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【特集:私はいかにしてラテンにハマったのか?】
【eLPopへのメッセージいただいています】
 決起文<はじめに>

『eLPop今月のお気に入り!2022年7月』

2022.08.09

暑い日々が続いてます。世の中はカッカくることばかりで、益々頭から湯気が出てますが、ちょっと音楽やら映像やら本でクールダウン。いや、気持ちが熱くなるかも。ということで『eLPop今月のお気に入り!2022年7月』をお届けします!

新作・旧作関係なくeLPopメンバーの琴線にかかった音楽、映画、本、社会問題などを、長文でまたはシンプルにご紹介します。今の空気を含んだ雑誌、プレイリストのように楽しんで頂ければ幸いです。
【目次】
◆山口元一『ホセ・バスケス、ダリオ・ゴメス逝く』(コロンビア)
◆水口良樹『レナタ・フローレス、アンデスロックとアフロペルーロック』(ペルー)
◆石橋純『ビッグアーティスト達が物議をかもした国歌パフォーマンスを回顧する』(米国、ベネズエラ、アルゼンチン)
◆佐藤由美『ミルトン・ナシメントのラスト・ツアー続報』(ブラジル)
◆高橋政資『音楽ライヴ・シリーズ “Conciertos Estamos Contigo”その(2)』(キューバ)
◆岡本郁生『フアン・ルイス・ゲーラ「Privé」5曲入りEPリリース』(ドミニカ共和国)
◆高橋めぐみ『クリスマスのあの日私たちは/Días de Navidad』(スペイン/ドラマ)
◆長嶺修『斎藤潤一郎『死都調布』『死都調布 南米紀行』『死都調布 ミステリー・アメリカ』と西江雅之『異郷日記』』(調布、他)
◆宮田信『サニー&ザ・サンライナーズ『Mr. ブラウン・アイド・ソウルVol.2』』(チカーノ)
◆伊藤嘉章『レゲトン&バッド・バニーの躍進』(プエルトリコ)



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◆山口元一("Ay hombe"担当/コロンビア)
『ホセ・バスケス、ダリオ・ゴメス逝く』


 コロンビアの最新ヒットを紹介するコーナー、”Ay Hombe”です。
 今月は最新ヒットではなくて悲しいお知らせを2つ。

 ひとつめ、バジェナートからトロピカルまで、コロンビアのコスタを代表するベーシスト、ケバス(Quévaz)ことホセ・バスケス(José Vásquez)。7月18日に亡くなりました。まだ67歳だったのに。

“El vallenato de luto: murió José Vásquez ‘Quévaz’, el papá de los
bajistas” 19 julio,2022, El Pilón

kebasu.jpg

https://elpilon.com.co/el-vallenato-de-luto-murio-jose-vasquez-quevaz-el-papa-de-los-bajistas/


 数え切れないほど多くのミュージシャンと共演しているケバス、挙げていくと切りがないのですが、何曲か紹介します。縦横無尽に暴れ回るケバスのベースを堪能しましょう。

 まずはアコーディオンのミゲル、カハのパブロの兄弟コンビ、ロス・エルマノス・ロペス(Los Hermanos Lopez)。歌は去年亡くなったホルヘ・オニャーテ(Jorge Oñate)、曲は"La Vieja Gabriela"、この当時、ケバスはなんと16歳!
♪ もしあたしにできることなら あの男を フアン・ムニョスを殺してやるのに ♪
La Vieja Gabriela Los Hnos López & Jorge Oñate (Juan Muñoz)

https://www.youtube.com/watch?v=OumjeAHS_OE

 クリスマスの定番・"El Rey de los Diciembres"(12月の王様)ことロドルフォ・アイカルディ(Rodolfo Aicardi)の"Ella Volverá"。後に作曲家としても名をはせるケバスの初期の作曲です。

Ella Volverá - Rodolfo Aicardi

https://www.youtube.com/watch?v=9YeWKOVYYAM&t=73s


 グルーポ・カンパラ(Grupo Kammpala)またの名をウガンダ・ケニア(Wganda Kenya)のご機嫌な一曲、"Chao amor"。1977年の作品です。

grupo kampala Chao amor año
https://www.youtube.com/watch?v=ZsWZRZ5SR78


 全盛期のビノミオ・デ・オロ(Binomio de Oro)の必殺の一曲、"El Higuerón"。どうです、このフリーすぎるベースライン! バジェナートのベースの歴代最高演奏ではないでしょうか。
♪ ああ ネグラ
 おまえがおれのことを探さないから おれは死んでしまう
 おまえがおれを放っておくから おれは苦しくてたまらない
 あのイゲロンの木の下で おれはいつもおまえのことを待っていた ♪

El Higuerón, Binomio De Oro De América

https://www.youtube.com/watch?v=NgaPG_xgmK0


 そして、ラ・フンタのカシーケ(Cacique de la Junta)ことディオメデス・ディアス(Diomedes Díaz)の、というよりコロンビアを代表する名曲"Sin Medir Distancias"のあまりにも印象的なイントロのギターもケバスの演奏です。
♪ おれの心から愛情が流れていた幸せに満ちた日々を思いおこすことは
 なんて悲しいことなんだろう
 別れのときがきた 距離をはかることもできないほど遠くへと旅立つときが
 そしてここにはあの愛の影すらも残らないのだろう ♪

Sin Medir Distancias, Diomedes Díaz

https://www.youtube.com/watch?v=Mnv8CLE5fhI


 こうやって聞くとあらためてコロンビア音楽の躍進を支えた名演奏家であったことが実感できますね。ご冥福をお祈りします。

El Higueron (Vivo)- Jose Dario y Javier Matta

https://www.youtube.com/watch?v=7E60NQ7wuqI



 続いての悲しい知らせ。セールスも桁外れですが、「その歌でコロンビア人にどれだけアグアルディエンテを飲ませたか」という統計とれば、ダントツ、Despecho(デスペチョ)の王様・ダリオ・ゴメス(Darío Gómez)、7月22日に亡くなりました。まだ71歳でした。

 コロンビア音楽に興味のある外国人はトロピカル音楽を偏愛している人が多いので、この手の「演歌」は意外に知られていないのですが、コロンビア人、特にソナ・カフェテーロ(カルダス、リサラルダ、キンディオ、さらにアンティオキアの南半分、バジェデルカウカの北半分。)の人と酒飲むと、「なんだかんだいってもコロンビア人は最後はこれ!」と力説されますよ。訃報がCNNで報道され、大統領がお悔やみを述べるほどの超大物です。


dario.jpg
https://cnnespanol.cnn.com/2022/07/27/dario-gomez-cantante-colombia-muerte-orix/

"La Tirana(女暴君)"
♪ 私は全霊をかけておまえの心を受け止めた おまえには裏切られたが後悔はしていない
 私はおまえが暴君であることに気がついたのに おまえを愛してしまった
 運命が私を騙したのだ この世界にはこんなに多くの女がいるのに 
 私が唯一愛したのは私をこんなにも絶望させる女だったのだ ♪

LA TIRANA - DARIO GOME

https://www.youtube.com/watch?v=FrUh-VX7mCA


 アンティオキアの原風景ともいえる彼の歌は、7歳からコーヒー農園で働きはじめた貧しい少年時代、家庭内暴力に苦しんだ生年時代(若いダリオは母を殺害しようと散弾銃を向けた父ともみ合いになり、父を誤って射殺しました)、ベネズエラに出稼ぎに行き(今じゃ信じられませんが、昔は貧しいコロンビアから産油国のベネズエラに出稼ぎに行くのが普通でした)、着の身着のままで強制送還をされたり、最愛の娘を殺人事件で失った下積み時代〜この悲劇から彼の一世一代の名曲"Nadie es eterno en este mundo"が生まれています〜、離婚後も金をせびり続ける元妻と娘たちとの確執など、波乱に満ちたその人生が色濃く反映されたものになっています。それゆえ、世代を超えて、彼の歌声に自分の人生を重ねるコロンビア人の心を打ったのです。


jua.jpg
(ダリオ・ゴメスの旅立ちの悲しみ、数え切れないほどパランダで彼の音楽を聴き、数え切れないほど彼の歌を歌ってきました。ご遺族の皆様へ、心よりお悔やみ申し上げます。)
https://twitter.com/juanes/status/1552134283015454720


"Nadie es eterno en este mundo"
♪ この世への別れとともに私にさよならを言うときになっても
 私のために泣かないで 誰もが永遠ではないのだから
 誰もが深い眠りに落ちれば戻らない 
 打ちひしがれて、苦しみ、泣き、そしてもう私と会えないと、あなたは悟るだろう”

Dario Gómez - Nadie Es Eterno

https://www.youtube.com/watch?v=YIo5Rq8ptFU

 この世では誰もが永遠ではないのかも知れませんが、ダリオ・ゴメスの歌はいつまでもいつまでもコロンビア人に歌い継がれて行くことでしょう。


では来月もよろしくね。





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◆水口良樹(ペルー四方山語り担当/ペルー)
『レナタ・フローレス、アンデスロックとアフロペルーロック』




今月、どうしようかなぁと迷いながら、これまでにも紹介してきたレナタ・フローレスからライブを1曲、そしてアンデスロックアフロペルーロックからそれぞれ2曲ずつ?をご紹介してみることとしました。


ペルーのケチュア語ラップのトップランナーの一人であるレナタ・フローレスのライブビデオより、Rita Puma Justo。バンダとサンポーニャ、アルパなどをバックに自由への強い思いが歌われる。

Renata Flores-Rita Puma Justo

https://www.youtube.com/watch?v=h7VD_YUDEY8


続いてはこちら。

クスコのロックバンド、チンタター(CHINTATÁ)から、アンデス・フュージョン的な作品のオススメをご紹介。1曲は2020年のコロナ禍ロックダウン中に作られた「Sueño de la vía láctea」。こちらはフュージョン・ロックとしてワイノ的世界とロックが絶妙に融合した作品としてなかなかぐっとくる作品だ。

そしてもう1曲は「Cuerpo Soltero」。こちらはおそらくフュージョン・ロックのバンドでははじめてだろう、ハーモニカを使ったクスコ地方のワイノのスタイルで演奏しており、これはロックというより由緒正しいワイノだ(ライブ中でもワイノと高らかに言ってしまっている)。このあたりの垣根がないところが何よりも素晴らしい。もっともこのチンタターにしても、いつもこういう曲ばかりではない。むしろがっつりロックな曲も多く、だからこそたまに挟まるこうしたアンデス・ルーツへと回帰した曲にぐっと心を掴まれる。ちなみに私はこのチンタターのTシャツをもっている。トウモロコシを満載したアンデスを走るトラックのデザインが個人的には大好きだ。

CHINTATÁ-Sueño de la vía láctea

https://www.youtube.com/watch?v=xfnpAf3ZD1Q

CHINTATÁ-Cuerpo Soltero

https://www.youtube.com/watch?v=t6WJLVeQ8VU


ペルーのフュージョン・ロックの多くはアンデス音楽とのフュージョンであり、沿岸地域の音楽とのものは非常に少ない。その中でも非常に面白く成功していると思われるのがシマロネスだ。

シマロンとは逃亡奴隷のことで、ペルーでも植民地期を通じて逃亡奴隷の問題は非常に脅威となっていた。その逃亡奴隷シマロンをバンド名とした彼らは、当初アフロペルーロックをかなりハードにやっていたが、徐々にジャズ的要素が前面に出て個人的には好きな曲が増えてきている。また近年はロサ・グスマンとの共演も多くぐっとうれしさ3割増しな感じだ。7月28日の独立記念日にもロサ・グスマンを招いてライブをやっていたようで、ちょっと聴きたかったなぁと思っていたらいい感じのシマロン紹介のショートビデオがあったので、こちらと2018年のPVと一緒にご紹介。

Cimarrones-30 años

https://www.youtube.com/watch?v=2FQBQcmz8GI

Cimarrones-La Tutuma

https://www.youtube.com/watch?v=TpxDLER6Rdk




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◆石橋純(熱帯秘法館/CASA CACHIBACHI担当/ベネズエラ& more)
『ビッグアーティスト達が物議をかもした国歌パフォーマンスを回顧する』



7月はアメリカ大陸の多くの国が独立記念日を祝う。国歌とそのエピソードが思い起こされる時期でもある。そのなかからUSA(7月4日独立)、ベネズエラ(7月5日独立)、アルゼンチン(7月9日独立)の「物議をかもした国歌カバー」について紹介しよう。

もっとも有名なのは1969年8月ウッドストック音楽フェアにおけるジミ・ヘンドリックスだろう。カウンターカルチャーの「見本市」の閉幕間際に歌無しで演奏されたジミヘン版国歌は、爆撃機や機関銃の音を思わせるギターのエフェクトが織り込まれ、エンディング直前には軍葬ラッパの旋律が挿入される。こうした演出にはベトナム反戦の主張が込められていたと語られることが多い。だが、フェスの直後、メディアインタビューに答えたジミヘン本人は、意外にも政治的な意図をきっぱりと否定している。

1969年8月、ウッドストックにおけるジミ・ヘンドリックス版米国国歌

https://youtu.be/sjzZh6-h9fM


「カウンターカルチャー運動の頂点」とさえ評されるジミヘン版米国国歌の影に隠れてあまり知られていないのが、ホセ・フェリシアーノが歌った米国国歌だ。ジミヘンに先立つ1968年10月、大リーグ・ワールドシリーズ第5戦の試合前セレモニーの国歌独唱歌手として起用されたフェリシアーノは、ガットギター弾き語りのおなじみのスタイルで、ポップバラード風の米国国歌を歌いあげた。国民の多くが注目する大イベントにおいて米国国歌の独自バージョンを披露したのはこれが史上初ではないだろうか。

1968年10月、MLBワールドシリーズにおけるホセ・フェリシアーノ版米国国歌

https://youtu.be/aQkY2UFBUb4


いま多くのアーティストが独自の解釈で米国国歌を歌うことを聴き慣れた私たちからすれば、このフェリシアーノ版はお行儀良くさえ聞こえる。しかしキング牧師とロバート・ケネディが暗殺され、パリ五月の嵐が吹き荒れ、メキシコで五輪大会に抗議する市民が虐殺された、激動の年の出来事である。23歳のプエルトリコ人シンガーソングライターが、誰も聞いたことのないポップな解釈で歌った国歌は賛否両論を巻き起こした。だが当のフェリシアーノは、反体制的な姿勢を否定するだけでなく「たいくつなセレモニーとされる国歌独唱に人びとの耳を傾けさせることを狙った」と、むしろ「愛国者的な」説明をしている。

ベネズエラのアーバンポップを代表するシンガーソングライターのイラン・チェスターが1997年に録音したベネズエラ国歌は、ポップバラード風という点ではフェリシアーノの系譜を引くといえるかもしれない。

1997年に地上波最大局RCTVが放送したイラン・チェスター版ベネズエラ国歌

https://youtu.be/qFC5AZrkfbM


もともとは、とある広告代理店が顧客へのクリスマスギフト用に製作したCDに収録されたトラックだった。これを当時最大の地上波テレビ局であったRCTVが法定国歌定時放送に採用して毎日くりかえしオンエアしたため、大炎上した。民主体制が40年も続き、マスメディアにほとんどタブーがないとさえ信じられていたベネズエラにおいて、このバージョンが物議を醸したことは、私にとっては驚きだった。そうした批判の中には「勇猛な民衆に栄光あれ」という国歌タイトルにふさわしくない「女性的で扇情的」といったマチスモもろ出しの批判があったことは想像に難くない。しかし、3世までの移民コミュニティが国民の半数近くを占めるベネズエラにおいて、イスラエルに生まれたイランの出自に言及し「外国人かつ非キリスト教徒による国歌の冒涜」といった宗教的に不寛容かつ人種主義的・外国人嫌悪的意見までが言論空間にまかり通ったことは、人種・民族による差別がない国という俗説が広く信じられたいた当時のベネズエラにおいては衝撃だった(なおイランはベネズエラ国籍であり、ユダヤ教徒でなくハレー・クリシュナ信者である)。

チャベスが初めて大統領選挙に勝つのはこの1年半後であり、チャベス政権下、ベネズエラの社会的・政治的亀裂あらわになり、この国で長年隠蔽されてきた人種主義がが白日の下にさらされることになる。イラン・チェスター版国歌炎上事件は、こうした時代の空気を予感させるものだったといえるだろうか。RCTVはのちにチャベスと厳しく対立し、放送ライセンスを剥奪される報復に会うことになるが、国歌カバー事件は政治家チャベスがデビューする以前の出来事であり、RCTVの反チャベス運動との関係はない。

もとより広告代理店のノベルティ音源のためにビジネスとして国歌をカバーしたイラン・チェスターがその解釈にどのような政治的信条をこめていたかは、わからない。余談であるが、これ以前のイラン・チェスターは卓越した自作曲でのみ知られており、コンサートでさえ他人の曲をカバーすることはなかった。国歌カバーが国民的賛否を呼び起こしたことは、「歌手としてのイラン・チェスター」の力を知らしめることにつながり、翌1998年にベネズエラ音楽のスタンダード・ナンバー・アルバムで大ヒットを生む契機となったといえよう。

ポピュラー音楽の大スターがアルゼンチン国歌のカバーを発表する事例は、1990年のチャーリー・ガルシア版が嚆矢といわれている。希代のロックスターによる「アルゼンチン国歌」はこの年の末に発表されたアルバム《Filosofia barata y zapatos de goma》(安物哲学とスニーカー)の最終トラックとして収録された。長いことで有名なイントロがプログレ風に奏でられ、うめくようなチャーリーの独唱が始まる。

聞け瀕死の者どもよ、神聖な叫びを/自由、自由、自由//
聞け鎖が砕け落ちる音を/見よ高貴なる平等が玉座に着くのを

独裁政権に抗う精神をロックビートに乗せて民衆を鼓舞したチャーリー・ガルシアがこのような歌詞を(原詞に忠実に)歌えば、人びとはそこに込められたメッセージを感じ取ることだろう。当然、このカバーも、保守層からの激しい嫌悪と攻撃の対象となった。

チャーリー・ガルシア1991ツアーにおける国歌カバー。「長すぎる」イントロはカットされている。

https://youtu.be/avJ39Q25Q8o


翌91年チャーリーはこの新アルバムのお披露目ツアーの最終曲として国歌を何度となく歌い、会場の聴衆と唱和した。民政移管を果たしたアルフォンシンからメネムに民主的選挙による政権交代がなされたばかりのこの時代、チャーリー・ガルシアとともにロック版国歌に唱和する行為は、民主主義と自由を謳歌する儀礼であるかのように、現代の私たちの目には映る。もちろん、「そうではなかった」と断言することもできない。だが、チャーリー自身が語ったとされる創作動機は別の所にあったようだ。

それはアルバム発表の数ヶ月前に遡る。1990年7月に行われたFIFAワールドカップ・イタリア大会で、優勝最有力候補であった主催国イタリアと準決勝で対戦したアルゼンチン代表は、数々の疑惑の判定に耐え、予選リーグから無失点だったイタリアの鉄壁の守りを破って同点でゲームセット、PK戦でスーパー控GKゴイコチェアの2連続セーブにより辛くも勝利を拾った。その遺恨を引きずった地元イタリアのファンが詰めかけた決勝戦のオリンピックスタジアムは、アルゼンチン国歌斉唱をかき消すブーイングと口笛で騒然となった。屈辱に耐えるアルゼンチン代表の表情をひとりひとりアップで映し出すTVカメラが11人目にパーンすると、代表主将を務めるマラドーナはレンズに向かって2度「hijos de puta」(クソ野郎ども)と言い捨てたのだった。

FIFAワールドカップ・イタリア大会におけるアルゼンチン国歌騒動(1990年7月)

https://youtu.be/ReOD5JAfGIc

チャーリー・ガルシアは大のフットボール・ファンとして知られ、史上最高の選手としてマラドーナを挙げる。たんにプレイスタイルのみならず、その存在全体をカウンターカルチャーの体現として称賛してやまない。イタリア1990におけるマラドーナの「英雄的行為」ならびに惜しくもW杯を逃したナショナルチームへの賛辞を表わすために国歌をカバーしたと、チャーリーは語っているそうだ。じっさい91年ツアーのフィナーレでは、わざわさアルゼンチン代表のユニフォームに着替えて国歌を歌っている。

アーティストはその創作意図をすべてさらけ出すわけではない。まして、チャーリー・ガルシアは、つねに人を煙に巻くような言動の主である。ただ、本人の意図はどうであれ、それが、当該社会の歴史の節目で大きな役割を果たしたことは確かなのだ。それはまた、イラン・チェスターのベネズエラ国歌、ジミ・ヘンドリックスならびにホセ・フェリシアーノによる米国国歌にもあてはまることだろう。





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◆佐藤由美(GO! アデントロ!/南米、ブラジル & more)
『ミルトン・ナシメントのラスト・ツアー続報』




 芸歴60周年、10月26日に80歳を迎える節目の年に公演活動からの引退を公表。6月、ラスト音楽セッション・ツアーをスタートさせたミルトン・ナシメント。Facebookにはしばしば旅先での短い映像がアップされ、ラスト・ツアー開催国への感謝の文字が添えられていた。ヨーロッパ・ツアーを無事終えて、残すは国内主要都市およびアメリカ合衆国公演のみ。以下、2022年7月18日付発表、追加販売・追加公演を含む今後の最新スケジュールを載せておく。

