los Hoyos in "La Casa del Caribe"


しかしそれに加えて1960年以降アフリカとのダイレクトな交流が始まり、特に近年2000年以降のアフリカの状況の変化に対応した「今のアフロの音」がキューバに影響していることがこの映画のポイント。

それに先立つ70年代はアンゴラ内戦があり当時のソ連と共にMPLAを支援したキューバは75年から88年の間に35万人の兵隊を送り込みました。同時にアンゴラからキューバに留学生も受け入れましたが、70年代はキューバがアンゴラに限らず途上国の留学生の受け入れを開始した時代です。

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特に医療関係が多く現在でもラテンアメリカ医学大学(La Escuela Latinoamericana de Medicina (ELAM) )の2022年の留学生卒業生は799人で、内コンゴ民主共和国605人、アンゴラ103人、ナンビア51人などアフリカ勢が多くを占めています。その中でアフリカからの留学生たちから、又は彼らが結成した互助団体(アフリカ留学生ユニオン)のイベントなどを通して「アフリカの音」がキューバに直接入って来るようになります。

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さて、「アフリカの音」と言ってもアフリカは広大。下の地図の通りアフリカは米国、中国、欧州、インド、日本をすべて飲み込む大きさなのです。

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なのでこれら各地の音が全ての時代にわたって入って来たのではありません。例えば映画の中で言及されている、ブラジルのサンバの語源となったアンゴラの「センバ」は内戦の70年代に広まり発展していった音楽ですが、この映画で強く取り上げられているのはそういう音の事ではなく、2000年代以降のアフリカの音のこと。

副題にある「アフロビーツ」は60年代後半以降のナイジェリアのフェラ・クティの「アフロビート」の事を思い浮かべるかもしれません。でもそれの事でもなく、2010年代のダンスホール、ダブ、ヒップホップ、ハウス、EDMにアフリカの要素の加わった強いビートのアフリカの音楽の総称してここでは「アフロビーツ」と呼んでいます。

映画の中では最近のアンゴラ/ポルトガルのクドゥロやガーナのアゾント、南アのパンツーラなどが挙がっていましたが、2010年代のアフリカは経済の相対的な成長・安定があり、一方で安価で高性能な音楽制作ソフト&映像ソフトやPCと周辺機器の普及、ネット回線の普及などで、アフリカの音楽が大きく動いた時期です。つまりここ10年大きく広がって来たアフリカの音の話なのです。

これらの音楽は現地で、また移民が数世代にわたって生活しているヨーロッパの旧宗主国で、またその間の行き来で様々な新しい音を生みました。ダンス・ミュージックだけでなく、例えば近年のUKジャズやフランスのポピュラー音楽などの動きとかで、昔の「ワールドミュージック」の時代と厚みの違うミックスが起こっていると言えるでしょう。

"Joro" Wizkid: ナイジェリア出身のシンガー。UK/ナイジェリアのアフロビーツのシーンのスター

https://youtu.be/FCUk7rIBBAE

"Cara Que Engana feat. Julinho KSD" Deejay Telio: アンゴラ出身。アンゴラ/ポルトガルのヒップホップのスター


この映画の音"BAKOSO"がマーク・アンソニー/ウィル・スミス/バッド・バニーの共作<エスタ・リコ>やジャネット・ジャクソンとダディ・ヤンキーの<メイド・フォー・ナウ>に取り入れられたりしているのは、メジャーでの音楽が常にそんなシーンに目配りしている証拠といえます。そういう意味では国外からダイレクトにピックアップされたBAKOSOを遅まきながらハバナのDJが「発見」するという状況は、なんともキューバの現状を表しているともいえるかもしれません。

Marc Anthony, Will Smith, Bad Bunny - Está Rico

https://youtu.be/--BHuKeveg4

「Bakoso」という言葉は、元々Oba Kosso/Obakosso/Obakosoの形の言葉で、Changóの尊称の一つ。「Kosoの王」の意味をもち、それは”The King does not hang”の意味を持つとも言われています。

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ナイジェリアの劇作家デュロ・ラディポが1963年にナイジェリアのオソグボで初演した演劇『Oba Kò So』はShangoが主人公でObakosoがなぜ”The King does not hang”なのかも含め描かれていたりするのを知るとBakosoという名前で出て来た音楽がヨルバの長い歴史と繋がっている事に改めて感銘します。

Duro Ladipo's OBA KO SO

https://youtu.be/kDZunDercWA

Obakoso/Bakosoと言う名前を何故映画の中のOzkaroが選んだのかはわかりませんが、彼自身が、その音楽が、そしてサンティアゴという街がサンテリアも含めた歴史側からと、ヴィヴィッドな現在からとの両方でアフリカと強く結ばれている事を知ることが出来る作品となっています。このようなムーヴメントがハバナ主導ではなく、サンティアゴから発生している事はとても力強く、今後もその動きに注目して行きたいと思います。


タグ:バコソ
posted by eLPop at 19:02 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症