8/5, 6, 7 ブラジル・リオデジャネイロ@Jeunesse Arena
8/21 ブラジル・ポルトアレグレ@Ginásio Gigantinho
8/26, 27, 9/1, 2 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
9/9 ブラジル・バイーア州サルヴァドール@Concha Acústica
9/11 ブラジル・ペルナンブーコ州レシーフェ@Arena Pernambuco
9/15 ブラジル・ブラジリア@Ginásio Nilson Nelson
9/24, 25 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
9/30, 10/1 アメリカ合衆国・フロリダFort Lauderdale@The Parker
10/6, 7 アメリカ合衆国・ニューヨーク@Town Hall
10/9, 10 アメリカ合衆国・ボストン@Berklee Performance Center
10/16, 17 アメリカ合衆国・カリフォルニア州バークレイ@The UC Theatre
11/1, 3, 4 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
11/13 ブラジル・ミナスジェライス州ベロオリゾンチ@Mineirão

milton.jpg


参考までに、ツアー初日リオデジャネイロ公演のレパートリーを。( )内は作者と発表年。
1. Os tambores de Minas (Milton Nascimento e Marcio Borges, 1997) – trecho incidental /
2. Ponta de areia (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1974)
3. Catavento (Milton Nascimento, 1968) – trecho incidental /
4. Canção do sal (Milton Nascimento, 1965)
5. Morro velho (Milton Nascimento, 1967)
6. Outubro (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1974)
7. Vera Cruz (Milton Nascimento e Marcio Borges, 1968)
8. Pai grande (Milton Nascimento, 1969)
9. Para Lennon e McCartney (Lô Borges, Marcio Borges e Fernando Brant, 1970)
10. Cais (Milton Nascimento e Ronaldo Bastos, 1972)
11. Tudo que você podia ser (Lô Borges e Márcio Borges, 1972)
12. San Vicente (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1972)
13. Clube da esquina 2 (Milton Nascimento, Márcio Borges e Lô Borges, 1972)
14. Lília (Milton Nascimento, 1972)
15. Nada será como antes (Milton Nascimento e Ronaldo Bastos, 1971)
16. A última sessão de música (Milton Nascimento, 1973) /
17. Fé cega, faca amolada (Milton Nascimento e Ronaldo Bastos, 1974)
18. Paula e Bebeto (Milton Nascimento e Caetano Veloso, 1975)
19. Volver a los 17 (Violeta Parra, 1966)
20. Calix Bento (tema de Folia de Reis com música e letra adaptada por Tavinho Moura, 1976) /
21. Peixinhos do mar (tradicional cantiga de marujada em adaptação de Tavinho Moura, 1980) /
22. Cuitelinho (tema tradicional em adaptação de Paulo Vanzolini, 1974)
23. Canção da América (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1979)
24. Caçador de mim (Sérgio Magrão e Luiz Carlos Sá, 1980)
25. Nos bailes da vida (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1981)
26. Tema de Tostão (Milton Nascimento, 1970) – trecho incidental
27. Fazenda (Nelson Angelo, 1976)
28. O cio da terra (Milton Nascimento e Chico Buarque, 1977)
29. Maria Maria (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1976)
Bis:
30. Encontros e despedidas (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1981)
31. Travessia (Milton Nascimento e Fernando Brant, 1967)


また、ツアー前「作曲・歌手活動からの引退ではない」と公言していたように、ジャヴァンとの穏やかなデュエットも公開された。最新ジャヴァン作品らしい。

Djavan e Milton Nascimento - Beleza Destruída

https://www.youtube.com/watch?v=swc_GMvmtG8




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◆高橋政資(ハッピー通信担当/キューバ、ペルー、スペイン)
『音楽ライヴ・シリーズ “Conciertos Estamos Contigo”その(2)





 「eLPop今月のお気に入り!」の2月号でも取り上げた、キューバ文化庁が配信する音楽ライヴ・シリーズ “Conciertos Estamos Contigo” 。その後も随時新しい動画がアップされていて、7月末現在で492本あげられている。すごい数だ。

キューバ文化庁はHPの中で、「このバーチャル・コンサートの取り組みは、キューバ人に寄り添い、アンティル諸島で最も盛んな音楽文化を隔離された自宅に届けてきました。徐々に開放されているこの時期、パンデミックにもかかわらず、前進し続けるキューバ文化の豊かさを示すサンプルとして、放送が続けられているのです」と説明している。一番の目的は、コロナのパンデミックによってキューバ国民が愛する音楽を、ライヴに来られなくても民衆に届けることのようだ。キューバは、2021年に携帯の4Gの通信規格が導入され、また家庭にも直接インターネット回線を引くことができるようになったので、多くの国民がこのライヴ・シリーズを比較的気楽に楽しむことができというわけだ。我々外国のキューバ音楽ファンは、そのおこぼれに預からない手はないだろう。

 そしてこのシリーズは、文化庁が言うように「前進し続けるキューバ文化の豊かさを示すサンプル」であり、キューバ全国民を対象に企画されているわけで、取り上げれれている内容はとても多岐にわたっている。音楽ジャンルだけでなく、地方で活動するミュージシャンも有名無名を問わず多く取り上げられ、出演者の年齢も様々だし、女性ミュージシャンも多く取り上げられている。まさに、現在のキューバ音楽のパノラマを見ることができるのだ。

 今回はその中から、まずは地方色豊かなグループをピックアップしてみた。
伝統的グループから、若者によるティンバ・バンドまで、こんな企画がなかったら知ることもなかったミュージシャンも多数アップされている。しかし、地方のバンドもどれも演奏がしっかりしているのは、流石キューバだ。

<Sancti Spíritus サンクティ・スピリトゥス>
キューバの中ほどに位置する古都、サンクティ・スピリトゥスから

Tonadas Trinitarias (Sancti Spíritus)

https://youtu.be/8pi1gnrRWSU

サンクティ・スピリトゥスの伝統グループ。
サンクティ・スピリトゥスやそのお隣のトリニダーでは、スペインの旋律をもった歌をパーカッションを伴って歌う、アフリカ系の人たち中心とした合唱団が、19世紀半ばごろから町々にできたそうだが、その形式を今に伝えるグループ。最初のうちはファンダンゴとかタンゴとか呼んでいたが、のちにトナーダと言われるようになったそうだ。いわゆるこの地方のルンバともいえる音楽である。

Tonadas Trinitarias (1974) dir. Hector Veitia

https://youtu.be/Os--Qom3CfI

このシリーズではないが、このスタイルの古い映像があったので貼り付けておこう。
解説しているのは、著名な音楽学者、MARIA TERESA LINARES(マリア・テレサ・リナーレス)

El Septeto Espirituano

https://youtu.be/VLPQC2tbWoQ

サンクティ・スピリトゥスのソン・バンド。1924年結成と言われている。


<Granma グランマ>
サンティアーゴ・デ・クーバの隣グランマから

Sexteto Virama (Granma)

https://youtu.be/z1Q6koxTSEQ
グランマのソン系バンド。

Conjunto Aché (Granma)

https://youtu.be/N_r5Ut0K0KM
こちらもグランマのコンフントのソン・バンド。

la Banda del Turquino (Granma)

https://youtu.be/4nDA9gEoGQ4
ティンバ系。メンバーの年齢もかなり若そう。

Grupo Yakaré (Granma)

https://youtu.be/XETBXAD8rcI
キューバン・サルサ系


<Camagüey カマグエイ>
東寄り中央に位置するカマグエイから

Trova Camagüeyana

https://youtu.be/r_2BP5h_0D4
カマグエイのソン系バンド。


<Villa Clara ビジャ・クラーラ>
西寄り中央、大西洋側に位置するビジャ・クラーラから。なお州都は、サンタ・クラーラ

la Trovuntivitis (Villa Clara)


https://youtu.be/0sC3_yMMlD0

1997年創設のアーティスト集団ラ・トロブンティビティス。
第3〜4世代のヌエバ・トローバ系。


<Ciego de Ávila シエゴ・デ・アビラ>
キューバ中央部のシエゴ・デ・アビラから

El Grupo la Familia (Ciego de Ávila)

https://youtu.be/evkrRo3-BIc
シエゴ・デ・アビラのジャズ・グループ。


<その他>
ハバナ、サンティアーゴ・デ・クーバなどのグループだが、伝統色が濃いグループをピックアップしてみた。

Piquete Típico Cubano

https://youtu.be/9BebWZtva_0
ダンソーンの古いスタイルを聞かせるバンド。
1963年に、ピアニストであり音楽学者でもあったオディリオ・ウルフェが結成。

Conjunto Palmas y Cañas

https://youtu.be/_gX6B4Q11Bo
グアヒーラ〜プントを演奏する歴史あるグループ。

Tambores de Enrique Bonne

https://youtu.be/eEs0iVGUWjs

2月号でもご紹介したが、もう一度。
サンティアーゴ・デ・クーバのパーカッション・アンサンブル・オーケストラ
ハバナのページョ・エル・アフロカンのサンティアーゴ版ともいえるもので、グループ名に残るエンリーケ・ボンネはすでに没しているが、パチョ・アロンソで大ヒットした「ピロン」の作曲者で、アンヘル・ボンネのお父上だった人



 数は少ないが、ヒップ・ホップ系、DJもアップされているので、ピックアップしてみた。

Eyeife en Yarini`s Sessions Dj Danstep

https://youtu.be/HCpqRf9x9Dk
今年1月30日に、脳卒中でなくなった歌手でもあるSuylen Milanés(スイレン・ミラネース)が、父親のパブロ・ミラネースからレーベルでプロダクションのPM Recordsを受け継ぎながら、代表兼主催者として立ち上げた電子音楽フェスティバル "Eyeife"。そのフェスで活躍するDJのひとり。

Eyeife en Yarini`s Sessions DA LE (Havana)

https://youtu.be/MB4kovC3z-0
こちらのDJユニットも、"Eyeife"で注目されたユニットのようだ。

DJ LUVS

https://youtu.be/q2n2tPAfLPE




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◆岡本郁生(ラテン横丁・USA LATIN & MORE)
『フアン・ルイス・ゲーラ「Privé」5曲入りEPリリース』




アルバム『リテラル』(2019年)のツアーがコロナ禍のため中止となってしまったフアン・ルイス・ゲーラも、ほかの多くの音楽家たちと同様さまざまな発信の手段を考え、2020年12月、クリスマスプレゼントのような形で、「Privé(プリベ)」の映像を公開するとともに、5曲入りのEPをリリースした。

Juan Luis Guerra - Privé

https://www.youtube.com/watch?v=6fm3riUiG2c


このときの映像、とんでもない大邸宅のお庭で収録してるけどどこなんだろ?…と思ってたら、なんとご自身のお宅の庭だそうで。お見それしました!

その延長線上で…というわけか、ドミニカ共和国東部の北海岸にあるリゾート地、プラヤ・エスメラルダのビーチ沿いに設置した特設ステージでライブ演奏を行った映像が、衛星/ケーブルTV曲HBOで公開され、その音源がアルバム(CDとアナログ)で発表されている。

Juan Luis Guerra Entre Mar y Palmeras

https://www.youtube.com/watch?v=GlI9WwdBI_Y

タイトルは『エントレ・マル・イ・パルメラス(Entre Mar y
Palmeras)』、まさに「海とヤシの木の間で:というわけで、いや〜〜〜、見ているだけで気持ちいいですね!

アルバムには16曲収録されているのだが、いまのところ日本からYouTubeで見られるのは全曲ではないようだ(HBO自体は日本では見られない)。

Juan Luis Guerra 4.40 - Rosalía

https://www.youtube.com/watch?v=81p_KumYYt8

Juan Luis Guerra 4 40 - La Travesia

https://www.youtube.com/watch?v=RksYXExb0d0

海風を受けてはためいているドミニカ国旗を見ると、けっこうな強風の中だが、そんな条件もなんのその、「これ、ホントにライブなの?」っていうぐらいの超ハイクオリティの演奏が繰り広げられているのだから参ってしまう。

もちろん、多少の加工(?)はあるんでしょうが、ベーシックな演奏は、長年にわたるツアーで鍛え上げられ、メンバー同士のコミュニケーションによって練り上げられたものだ。ちょっとやそっとのことではビクともしない。

収録されたのはは昨年のちょうどいまごろだが、今年2月から同名のツアーがスタート。ドミニカ共和国、米国、プエルトリコとまわり、スペインのマドリード公演が7月10日に終わったばかり。8月12日にはメデジンでの最後の公演が予定されている。





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◆高橋めぐみ(SOY PECADORA担当/スペイン語圏の本・映画)
『クリスマスのあの日私たちは/Días de Navidad』



今回はスペインのドラマです。

観たドラマ:
クリスマスのあの日私たちは(原題:Días de Navidad)2019
監督:パウ・フィレイシャス(Pau Freixas)

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https://www.imdb.com/title/tt9731254/

 Netflixで観られるスペインのミニ・シリーズのドラマです。4人姉妹を中心に子供時代、成人期、初老期の3回のクリスマスを舞台に奥深い物語が描かれます。

 1回目のクリスマス:
 郊外の大きな屋敷に祖父、両親らと暮らすエステル、アデラ、マリアの3姉妹がクリスマスを祝おうとするその日に事件は起こります。3人が外で遊んでいると怪我をした男性が現れ、「明日、迎えに来るからこの子を匿ってくれ」と言って連れていた娘バレンティナを置いて立ち去ります。突然のことに呆然としながらも3姉妹は少女を納屋に匿うことにします。一家の友人である医学を学ぶマテオの手も借りてバレンティナの面倒をみようとしますが、そこに(おそらく嫌われている)高圧的な警察官(憲兵のような)が親子を捜しに現れて騒ぎになります。そこで警察官に見つかったバレンティナを守ろうとして、一家は忌まわしい秘密を抱え込むことになります。時代背景はフランコ独裁政権下と思われ、思想弾圧が激しい時に「逃げている男」とはどういう人物か説明はありませんが、推測はできます。

 2回目のクリスマス:
 その約30年後、父親が迎えに来ることがなかったバレンティナを姉妹のように受入れた一家は、一見平穏に暮らしていますが、すでに結婚や仕事で3姉妹は家を出ており、それぞれ問題を抱えています。バレンティナだけが残り、家族の面倒を見ています。すでに重い病に冒され死期が近い母イサベラに思いがけない告白をされ、中年にさしかかっている姉妹達はさらなる問題に巻き込まれることに。その結果、バレンティナは衝動的に家を出てしまいます。

 3回目のクリスマス:
 そして、すでに主人公達の人生の終焉が見えてきているさらなる30年後のクリスマス。姉妹達とは音信不通になって、街で福祉の仕事をしているバレンティナの元にエステルから連絡が入ります。見つかったことに不機嫌なバレンティナは、やむを得ない事情とはいえ不本意ながら屋敷を訪れることになります。クリスマスの日、再び集う姉妹達、見たままの現実は果たして本当の現実なのか、明かされる予想外の物語、結末はいかに...。

 3回のクリスマスで姉妹役は子供から成人、そして初老へと変わっていきます。どの俳優の演技も素晴らしく細かく解説したいところですが、ここではわたしの好きな3人を取り上げます。

 ナレーションは中年以降のマリア役のビクトリア・アブリルです。彼女はアルモドバル映画に多く出演し高い評価を得ているスペインを代表する俳優です。衝撃的な内容の『アタメ』の彼女の演技を見て、かのペネロペ・クルスが「女優になろう」という決意を新たにしたと言われています。

 バレンティナ役はアンヘラ・モリーナ。俳優一家の出で自身の子供たちもその道に進んでいます。こんな見方はおかしいのかも知れませんが、アンヘラ・モリーナは本当に美しい人ですが、恐らく一切のアンチエイジング的な美容をしていないと思います。ハイウッドでは絶対に見つけられない自然な老化を意に介していません。それがわたしには彼女の美貌をさらに増していると思えるのです。

 そしてアデラ役は、わたしが一番好きなベロニカ・フォルケです。アルモドバルの『キカ』で主人公のキカを演じた人です。ちょっと鬱陶しいほどの明るさと騒々しさを見事に演じ、本作でもワケありの夫に従い「結婚が女の幸せ」だと思い込もうとしていたアデルを賑やかに演じています。しかし、その生活の裏に孕まれていた偽りが最後に吹き出します。

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 ベロニカ・フォルケは2021年の12月にこの世を去りました。3つも大きな仕事の予定があり、役者としては何の心配もない状態でしたが、その数年前に30年連れ添った夫と別れ、ずっと精神的に不安定で落ち込んでいたと伝えられています。とはいえ、自ら命を絶つ理由は親子や夫婦でもわかるものではありません。

 スクリーン越しに観た希有な個性を持った素敵な人に、もう会うことが出来ないという動かしがたい事実が、ただただ悲しいです。

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◆長嶺修(猫の目雑記帳担当/スペイン & MORE)
『斎藤潤一郎『死都調布』『死都調布 南米紀行』『死都調布 ミステリー・アメリカ』と西江雅之『異郷日記』』




 東京西郊の調布は、宮田信さんのミュージック・キャンプの拠点があり、また、日活撮影所や大映撮影所(現・角川大映スタジオ)などが立地していることから、「映画のまち調布」を売り文句にしてたりもします。他にも、門前の蕎麦も有名な古刹・深大寺があったり、飛行場(「忘れたころ」に悲惨な墜落事故を引き起こしてきている)があったり、スタジアムや競輪場があったり、宗教右派として鳴らした生長の家(現在は路線変更して政治活動から退き環境問題に取り組んだりしているとのこと。一方、「本流」を自認する人らが保守界隈で蠢動している。因みに、ブラジルなどにも進出していて、ブラジルでは最大の勢力を誇る日系新宗教であり、大部分が非日系人からなる200万超の信者がいると言われています)の飛田給練成道場があったり、インパール作戦で悪名高い牟田口廉也が戦後を過ごし、ラーメン屋をやっていたという都市伝説的な話(未確認)も伝わっていたりと、挙げはじめたら枚挙に暇がないのですが、基本的には郊外のベッドタウンたる調布に、死都という不穏な語を合成した斎藤潤一郎の漫画『死都調布』(リイド社、2018〜2021年)。

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アルファベットを用いたタイトルは、ローマ字の「SHITO」でも訳語「NECROPOLIS」でもなく「SHIT」、『SHIT CHOFU』であるという、混線した物語と乾いた暴力そしてエロが炸裂するアナーキーでノワールでグロテスクで冷めた笑いも交えた作品です。多摩川が流れていたりするものの、現実の風景が描かれているというわけではなく、架空の場所ではあるのですが、多摩川の河川敷のような場所に、作者の得意料理としてプロフに挙げられているタコスを売る店が出てくるシーンがあって、その中にごく小さく給水塔のようなものが描かれているカットがあります。調布で漫画家といえば、この町に暮らした水木しげるが筆頭格ですが、その水木しげるのアシスタントに就くことになったつげ義春は、ミュージック・キャンプの近くにある中華屋の2階を振り出しに、何度かの引っ越しを経て長く調布に住みつくこととなり、多摩川の河原で石を売る男を主人公とした『無能の人』のシリーズには、つげ義春が1978年から93年まで過ごした調布の団地にある特徴的な給水塔が場面の背景に描かれていて、実は先述のシーンの前にも『死都調布』に出てくるそれと同じものなのではないか、と。

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タコス屋が予告するかのように、第2弾の『南米紀行』では、前巻の登場人物である日本人女性シトウ・チヨが、メキシコに現れてギャングを皆殺しにし、カリブ海のキューバとハイチを荒し、ベネズエラのカラカスから南米に上陸してブラジルやアルゼンチンで暴れまわるという設定で物語が展開し、第3弾『ミステリー・アメリカ』ではU.S.A.各地を横断していくことになるのですが、第3弾巻末には、1作目から言及されることのあった映画について、参考作品がリストアップされていて、映画成分が切り貼りされていたり、筋書きには一定せず、カオスに導かれます。「シモ」の描写が多めなのには食傷させられてしまうのですが、『ミステリー・アメリカ』篇に「へえ稲城市…物騒なイメージだけど……」「普通の静かな町よ」「私は川の向かいの調布市で育ったの」というローカルな会話が挿入されていて、近隣住民的には少し笑ってしまいました。

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 文化人類学者の西江雅之は、各種クレオル語をはじめ少数言語への関心などから、世界の「辺境」とも言えるような場所を訪ね歩きました。『異郷日記』(青土社、2008年)は、主に著者が定職を離れた後の、気ままな旅を題材としたエッセイ。ニューギニアや若いころのソマリア縦断の旅などと共に、中南米地域では、「カリブ海では、いくつかの島々で、数年に渡って(*ママ)幾度か、クレオル語の調査をした経験がある。ジャマイカ、ハイチ、マルチニーク、グワドループ、南米他陸のフランス・ギアナ、など、今も東京の喫茶店でそうした土地の音楽を耳にしたりすると懐かしく思い出す」としつつ、「もっぱらスペイン語が話されてい」て、「調査対象の外の地域にあったので訪れる機会がなかった」というキューバに滞在した時の文章が収められています。本の冒頭には「物心がついた頃から、自分は異郷にいるのだという感覚が、わたしにはいつも付きまとっている。「わたしにとって、自分の皮膚の外側はすべて異郷だ」と、こんな言葉を機会あるごとに口にしてきた」と書かれていますが、エッセイの最後を飾るのが、著者が古い一軒家を借りて晩年の住処とした三鷹(調布の隣町であり、あっしの地元でもある)。庭にガマガエルが出没することから「蝦蟇屋敷」と名付けられることになるその家は、「雨戸のような板の入り口を開けてもらって室内に足を一歩踏み入れると、夏なのにひんやりとした薄暗い空間が、霊気のようなもので充ちているような気がした」とありますが、この辺りの瞬間的な感じ方は、水木しげるとか、異界にアプローチし、『栞と紙魚子』では三鷹〜武蔵野の井の頭界隈を舞台のモデルとした諸星大二郎とかに通じるところがあるかもしれません。三鷹の街並みについて、「この数年の間に、駅前には十数階建てのビルが並んだ。町の中心となる大通りからは、何代か続いたに違いない数々の商店の姿が消えた。その代わりに、大手の金貸し屋、ドラッグストア、大型チェーン店が経営する飲み屋が並んだ」と綴り、末尾は、行きつけになった場末な飲み屋街の店の主人の「死」を巡る「事件」について触れ、「何事も起こらないような穏やかな街の片隅でも物語は次々に生まれ、そして、ひっそりと消え去っていくのだ」と締めくくられているのですが、著者自身による通り側から撮影された写真が掲載されている件の飲み屋街も、今では小ぎれいな2棟の中層ビルに建て替えられてしまっています。

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 なお、斎藤潤一郎には、下記サイトに「異界」が染み出してくるような東京近郊ぶらり旅もの『武蔵野』の連載もあり。

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http://to-ti.in/product/musashino

 上記に関係なく、今回も付け足しになってしまいますが、音楽ネタは、ブラジル人ギタリストのヤマンドゥ・コスタ。今より若いころの「中川家」の礼二とかを思わせるような風貌のにいさんが、超絶テクを駆使してギターを奏で、七弦ギター独奏の動画は一度アクセスすると何度も繰り返し観てしまうのですが、こちらはマヌーシュ・スウィング・アンサンブルによる、ネルソン・カヴァキーニョ/ギリェルミ・ジ・ブリートの名曲「A Flor e o Espinho(花とトゲ)」のカヴァーです。せっかくなので、ソングライターご本人たちの味わい深い演奏もどうぞ。

Yamandu Costa & Jazz Cigano Quinteto - A Flor e o Espinho

https://youtu.be/L2VuB44i3ig

"A flor e o espinho", por Nelson Cavaquinho

https://youtu.be/uaY2QMUV480





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◆宮田信(DANCE TO MY MAMBO担当/USA+MEXICO)
『サニー&ザ・サンライナーズ『Mr. ブラウン・アイド・ソウルVol.2』』





 サニー&ザ・サンライナーズのソウル・サイド至極の録音を集めたコンピ盤の第2弾がリリースされた(BG-5246、ZBG-1427)。コンパイルしたのはNY、ブルックリンにある大人気インディー・レーベル、ビッグ・クラウン・レコード。チカーノ・サーキットのなかでは膨大な録音を残す大人気歌手、しかしその外では全く知られていない大ベテラン歌手の魅力がアストゥラン(チカーノ王国)を越えてようやく世界中の音楽ファンに届き始めた。

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 テキサス・サンアントニオの生まれ。本名はイルデフォンソ・フラガ・オスーナ。まだ16歳の高校生だった1960年に地元のレーベルからデビューする。ドゥーワップやリズム&ブルースなど黒人音楽のナンバーが、ローカルのラジオ局からメキシコ大衆音楽やテキサスのコンフント音楽などに混じって若者たちに届いていた。ロックンロールの大流行も起きていた。まだ10代だったメキシコ系の若者たちの多くが多元的な音楽文化に晒されて演奏を始めていたが、サニーの音楽的才能とリーダーとしての手腕は飛びぬけていた。バンド・メンバーを選抜しながら60年代中盤にはサニー&ザ・サンライナーズとしてサンアントニオを代表するアクトとしてその存在を確立していった。

 彼らの個性は、その影響を受けた音楽を反映するかのように、ポルカ、ランチェーラ、マリアッチ、ボレロを素材にエレキベースやオルガンを入れてグルーヴィに料理したサウンドのスペイン語録音と、スタンダードからファンクまでを素材にした英語録音の二刀流で発揮された。特にチカーノ公民権運動がテキサスでも大きな動きとなっていく60年代後半にはその社会情勢を敏感に感じ取ったかのような緊張感あふれる演奏が多く残された。テキサスだけではなく、彼らがツアーで周ったのはメキシコ系の労働者たちが汗を流す農地や工場があるアメリカ大陸の西側半分の広大な地域だった。その体験が彼らの音楽性をさらに研ぎ澄ませていく。

しかし、その過激な一種の民族主義は、演奏家たちをルーツへの過剰な傾倒に導いてしまう。タイトなサウンドに情感たっぷりの歌唱が魅力だった英語ナンバーの録音は消滅して、マーケットが限定されるスペイン語録音に絞られていく。それはサウンドにも反映されて、ジャズやR&Bの演奏もこなせる演奏家たちの実力がなかなか発揮されないまさにリージョナルな演奏で落ち着いてしまったのだ。テキサスのチカーノ・マーケットが再び英語で大きく展開するのは20年後のセレーナのブレイクまで待たなければならなかったのだ。

 今回のコンピ盤にはスペイン語録音も一曲収録されたが、サニーの、いやテキサスのチカーノ音楽の魅力は、英語だけでなくスペイン語録音にも触れることでその全貌を知ることができる。あと何年かすれば、チカーノ・サーキットをもっと大きく俯瞰し解説する視点が登場するだろう。そうした意味でも今回のコンピ盤2作の仕事はとても重要だと思う。ボレロの滋味をたっぷり含んだスローなR&Bナンバーをぜひ聴いて欲しい。

Sunny & The Sunliners - I Can Remember

https://www.youtube.com/watch?v=VPPH43kIfds



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◆伊藤嘉章(カリブ熱中症担当/カリブ諸島+カリブ沿岸)
『レゲトン&バッド・バニーの躍進』




本誌『6月はこれだ!』で石橋純さんが鹿島建設の広報誌『KAJIMA』でのeLPopメンバーの寄稿を取り上げられたが、縁あって自分も7月号に記事を掲載頂く事となった。テーマはパナマを軸にした『レゲトン』の簡単な歴史。

鹿島建設の広報誌『KAJIMA』7月号の「カリブ文化の混淆が生んだレゲトン」

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https://www.kajima.co.jp/.../jul_2022/rhythm/index.html


ご存じの方も多いが、ごく単純に言えばレゲトンはパナマのスパニッシュ・レゲエとプエルトリコのスパニッシュ・ラップ/ヒップホップが、プエルトリコで合体・発展し生まれたという事になる。『KAJIMA』誌の記事はウエブで上記に公開されているので、一読頂ければうれしいです。


上記で取り上げたのは2010年代ぐらいまでの話だが、現状は様々に拡大している。日本では取り上げるメディアが少なく、たまに見かけると「レゲトンはダディ・ヤンキーが作った」とかの話になった惨状を見るはめになっている。本誌では丁度1年前に一度ラテン・トラップを取り上げたが、

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http://elpop.jp/article/188942568.html

この機会に現在のシーンのトップと言っていいバッド・バニーの最新作と彼がどのように支持されているかを書いてみた。

今年5月にサブスクやYouTubeなどで全23曲の新作『Un Verano Sin Ti / あなたのいない夏』がリリース。
例えばシングルの「Tití Me Preguntó」は8/9現在でYouTubeで3.1億回視聴されている。
これまでに数曲のMVがリリースされているが何れも億超えの視聴。

Bad Bunny - Moscow Mule

https://youtu.be/p38WgakuYDo

YouTubeの8/9のランキングを見て見ると、世界視聴ランキング・トップ10に2曲送り込んでいるのは(3位&4位)は彼だけ。また世界視聴アーティストではトップとなっているという世界の支持が見て取れる。

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彼の鼻にかかったような歌声は好き嫌いがあろうが、聴いて頂けばわかる通り実は歌はとても上手い。
加えて、個性的な風貌とノーマルから過激までをカバーするファッションセンスや尖り方もその人気の一因だ。

ヴォーグ(VOGUE)はGQなどは早速彼とコラボし攻めている。下記のYouTubeではイマン・ハマンやパロマ・イルセッサ、イリス・ロウと言った一流のモデルがバッド・バニーを真ん中になつかしのマカレナを踊るファニーな企画。

Bad Bunny Recreates the Most Popular Dance of the '90s | Vogue

https://youtu.be/QllBbRPTsE0


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ファッションに興味のある方はMET GALAをご存じかもしれない。NYのメトロポリタン美術館(メトロポリタン美術館服飾研究所)が毎年主宰する展覧会のオープニングパーティ、ファッション界の一大行事で、招待されここのレッドカーペットを歩くのは抜きんでたファッション・センスが必要なわけだが、今年バッド・バニーは招待され参加している。

Bad Bunnyの「メットガラ」パーティへの準備に密着 | GQ JAPAN
Bad Bunny Gets Ready for the Met Gala | Vogue

https://youtu.be/AgEn8Vo5s8k


先月にはリリース・ツアーがスタートしサンファンのコリセオでの公演は発売即日完売。同施設で史上最高の入場者数を記録した。ステージにはアルバムで共演したコロンビアのボンバ・ステレオやLAのオルタナ・ネオソウルのザ・マリアス、NYのブスカブラなどかなり面白い面々が参加している。

"バッド・バニー、コリセオ・デ・プエルトルコでの観客動員数記録を更新"
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Bad Bunny - Ojitos Lindos FT Bomba Estéreo LIVE at Coliseo de Puerto Rico

https://youtu.be/nNkwDE0day8

コンサートの幕開きはオールド・スクールのレゲトンで登場し、90年代へのレスペクトを示したバッド・バニーを見ていると、この30年間のレゲトン〜トラップへの道のりを思うが、同時にその中で初期のやんちゃな感じを保ちつつ新しいスタイルへと拡大している才能を強く感じるのだ。




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posted by eLPop at 23:20 | Calle eLPop

eLPop今月のお気に入り!2022年6月号

2022.06.24

いよいよ音楽業界もライブ活動などが元に戻ってきた感じ。コロナでちょっと寝ていた感覚を起こして活動的に行きたいと思います。さて『eLPop今月のお気に入り!2022年6月』をお届けします!

新作・旧作関係なくeLPopメンバーの琴線にかかった音楽、映画、本、社会問題などを、長文でまたはシンプルにご紹介します。今の空気を含んだ雑誌、プレイリストのように楽しんで頂ければ幸いです。
【目次】
◆高橋めぐみ『アメリカの中のキューバ:『ハバナ奇譚』そしてデシ・アルナス』(USA、キューバ)
◆岡本郁生『ジェルバ・ブエナが帰ってきた!』(NY)
◆山口元一『セフェリナ・バンケス、エレンシア・デ・ティンビキー』(コロンビア)
◆石橋純『『KAJIMA』連載音楽セッセー、そして「ちゃんみな」とレゲトン』(沖縄、ガリシア、ブラジル、日本)
◆水口良樹『クロニカ・デ・メンディゴス、バリオ・カラベーラ』(ペルー)
◆佐藤由美『ミルトン・ナシメントのラスト・ツアー始まる』(ブラジル)
◆高橋政資『パウリーナ・アルバレス、男性だけのキューバ・ポピュラー・オーケストラを始めて率いた女傑』(キューバ)
◆長嶺修『平野千果子『人種主義の歴史』』
◆宮田信『ボビー・オローサ『ゲット・オン・ジ・アザーサイド』』(チカーノ/フィンランド)
◆伊藤嘉章『セプテート・ナシオナルのエル・グラン・コンボ・トリビュート盤』(キューバ、プエルトリコ)

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◆高橋めぐみ(SOY PECADORA担当/スペイン語圏の本・映画)
『アメリカの中のキューバ:『ハバナ奇譚』そしてデシ・アルナス』



今回はアメリカの中のキューバに関するものを選んでみました。


読んだ本:
★『ハバナ奇譚』(2008)
原題:La isla de los amores infinitos (2006)
著者:ダイナ・チャヴィアノ(Daina Chaviano)
翻訳:白川 貴子
出版元の「武田ランダムハウスジャパン」は2012年に倒産しているが、中古での購入は可能。

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 ダイナ・チャヴィアノ(カナ表記はチャビアノではないのか?)は最も注目されているキューバ出身、米国在住の作家です。ハバナに生まれ、ハバナ大学在学中から文学賞を受賞し、キューバSFの父であるオスカル・ウルタド(1919-1977)の名を冠したワークショップを主催したり、ラジオやテレビの脚本を書き、映画にも出演したりと大活躍をしました。もちろん、著作も人気となり空前の売上を記録しますが、1991年に米国に亡命します。その後はマイアミを拠点とし、新聞記者などをしながら作品を発表しました。その中で注目されたのが本作を含む「隠されたハバナ」の4部作です。

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 本作の原題を直訳すると「無限の愛の島」でしょうか。物語はまず現代のマイアミで、主人公は若いキューバ系の女性で新聞記者として働いています。彼女が取材しているのは、何度も目撃される謎の幽霊屋敷です。突然現れる幽霊屋敷は恐怖感と言うよりも何か荘厳な雰囲気があり、見た者を黙らせてしまう力があるようです。そんな中、記者は行きつけのバーで不思議な老女に会い、話を聞くようになります。その老女が語るのはふたつの家族の物語。ひとつはスペイン、もうひとつは中国をルーツに持つ人々のお話で、1930年から50年代のハバナが舞台になります。それは長い年月を至る家族のサーガであり、喜びと悲しみの歴史が語られ、記者はその話に夢中になります。

 果たして謎の幽霊屋敷は何なのか、老女は誰なのか、物語はどんどん深くなっていきページをめくる手は止まりません。26カ国語に翻訳されたというのですから、面白さはお墨付きでしょう。

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 ハバナ編の方では、なんと、キューバが世界に誇る真の歌姫リタ・モンタネールが大活躍し、音楽界の巨人(実際に背も高かった)エルネスト・レクオーナが登場します。その他、ベニ・モレ、ラ・ルーペ、ボラ・デ・ニエベ、ラ・ゴルダ・フレディ、ホアキン・ニン(アナイス・ニンの父で作曲家/ピアニスト)、そして、キューバの古典的ロマンス小説『セシリア・バルデス』にまつわるエピソードまで出てきます!

 さらに、現代編には名前こそ出ていませんが、明らかにNORAを思わせる日本人サルサ歌手もチラッと登場しますよ。

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 つまり本作は、カリビアン・ゴシックの雰囲気をまとった音楽小説でもあるのです。著者が後にした、社会主義革命を経た祖国への熱い想いも込められています。

 訳者の後書きにあるエピソードが、読後をかなり暗いものにしてくれるというのも珍しい体験でした。




観た映画:
『愛すべき夫妻の秘密』(2021)
BEING THE RICARDOS (直訳:リカルド夫妻になる)
監督:アーロン・ソーキン

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https://www.amazon.co.jp/dp/B09NMVQYQK/

 第94回アカデミー賞で最優秀主演男優&女優賞にノミネートした作品です。いずれも受賞は逃しましたが、「見た目が全然似ていないのに演技が素晴らしく引き込まれる」という前評判だったので期待して観ました。

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 幼い頃に『ザ・ルーシー・ショー』(The Lucy Show 1962-68、日本放映1963-66)を観たかすかな記憶があるので、ルシル・ボールには「美人なのにすぐにおかしなことをしでかす変な人」という認識は持っていました。この映画の時制はその前の、当時夫であったデジ・アーナズ(英語読み Desiderio Arnazはデシデリオ・アルナス)と出演していた『アイ・ラブ・ルーシー』(I Love Lucy 1951-57)の頃です。これはさすがに観ていないので、夫のデジ・アーナズがキューバ生まれのミュージシャンであることは後から知りました。

 とんでもないヒット作となったシットコム『アイ・ラブ・ルーシー』の舞台裏、実生活でも夫婦であったふたりの関係を描いている内容で、果たしてふたりはドラマのような仲よし夫婦だったのか、それとも....。

 わたしが観た『ザ・ルーシー・ショー』の中ではルーシーは未亡人です。このドラマが始まる前にデジとは離婚いるからか、彼は出演していません。映画では、その原因がなんだったのかも描かれています。

 さて、引き込まれたかどうか、については厳しいものがありました。物語はテンポ良く展開しますが、ニコール・キッドマンは美しいけれど、あの表情豊かなルーシーなのに顔がこわばっているし、ハビエル・バルデムのデジはもう謎としか言いようがない不自然さです。演技云々ではないのですが、最後まで受け入れられないまま終わってしまいました。そういえば、この人は『夜になる前に』(2001年 監督ジュリアン・シュナーベル)でも主人公のレイナルド・アレナスを演じています。善良な男から凶悪な殺し屋まで幅広く演じ分ける才能豊かなスペイン人俳優ですが、キューバ系の俳優はいなかったのでしょうか、いや、せめて他のカリブ海の国出身の、と小さな声で抗議したくなりました。



観た映画:
LUCY and DESI(2022)
監督:エイミー・ポーラー

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https://www.amazon.co.jp/dp/B09Q14HZHT

 『愛すべき夫妻の秘密』がいささか消化不良に終わったので、今度はドキュメンタリ映画です。ルーシーもデジも本人が出てきます。

 二人のことを知りたければこちらを先に見るといいかもしれません。

 デジことデシデリオ・アルベルト・アルナス・イ・デ・アチャ 三世(1917-1986)は、キューバ第2の都市サンティアゴ・デ・クーバの政治家や実業家を輩出していた裕福な家庭に生まれますが、1933年にバティスタ(当時は軍曹)のクーデターが起き、一家は財産を没収されます。映画の中で「革命で財産を奪われた」と言っているのは1959年のフィデル・カストロ主導の革命ではなく、このクーデターのことです。字幕がいい加減なのでご注意ください。デジは1934年にフロリダに移住し、米国での生活が始まります。ハイ・スクールでもバンドを組んでいた彼は、後にザビア・クガートに見いだされコンガとボーカルを担当し、魅力的な容姿で人気者となり、後に自身のオルケスタを組みます。 

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 ルーシーことルシル・ボール(1911-1989)は、ニューヨーク州出身で、電話会社に勤務していた父が27歳の若さで急逝したために、母の祖父母や母の再婚相手の両親に育てられました。10代後半にはファンション業界の女傑、ハッティ・カーネギーのハウスモデルとなり、高価なドレスを纏っても軽やかに立ち居振る舞う術をを学んだといいます。それは後年のシットコムで大活躍する際の大胆な動きに役に立ったようです。役者としても端役ながらも活躍しており1930〜40年代には「B級映画の女王」と呼ばれ、しだいにコメディエンヌとしてのその実力は評価され、ブロードウェイの舞台にも立つようになりました。しかし、大きな成功を得ることは出来ずにいたため、経済的な理由から出演したラジオ番組でその才能を開花させ、そこから『ザ・ルーシー・ショー』への道が開けていきます。

 デジとルーシーは、1940年、ルーシー主演の映画『Too Many Girls』のロケ現場で出会い、あっという間に恋に落ち、駆け落ちしました。ところが、バンドの演奏旅行が多い夫と映画のロケが多い妻の関係は時にギクシャクし、すぐに取り下げられましたが、1944年に一度離婚申請をしています。1948年にルーシーが出演し好評だったラジオ番組『My Favorite Husband』のテレビ化の話が持ち上がったときに、ルーシーは夫であるデジの出演を条件にしました。しかし、放送局のCBSは、スペイン語訛りの英語を話すキューバ人ミュージシャンの夫と、赤毛のアングロ・アメリカンの妻というカップルはお茶の間で受け入れらないと判断し難色を示しました。その後、デジのツアーに参加したルーシーがひょうきんな主婦を演じてみせ、大喝采を受けるなどの経緯を経て、CBSはふたりの番組を制作することになりました。

 番組は大成功し、ふたりは押しも押されぬ大スターになります。そこから先が映画『愛すべき夫妻の秘密』で描かれるのですが、わたしが強調したいのはこのふたりの経営者としての手腕です。1950年に「デシルプロダクション」という番組制作会社を設立し、世界的に有名な『スタートレック(宇宙大作戦)』、『アンタッチャブル』、『スパイ大作戦』といった名作ドラマを制作します。ルーシーはハリウッド初の女性重役になります。また、デジとカメラマンは当時スタジオからの生放送が主流で限定的な放映だったテレビ業界で、マルチカメラセットで撮影したものを全国に放送することを可能にしました。権利関係でもスマートに動き莫大な利益を生み出しました。デジはミュージシャンや俳優の才能よりも類い希なる経営能力を持った人だったのです。

 ふたりは20年間の結婚生活の後、1960年に離婚し、プロダクションの仕事は一緒に続けたものの、お互いに再婚してその相手との生活の方が長くなりますます。しかし、彼等の子供たちが語るように、その「愛情」は生涯揺るぎないものだったのではないかと思わせてくれる後味の良いドキュメンタリでした。
 




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◆岡本郁生(ラテン横丁・USA LATIN & MORE)
『ジェルバ・ブエナが帰ってきた!』



 ジェルバ・ブエナが帰ってきた! 
5月20日にいきなりYouTubeで公開されたのが、「The Man With the Hat and the Tan (ManHatTan)」。ビックリしたな〜もう〜! 前作のアルバム『アイランド・ライフ』が2005年だから、17年ぶりか?

Yerba Buena, Jon Batiste, Daymé Arocena, Pedrito Martinez, Alain Pérez - ManHatTan

https://www.youtube.com/watch?v=tPtQbekSZYc


リーダーのアンドレス・レビン(Andres Levin)はベネズエラのカラカス生まれ。バークリー音楽大学に留学したあとニューヨークでレコーディング・エンジニアをしながらジュリアード音楽院に学び、ナイル・ロジャースのアシスタントとしてダイアナ・ロス、INXS、B-52’sといった人気アーティストたちとの仕事でキャリアを磨き、チャカ・カーン、ティナ・ターナー、デヴィッド・バーン、リッキー・マーティンといった大物たちのプロデュースを手がけるようになった人。その一方で、アート・リンゼイの相棒としてワールド・ミュージック・シーンとも関わってきた。

 そんな彼が、キューバ、ブラジル、西アフリカなどで録音した経験からヒントを得て2003年に結成したのがジェルバ・ブエナ。アフロ・キューバン、ブラジル音楽、ファンク、ヒップホップなどを独特の感覚でミックスしたデビュー・アルバム『プレジデント・エイリアン(President Alien)』は、“現代ニューヨークに息づくアフロ・キューバ音楽の未来形”として大いに注目を集め、グラミー賞にもノミネートされた。

Yerba Buena - Guajira (I Love U 2 Much)

https://www.youtube.com/watch?v=ArjA43GOgqE


2005年に出た2枚目が『アイランド・ライフ』で、「アフロ・ラテン・アーバン・アメリカの未来サウンド」「楽しさいっぱい、育ち盛りの、国境を飛び越えるグルーヴだ」などと現地の雑誌でも大絶賛。基本的なメンバーは、リーダーのアンドレス・レビン(g/kb)はじめ、クク・ディアマンテス(vo)、ペドロ・マルティネス(vo/perc)、シオマラ・ラウガー(vo)、エル・チーノ(vo)、セバスティアン・スタインバーグ(b)、スクータ・ワーナー(ds)という7人だが、世界各国からさまざまなゲストが参加。インド系俳優アジェイ・ナイデュ、ブラジルのパーカッション軍団イレ・アイェ、コロンビア系米国人俳優ジョン・レギサーモ、フランス出身黒人姉妹デュオのレ・ヌビアン、“サルサの女王”セリア・クルスお得意「アスーカル!」のサンプリング、さらに、ニューヨーク在住ドミニカ人のメレンゲ・ヒップ・グループのフラニート、“ジプシー・パンクス”を標榜するゴゴル・ボルデージョ、キューバのヒップ・ホップ・グループのオリシャス、スペインのフラメンコ歌手ディエゴ“エル・シガーラ”、フラメンコ・ギタリストのペレーと“エル・ニーニョ”ホセレ、ペドロ・アモルドバル監督の映画でもおなじみのスペイン女優ロッシ・デ・パルマ、そして極め付きのジョーバターンなどなど、ジャンルもパートもまったくバラバラな多種多様な人たちが入れ代わり立ち代わり登場する。レゲエ、ラテン、クンビア、ロック、フラメンコ、アラブ、ヒップホップ、レゲトンと、世界中のいろんなジャンルが次から次へと目まぐるしく展開し、歌からラップからセリフから、あらゆる要素にいろんな調味料や隠し味が豪快かつ繊細に振りかけられ、それが一体となって鳴り響いているのだ。

つまり、ここでいう“アイランド”とは、マンハッタンのこと。アフリカ系とラテン系が隣り合って住み、ラップやサルサが、さらにメレンゲ、ジャズ、クラシック音楽、アラブ音楽、レゲトンが、どこからともなく聞こえ、混じりあい、消え去ってはまた流れてくる・・・そんなニュー・ヨークで暮らすのが“アイランド・ライフ”というわけなのだ。

Yerba Buena - Sugar Daddy

https://youtu.be/kR5uO52Hjuo

Bilingual Girl

https://youtu.be/sfnrOnbqgg85


 という流れからみると、今回の新曲「The Man With the Hat and the Tan (ManHatTan)」は、17年のブランクを感じさせない『アイランド・ライフ』の続編というわけか?
 今回フィーチャーされてるのは、ジョン・バティステ、ペドリート・マルティネス、ダイメー・アロセナ、アライン・ペレス、ロン・ブレークなどなどといったこれまた魅惑的なメンバーたち。ミュージック・ビデオは、御覧のとおり、ニューヨークとハバナのストリートでのシーンはじめいろんなコラージュされた刺激的な内容。アンドレス・レビンは、

「カリブとラテン・アメリカの文化のフュージョンは、私の音楽的探究にとって必要不可欠なもの。願わくばほかの多くの人たちにとってもそうであったほしい」と語っているが、秋には、彼の新しいレーベル「トリベ・カリベ(Tribe Caríbe)」からアルバムが発表されるとのこと。コロンビア、ハイチ、メキシコ、ドミニカ共和国、ジャマイカなどのアーティストが参加するということだ。楽しみです!




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◆山口元一("Ay hombe"担当/コロンビア)
『セフェリナ・バンケス、エレンシア・デ・ティンビキー』



コロンビアの最新ヒットを紹介するコーナー、”Ay Hombe”です。

1曲目、というかアルバムまるごとなのですが、セフェリナ・バンケス(Ceferina Banquez)の"Que le Baile Yo"。制作者のyoutubeチャンネルなので違法アップロードではありません。

Si Me Voy Con Pablo Pérez

https://youtu.be/d-4D-jME_qA


セフェリナ・バンケスは1943年生まれで今年79歳。ボリバル県のマリア・ラ・バハ生まれで、8歳から叔母らの影響でブジェレンゲ(Bullerengue)を歌い始めました。

ブジェレンゲは、コロンビアの大西洋岸地方に伝わるダンスと音楽です。この音楽がさかんに演奏されているのは東から西にあげるとボリバル県、スクレ県、コルドバ県、アンティオア県の大西洋岸、さらに国境を越えてパナマのダリエン地方など、大西洋岸のうちの西部地方ということになります。

この音楽の起源について、いくつかの資料では、サンバシリオなどこの地域に点在したシマロン(逃亡奴隷)の集落(パレンケ)で、コミュニティの中の儀式〜誕生祝い、思春期を迎えた少年少女のため儀式、女性の妊娠、葬式などなど〜におけるダンス&音楽として生まれ、それがコミュニティの中で伝承されたものと説明されています。例によってその真偽を確認する確実な手段はないのですが、この音楽が今もアフロ系の住民の多い集落で演奏されていること、ワンフレーズごとにコール&レスポンスを繰り返す形式、メロディなどコスタの音楽の中でもマパレーとならんでアフロ系の要素が際立っていることからすると、そうした説明に一定の説得力を感じます。


この音楽のもう一つの特徴は、多くの場合、というかほとんどが女性によって歌われることです。この点については、これが(漠然と)アフロ系の伝統に由来するという説明、アフロ系のコミュニティで男性のいないところでのみ歌や踊りを許された女性たちの中から発達したという説明がされています。これまた実際のところは確かめようがありませんが、このジャンルは家事やその最中に目にとまりそうな光景を取り上げた歌詞がとても多いのです。

セフェリナ自身、早くから歌手としてのキャリアを熱望していたものの、女性は家庭にいるべきだという考えに縛り付けられて果たせず、歌うといってもほとんどが家事や農作業の傍らで(地元のお祭りで歌うのも「太鼓奏者とデキるから」という理由で夫が嫌がったそうです。)、プロの歌い手としてコミュニティの外で歌う機会を得られたのは2007年、64歳になってからです。

このアルバムには17歳で結婚し、4人の子をもうけ、ゲリラに近親者を殺され、パラミリタルに土地を追われといった、彼女の、そしてこの地方に住むアフロ系の女性の多くが経験した出来事から、彼女が得た感情が紡がれているように感じます。2022年4月の発表。

おまけ。Ceferina Banquez "Sali de la Montaña" "Salí de la Montaña, Adiós, adiós
mama, Como yo soy desplazada..."(パラミリタルに土地を追われた経験を歌っています。)


Ceferina Banquez - Sali de la Montaña -(Colombia)- La Tonga

https://www.youtube.com/watch?v=MEHoR9X3iF8


2曲目は、エレンシア・デ・ティンビキー(Herencia de Timbiqui)の4年ぶりの新作"Solo"。

太平洋岸音楽をバックボーンとしたミュージシャンとしてはチョック・キブ・タウン(Choc Quib Town)と並んでもっとも商業的に成功した彼らですが、新作はクンビア風味でメキシコ録音、コロンビア国外への進出を本格的に目指しているとのことです。どうなることやら。曲としてはいいと思いますが。

Herencia de Timbiqui - Solo

https://www.youtube.com/watch?v=7vnn8f8WcL0

では来月もよろしくね。




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◆石橋純(熱帯秘法館/CASA CACHIBACHI担当/ベネズエラ& more)
『『KAJIMA』連載音楽セッセー、そして「ちゃんみな」とレゲトン』




ゼネコン大手の鹿島建設の社内報『KAJIMA』で連載音楽エッセー「都市のリズム」をわたしが監修しています。4月号は沖縄音楽、5月号はスペイン・ガリシア音楽、6月号はサンバと、eLPop読者にドンピシャなラインナップがそろいました。紙媒体は一般読者には入手できませんが、幸い電子媒体がネット公開されています。


沖縄県立芸術大学で教鞭をとりつつ、ポピュラー音楽から琉球古典にまで幅広い沖縄の音楽を調査研究する久万田晋さん「時を超える琉球のしらべ」では、王宮都市・首里と、港湾都市・那覇を対比しながら二つの町で育まれた音楽を紹介していきます。

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https://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2022/rhythm/index.html


eLPop仲間である高橋めぐみさんの筆によるが「ガリシア人の魂の音楽」では、スペイン最大の漁港であるビーゴをとりあげ、ケルト文化に根ざすこの地方の「一見スペインらしくない」音楽を紹介します。限られた紙面ですが、食文化にも詳しいめぐみさんのワインとシーフードのオススメも。

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https://www.kajima.co.jp/news/digest/may_2022/rhythm/index.html


加藤勲(Isao Cato)さんは、リズム遍歴の途上でサンパウロの音大を卒業したプロドラマー。彼のエッセー「サンバとリズムの継承」では、自身が打楽器隊の一員として20回以上も出場したサンパウロのカーニバルを紹介します。伝統のエスコーラより、いまはワークショップ形式のブロコに勢いがあり、さらにはサンバ人気そのものがかぎりをみせているという衝撃的な現場からの報告も含まれています。


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https://www.kajima.co.jp/news/digest/jun_2022/rhythm/index.html


この企画には、今後もeLPopメンバーがぞくぞくと登場します。お楽しみに。


かねがね、スペイン語世界に紹介するに値する日本発のクラブミュージック、とりわけレゲトンはないものだろうかと、散発的なリサーチを試みてきましたが、ついにこれだと思えるアーティストを見いだしました。《ちゃんみな》です。すでに日本武道館でワンマンライブをやり、サマソニに3回も出演、Youtube再生は最大で3千万回近く記録している人なので、「見いだ」すのが遅いって話なんです。彼女はレゲトンを専門にしているというわけではなく、レパートリーのいちジャンルとしてレゲトンにもとりくんでいる、というスタンスだとは思いますが、そのレゲトンは本物です。歌よし、ラップよし、ダンスよし、ルックスよし、作詞作曲またよし。

ちゃんみな「Never Grow up」ライブ映像


https://youtu.be/uNj2gi0m7Xg

スペイン語世界のクラブ音楽から出てくる昨今の女性アーティストは、自立した女性の主体性表象としてのセクシーさを、鍛え上げた身体で表現していますね。もっとも目立つ例としてはJLoとシャキーラがいます。Kardi BにせよKarol Gにせよ。そうしたラインナップと同列に投げ込んで、じゅうぶんに太刀打ちでき、しかも日本の女性の身体とエスニシティを巧みに(パロディ化して)作品化している点で、南北アメリカ人には真似できない個性を持っていると思います。彼女自身も「日本の感情はすごく細かくて繊細で、いびつな形で大胆になる」と言語化しています。それがコリアン世界や英語世界でどう受け入れられるか試してみたい、とのことです(ちゃんみなは日英韓トリリンガル)。ぜひスペイン語世界にも進出して欲しい。

ちゃんみな「Chocolate」

https://youtu.be/lQAS8mm2uWE


さいごにアルゼンチンで2月末にでたばかりのプロジェクト「Spinettango」を紹介します。ルイス・アルベルト・スピネッタ(1950〜2012)はアルゼンチンロックの大御所。チャーリー・ガルシアとならび称せられる存在で、このふたりは英語圏のロックにたとえて言えばレノン&マッカートニーならびにジャガー&リチャーズのような「双璧」といって間違いありません。スピネッタの名曲12曲をキンテートのタンゴに編曲したのがこのプロジェクトです。スタンダード曲を別ジャンルに移し替えるカバー企画は、ときどきあるかもしれません。ですが、このプロジェクトは、スピネッタ作品が本来持っているタンゴ的なエッセンスを、ちょっとレトロな五重奏編制に「翻案」したものです。多くの読者に愛された小説作品を満を持してドラマ化、といった感じでしょうか。

《Spinettango》より"Seguir viviendo sin tu amor"

https://youtu.be/XD_FcSfNyHk


編曲にあたったのはバンドネオン奏者のダミアン・トーレス。彼が率いるキンテートが演奏しています。Spinettangopプロジェクトそのものは、トーレス楽団を含むLos Altiyerosというクリエイター集団がプロデュースしています。日本ではスピネッタ作品はそれほど知られているわけではないので、このような翻案/トリビュート企画に「ニヤり」とするひとは少数かもしれませんが、この12曲はただタンゴとして聴いてもじゅうぶんに楽しめる。スピネッタの楽曲はすばらしいので、初めて聴く人にもかならず刺さる詞曲があるはずです。そこからスピネッタの原曲に遡ってみるのも、悪くない入門方法だと思います。

《Spinettango》より"Barro tal vez"

https://youtu.be/NcSZhTlVCug

ところで、アルバムジャケットは収容所のような金網のむこうに日本料理屋があるという謎なヴィジュアルですが、これにもなにかパロディのネタが潜んでいそうです。というのも、中央下に目立つ注意書きに「ご注意ください。露骨なタンゴが含まれています」と記されており、これは、歌詞の検閲に反対したフランク・ザッパが抗議とパロディをこめて「露骨な歌詞が含まれています」とジャケットにみずから記したパフォーマンスをひとひねりしているからなのです。この作品は偉大なアルゼンチン・ロッカーへのトリビュートであると同時にロック精神でとりくんだタンゴアルバムなのだという宣言だと私は解釈しました。




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◆水口良樹(ペルー四方山語り担当/ペルー)
『クロニカ・デ・メンディゴス、バリオ・カラベーラ』



2018年にリマのライブハウス、ラ・ノーチェ・バランコで友人と久しぶりに会ったときにライブで見たのがクロニカ・デ・メンディゴス(物乞いの年代記)というバンドとの出会いだった。イマ・スマックやワラ・ワラを彷彿とさせる女声のファルセットを多用したアンデス的フュージョン的世界観になんだこりゃと思い、とりあえず彼らの手売りしていたCDを購入したのがよい思い出(ちなみに、「イマ・スマック」という曲もある)。途中白い布を頭からかぶって歌っていたのも非常に衝撃的なステージでした。ちなみにこの時にゲストで出演していたオマール・カミーノに私はやられて、メインのクロニカ・デ・メンディゴスはかすんでしまっていたのですが、後からCDを聴いたりYouTubeを聴いてみると、会場で聴いていたときにも感じた一種独特な雰囲気がよみがえって、なんだか長らくひっかかって忘れられないバンドに気がつけばなっていたのでした。

今回は、そんな彼らの「mujer」(2017)という曲と、コロナ禍で珍しくポップな作品になっている「respira」(2020)を紹介したい。

Mujer - Crónica de Mendigos

https://www.youtube.com/watch?v=AAZIhAk_Gx4

Crónica de Mendigos - Respira(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=Uv-djUuoCA4


また、アンデス(アマゾン)系のフュージョン・ロックバンドとして人気だったラ・サリータのマウリシオ・メソネスがオラヤ・サウンド・シスタムらと参加したバリオ・カラベーラ「Pateando las calles」も一緒に紹介しておきたい。

Barrio Calavera - Pateando las Calles ft. Mauricio Mesones & Olaya Sound System

https://www.youtube.com/watch?v=OWOKy2RRvGU





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◆佐藤由美(GO! アデントロ!/南米、ブラジル & more)
『ミルトン・ナシメントのラスト・ツアー始まる』



 芸歴60周年、10月26日に80歳を迎えるこの節目の年に、MPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)重鎮の一人ミルトン・ナシメントが、公演活動からの引退を宣言した。最終期コンサート・ツアー“MILTON NASCIMENTO / A ÚLTIMA SESSÃO DE MÚSICA TOUR”は6月11日リオデジャネイロ@Cidade das Artesに始まり、11月13日ミルトンの実質的な故郷、ミナスジェライス州都ベロオリゾンチ@Mineirãoで幕を閉じる。

 引退について「作曲や歌うことを止めるわけではない。ショーを行わないだけ」と強調した上で、「友人たちとファンに捧ぐツアーでステージに別れを告げるが、決して音楽との別れではない」と補足。また、このタイミングで公演活動を引退するのは、(※持病はあるが)病気が原因ではないとも語っている。

 以下が、ラスト・ツアーの特設オフィシャルサイト。近影とともに懐かしい映像てんこ盛りの予告映像付き。タイトルのフォントに……ファンなら思わずぐっとくるはず。ネタばらしは、まだやめておきませうね。

milton1.jpg
https://www.aultimasessaodemusica.com/

残念ながら上記サイトのツアー日程はチケット販売とリンクしており、終了した公演が表示されない。今後の公演もソールドアウト続出で、順次追加公演が決まりつつある状況だが、記録は必要不可欠。以下、2022年6月22日付で判る範囲の追加を含む全スケジュールをメモしておく。

6/11, 12 ブラジル・リオデジャネイロ@Cidade das Artes
6/15, 16 イタリア・トリノ「Torino Jazz」@Citta di Torino
6/18   スペイン・バルセロナ@Sala Apolo
6/21, 22 イギリス・ロンドン@Union Chapel
6/23, 24 ポルトガル・リスボン@Coliseu dos Recreios
6/26   ポルトガル・カステロブランコ@Cineteatro Avenida
6/29   ポルトガル・ポルト@Casa da Música
7/2 ポルトガル・ブラガ@Theatro Circo(※クローズドイベント)
7/3 ポルトガル・エヴォラ
7/7 イギリス・ロンドン
7/8 イギリス・ロンドン@Union Chapel
7/10 イタリア・ヴェネツィア@Teatro La Fenice
7/11 イタリア・ミラノ(アッサーゴ)
8/5, 6, 7 ブラジル・リオデジャネイロ@Jeunesse Arena
8/26, 27, 9/1, 2 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
9/24, 25 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
9/30, 10/1 アメリカ合衆国・フロリダFort Lauderdale@The Parker
10/6, 7 アメリカ合衆国・ニューヨーク@Town Hall
10/9, 10 アメリカ合衆国・ボストン@Berklee Performance Center
10/16, 17 アメリカ合衆国・カリフォルニア州バークレイ@The UC Theatre
11/1, 4 ブラジル・サンパウロ@Espaço Unimed
11/13 ブラジル・ミナスジェライス州ベロオリゾンチ@Mineirão

(次号に続く…)





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◆高橋政資(ハッピー通信担当/キューバ、ペルー、スペイン)
『パウリーナ・アルバレス、男性だけのキューバ・ポピュラー・オーケストラを始めて率いた女傑』




 本コーナーでは、2021年4月に「リタ・モンタネール」2021年6月に「マリーア・テレーサ・ベラ」というキューバ・ポピュラー音楽初期の女傑2人をご紹介してきたが、もう1人忘れてならないのが、今回ご紹介する「パウリーナ・アルバレス」だ。歌入りのダンソーン=ダンソネーテを最初期に歌った女性歌手だ。

 ダンソーンはご存じのように、シンキージョという5つ打ちリズムによるダンス音楽。創始者はミゲル・ファイルデで、1879年にマタンサスで第1号曲「Las alturas de Simpson シンプソンの高台で」が発表されている。このダンス・スタイルは大ヒットし、キューバだけでなくメキシコでもおおいに流行り、長い間キューバのポピュラー・ダンス音楽の主流に君臨していた。しかし19世紀末ごろから、オリエンテ発祥のソンの人気が徐々に全国的に広がり、ダンソーンの人気が低迷し始めた時、危機を感じたアニセート・ディアスが、ソンの要素を取り入れ、歌入りダンソーンのスタイルである“ダンソネーテ”を考案。その第1号曲「Rompiendo la rutina」を発表したのが1929年6月8日。マタンサスのCasino Español de Matanzasで初演されたそうだ。この曲を最初期に歌ったのが、パウリーナ・アルバレスというわけだ。一説では、彼女が歌うのを想定して作曲されたともいわれてる。そんなことから付いた渾名が、“La Emperatriz del Danzonete(ダンソネーテの女帝)”。

「パウリーナによる「Rompiendo la rutina」
後年のテレビ出演から。
Paulina Alvarez - Danzonete

https://youtu.be/OQc6OivXrgw


1912年6月29日シエンフエゴス生まれ。
幼い頃から歌い始め、19歳の時にはすでにオルケスタ・エレガンテ(ディレクター:エデルミロ・ペレス、ピアニスト:オブドゥリオ・モラレス)でプロとして活躍。この時に、「Rompiendo la rutina」を歌い話題になったとする本も多い。その後、カスティジート、ネノ・ゴンサーレス、エルネスト・ムニョス、チェオ・ベレン・プイグなどの楽団で歌い話題になり、1934年、CMQラジオ局の専属アーティストとなる。1937年には、オルケスタ・カスティジートでRCAレーベルに初録音。その時の録音は、CD『Paulina Álvarez y Joseíto Fernández / La dama y el caballero』(CUBANACÁN CUCD 1709)で6曲聴ける。このアルバムはすでに廃盤なので、中古ならまだ手に入るだろう。

そして遂に、1938年、彼女は自分のバンドを結成する。その時のメンバーには、マノロ・モラレスやグスタボ・タマヨなどが参加していたそうだ。メンバーは、彼女以外全員男性。マリーア・テレーサ・ベラは、1926年に自身以外男性のソンのバンド、セステート・オクシデンテを結成しているが、セステート=6人編成。構成人数が圧倒的に多く、男性ばかりのオーケストラを女性でこの時期に率いたのは、世界的にも珍しいのではないだろうか。マッチョなラテン世界、彼女の才能への絶対的な信頼関係がない限り運営は難しかったはずだ。結成の翌年の1939年から1940年に数曲録音も残している。こちらも前述の復刻CDに4曲収録されている。また、『V.A. / ダンソーンからチャチャチャへ〜キューバン・ダンス・ミュージックの基軸』(DISCOLOGIA-016) にもそれぞれ1曲ずつ収録されている。

「Pimienta y Sal」1939年、自身のオルケスタでの録音

PAULINA ALVAREZ Pimienta y Sal

https://youtu.be/Uss52w-zcXU


「Almendra」やはり自身のオルケスタでの1939年録音

Orquesta Paulina Alvarez - Almendra - 1939

https://youtu.be/IpVilfVbkWM

自身のオルケスタで初録音した1939年には、ポピュラー音楽のアーティストとして初めて、テアトロ・アウディトリウム(現在のアマデオ・ロルダン劇場)で公演を行ったが、それはエルネスト・レクオーナによる企画・制作だったそうだ。1943年には、自身の新しいオルケスタでCMQラジオで番組を持ったが、その時のメンバーには、ホセ・ファハルド(フルート)とルベン・ゴンサーレス(ピアノ)が参加していたという。またRHCカデナ・アスール出演時の記録によると、ペレス・プラードも参加していたとなっているらしい。当時のパウリーナ・アルバレスのオルケスタは、一種の“スター創出システム”でもあったのだから、すごいとしか言いようがない。

初期の動画や音源を聴いていただければお分かりの通り、ノリの表し方といい、オルケスタを自然にスピードアップするようの導くヴォーカルの力量といい、完全にその後のキューバ系ダンス・バンド、歌手、ひいてはサルサ・バンドのルーツ的なものを感じる。実際、セリア・クルースは、若い頃パウリーナ・アルバレスのライヴを親に内緒でこっそり見に行き、とても憧れたと話している。また。モントゥーノに入る前の曲前半の歌唱の崩し方は、オマーラ・ポルトゥオンドもお手本にしたのではないかと、思ってしまう。そういえば、オマーラの2010年のアルバムは、パウリーナ・アルバレスに捧げたもので、パウリーナの古い録音に合わせオマーラがデュオを聞かせるというものだった。


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Rompiendo La Rutina. Tributo A "La Emperatriz Del Danzonete", Paulina Alvarez (EGREM CD-1036) 2010年のオマーラのアルバム


「Las Perlas de tu bocaとLagrimas negrasのメドレー」

Nostalgia Cubana - Paulina Alvarez - Pouporrit

https://youtu.be/4HB8rsBsRXU


「Esas Si Son Cubanas」
ダンソネーテの男性を代表する歌手バリバリート・ディエスとのデュオで、ソンの巨匠イグナシオ・ピネイロの名曲を歌うパウリーナ。

Paulina Álvarez y Barbarito Diez - Esas Si Son Cubanas

https://youtu.be/VJysq2fNiWU


1950年代は、流石に人気が下火になったようだが、1950年代終わり頃から始まったキューバ音楽のルーツ見直し機運の中、あのヒルベルト・バルデースをディレクターに据え、ロドリゴ・プラッツ、アルカーニョ、フェリクス・レイナ、エンリーケ・ホリン、チェオ・ベレン・プイグ、ペドリート・エルナンデス、そしてイスラエルとオレステスのロペス兄弟といった、いずれもダンソーン〜チャチャチャの巨匠たちがアレンジを務めた特別企画バンド、グラン・オルケスタ・ティピカ・ナシオナルが1959年に行った録音で、唯一の歌手として迎えられたのが、パウリーナ・アルバレスだった。冒頭の映像は、その頃のものだと思われる。

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Gran Orquesta Tipica Nacional (Puchito SP-114)

このアルバムでは、彼女の代名詞「Rompiendo la rutina」のみのフィーチャリングだったが、その翌年には、当時の売れっ子アレンジャー、巨匠ラファエル・ソナビージャをディレクターに、彼女初のLPフル・アルバム『CANTA PAULINA LA EMPERATRIZ』(EGREM LD-3149)を発表している。彼女の生涯の録音は、大スターの割りにあまり多くないが、それは、舞台やラジオ出演が忙しくディスク録音にそれほど時間を割くことが出来なかったからのようだ。

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CANTA PAULINA LA EMPERATRIZ(EGREM LD-3149

この初めてのソロ・アルバムの発表から5年後の1965年7月22日、ハバナで彼女は帰らぬ人となってしまった。





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◆長嶺修(猫の目雑記帳担当/スペイン & MORE)
『平野千果子『人種主義の歴史』』




●平野千果子『人種主義の歴史』(岩波新書)

「人種というものが本来は存在しない」という「今日研究者の間で合意されていること」を前提に、「差別的なまなざしが、逆説的に人種を作り出し」、「人種が示すものも、人種の意味も、時代によって変遷しうる」との理解に基づき、「人間集団を何らかの基準で分類し、自らと異なる集団の人びとに対して差別的感情をもつ、あるいは差別的言動をとる」とする人種主義(レイシズム)についての歴史を、新書サイズでコンパクトに論じた近刊書(2022年5月発売)。その起点を1492年のコロンブスによるアメリカへの到達に置いているのは、「ラテン世界」に関心のある者にとって腑に落ちるところかと思います。この年にはイベリア半島からイスラーム勢力を駆逐したレコンキスタの完遂と、スペインからのユダヤ教徒の追放も生起しました。

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 コロンブスが先住民「インディオ」に向けたまなざしや、インディオをめぐるセプルベダとラス・カサスとの間で交わされたバリャドリ論争から説き起こし、啓蒙の時代から近代、そして現代へと、人種主義がいかなる思想によって準備され、科学の装いも纏いつつ、社会に顕在化していったかが、ジェンダーの視点なども交えながら描き出されていきます。足早ではありますが、近年の知見も踏まえ、さまざまな研究成果を詰め込んだ密度の高い記述となっているように思われます。「主要参考文献」と限定しながらも、数多くの書物/論文が挙げられており、さらなる探究に漕ぎ出すための導き手となってくれるのではないでしょうか。本サイトの読者にとっては、20世紀前半の「序列の下位に位置づけられた側からの、反転の動き」として、W.E.B.デュボイスやマーカス・ガーヴィ、C.L.R.ジェイムズ、あるいはエメ・セゼールらが関わったり、影響を受けたりした「パンアフリカニズム」がひとつの項目として取り上げられていることも、興味を引くところとなりそうです。

 遺伝と優生学の絡みで本書にちらりと取り上げられているイタリア人チェーザレ・ロンブローゾ(1836-1909)は、「生来的犯罪人説」を唱えた犯罪人類学の提唱者で、生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドも『ダーウィン以来』(浦本昌紀・寺田鴻訳/ハヤカワ文庫)所収の「自然の錯誤としての犯罪者」というエッセイで、犯罪行為が遺伝的に決定され、「身体上ないしは社会行動上のしるしが潜在的犯罪者を明示する」として「犯罪予防学をさえもほのめかした」ロンブローゾを批判しています。

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「アフロキューバ」文化(音楽)の研究で名高いキューバの民族学者フェルナン・オルティス(1881-1969)が、このロンブローゾらと交流し、犯罪人類学を学んだことは、専門家の間では知られていることかと思います(例えば、工藤多香子による論文「言説から立ち現れる「アフロキューバ」―フェルナンド・オルティスの文化論をめぐる考察―」1997)。工藤論文によると「オルティスの初期の研究である『黒人呪術師』と『黒人奴隷』は、実証主義的犯罪人類学の研究として書かれたもの」で、「最初の著作では、黒人は「文明国に連れてこられた未開人」であるがゆえに不道徳なのである、したがってキューバの犯罪世界を特徴づけているのは黒人の存在であるとの考えを明らかにしている.


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また二作目では、キューバの犯罪世界に影響する黒人の「道徳概念」を理解するために、奴隷制下における黒人生活の特徴を分析すると述べられている」。けれども、「作者の意図とは別のとろこで、両作品に描写されている、キューバのアフリカ的な宗教儀礼や慣習が、アレホ・カルペンティエルをはじめとするネグリスモの芸術家たちにインスピレーションを与え」、「オルティスがアフリカ的/黒人的なるものをそれまでとは異なる視点から語り始めるのは、亡命先から帰国した1933年以降である。これより以前にオルティスがネグリスモの芸術家たちと接触をもっていたことについてはすでに触れた通りである。以後オルティスはアフリカ的であるがゆえの排除を主張するのではなく、逆にアフリカ的であるがゆえの価値を認めていこうとする」。またそれは、「キューバ文化を混血として語り始める時期とも符合している」とのこと。『人種主義の歴史』には、「混血嫌い(ミクソフォビー)」についての紹介もありますが、ネグリスモを介したオルティスの矛盾を含んだ「反転の動き」というのも、興味深い主題となるかと思います。もっとも、グールドによると、ロンブローゾらも「改善」を志して熱心に運動したということではありますが。

『人種主義の歴史』の記述対象が主に欧米であるのは、著者の専門がヨーロッパの植民地支配の歴史であるがゆえ、としながらも、折に触れて日本の事例についても言及がなされています。そのなかの「人類館事件」というのは、東京帝国大学人類学教室の人類学者、坪井正五郎が積極的に関わり、1903年に「大阪で開かれた第五回内国勧業博覧会に際して「学術人類館」なる場が設置され、アイヌの他、台湾や琉球といった日本の周縁部に加えてジャワやインドなど、遠方の人びとが学術の名において展示され」たというもの。本書でやや詳しく紹介されている、19世紀前半に「ホッテントット・ヴィーナス」として見せ物となった南アフリカ出身の女性サラ・バールトマンの物語に連なる、欧米での「人間展示」に追随するかのような、「脱亜入欧」しぐさであったわけです。

 ところで、先日、東京・東村山市にある国立ハンセン病資料館に、えっちら自転車を漕いで行き、企画展「生活のデザイン」を観てきました。そこで、藤野豊が著書『ハンセン病と戦後民主主義』(岩波書店)で、「近代日本にとり、「アジア」とは単なる地理的な意味のみで使用されて語ではない。植民地、あるいは侵略の対象という意味でも使用される。「東亜」、さらには「大東亜」という語に後者の意味が明らかである。換言すれば、日本=「文明」、「アジア」=「未開」という構図になろう。この構図こそ、ハンセン病患者を「文明国」の「国辱」とみなし、その隠蔽のために隔離政策を開始させ、やがて絶対隔離を実現させていった理由のひとつである」と書いている辺りから、『人種主義の歴史』に繋げて広げようかとも思ったのですが、長くなりそうなので、構想めいたものを書く残しておくだけにして、それはともかく、国立ハンセン病資料館は常設展示もとても充実しているので、隣接する全生園共々、訪れることをお薦めいたします。

国立ハンセン病資料館
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 お薦めといえば、音楽の話題も少しは、ということで、上記には関係なく、少し前の動画となりますが、チリのアフロビート・バンド、Newen Afrobeatによる、シェウン・クティをフィーチャーしたフェラ・クティの「ゾンビ」のカヴァーと、歌メロにじんわりフォルクローレが香るスペイン語ナンバーの2曲を。大ぶりなアフロビート・バンドとしてのアンサンブルのみならず、存在感ある女性ヴォーカルも気に入ってます。

Newen Afrobeat & Seun Kuti - Zombie (Fela Kuti)

https://youtu.be/YCZZWu9WR5s


Newen Afrobeat - No les creeré (Video Oficial)

https://youtu.be/Xq8IgOcJ2qQ





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◆宮田信(DANCE TO MY MAMBO担当/USA+MEXICO)
『ボビー・オローサ『ゲット・オン・ジ・アザーサイド』』




ここ20年ぐらい騒ぎ続けてきたチカーノたちのソウル演奏が随分と広く日本でも伝わってきたと実感している。ローライダーなどのわかりやすいイメージだけではなく、複雑な特性をもつバリオ文化の最深部に隠されていた至宝の鉱脈にも光が当たるようになったのは嬉しいが、一過性の流行にならなければと願うのみだ。

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そんなシーンから飛び出した歌手、ボビー・オローサへの注目が凄い。手前味噌で恐縮だが、弊社のリリースでは数年振りに大型チェーン店でも大きく展開が行われている。しかし、ボビーはチカーノではなくフィンランドはヘルシンキの生まれ。母親はボリビア人で、移民労働者たちが多いイースト・ヘルシンキで育った。だからスペイン語も話せるし、フィンランドからボリビアに戻った親戚も多く、南米文化との絆を常にもっているという。幼少から音楽に親しんできたボビーは、地元のソウル・レー
ベル、ティミオンからデビュー。スロー・バラードを切ない歌声で綴る独特の世界にNYの名門インディーズ、BIG CROWNが目をつけ世界にデビューさせたのだが、最初に火が点いたのがロサンゼルスのチカーノ・シーンだった。

面白いのは特にチカーノに向けたマーケティングをしたわけではなく、ボビーの世界観が甘くて切ないソウル音楽を密かに愛してきたバリオの音楽センスに見事にハマったのだ。それは70年代にNYから英語でラテン・ソウルを歌って現地よりカリフォルニアで熱烈に受け入れられたラルフィ・パガーンやジョー・バターンのパターンをも彷彿させている。彼らの人気は未だに全く衰えない。一部のチカーノにとって彼らの歌世界は、スペイン語で言うところのポル・ビーダ。まさに一生ものなのだ。チカーノ・バリオとボリビア系フィンランド人、ボビー・オローサの只ならぬ関係。個人的にもとても興味深く、ボビーの音楽を応援していこうと思っている。


Bobby Oroza - I Got Love

https://youtu.be/mHk1kwuBN7Y






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◆伊藤嘉章(カリブ熱中症担当/カリブ諸島+カリブ沿岸)
『セプテート・ナシオナルのエル・グラン・コンボ・トリビュート盤』




プエルトリコを代表するサルサ・バンド、エル・グラン・コンボの2012年の初来日時、岡本郁生さんと一緒にチャーリー・アポンテとジェリー・リバスにインタビューをした。その中でキューバのティンバをどう思うかと聞いたら、チャーリーは「ちょっとうるさい(笑)」といったあと、キューバのソンは本当に素晴らしいと言ったのを覚えている。

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キューバ革命以降、ちょっと分断され各々別の道を歩んだ兄弟島のプエルトリコとキューバだが、それ以前の数百年は一つの音楽文化圏だった。キューバの誇る作曲家、イグナシオ・セルバンテスの娘のマリアの為に音楽教師がプエルトリコから招かれたり、プエルトリコを代表する作曲家、ラファエル・エルナンデスがハバナのテアトロ・ファウストの音楽監督として働いたり、NYに移住した彼をトリオ・マタモロスが訪ね曲を熱望したりといった具合だった。ソンはその共通言語のひとつであったことは言うまでもない。

そんなソンの伝説の楽団、1927年創設のキューバのセプテート・ナシオナル・デ・イグナシオ・ピニェーロが先月、エル・グラン・コンボの60周年を祝うトリビュート・アルバムをリリースした。

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プエルトリコからはヒルベルト・サンタ・ロサ、ビクトル・マヌエル、ヘラルド・リバスが参加。キューバ側にはユムリやアラゴンのオルランド・"ランディ"・ペレス(p)なども加わっている。
第一弾のシングルは昨年末にリリースされたが、このプロジェクトのきっかけは2009年にまで遡る。セプテートのプエルトリコ公演だ。オバマの第一期のタイミングでビザがおりやすかったころ。本作のプロデューサーで現在のリーダーであるフランク・オロベサもボンゴ奏者として参加していた。

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左からオロベサ、ラファエル・イティエール、フレディ・リベラ

当然プエルトリコのミュージシャンとの交流が生まれた。エル・グラン・コンボのリーダー、ラファエル・イティエールとはずいぶん話をしたようだ。また旧市街のニューヨリカン・カフェやピニョネスのバルコン・デ・スンバドールなどのライブ・スポットでは故ロベルト・ロエナやカチェーテ・マルドナドとの共演もあり、アンディ・モンタニェスとは宴会、またイスラ・ベルデのホテルでの演奏時にはヒルベルト・サンタ・ロサが訪ねて行っている。

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「ヒルベルトがサンファンで一番格式の高いホール、セントロ・デ・ベジャス・アルテスでの公演に招待してくれて、ステージで「エチャレ・サルシータ」を一緒に歌いました。もうポジティブなエネルギーに満ちた感じ。その後、フレディ・リベラ(エル・グラン・コンボのベース奏者)が島の東側の街、ウマカオでグラン・コンボのライブがある事を教えてくれて、そこでも最後にセプテート全員がステージに登り、一緒に「Un Verano en Nueva York」を演奏しました。最高でした」

こんな経緯があって、今回のグラン・コンボ60周年へのオマージュの・アルバムの構想がスタートしている。計画はじっくりと練られていたのだ。

「フレディ・リベラがハバナを訪れた時、計画を話しました。彼はほんとにびっくりしてました。サルサのルーツである伝説的なグループが自分たちにトリビュートするなんてありえない、って。だから「サルサの大学」の愛称もあるサルサの偉人たちに敬意を表するんだって答えたんです。あなた方は自分たちの兄弟だし、あなたたちの音楽を踊って楽しんできたんだって。」そしてオロペサはフレディに作品の共同プロデューサーとして参加を依頼し、プエルトリコ側の歌手の手配を頼むこととした。

人選は当初アンディ・モンタニェス、イスマエル・ミランダ、ヒルベルト・サンタロサ、ビクトル・マヌエルだったが、アンディとイスマエルは健康問題などでタイミングが合わず、サンタロサとビクトルによる「Que me lo den en vida」と「Brujeria」の録音となった。またグランコンボのボーカル、ジェリー・リバスの息子でありNG2のメンバーのヘラルド・リバスも「Las hojas blancas」で参加した。ビクトルがセプテートのソンのスタイルでお約束の「エーーーッ」をやるのを聞くのはとても感慨深い。

Que me lo den en vida

https://youtu.be/YQXQcGoCZrA

Brujeria

https://youtu.be/FN2L8qEyeLw

Las hojas blancas

https://youtu.be/kKagjRu-oAU

「とにかくキューバで愛されている大ヒット曲ばかりです。そしてプエルトリコへのオマージュとしてボレロの名曲「En mi Viejo San Juan」も入れました。加えて今回「Gran Combo pa'rato」という曲も書きました。この曲にはスペシャル・ゲストとして、オルケスタ・アラゴンのピアニスト、オルランド・"ランディ"・ペレスが参加しています。ペレスは曲にサボールを与えてくれるし、長年一緒にレコーディングに取り組んできた仲間でもあります。そしてなんといってもラファエル・イティエールのお気に入りの名人でもあります。」


Gran Combo pa'rato

https://youtu.be/oqtfIQxvUog


キューバ側の歌い手も充実、例えば「El Menu」はモイセス・"ユムリ"・バジェ、「Un verano en Nueva York」はロス・バン・バンのマンディ・カンテロと言った具合だ。

El Manu

https://youtu.be/pR9tlKBvWD8

Y no hago más ná

https://youtu.be/FgTHI8t24rQ

しかし、こうやって聴いてみると、グラン・コンボのヒット曲はどれもメロディ・ラインが素晴らしいのに気づく。ソンのフォーマットで浮き彫りになる感じがある。
今年中にプエルトリコ公演を実現させたいと張り切るオロペサだが、ぜひ実現させて再び二つの島の交流が起こって欲しいものだ。

1.Que me lo den en vida (Gilberto Santa Rosa)
2.El menú (Moisés Valle “Yumurí” )
3.Brujería (Víctor Manuelle )
4.La Cumbancha (Lachi Núñez )
5.Un verano en Nueva York (Mandy Cantero )
6.Mujer celosa (Yulaysi Miranda )
7.Las hojas blancas (Gerardo Rivas )
8.Y no hago más ná (Emilio Moret )
9.En mi viejo San Juan (William Borrego )
10.Azuquita pa’l café (Dagoberto Sacerio Oliva )
11.Gran Combo pa’ rato (Gustavo Oliva )



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posted by eLPop at 16:52 | Calle eLPop

eLPop今月のお気に入り拡大版!2022年3-5月

2022.05.13

コロナもようやく明けた感じ、しかし戦争は収まらずで気持ちが穏やかになりませんが、そんな世の中でも音楽/映画/本や人の営みは続くのみ。さて『eLPop今月のお気に入り拡大版!2022年3-5月』をお届けします!なんだか長い記事も多く、今回は合併拡大版号になりました。

新作・旧作関係なくeLPopメンバーの琴線にかかった音楽、映画、本、社会問題などを、長文でまたはシンプルにご紹介します。今の空気を含んだ雑誌、プレイリストのように楽しんで頂ければ幸いです。

【目次】
◆山口元一『バジェナート伝説フェスティバルと"タンボーラ"』(コロンビア)
◆石橋純『3.24真実と正義を記念するチャーリー・ガルシアの歌』(アルゼンチン)
◆水口良樹『マルティナ・ポルトカレーロ逝く』(ペルー)
◆宮田信『越境する音:クンビア』(LA、チカーノ、メキシコ、コロンビア、南米)
◆岡本郁生『ビクトル・マヌエル3年ぶりのニュー・アルバム』(プエルトリコ)
◆佐藤由美『カルロス・アギーレ・キンテート/バ・シエンド・ティエンポ』(アルゼンチン)
◆長嶺修『野村真理『ガリツィアのユダヤ人』』(日本、ガリツィア)
◆高橋政資『エクアドルの国民的デュオ、ドゥオ・ベニテス - バレンシア』(エクアドル)
◆高橋めぐみ『カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』』(イタリア)
◆伊藤嘉章『エル・グラン・コンボ60周年/R.イティエール95才』(プエルトリコ)



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◆山口元一("Ay hombe"担当/コロンビア)
『バジェナート伝説フェスティバルと"タンボーラ"』


コロンビアの最新ヒットを紹介するコーナー、”Ay Hombe”です。
今月はバジェナート伝説フェスティバルで長い記事を書いたので、手抜きです。

「『音楽は順番つけるものではない』と書いたけれど、それでも何十年も前のフグラーレスの曲が今なお、この地の少年少女から年寄りまで老若男女に演奏され、歌い継がれ、伝統に新曲や新たな勝負−フェスティバルでは子どもまでピケリアします−が老舗の焼き鳥屋の『秘伝のタレ』のように継ぎ足されているのは、このフェスティバルがバジェナートをコンテストの題材にしたことによって、創設者の意図を超えて競技化し、習い事・お稽古事の要素が付与されたからだと思います。そうでなければ、辺境の地の下層階級の、踊らない、騒がない、一般的には『ダサい』とみなされているアコーディオン入り音楽は、時代遅れの価値のないものというレッテルを貼られて、とうの昔に廃れていたはずです。たとえば、かつてのバジェナートにはもう1つ"タンボーラ"というアイレがあったのですが、フェスティバルの演目にならず、今では演奏する人がいません。」
http://elpop.jp/article/189508215.html


これが“タンボーラ“。
アレホ・ドゥラン(Alejo Duran)” Candela Viva”

https://www.youtube.com/watch?v=gDs9JFNv9q4

理由は不明だが1968年にフェスティバルが始まった時に演目として採用されなかったことが、他の4つのアイレとタンボーラの分かれ道になった。

ただ、これ聴いて「あれ?…確かにフェスティバルでは聴かないけど、どっかで聴いてない?ってか意外に聴いてない?」と思った人。そう、このタイプの曲はリサンドロ・メサ(Lisandro Meza)やカリスト・オチョア(Calixto Ochoa)などロス・コラレーロス・デ・マハグアル(Los Corraleros de Majagual)界隈でよく聴く。いずれもバジェナートから眺めるとどちらかというと非主流、クンビアやポロ、チャンペータなど近隣ジャンルとのクロスオーバー的な位置にいる音楽家というイメージだ。

だが、そもそも音楽はレコードや記事ではない。だから販売用に録音され、あるいはフェスティバルで演奏されて記録に残されている物は音楽のほんの一部でしかない。ましてバジェナートがパセオ・ソン・メレンゲ・プージャの4つのアイレとされているのは、学者や歴史家、ジャーナリストが整理した成果であって、そこにはメディアやフェスティバルの主催者、さらに彼ら自身の取捨選択が働いているのです。

何がバジェナートかどうかなんて、どうでもいいことですよね。
Los Corraleros de Majagual “Charanga Campesina”(1968)

https://www.youtube.com/watch?v=GUs1_8Iiass

Charanga campesina al mejor estilo del gran Calixto Ochoa (2021)
演奏しているのは2022年のフェスティバル・成人女性部門のファイナリスト。

https://www.youtube.com/watch?v=lzUxk6P0tqM



では来月もよろしくね。





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◆石橋純(熱帯秘法館/CASA CACHIBACHI担当/ベネズエラ& more)
『3.24真実と正義を記念するチャーリー・ガルシアの歌』


3月24日はアルゼンチン国民の祝日「真実と正義を巡る記憶のための日」だった。1976年のこの日、軍部を中心とした右派諸セクターがイサベル・ペロン政権にたいしてクーデターを起こし、1983年12月10まで続く軍政がはじまった。別名「国家再編成プロセス」期とも呼ばれる6年間に、国家による暴力により人知れず拉致誘拐され殺された、いわゆる「強制失踪者desaparecidos」は3万人にのぼるといわれる。


「決して2度とくりかえさない」
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「国家再編成プロセス期」には、言論統制が敷かれ、メディアに対する検閲が常態となり、あらゆる表現活動が厳しく弾圧された。当コーナー2021年11月号にも書いたとおりメルセデス・ソーサは、1979年コンサートの最中にキャスト・観客もろとも逮捕・投獄され、それを機に亡命を余儀なくされている。

⇒当コーナー2021年11月号へ

このような時代に、軍政批判を含む社会批評の力を発揮したのがアルゼンチン国産ロック(rock nacional)だった。当初国産ロックはプチブル青年のとるにたらない流行と思われていたため、軍部からマークされなかったということが要因としてある。検閲をかいくぐるため、ソングライター達が、ダブルミーニングや比喩・パロディを多用する詩的表現を発達させたということも重要である。

「プロセス期」に発展したアルゼンチンロックの最重要アーティストと考えられているのが、チャーリー・ガルシア(1951〜)だ。彼の歌はクロニカ(時代の証言)である。暴力の記憶を思い起こし、鎮魂と民主主義の誓いをあらたにする3月24日、多くの人が耳を傾ける。ここでは代表曲3曲を紹介しよう。

1曲目は、「金曜日午前3時 Viernes 3 AM」チャーリーにとって4つめのバンド〈セル・ヒランSerú Girán〉のLP《都会の贅肉Grasas de las capitales》1979収録。

金曜日午前3時

https://youtu.be/kzupWpAIh10

青い土曜の熱のあと
寂しさのない日曜がくる
君は心を遠ざけ
頭をこなごなにする
君の声にはただ青ざめたさよならだけ
時計が君の袖口で指した、3時を

夢は太陽と海
そして危険な暮らし
苦々しさを蜜に変え
灰色の街をバラ色に変え
気持ちいいくらい胸くそ悪い
憎悪を抱くくらい愛したくなる、もっと

時をとり変え、愛をのり変え
音楽と思想も変えた
性を変え、神を変えた
色を変え、国境も変えた
でも中身はちっとも変わっちゃいない
官能的な放置が来て、そして終わり

君はこめかみに銃口を押し当て
奥歯を噛みしめ
眼をつぶると君には見える
海一面が春まっさかり
バン、バン、バン
散りゆく枯れ葉だ
いつもそうさ
耐えられない奴らが
いなくなる
ララララララ、、、、
(石橋純・訳)

もともと根暗な音楽であるアルゼンチン・ロックにあって、この作品の暗さは抜きん出ている。国民的歌手がコンサート中に逮捕投獄され、亡命を強いられる世相を、予見した曲と言える。この作品においては、暴力の主体はまだ顔の見えない不気味な存在である。その時代の空気をあたりまえのものとして順応してしまえば、自分自身の死につながるということを、この曲はリスナーの脳裏に現前させる。甘美な死へと誘うチャーリーのキーボードの旋律をたち切るかのように、ペドロ・アスナルのベースが生への執着を無言で歌う。


翌1980年、セル・ヒランのアルバム《Bicicleta自転車》に収録された「国のアリスの歌」は、「プロセス期」アルゼンチン・ロックの詩的表現を極限まで研ぎ澄ませた作品である。

国のアリスの歌

https://youtu.be/YRNFye2SysM

誰も知らないけど、アリス、この国は
まだできてなかったんだよ、だってそうなんだ
いなくなりたい、出ていきたいのかい
でも結局残るのさ
行くあてなんてないだろ

だってここでは、いいかい
早口言葉が、舌を麻痺させる
殺し屋が、人を殺す
君には無理
お楽しみの遊びはもう終わり

庭で見たことは他人に語るな、夢は終わりだ
もうトドもいなけりゃ、ウミガメもいない
おびただしい頭部が同じ足で踏み潰され
やつらはクリケットで遊ぶ、月の下で

僕らは誰のものでもない土地にいる(でも僕のだ)
無実の者こそが有罪だ(裁判官、スペードのキングが言う)

あの鏡の裏になにがあるか話すな、君には力が無い
弁護士もいない、証人もいない
燭台に火を付けろ、魔女たちは戻ってくる気だ
曇らせる気だ、僕らの道を

僕らはみんなの土地にいる、それは命だ
過去と未来にいる、廃墟の上の廃墟なのさ、愛しいアリスよ
(石橋純・訳)


アリスの住むこの国には「不思議」が欠如している。そこで権力を振るう凶暴で魯鈍な為政者は、滑稽なその本性を衆目にさらしているように見える。そんな怪物が跋扈する逃げ場のない社会においてチャーリーは、微かな光の方向を示し、「生き残りさえすれば僕らの勝ちだ」ということを確かに示唆する。

1982年、マルビナス(フォークランド)戦争に負けて弱体化した軍部はその年の9月、民政移管の企てを公言する。翌83年、セル・ヒランは解散し、チャーリー・ガルシアはソロ活動に入る。その最初のアルバム《モダン・クリックスClics modernos》では、瀕死の軍事政権に「恐竜たち」という名前が与えられた。

恐竜たち

https://youtu.be/BAuqozi64WQ

近所の友達が消えちゃうかも
ラジオの歌手が消えちゃうかも
新聞社にいる奴が消えちゃうかも
君の愛する人が消えちゃうかも
放送中の人が消えちゃうかも、放送中に
路上にいる人が消えちゃうかも、路上で
近所の友達が消えちゃうかも
でも恐竜は消え去るよ

落ちつかないんだ、愛しい人
きょうは土曜の夜
友達がブタ箱にいるんだ
おお、愛しい人、世界が消えちゃう
もし過去が、愛しい人、あの荷物をぜんぶ抱えて運ぶなら
おお、愛しい人、ぼくは身軽でいたい
世界がぶっつぶれるとき、しがらみはないほうがいい
瀕死の恐竜を想像してごらん
(石橋純・訳)


半信半疑で、手探りで、人びとが平和を目指したこの時代、チャーリーは、恐竜もまた絶滅すると静かに歌い、民主化を模索する人びとをあと押しした。

この年12月10日、民主的大統領選挙によりラウル・アルフォンシンが当選し民主政権の復活が確定した。恐竜たちはほんとうに絶滅に向かったのだ。その20年後、アルゼンチンの人びとは、民主化を達成した12月10日ではなく、空前絶後の国家によるテロが市民の命を奪った忌まわしい時代の始まりの日である3月24日を記念日とすることをあえて選んだ。それは、もちろん、その過ちを回顧し、犠牲者を悼み、「決して二度と」繰り返さないための決意を新たにする記念日ということだ。

希代のトリックスター、チャーリー・ガルシアの作品は、その恐ろしい時代を描き出し、それに抗うロック精神を発露し、国家の暴力により奪われた命への鎮魂をよびかける。






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◆水口良樹(ペルー四方山語り担当/ペルー)
『マルティナ・ポルトカレーロ逝く』




4月22日にペルーを代表するワイノ歌手マルティナ・ポルトカレーロが肺がんでスイスで亡くなった。72歳だった。49年にナスカに生まれで幼少期より歌がうまく評判だったという。移住先のスイスを拠点に30代に入ってからソロ活動を始め、やがてペルーやヨーロッパ各地でペルーのアンデス音楽を歌うようになっていった。

転機となったのは69年にアヤクーチョのワンタで政府が教育費値上げに反対をしていた学生や農民を虐殺した「ワンタの反乱(警察視点)」の怒りを歌った「レタマの花」を80年代初頭に彼女が歌ったことであった。それまでにも知られていたこの曲は、彼女が歌ったことで爆発的に売れ、アヤクーチョを象徴する曲へとなっていった。彼女自身は2021年5月のインタビューの中でこの曲を「民衆闘争のシンボルの曲だ」と応えている。(「レタマの花」に関する記事はこちら→http://elpop.jp/article/185570848.html)

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さらにそれ以降、力強い小節のきいた歌唱で多くの人を魅了しながら、政治活動にも参入し、2001年、2016年にはなんと大統領選にもエントリーしており、その他にもリマ市長や下院議員にも立候補しているが一度も当選はならなかった。

現大統領のペドロ・カスティージョの当選が決まった夜、彼の選挙本部前にずっと夜通し鳴り響いていたのもポルトカレーロの歌であったのをよく覚えている。この時も文化大臣に選出されるのではとの話もあったが、実現はしなかった。本人も新党を立ち上げ次こそと考えていた矢先のガンはさぞかしショックであったことだろう。

そして同時に、彼女の歌う歌を愛していた多くの人にとって大きな衝撃を与えたニュースであった。

そんな闘う彼女の「レタマの花」以外のレパートリーからオススメを少し紹介できればと思う。

Falsía

https://www.youtube.com/watch?v=WYVfuP3badU

Maíz

https://www.youtube.com/watch?v=u52TXxf_vO0

El Hombre

https://www.youtube.com/watch?v=hyVjRqqElIo

Yerva silvestre

https://www.youtube.com/watch?v=0zTZz5d2Aws






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◆宮田信(DANCE TO MY MAMBO担当/USA+MEXICO)
『越境する音:クンビア』


以前、イーストLAの友人たちはその鋭い感性で、国境を越えて運ばれてきたレコードをかけるDiscos ImmigrantesというユニークなDJイベントを開催していた。音楽マニアではなく、より良い生活を目指して移動してきた労働者やその家族が携えてきたレコードを、その裏側にあるストーリーまでをイメージしながらフロアで楽しむというのはとても重要なことを示唆していた。

まさに越境してきた音楽。米墨国境地帯には南北それぞれの音楽が交錯しているが、その代表例がクンビアだろう。メキシコだけではなくエルサルバドルやニカラグアからの移民の移動と共にそれぞれの故郷で変容したクンビアが運ばれ、それがまたカリフォルニアやテキサスでさらに変容を続けていく。最近ではそんな路地裏のクンビアを仕掛けてきた歴代のソニデーロたち=所謂サウンド・システムのDJ/オペーレーターらの功績に若いレコード・コレクターたちが注目してコンピまで登場。レコードのスピードを精一杯落としてかけるレバハーダというスタイルなども広く知られるようになってきた。

ドイツのレコード会社、ANALOG AFIRCAが最近リリースした”SATURNO 2000”はソニデーロたちの間で知られてきた南米〜メキシコのレア・クンビア・トラックをコンパイルしたもの。ピッチ・コントロールはペルー系アメリカ人でカリフォルニアのチカーノ・シーンでも活躍していたDJ LENGUAが担当。詳しいライナーも必読である。

★VA “SATURNO 2000” LA REBAJADA DE LOS SONIDEROS 1962-1983

JUNIOR Y SU EQUIPO - La Borrachita

https://youtu.be/Rcc8sUDmO_Y

LUCHO GAVILANES - La Danza Del Mono

https://youtu.be/MKRr0JMkORQ


また独特のミックス・カルチャーを生むサンディエゴ〜ティフアナの米墨国境地帯から登場したのが3人組のソニード・デ・ラ・フロンテーラ。伝統のコロンビア発クンビアを基調に生演奏&打ち込みを巧みに編集してダブ〜Gファンク〜レゲエのアクセントも取り込んだまさに現在進行形のオルタナティヴなクンビア。同地のメキシコ人やチカーノたちをテーマにして歌ってきたB-SIDE PLAYERSのカルロスのスペイン語歌唱が特に素晴らしい。

★SONIDO DE LA FRONTERA "SONIDO GUERILLERO"

Sonido de la Frontera "Somos Sonideros"

https://youtu.be/i6AQ1lEb96w

Sonido de la Frontera "Si Quieres Mas" (Ft El Chevy)

https://youtu.be/GqNR8pvNcZg

弊社のカタログです。ごめんなさい。
⇒ http://www.m-camp.net/cgi_shop/shop/shop/goods_detail.cgi?CategoryID=000011&GoodsID=00001095




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◆岡本郁生(ラテン横丁・USA LATIN & MORE)
『ビクトル・マヌエル3年ぶりのニュー・アルバム』



プエルトリコのサルサ・スター、ビクトル・マヌエルの3年ぶりのニュー・アルバム『LADO A LADO B』がゴキゲンだ。

タイトルは『A面 B面』の意味。いうまでもなくいまやCDにしてもデジタル配信にしてもA面B面なんてないわけだが、かつてのLPレコードを思わせる言葉で、ちょっとアナログ気分を…というところだろうか?

実際、A面と呼ばれる前半部分では、彼のモダンな面をフィーチャー、後半のB面ではトラディショナルな面を聞かせる…という趣向となっている。

「僕はソネロ(サルサ歌手)だから伝統的な音楽をやるべきだと思っている人もたくさんいる。でも一方で、アーバン・ミュージックのアーティストとコラボするようになってから僕を知った若者たちもいる。このアルバムでは、そんなすべての人たちを楽しませたいんだ」と彼は語っている。

ビクトル・マヌエルは1968年生まれで、高校の卒業式のコンサートのためにやってきたヒルベルト・サンタロサ…80年代半ば、ちょうどウィリー・ロサリオ楽団から独立してソロになったころだ…のステージに飛び入りしたところ、サンタロサに気に入られ、彼のもとで修業したあと、92年に『Justo A Tiempo』でソロ・デビューを果たした。特に、ソネオ(曲途中のアドリブ・パート)で圧倒的な実力を発揮し、現在のサルサ界において1,2を争う人気歌手となっている。さらに、本人が語るとおり、数年前から、バッド・バニーをはじめとするアーバン・ミュージック(レゲトン、ラテン・トラップなど)のアーティストとコラボでヒットを飛ばしているのだ。

Víctor Manuelle - Mala y Peligrosa (Official Video) ft. Bad Bunny

https://www.youtube.com/watch?v=sZvYPC-Xh1g


というわけで、「A面」の1曲目は最新シングルともなっている「Vamo’ A Ver Si el Gas Pela」なのだが、いきなり聞こえてくるのはなんと、マルビン・サンティアゴの「Fuego A La Jicotea」ではないか!

あれ!?と思う間もなく曲は展開し、レゲトンを組み込んだ最新型のサルサに突入する。ラッパーのマイキー・ウッズをフィーチャーし、随所でマルビンの声が登場するという趣向で、サンフアンの団地で録られたMVでは、ヒップホップ〜レゲトン・スタイルのストリート・ファッションの若者たちがサルサを踊りまくるシーンも登場する。

Víctor Manuelle - Vamo' a Ver Si el Gas Pela (Official Video) ft. Miky Woodz, Marvin Santiago

https://www.youtube.com/watch?v=6RZJNLPe4b4

マルビン・サンティアゴは、ボビー・バレンティン楽団で活躍したあとソロとして活躍した偉大なサルサ歌手で、「Fuego A La Jicotea」は79年の大ヒット。そのハスキー声とダイナマイトな歌いっぷりは、唯一無二のユニークさだ。考えてみれば、当時のサンティアゴの立ち位置も、いまでいえば、ウッズ的なところだったかもしれない。まさに庶民の声の代弁者なのだ。

FUEGO A LA JICOTEA - MARVIN SANTIAGO

https://www.youtube.com/watch?v=BVIXf9lW3yM


この曲から始まるA面だが、このような曲調がずっと続くわけではなく、バチャータ・スターのロメオ・サントスを迎えた「Decidí Tener Pantalones」、コロンビアの女性ラッパー、ラ・ファリーナをフィーチャーしたソン・モントゥーノ/チャチャチャの「Besito Suave」、そして、インディアとのデュエットですでに1年ほど前にビルボード・チャートで1位となっている『Víctimas Las Dos』などなど、魅惑的なサルサが並んでいる。

そして、トラディショナルを強調したというB面はまず「La Disputa」からスタート。ティンバレスなしの編成で、録音もアナログ・テープを使用、楽器もアコースティックな楽器による演奏ということ。とはいえA面とそれほど違和感がないのは、ビクトルはじめミュージシャンたちの技術が高いからなのだろう。ルイス“ペリーコ”オルティスが元気に参加しているのも嬉しい。

Víctor Manuelle - La Disputa

https://www.youtube.com/watch?v=qF28usTdvHo


その後も名曲・熱演が続く中、特にグっと来たのは「Rumba De Esquina」。

Víctor Manuelle - Rumba De Esquina

https://www.youtube.com/watch?v=zBxz4_tYtxA


冒頭からハンパない熱量で、まさにサルサの王道中の王道という展開。歌からソネオ〜マンボ〜ソネオ〜モニャと来て、ティンバレス・ソロへ、そこからさらに盛り上がってエンディングへ……という、70年代後半を思わせるような熱いサルサだ。ティンバレス・ソロのパートでは、エディ・パルミエリ楽団の『Unfinished Masteriece』あたりのリズム・セクションを彷彿とさせるようなところも興味深かった。

レゲトンやラテン・トラップに押されて元気がなくなってた感じのプエルトリコのサルサ界だが、少しずつ活気 を取り戻しつつあるように思えるのは嬉しい限り。今後もいろんな音楽と関わっていく中で、どんな風にその進む道を模索していくのか……注目したい。




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◆佐藤由美(GO! アデントロ!/南米、ブラジル & more)
『カルロス・アギーレ・キンテート/バ・シエンド・ティエンポ』



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 アルゼンチン・フォルクローレを土台とする現役コンポーザー&パフォーマーの中
で、おそらく日本でもっとも信望を集め高い人気を誇る存在が、カルロス・アギーレ
だろう。東部大河沿岸リトラール地方エントレリオス州出身で、愛称“エル・ネグ
ロ”アギーレ。2010年10月に初来日。2012年ギタリストのキケ・シネシと2度目の来
日。2018年1月「ラ・ムシカ・デル・アグア」と題するソロ・ツアーで訪日。翌2019
年10月にはピアニストのセバスティアン・マッキ・トリオのメンバーで4度目の日本
ツアー。

 実際にナマを聴いたのは3度目のソロ公演だけなのだが、先達アニバル・サンパー
ジョやラモン・アジャラ、ハイメ・ダバロスやアルフレド・シタローサの懐かしいレ
パートリーを織り交ぜたピアノ弾き語りは、なかなかに心くすぐられる内容だった。

 で、リリース間もない彼の最新作が『バ・シエンド・ティエンポ』。2021年2月〜9
月、エントレリオス州都パラナで録音。アルゼンチン全土のリズムをちりばめた、王
道をゆく現代フォルクローレの力作と断言したい(そも、ルーツ明白なサウンドが好
みなもので…)。タイトル曲は柔らかなタッチのチャカレーラ。グループはアギーレ
のほかに4名のギター、ギタロン奏者が参加。緻密かつ豊穣なアンサンブルを響かせ
る。

Carlos Aguirre Quinteto - Va siendo tiempo

https://www.youtube.com/watch?v=xx6tLMPnnUc

▲アルバムに先駆け公開された「バ・シエンド・ティエンポ」録音風景の編集PV。後
出のリリース記念特別映像で「いろんな意味にもとれるタイトル名が気に入ってい
る」とアギーレが証言。万人へ、自然の一部として生きとし生けるものすべてとの共
存を図る生活様式への転換を強く促すメッセージを含み、「今がその時」「その時が
来た」といったニュアンスらしい。


 アルバムの2曲目「シエンプレ・アスール」はサンバ。キンテート初のレパート
リーだそうで、ギター・アンサンブルの原点に何が潜んでいるかが露わになる。70年
代フォルクローレ・ファンなら決して忘れられない、懐かしくも斬新なハーモニーと
メロディ! 1975年メルセデス・ソーサとの全国ツアーで初来日、77年夏に単独ツ
アーを行ったロス・アンダリエゴスに影響を受け紡がれたという。当時の若きデュオ
やコーラスグループには、少なからずフォルクローレの現代化なる命題が突きつけら
れていたものだ。今より遥かシビアに、従来の伝統スタイルを更新せねばという意識
がシーンの随所に漲っていたように思う。

 後述のリリース記念限定(?)映像で証言も出てくるが、ロス・アンダリエゴスの
音楽のキーマンは、ギター演奏の要であり全編曲を任されていた事実上のリーダー、
寡黙な“エル・ネグロ”アグスティン・ゴメスだった。残念ながら2021年11月2日、
80年の生涯を閉じたという。(あ゛、奇しくも“エル・ネグロ”で愛称が一緒!)

 地元リトラールの湿気を宿すチャマメはともかく、伝統に忠実なチャジャ、中北西
部の舞曲ガト(今日あまり採り上げられない)に基づく自作曲は、アギーレがきちん
と講義を受け習得した学びの成果だったとか。素晴らしい! また、「プエルト・ソ
レダー」の歌詞を依頼した相手が、セシリア・トッドを介して繋がったベネズエラの
ヘンリー・マルティネスというのも、嬉しい驚きだ。

12 Puerto Soledad (Henry Martínez-Carlos Aguirre)

https://www.youtube.com/watch?v=qqqry_jPClk
▲2022年4月13日公開、「プエルト・ソレダー(孤独という名の港)」。

 2017年10月、アギーレをひどく落ち込ませた訃報が入る。敬愛してやまなかったウ
ルグアイの音楽家ダニエル・ビリェッティの死。もう一人はアルゼンチン南部で先住
民の権利を訴えるべく活動し続けた闘士、サンティアゴ・マルドナード殺害のニュー
ス。後者の名を掲げ、前者の音楽影響を匂わせる「カンシオン・ポル・サンティア
ゴ」のラストに詠まれるのは、マプーチェはじめアルゼンチン国内に現在も居住し続
ける先住民すべての名称だ。変革の70年代に続き、今しもアルゼンチン・フォルク
ローレ界は足元と歴史を見つめ直し、確かなメッセージの矢を放つ必要に迫られてい
る……そんな時代を迎えたのかも知れない。だから、「今がその時」なのか!?

最後にアルバム『バ・シエンド・ティエンポ』リリース記念映像を挙げておく。ア
ギーレらが主宰するレーベル、シャグラダ・メドラ提供、1時間41分余に及ぶトーク
映像。キンテート全員が登場し、主にアギーレが各楽曲の詳細をたっぷり語る。2022
年4月16日公開、期間限定の可能性濃厚なので、どうぞチェックはお早めに。

La Hora Azul: Lanzamiento "Va siendo tiempo"(日本語字幕付き)

https://www.youtube.com/watch?v=nCYXhnAjEMI




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◆長嶺修(猫の目雑記帳担当/スペイン & MORE)
『野村真理『ガリツィアのユダヤ人』』



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http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b604992.html
(6月22日に新装版が出るようです)(写真は初版)


 前回から引き続きロシアに関する本をポツポツと読んでいるのですが、ウクライナのこともよく知らない、ということで、あえて入門書の類いではなく、テーマを絞った専門書を読んでみようと選んだのが、野村真理『ガリツィアのユダヤ人』(人文書院、2008年)。

ガリツィア(ウクライナ語ではハリチナ)は、現在のポーランドとウクライナの国境を跨ぐ地域です(余談ながら、野田正彰が2000年に出版した『国家に病む人びと』の副題が「精神病理学者が見た北朝鮮、バルト、ガリシアほか」となっていて、スペインのガリシアかと思いきや、こちらのガリツィアだったということがありました)。ウクライナ側に相当する東ガリツィアの中心となる街が、ロシアによる侵攻後、ウクライナの人たちの国内避難先としてニュースで耳にするようになったリヴィウとなります(ポーランド語でルヴフ、ドイツ語およびイディッシュ語でレンベルク、ロシア語ではリヴォフとなるとのことで、米国クレズマー界の著名クラリネット奏者デヴィッド・クラカウアーには「ラヴ・ソング・フォー・レンベルク/ルヴフ(Love Song for Lemberg / Lvov)」という曲がありますね)。


 本書には、ウクライナに進出していったポーランドの貴族領主のもと、ウクライナ農民が多数を占める中でユダヤ人の果たした役割など、ユダヤ人社会が形成されていった中世のポーランド王国から、ホロコーストが吹き荒れ東ガリツィアのリヴィウからユダヤ人社会がほぼ消滅させられる第二次世界大戦の終結時まで、同地のユダヤ人をとりまく、さまざまな力関係が交錯し、ぶつかり合いながら展開した歴史が描き出されています。

ガリツィアは、18世紀末のポーランド分割によりオーストリア帝国(1867年からはオーストリア=ハンガリー帝国)領に組み込まれ、第一次世界大戦では一時ロシアが東ガリツィアを占領。民族自決の旗印のもと東欧地域で帝国から国民国家が独立していった第一次世界大戦後に、東ガリツィアでは西ウクライナ人民共和国の樹立が宣言されるものの、独立したポーランドに叩きつぶされてポーランド領となります。1939年に独ソ不可侵条約を結び東西から侵攻した両国にポーランドが占領されると、東部がソ連邦のウクライナに統合され、41年には独ソ開戦でソ連が撤退しナチ・ドイツが支配。戦後は西がポーランド、東がソ連邦ウクライナといった形で、近代に入ってから目まぐるしく覇権が入れ替わりました。そうした中、「ポーランド人とウクライナ人のはざまで(=本書副題)」、リヴィウにて引き起こされたユダヤ人に対するポグロム、そしてナチ・ドイツによるホロコースト。その記録は苛烈で、テレビのニュース映像であれば放映できないであろう、凄惨な描写も含まれます。


 ウクライナについては、ユダヤ人との関係に付随した、東ガリツィアを中心とするウクライナ民族運動の苦渋の道程を概観できます。ポーランドに独立の夢を阻まれた第一次世界大戦後、民族主義者の諸組織を統合して立ち上げられたウクライナ民族主義者組織(OUN)で影響力を持つようになったのが、ステパン・バンデラらによる急進派のバンデラ派。ポーランドとソ連を敵に回し、ナチ・ドイツより他に頼るべき勢力がないという状況にあって、ソ連との軍事力の差からドイツ国防軍の枠内にウクライナ軍団が創設されました。ウクライナ独立を戦闘目的に、この軍団はバンデラ派のメンバーを中心にウクライナ人が直接指揮。独ソ戦が始まると、その中の一団がドイツ軍とリヴィウを占拠することになります。

 後方のバンデラは、腹心ヤロスラフ・ステツコらをリヴィウに派遣し、OUNバンデラ派の名のもと即座にウクライナ独立の宣言を公表しますが、ナチ・ドイツに独立を認める気はなく、ステツコは逮捕され、バンデラも収監されました。以後、ウクライナ民族主義者は、ポーランド人や共産主義者とも相対しつつ、パルチザンとしてドイツと戦い、バンデラ派が主導権を握り「ウクライナ蜂起軍」(UPA)に結集して、ソ連軍が再び東ガリツィア全域で支配権を確立すると今度はソ連に立ち向かい、闘争は第二次世界大戦後もて、UPAがほぼ殲滅されるのが1954年頃まで継続。バンデラ本人は59年にミュンヘンでソ連の秘密警察により暗殺されました。以後のソ連史でバンデラは、「バンデラ(ベンデラ)主義者」という政治的罵倒語に名を残すのみとなった、ということです。

 昨年発売されて話題となった武井彩佳『歴史修正主義』(中公新書)によると、「たとえばウクライナの場合、1930年代前半に発生した「ホロドモール」と呼ばれる大飢饉により400万人ほどの死者を出したが、これはスターリンによる人災であったと考えられている。2006年にウクライナ議会はこれをジェノサイドと認定している。このため、ウクライナではホロドモールがジェノサイドでなかったと公に発言すると処罰される。/ウクライナやバルト諸国は1941年の独ソ戦の開始とドイツによる侵攻を、ソ連の支配からの解放として歓迎した事実があった。(中略)このため、体制転換による混乱期が過ぎた1990年代末頃から、旧共産主義諸国では「歴史の見直し」が加速する。/まず、ソ連時代にファシストの手先として否定的な評価を与えられてきた民族主義者や、対独協力者の名誉回復が試みられるようになった。同時に、1945年の終戦はソ連による解放などではなく、新しい抑圧の始まりであったとする歴史観が支配的となっていく。/EUに新しく加盟した東欧諸国は、共産主義体制下の人権侵害を、ナチによるホロコーストと同等のものとして位置付けようとする」。

 一方、「こうしたかつての衛星国の動きに対してロシアは、ファシズムとスターリニズムを同じ全体主義と位置付けることに反発し、赤軍による「解放」を略奪や強姦、もう一つの全体主義による支配の始まりといった文脈で語ることを、歴史の「歪曲」であり、歴史修正主義だと批判する。(中略)このように東欧やロシアでは、法による歴史の否定禁止は、国内政治における国民統合の手段だけでなく、国際政治の道具となっている。こうした流れに警戒心が向けられるのは、歴史認識によって国家間の対立を深めているからである」。(引用部分の漢数字は算用数字に改めました)

 これは「記憶の政治」、あるいは前回取り上げた『ファシズムとロシア』の章題にもなっている「記憶をめぐる戦争」とされるもので、国民統合の困難性を抱えるウクライナでは2004年のオレンジ革命や騒擾化して2014年に政変を引き起こしたユーロ・マイダン革命を経て、親欧米派が政権につくと、ステパン・バンデラを象徴的存在とする民族主義者を、独立の英雄として顕彰するようになりました。これに対し、バンデラたちがかつてナチ・ドイツと手を組んだという履歴などから、プーチン政権によるウクライナの「非ナチ化」という主張が理屈づけられることにもなります。まさに、歴史認識が国家間対立を深めていると言えますが、「非ナチ化」とか「ナチズムとの戦い」といった文言が繰り返し唱えられているのは、こうした背景や経緯がある、と。とはいえ、2019年に選出された大統領ゼレンスキーはユダヤ系だったりするのですが(これに関してはロシア外務大臣の驚くべき発言が飛び出しました)。結局のところ侵略戦争正当化のツールであり、いつの間にか肥大化した強迫観念のようなものになっているのではないかとも思えます。


 さて、長くなってますが、ここから脱線して、「アメリカ的」と言える音楽や楽曲の創作者に、ロシアから移民してきたユダヤ人の存在があります(ここでの「ロシア」とは、かつてのロシア帝国領ということになりますが、もう少しファジーに範囲を設定します)。その代表格と言えるのがジョージ・ガーシュイン。父方の祖父は現ウクライナのオデッサ(オデーサ)出身とのことで、25年間の兵役義務を終え、移動の自由の権利を得てペテルブルクに居住し、ガーシュインの両親はペテルブルクからニューヨークに移民して、ジョージらを産み育てました。「アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド」「ホワイト・クリスマス」「ゴッド・ブレス・アメリカ」などで知られるソングライター、アーヴィング・バーリンは、現ベラルーシのマヒリョウ(ロシア語でモギリョフ)出身とされる移民1世(シベリア西部のチュメニ出身という説もあり)。「スウィングの王様」として君臨したクラリネット奏者ベニー・グッドマンもロシア系で、父親はワルシャワ(ポーランド)、母親はカウナス(リトアニア)の生まれ。

 野村達朗『ユダヤ移民のニューヨーク』(山川出版、1995年)を参照すると、ロシア系ユダヤ人の出身地が西側の辺縁に偏るのは、ユダヤ人の来住を拒んできたロシア帝国が、ポーランド分割などにより領域を拡げていく過程で、その地に暮らしていたユダヤ人を領内に抱えることになったためで、バルト海からアゾフ海にいたる線の西側に位置する、英語ではペールと呼ばれる定住地にユダヤ人は居住が制限されていました(ガーシュインのご先祖のような例外もありますが、1881年に暗殺されたアレクサンドル2世のもとでは、退役兵士などについてペール以外の地域への居住を許す例外規定が設けられたりしたとのことです)。そのロシアからは、頻発するポグロムや圧政、経済的圧力などにより19世紀後半から20世紀前半にかけて、多くのユダヤ人が海を渡って米国に移住します。1881年から1910年の30年間で、ロシア出身のユダヤ移民は112万にのぼり、ユダヤ移民全体の71.6%を占めたといいます。

 ジャズ・ミュージシャンでは、クラリネット奏者アーティ・ショウの父親がロシア、母親がオーストリアからの移民2世、少年時代にはグッドマンのレコードを聴いてクラリネットを始めたというサックスのリー・コニッツは父親がオーストリアで母親がロシア、ラテン・ジャズ系でも知られるフルート奏者ハービー・マンは父親がロシア、母親はルーマニア系がルーツのユダヤ人、など。

 他にも思いつくままに、ミュージカル『ウエスト・サイド物語』の音楽などで知られるレナード・バーンスタインは、現ウクライナのリウネ出身の両親を持つユダヤ移民2世。ニューヨークでイディッシュ演劇の音楽などを手がけ、アンドリュー・シスターズが英語詞をつけて録音しヒットさせた「素敵なあなた」や「ドナ・ドナ」の作曲者でもあるショロム・セクンダは、現ウクライナのオレクサンドリア生まれ。ガーシュインの「スワニー」をヒットさせ、初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』に主演したアル・ジョルソンは現リトアニアのセレジウスの出身。

ボブ・ディランは父方の祖父母がオデッサ(オデーサ)からのユダヤ移民で、母方の祖父母はリトアニアから。東欧系ユダヤ人を担い手とするクレズマーは言わずもがなですが、20世紀前半に米国で花開いたクレズマー界の2大クラリネット奏者ナフチュール・ブランドヴァインがオーストリア=ハンガリー帝国下の現ウクライナ、リヴィウ近郊ペレミシュリアニー生まれ、デイヴ・タラスはロシア帝国下の現ウクライナ、テプリク出身。それから、ブラック・ミュージック好きにはお馴染みの名門チェス・レコードを運営したレナードとフィルのチェス兄弟は、戦間期には主にポーランド領だった現ベラルーシのモトリ出身という話が下記で紹介されています。


http://hattorimichitaka.g1.xrea.com/essay2010.htm#201010
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 そして忘れてはいけません、ニューヨーク・サルサの歴史に名を刻む「フディオ・マラビジョーソ(すばらしきユダヤ人)」ことラリー・ハーロウは、ベース奏者でバンドリーダーを務めた父親がオーストリア、オペラ歌手であった母親がロシアにルーツを持つということです。

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 ラテンアメリカはどうでしょう。クレズマーを取り入れたユニットでの活動などもあるアルゼンチンの木管楽器を主体としたマルチ・インスト奏者マルセロ・モギレフスキーは、どうも2代前の祖父母世代がロシアからの移民のようです。それから、カルト映画『エル・トポ』など多面的な活動を展開してきているチリ出身の奇才アレハンドロ・ホドロフスキーは、『リアリティのダンス』(青木健史訳/文遊社、2012年)によると、祖父がコサック兵にロシアを追われてチリに渡ってきたという、現ウクライナの出身者らしく、ホドロフスキーの父親は、「カサ・ウクラニア(ウクライナの家)」という商店を営んでいたとのこと。そんなわけで(情報量少なめですが)、マルセロ・モギレフスキーとシンガーである娘メリーナ関連の近年の動画、ホドロフスキーは息子アダンがメキシコで音楽活動をしているということで、ナタリア・ラフォルカデをフィーチャーしたナンバーのビデオクリップをリンクしておきます。

“Gitano”, de Marcelo Moguilevsky - Marcelo Moguilevsky y Sebastián Espósito

https://youtu.be/bKRRu70U2uQ

Axel Filip || El Brujo (ft. Melina Moguilevsky & Juan Klas)

https://youtu.be/bGryQHidTpw

Vivir con valor - Adán Jodorowsky feat. Natalia Lafourcade

https://youtu.be/hUrlHEsmFMA

 それと、最初のほうに挙げたデヴィッド・クラカウアーの「ラヴ・ソング・フォー・レンベルク/ルヴフ」。ついでに、クラカウアー師匠の近作もよかったので、そちらからのポルカも付け足しておきます。

なお、クラカウアーはポーランド系で、前回の話題にも繋がりますが、ポーランドではLGBTQや人工妊娠中絶に否定的な右派が政権を担っているのに対し、2020年のドゥダ大統領の就任式で、女性主体に下院議員たちが衣服でレインボーカラーを表現して視覚的に抗議表明したことへの共感が示されています( https://www.amnesty.or.jp/news/2020/1007_9456.html )。曲は「クラコヴィアク(クラクフ人)」という古典曲に基づいていて、クラカウアーはその姓からも、ポーランド側ガリツィアの西部クラクフに縁の人のようです。

David Krakauer - Love Song for Lemberg / Lvov

https://youtu.be/HIOIvRwPfJg

KRAKKY’S RAINBOW POLKA

https://youtu.be/a8GL5g3q5vw




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◆高橋政資(ハッピー通信担当/キューバ、ペルー、スペイン)
『エクアドルの国民的デュオ、ドゥオ・ベニテス - バレンシア』






 今回取り上げるのは、エクアドルの国民的デュオ・グループ、ドゥオ・ベニテス - バレンシア(DUO BENITEZ VALENCIA)。英国の復刻を中心としたレーベル、オネスト・ジョン(HONEST JONS)から、このデュオのすばらしいアンソロジーが発売されたのだ。しかしながら、なかなか話題にのぼることもないので、全くの門外漢ながら少しでも興味を持って頂けたらと思いご紹介することに。オネスト・ジョンは、これまでもかなり渋い復刻ものを発売しているが、エクアドルの1940〜60年代のデュオともなると、なかなか手に取る音楽ファンもいないのだろう。しかし、聞けば聞くほどジワジワとくる音楽なので、聞き逃すのはもったい!


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*英オネスト・ジョンから発売されたアンソロジー、LP2枚組。
 残念ながら、LPと配信のみ、CDは発売されていない。

 始めてこのデュオに出会ってからは、レコード店で中古盤を目にしたら必ず入手してきたのだが、これまでに4枚ほどのアルバムを入手しただけで、情報もなかなか見つけられなかった。今回の復刻盤には、解説が付いているので、新たにネットなどで見つけた情報などを交えつつ、このデュオについて解ったことをまとめてみたい。
 まずは、彼らの代表作と言われる「Vasija de barro」を聞いてみよう。

Vasija de barro

https://youtu.be/seVH-fKF8BM
*Vasija de barro オリジナル・レコード・ヴァージョン

Vasija de barro. Dúo Benitez y Valencia 1950

https://youtu.be/hcIMqpQHq7Q
*Vasija de barro 1964年の映画『LA MITAD DEL MUNDO』に出演した時のライヴ映像


 このライヴ映像の中で、同じスーツを着た男性の背の高い方が、テノールのゴンサロ・ベニテス、小太りのほうが、バリトンのルイス・アルベルト・バレンシア。それぞれギターを弾きながら歌うが、ギターのソロ・パートを受け持っているのはボリバル・"エル・ポリート"・オルティスという人で、最初は、ベニテスとデュオを組んでいたが、バレンシアが参加した後はギターに専念したらしい。手数は多くないが、一音一音しっかり響かせるアンデスのギター音楽に共通した奏法で、ベニテス・バレンシアの第三のメンバーとして、彼らのサウンドのキーになっているのがよく分かる。

 「Vasija de barro(粘土の器)」は、ベニテス作曲で、曲種はDanzante(ダンサンテ)。インカの葬儀にインスピレーションを受け、人々は大地に戻っていくというような意味の歌らしい。この歌は、第2の国歌として、エクアドルでは親しまれているということだ。

 ドゥオ・ベニテス - バレンシアは、ダンサンテのほか、パシージョ、サン・フアニート、ヤラビ、バルス、アルバソ、トナーダなど、アンデスの地方を中心とした様々なスタイルをレパートリーとしていた。コロンビアを北に、ペルーを南に接するエクアドルらしい、両者と共通するスタイルも多くレパートリーにしていた。

 ベニテスは、インバブラ県のオタバロ州の生まれ。一方のバレンシアは、首都キトの出身。二人の最初の出会いは、10代半ばにキトのフアン・モンタルボ学校で一緒に歌ったことだったそうだ。その後ベニテスは、故郷であるオタバロで、そこの音楽家ギジェルモ・ガルソンが結成したConjunto Alma Nativa(コンフント・アルマ・ナティーバ)を前身とする名グループ、ギター四重奏団Los Nativos Andinos(ロス・ナティーボス・アンディーノス)に、歌手として参加。後にドゥオ・ベニテス - バレンシアのギタリストとなる前述のボリバル・"エル・ポリート"・オルティスとデュオで歌っていたそうだ。しかし、オルティスがギターに専念した時、彼がバレンシアとのデュオを強く勧めたらしい。

CONJUNTO ALMA NATIVA - AMOR PERDIDO (Pasillo) 78 R.P.M. - 195?

https://youtu.be/dmalsvhTQUo
*コンフント・アルマ・ナティーバの演奏で、AMOR PERDIDO (Pasillo)
 オリジナル録音に、コピー防止のためと思われる音声がかぶさっているのが残念

Los 4 Nativos Andinos Sanjuanito de otros tiempos

https://youtu.be/M1aBLfyfe3g
*ロス・ナティーボス・アンディーノスの演奏、曲は、Sanjuanito de otros tiempos

Los 4 Nativos Andinos Aires de mi Tierra

https://youtu.be/7PK4FvOoQCI
*同じくロス・ナティーボス・アンディーノスの演奏で、Aires de mi Tierra


 なお、オタバロは、キトの北に位置するアンデス地方の都市で、先住民オタバロ族の人たちが多く住んでいるそう。ドゥオ・ベニテス - バレンシアやロス・ナティーボス・アンディーノスは、その文化の影響を強く受けているのだろうか? 私には判断がつかない。が、ドゥオ・ベニテス - バレンシアの音楽には、年代的には上になるが、ペルーのモンテス・イ・マンリーケ(Montes y Manrique)やキューバのトローバ時代のシンガー・ソングライターたちと同質なものを感じる。すなわちスペインの歌曲をベースに、新大陸の先住民やアフリカ系住民の音楽文化を想像を交えながら取り入れ、新しいスタイルを創り上げていったのではないかということだ。そんな音楽に特有の洗練さを感じることができるのだ。

Dúo Benitez Valencia Alma Solitaria en vivo

https://youtu.be/hMW8d7QgPFQ
*ドゥオ・ベニテス - バレンシア / Alma Solitaria

Punales

https://youtu.be/WhtxCfTf8sw
*ドゥオ・ベニテス - バレンシア / Punales

Besandote Me Despido

https://youtu.be/zlUYs3cJbuM
*ドゥオ・ベニテス - バレンシア / Besandote Me Despido

 ギターのみの伴奏からはじまり、後にはピアノやアコーディオン、キーボードなどのアンサンブルなど、多彩なアンサンブルで録音を残している。

Dúo Benitez-Valencia La Tuna Quiteña

https://youtu.be/Cd7SsaQo7Dg
*ドゥオ・ベニテス - バレンシア / Valencia La Tuna Quiteña

 そんな彼らの音楽は、ラジオ放送の発展とともに全国に広まり、その後のエクアドルのポピュラー歌謡の一つの指針となり、フォロワーが大勢育っていったそうだ。また、600曲以上録音したと言われ、様々なスタイルでの演奏がエクアドルの民俗的な歌曲集としての役割も果たし、まさに国民的デュオとなっていったようだ。

 バレンシアが1970年に亡くなった後も、ベニテスはソロや他の人とのデュオで活動を続け、2005年90歳で亡くなった。

PROGRAMA ''CANCIONES DEL ALMA'' BENITEZ VALENCIA Y BOLIVAR ''POLLO'' ORTIZ

https://youtu.be/KSz5A6SwBJE
*キトのラジオ局RADIO NACIONAL DEL ECUADORのプログラム『CANCIONES DEL ALMA』の専属ミュージシャンとなって、全国に知れ渡った。
『CANCIONES DEL ALMA』1961年出演時の録音。


※ 門外漢がゆえ、間違いや勘違いなどあるかもしれません。気がついた方は、是非ご指摘をお願いします。



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◆高橋めぐみ(SOY PECADORA担当/スペイン語圏の本・映画)
『カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』』



本当はじっくりご紹介したい映画と本があるのですが、ちょっとのめり込みすぎて全く書けないので、少し前に読んでとてもおもしろかったちょっと変わったイタリアの作家の短編集をご紹介します。

読んだ本:

『海と山のオムレツ』(2020)
原題:Il banchetto di nozze ed altri sapori (2016)
著者:カルミネ・アバーテ(Carmine Abate)
翻訳:関口 英子
新潮社(クレスト・ブックス)

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https://www.shinchosha.co.jp/book/590168/

 わたしが東京で一番好きなイタリア料理店の主人はカラブリア州出身です。世界地図で見るイタリアのブーツのまさにつま先にあたるところがカラブリア州です。主な産業は赤ワインの製造ぐらいで、イタリアの中でも貧しい州ですが、悪名高い「ンドランゲダ」(興味ある方は調べてみてね)の本拠地が、カラブリアであることでも知られています。

 本作の作者、カルミネ・アバーテはそんなカラブリア州の小さな村のアルバニア系の家に生まれ、小学校に上がるまで、少数言語であるアルバレシュ語しか話さない環境で育ちました。以前本業で知り合ったプッリャ州のレッチェ(こちらはブーツのかかと部分)の人から、イタリア南部にはアルバニア系の人が多く定住していると聞いていたので、アルバニア系であることには特に驚きませんでしたが、その言語であるアルバレシュ語は、現在、ユネスコによる「危機に瀕する言語のレッドブック」で2段階目の「危険」に指定されており、推定話者はなんとたったの8万人と知り、ショックを受けました。なかなか知ることはありませんが、イタリアにも少数言語が多く存在します。

 この短編集は作者の自伝的「食べ物と家族」小説集で、少年期から子を持つ親になるまでの時間の流れと共に、前菜、第一の皿、第二の皿、デザートと大まかに分けられた短編が収録されています。出版社のうたい文句にもあるように、確かに「おいしそう!食べてみたい」と思わせる料理が目白押し。カラブリア料理の特長である唐辛子を使った肉料理や野菜料理、手打ちパスタなどが次から次へと出てきます。常に一定の収穫が得られたわけではなく、不作に悩まされた土地だけに「保存食」のバリエーションが発達したので、庶民のキャビアと呼ばれるサルデッラに腸詰サラミのンドゥイヤなどなど、「さぞ美味かろう」と思わせるものがたくさん登場します。(村の多くの住人同様に)父がドイツに出稼ぎに行くときや、主人公が勉強や仕事で村を出るときに、祖母や母がかばんにびっしりの食材を持たせてくれるというシーンも印象的。

 わたしは何回か登場する魅力的な人物「アルベリアのシェフ」の料理がぜひ食べてみたいと思いました。




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◆伊藤嘉章(カリブ熱中症担当/カリブ諸島+カリブ沿岸)
『エル・グラン・コンボ60周年/R.イティエール95才』



プエルトリコ最高のサルサ・オルケスタと言えばコルティーホ楽団とその直系のエル・グラン・コンボ。1962年結成なので今年ついに60周年だ。既に60周年ツアーも始まっている。

リーダーのラファエル・イティエールは現在95才、8月に96才を迎えるが、コロナが下火になってきた昨年から島内のライブには積極的にも登場、全く元気な所を見せている。

El Gran Combo - A La Reina (Live) -昨年10月プエルトリコ・バルセロネータのライブ

イティエール師匠、めちゃ楽しそう。曲はアルバム”Happy Days”(1981)から”La Reina”


そして今年に入りいくつかの海外公演もこなしている。これは4/30のパナマ公演”Panama Latin Fest 2022”
Latin Fest 2022 - El Gran Combo de Puerto Rico

https://youtu.be/dA0wJlH60_o


先日もプエルトリコのPrimera Hora紙のインタビューで久しぶりのピアノで皆とボレロを楽しむシーンもあった。曲はアルバム”Acangana”(1961)から”A Mi Manera”



インタビューでもがんがん答え、元気一杯。筆者が8年前の来日時にインタビューしたときのダミ声でしゃべりまくってくれた事を思い出した。

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60年の歴史ゆえオリジナル・メンバーから色々変わっているが、コルティーホ・コンボのメンバーでもあった95歳のリーダー、ラファエルは変わらずって、すごい事だ。

10才から音楽で食ってますから芸能生活85年!その他のメンバーもかなり長いが、若手として2012年にエディ・ペレス(as)の逝去でビルヒル・リベラ(as)が、チャーリー・アポンテ(vo)の脱退でアントニー・ガルシア(vo)が、ビクトル・”カノ”・ロドリゲスの逝去でカルロス・バルガス(tp)が、そして”パポ”・ロサリオ(vo)の脱退でホセイート・エルナンデス(vo)が加入した。若返りもきっちりやりながら、あのグランコンボの「スゥイング」をキープしている。


現在のメンバーは(加入年順):
ラファエル・イティエール(Rafael Ithier) リーダー、1926年生れ、創立以来のメンバー
ルイス・”タティ”・マルドナルド(Luis “Taty” Maldonaldo)トランペット、1971年加入
ジェリー・リバス(Jerry Rivas) ボーカル、1977年加入
ホセ・ミゲル”エル・ポジョ”・トレス(José Miguel "El Pollo" Torres)コンガ、1979年加入
フレディ・ミランダ(Freddie Miranda)アルトサックス、1982年加入
フレディ・リベラ(Freddy Rivera)ベース、1989年加入
ドミンゴ・”クキ”・サントス(Domingo “Cuky” Santos)ティンバレス、1988年加入
モイセス・ノゲラス(Moisés Norgueras)トロンボーン、1991年加入
リッチー・バステル(Richie Baster)ボンゴ、1999年
ウイリー・ソテロ(Willie Sotelo)ピアノ、2006年加入
ビルヒル・リベラ(Virgil Rivera)アルトサックス、2012年加入
アントニー・ガルシア(Anthony Garcia)ボーカル、2015年加入
カルロス・バルガス(Carlos Vargas)トランペット2016年加入
ホセイート・エルナンデス(Joselito Hernández)ボーカル、2017年加入

と、記事を書いている当日5/13にイティエールは風邪で入院。しかし大事を取っての入院で状況は問題ないとの事。夏の60周年公演はがっちりやるよとメッセージを出している。
まだまだ続くグランコンボ、楽しみです。

■過去記事のエルグランコンボの歴史もあわせてどうぞ。

1.コルティーホ・コンボ
http://elpop.jp/article/102921645.html

2.エル・グラン・コンボ結成、ペジンとアンディの時代(1962-1968)
http://elpop.jp/article/102970882.html

3. 試練の70年代:人気の息切れ〜自己レーベルの設立(1969-1977)
http://elpop.jp/article/103015597.html

4.アンディーの脱退、ジェリーの加入、新時代へ(1977-)
http://elpop.jp/article/103090962.html

5. 80年代ヒット量産の時代:チャーリーとジェリー、サルサ・ロマンチカの時代(1978-1990)
http://elpop.jp/article/103151645.html

6. そして来日公演まで(-2014)
http://elpop.jp/article/103190626.html





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eLPop今月のお気に入り!2022年2月

2022.04.05

桜が各地で開いてきた一方、きなくさい事件はまだ終わりが見えず。さて『eLPop今月のお気に入り!2022年2月』をお届けします!

新作・旧作関係なくeLPopメンバーの琴線にかかった音楽、映画、本、社会問題などを、長文でまたはシンプルにご紹介します。今の空気を含んだ雑誌、プレイリストのように楽しんで頂ければ幸いです。

【目次】
◆石橋純『都市のリズム』(ニューヨーク他)
◆山口元一『グルーポ・ニーチェ&チョーロ・バルデラマ』(コロンビア)
◆水口良樹『暴力と闘う歌、そしてグアテマラの先住民虐殺をめぐるドキュメンタリー映画』(チリ、ニカラグア、グアテマラ)
◆高橋めぐみ『『「その他の外国文学」の翻訳者』、タンシュゲイラス』(日本、ガリシア/スペイン)
◆岡本郁生『Peligro /ルイス・バスケス』(プエルトリコ)
◆高橋政資『コロナ禍のなかキューバ文化庁が配信する音楽ライヴ・シリーズ』(キューバ)
◆伊藤嘉章『キューバのストリーミングサイト、ダディ・ヤンキー引退』(キューバ、プエルトリコ)
◆宮田信『カバニジャズ・プロジェクト』(米西海岸/チカーノ)
◆佐藤由美『“地上最大のショー”が帰ってくる』(ブラジル)
◆長嶺修『マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』』(ロシア、他)


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◆石橋純(熱帯秘法館/CASA CACHIBACHI担当/ベネズエラ& more)
『都市のリズム』


ゼネコン大手・鹿島建設株式会社の社内報『KAJIMA』誌上でで2022年1月から「都市のリズム」というリレー形式の音楽エッセー連載が始まりました。私が企画監修をつとめています。初回はニューヨーク・ワシントンハイツを舞台とする「カリブ音楽流れるドミニカ人街」。先鋒ということで私がライターも務めました。街と人の写真はセントキッツ出身・ニューヨーク在住の写真家タウ・バティスさんに撮り下ろしをお願いしました。

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社内報ですから、紙媒体のオリジナルを一般読者が入手するのは困難ですが、ウェブ版で全文公開されています。

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https://www.kajima.co.jp/news/digest/jan_2022/rhythm/index.html


2月号は、谷本雅世さんによるアルゼンチン・ブエノスアイレス「眠らない街、音楽の都」

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https://www.kajima.co.jp/news/digest/feb_2022/rhythm/index.html


3月号は井上貴子さんによるインド・ベンガルール「先端都市に響くコロニアルな音風景」

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https://www.kajima.co.jp/news/digest/mar_2022/rhythm/index.html

4月号以降は、沖縄・那覇、スペイン・ビーゴ、ブラジル・サンパウロ、パナマ・パナマシティ、トルコ・イスタンブール、etc……と続き、12回かけて世界各地の都市と音楽を紹介していきます。

そして、なんと!! 5月号以降、eLPopメンバーがライターとしてぞくぞく登場します。乞うご期待。



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◆山口元一("Ay hombe"担当/コロンビア)
『グルーポ・ニーチェ&チョーロ・バルデラマ』



コロンビアの最新ヒットを紹介するコーナー、”Ay Hombe”です。

コロンビアも3月1日から新型コロナワクチン接種完了率が70%を超える自治体では屋外でのマスク着用義務を撤廃するなど徐々に正常化が進んでいます。おおぜいが密で集まり3人も4人も声を出す楽団、ごった返すフロアで密着した踊るカップル・・・もっともパンデミック向きでない音楽ジャンルのひとつであるサルサも、コロナ禍のダメージを取り戻すいきおいで盛り上がってほしいですね。

ということで1曲目はグルーポ・ニーチェ(Grupo Niche)の"Rupelto Mena - versión 2022”。
故・ハイロ・バレーラ(Jairo Varela)の作で、宝くじに大当たりしたばかりに人生が狂った男の物語、2005年にプエルトリカン・パワーなどに在籍したオスバルド・ロマン(Osvaldo Román)が歌った曲のリメイクです。歌手はアレックス・トーレス(Alex Torres)。2021年12月の発表です。

Grupo Niche - Rupelto Mena

https://www.youtube.com/watch?v=rZWzeQdExHg



今月は2曲目も大御所です。チョーロ・バルデラマ("Cholo" Valderrama)の"Vienen y
van"。70歳の新曲はジャノス(東部平原地方)の女性の美しさをたたえる内容で、歌詞付のビデオがyoutubeにアップされています。2022年3月の作品です。

Vienen y Van

https://www.youtube.com/watch?v=W-iip6ZMTrk



では来月もよろしくね。

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◆水口良樹(ペルー四方山語り担当/ペルー)
『暴力と闘う歌、そして
グアテマラの先住民虐殺をめぐるドキュメンタリー映画』



一ヶ月が経った。それを見聞きするだけで削られる日々が続く。その暴力が日常に介入してくる違和感は、今後徐々に心を占める問題の中心から離れていくのか、もしくはまだ、今しばらくはとどまり続けるのか。

 プーチンによるウクライナ侵攻は、私たちが見ないことにしてきたたくさんの問題を白日の下に引きずり出した。人が人を殺すことが禁じられたはずの社会で、「国家」という権力によって殺すことを命じられ、その暴力によって多くの人の命を、心を、社会を、文化を、根こそぎ押しつぶしていく「戦争」という暴力は、第二次世界大戦以降も世界の様々な地域で、さまざまな名目のもとに行われてきた。

 しかし今回の戦争は欧州に近く、「白人」の国への「ロシア」の侵攻という意味で、欧米社会は、これまでに彼ら自身の軍が殺してきた数多の民間人の屍のことなど忘れたかのように、第二次世界大戦以来の世界的な問題だと厚顔にも語らせしめている。その語りの破廉恥さにいらだちを覚えつつ、それでも現実に起こっているこの殺戮と大国の論理が押しつぶす市民社会の生そのもののかけがえのなさを思うと、思わず絶望的な気分に囚われて思考停止してしまうし、人間という存在のその破滅的な愚かさと無力さを痛感させられる。

 そんな日々を過ごしながら、改めて暴力と市民社会ということを私たちは考えることを余儀なくさせられる。なので今日はラテンアメリカの暴力と闘う2曲の歌と、グアテマラの先住民虐殺をめぐるドキュメンタリー映画を紹介したいと思う。

El derecho de vivir en paz
 まず一曲目は、日本でもソウル・フラワー・ユニオンなどの演奏でも有名な、チリのビクトル・ハラがベトナム反戦歌としてつくった「平和に生きる権利」だ。ただ、今回紹介するのは、2019年のチリの社会闘争(現在進行形の革新!)の中であたらに歌詞を与えられた21世紀バージョンだ(参加しているそうそうたるミュージシャン!)。八木啓代さんが日本語字幕をつけて下さったものがあるので、そちらをご紹介したい。改めて心に突き刺さる曲だ。


https://www.youtube.com/watch?v=eh6y5LoROOM


 そして、ニカラグアのサンディニスタ革命で「武装するギター」を歌ったカルロス・メヒア・ゴドイの弟、ルイス・エンリケ・メヒア・ゴドイの「私の個人的な復讐」という曲。革命前に人びとを搾取し、抑圧し拷問し虐殺した人たちに対する、革命政権の復讐として歌われた曲として位置づけられると思うが、そのメッセージは今なお、私たちに問いを投げかける。斜に構えた現実主義とかいう諦観、悲惨な現実を容認することの先に良くなることはあるのか?希望に向かって闘うことは果たして意味がないのか?と。

 そこで虐殺者に対する復讐として提示されるのは、その虐殺者の家族が幸せに生きて教育を受け、社会正義に守られる社会。搾取の上に成り立っていた社会への復讐は、物乞いのいない街角で人びとが朗らかにかわす日々の挨拶。革命のなかで敵対したとしても、それが成し遂げられたときには、あたたかい包摂により、暴力に囚われていた人びとをも赦し社会に迎え入れようとするその決意は、今なお私の心を打つし、その生き方をどう実現することが出来るのか、あきらめずに探したいと思わせる力を持っている。

 残念ながら、サンディニスタ革命は頓挫し、それどころか現在政権に返り咲いたサンディニスタのオルテガ大統領による弾圧は学生や教会のみならず社会全体に及び、多くの難民を生み出す事態となっている。権力が人を狂わし、反民主的社会へと舵を切る悲劇を、私たちはあと何回目撃しながらそれでも希望を紡いで行かねばならないのだろうか。

Luis Enrique Mejia Godoy - Mi venganza personal

https://www.youtube.com/watch?v=syszMKtCt5M


 また、今回はさらにグアテマラの先住民虐殺をテーマとしたドキュメンタリー映画として、アメリカ人映画監督パメラ・イェイツによる『グラニート:独裁者を追いつめろ』を紹介したい。

イェイツ監督は1980年代初頭に、アメリカの援助を受けた軍事政権が国内のマヤ系先住民20万人を虐殺した問題を取り上げ、その命令を下した元大統領リオス・モントを罪に問うための人びとの闘いを描き出す。ゲリラに潜入し、先住民の声を拾い、軍の掃討作戦にも従軍しながら取られた当時のフィルムが、2000年代の裁判に向けての闘争でよみがえる。どのように虐殺を命令したことを証明しうるのか、その外堀を埋めていく闘いの物語だ。

グラニート 独裁者を追い詰めろ! 予告編

https://www.youtube.com/watch?v=IqfD9g9Hyss



 この映画を補完するものとして(もちろん単独でも)最適なのが、『グアテマラ 虐殺の記憶:真実と和解を求めて』だ。人が人を殺すということがどういうことなのかを、どうやって人を支配し、人間性を剥奪していくのかを克明に描いている(映画では敢えて描かれなかった部分もあり、これがまた辛い)。これを読むと、軍という組織が根本的に否応なく人間性を壊す存在であるということを痛感する。

 しかし私たちは今また、世界中で軍靴の足音を聞いていないだろうか。人間の叡智は、所詮欲望の前には無力でそれを乗り越えることは出来ないのか(陸上自衛隊は、仮想敵として反戦デモを想定していたことが明るみに出ている。日本でも軍の銃口は民主主義を求める市民社会に向けられているのだ)。

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https://www.iwanami.co.jp/book/b261489.html



 パメラ・イェイツのつづく作品『500年:権力者を裁くのは誰か』は、そのリオス・モント元大統領を裁く裁判が第一部となり、その後のグアテマラの抱える植民地的状況と社会闘争が描かれていく。それは新自由主義が辺境を暴力によって収奪していくなかで権力と制度をどのように利用していくのかを描き出し、同時に先住民や都市の労働運動組織がどのように共闘していったのかを描き出している。

500年 - 権力者を裁くのは誰か 予告編

https://www.youtube.com/watch?v=D6o4BR0m47g


 しかし、この映画で達成された「政変」後のグアテマラのジミー・モラレス新政権も、右派政権として先住民虐殺の歴史を否定しており、映画のクライマックスの興奮が、社会改革へと結びつけられなかった現実社会の難しさを改めて突きつけるものである。

 こうした暴力についての作品を見ていくと、私たちの生活がいかに「軍事化」された社会と地続きになっているのかということに気づく。国家の論理や経済の論理が、人間を解放しよりよい生を実現する方向ではなく、抑圧し搾取する方向で機能している現代社会において、わたしたちは社会の進歩という幻想ときちんと向かい合い、人間性を肯定し、すこしでも理不尽な厄災が個人を押しつぶすことを減らしていける社会を作っていくことに取り組むべき時ではないだろうかと、この一ヶ月、ぐるぐると考えていたのでした。






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◆高橋めぐみ(SOY PECADORA担当/スペイン語圏の本・映画)
『『「その他の外国文学」の翻訳者』、タンシュゲイラス』


読んだ本:
タイトル『「その他の外国文学」の翻訳者』(2022年)
著者:白水社編集部 編
白水社

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https://www.hakusuisha.co.jp/book/b598678.html


 もう何年も前のことですが、本業で関わっていた海外からのミュージシャンに対して、ある関係者から「英語も出来ないの?は〜?」と言われたことがあります。確かに「共通言語」としての英語は出来た方がいいに決まっていますが、あまりに無礼な物言いにとても不愉快だったことを、今もはっきりと覚えています。実際、英語が出来りゃあOKなわけではないし、ましてや「直行便がない国になんか行けな〜い」と言われても、「そうですか」としか言いようがありません。この辺りの英語至上主義の方々については、言いたいことが山ほどありますが、今回はここまで。

 本書はそういう狭量な皆さんにも是非お読みいただきたい。そもそも「その他の」って何よ!と思いますが、そこは斎藤真理子氏の序文で説明されていますので。

 ここに登場するのは、ヘブライ語、チベット語、ベンガル語、マヤ語、ノルウェー語、バスク語、タイ語、ポルトガル語、チェコ語です。その道を究めた翻訳者が、その言語との出会いから想いなどを語っています。想像以上に厳しい茨の道を歩み、常にアップデートしなければならない仕事を選ばれた方々のお話です。おもしろくないわけがありません。何度も書いているような気がしますが、私が最も憧れる職業は翻訳家です。世界で一番かっこいい職業だと思っています。

昨今、自動翻訳の技術が進み、テクニカル分野の取説や契約に関する翻訳の精度はかなり上がっています。が、小説はどうでしょう。どんなにAIが進化してもなかなか難しいのではないかと思います。実は、次回取り上げようかと思っている本の訳文が少々難儀で読み進むことが出来ずにいます。翻訳者の方は長年その言語に携わって来られたようですが、その言葉がわかって話せるのと、日本語の文章に出来るのとはまったく違う次元なのだと痛感します。

 ちなみに、eLPopのメンバーが親しんでいるスペイン語は、世界で5億人が話すメジャー言語です。冒頭のミュージシャンはスペイン語圏の人でした(怒り再び)


聞いた音楽:
アーティスト:Tanxugeiras
タイトル:Terra


https://www.youtube.com/watch?v=4uGN9efcACw

参考動画(Berrogüetto / Bailador)

https://www.youtube.com/watch?v=tsfw--p2rKw


 久々に最近のガリシア音楽のことを少し。わたしが初めてガリシア音楽を聞いたのは、90年代に入ってからでした。その頃最も好きだったのはベログエト(Berrogüetto)というバンドです。トラディショナルを根底に置きながらも高いオリジナリティを感じさせる、とにかくかっこいいバンドで、その半端ない疾走感と折り重なるリズムとメロディに圧倒されました。幸いにライブも3回ほど観ることができて、後年メンバーと本業で関わることになりました。ガリシア音楽を世界に知らしめた功労者は、ガイタのカルロス・ヌニェスであるとは思いますが、その音楽性の高さと革新性は完全にベログエトに軍配が上がります。

 さて、最近のガリシア音楽はどうなのかな、と改めて確認するすると、一番の注目株は、やはりタンシュゲイラス(Tanxugeiras)ではないでしょうか。タンシュゲイラスは、Aida Tarríoと双子のOlaiaとSabelaのManeiro姉妹で構成されるトリオのパンデイレテイラス(パンデイレータというタンバリン状のフレームドラムを敲きながら歌うグループ)です。ガリシアの音楽文化と女性の地位向上を目指して結成されました。基本メロディや歌唱法はトラディショナルなのですが、アレンジが現代的。それが完全に融合していて見事です。姐御!とかけ声を掛けたくなります。

 彼女たちは、2022年度のユーロビジョン・ソング・コンテストへの出場権を賭けた、ベニドルム・フェスティバルで圧倒的なパフォーマンス(動画参照)を見せ、聴衆からの支持を得たにも関わらず、優勝を逃したことでも注目されました。ユーロビジョン・ソング・コンテストは1956年から続く欧州の由緒ある音楽コンテストで、ABBAやセリーヌ・ディオンが優勝して、その後大スターになったことで知られています。とはいえ、まあ、ユーロビジョンはポップスの為のコンテストと言ってもよく、欧州と言っておきながら今までの優勝者は国はバラバラでも英語で歌った人が半数以上で、「自国の公用語」で歌えという規定が設けられたり撤廃されたりという、ちょっと鼻白む大会ではあります。それ故か、優勝しても必ずしも大スターになれるわけではないようです。

 今回の件で本人たちは「私たちが大会が求めるスタイルのアーティストじゃなかったってこと」というような見解を出していて、「聴衆に認められたことを誇りに思います」と言っています。ベニドルム・フェスティバルは一般投票と審査員の審査によって勝者が決まるため、一般投票でぶっちぎりだったタンシュゲイラスが最終的に、ほぼ無名だったチャネル(キューバ系の歌手、ダンサーで女優)に敗れた悔しさをにじませた発言です。

 正直、チャネルさんが今後どんな活躍をするかはわかりませんが、タンシュゲイラスはガンガン行くことは間違いなしだと思います。


 
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◆岡本郁生(ラテン横丁・USA LATIN & MORE)
『Peligro /ルイス・バスケス』



Luis Vazquez - "Peligro"

https://www.youtube.com/watch?v=y2uYUp77LIY
改めて挙げるまでもなく、ラロ・ロドリゲス、フランキー・ルイス、ジェリー・リベラなどなど、ラテンの世界では、10代前半からキャリアをスタートしたスターは数多い。そんな中でいま注目なのが、現在16歳というこのルイス・バスケスだ。

父親が結成したロス・ブラビトス・デ・ラ・プレナという子供プレナ楽団で活動を開始したのは、なんと5歳のとき。10年近く在籍したあと、15歳となった昨年脱退してソロとなり、アルバム『コミエンソス』でサルサ歌手としてデビュー。シングル曲「トゥ・ファン」がビルボード・チャートの1位を獲得した。

この「ペリグロ」は最新曲で、音はまさにいまどきのサルサ。顔はまだまだ子供で、舌っ足らずなとこもあるけど、グイグイと突き進む感じや、のびのびとした歌いっぷりはなかなか。サントス・コロンやエクトル・ラボーも持っていた、いかにもプエルトリコらしい“デレデレ感”(ってわかりますかね?)を感じさせるのものいい。

同年代の子たちがこぞってレゲトンやラテン・トラップにハマってる中で、こんな感じでストレートなサルサを歌っちゃってる、ってとこも、かなりの高評価ポイントなのではないでしょうか。




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◆高橋政資(ハッピー通信担当/キューバ、ペルー、スペイン)
『コロナ禍のなかキューバ文化庁が配信する音楽ライヴ・シリーズ』




 コロナのパンデミック、いっこうに収まる兆しがないですね。ただ、このままだと経済も社会も無茶苦茶になるということで、世界中で手探りながらも「ウィズ・コロナ」が始まっています。音楽界もライヴ配信という形態が定番化しつつあります(メジャー級以外は、なかなか儲からないようですが)。

 キューバは、そのライヴ配信をパンデミック直後から現在に至るまでコンスタントに続けています。社会主義の国なので、ミュージシャンも配信スタッフも基本公務員ということもあり、とりあえず採算を考えずに進められるからだとは思いますが、映像などのクオリティーも高いです。

 エグレム(EGREM)とビス(BIS)という2大レーベルも動画をコンスタントにアップしていますが、文化庁(Ministerio de Cultura de Cuba)が企画している、“Concierto Estamos Contigo”というシリーズは、質量ともにすごく、2020年3月から現在(2020年4月2日)までに449本が、YouTube上にアップされています。どれも30分弱という気楽に見られる尺もいいですね。


taka1.jpg

https://www.youtube.com/playlist?list=PL_JTlBag_eLUWZqbMSFn6QdW4bdTNVBEa

アイデー・ミラネース、シマファンク、インテラクティボ、オサイン・デル・モンテからロス・バン・バン、アダルベルト・アルバレス、マイケル・ブランコ、エル・ニーニャ・デル・ベルダ、アライン・ペレスなどなど有名どころはもちろん、日本ではまだあまり知られていない人たちのパフォーマンスが見られるのが嬉しいところ。

以下、そんな動画を少しピック・アップしてみました。

【Yarima Blanco】

https://youtu.be/W_zxLNQvXiY
(女性トレス奏者兼歌手)

【Conjunto Aché】

https://youtu.be/N_r5Ut0K0KM
(チャポティン、アルセニオ系のコンフント、以前ヨーロッパでCD発売されていた同名グループか?)


【el Centenario de Ñico Rojas】

https://youtu.be/4iCxemCLSjE
(フィーリン系のギター奏者で、クラシックにもファンの多いニコ・ロハスへのトリビュート)


【Enrique Bonne】

https://youtu.be/rZ8WqUke2z4
(サンティアーゴ・デ・クーバのパーカッション・アンサンブル・オーケストラ
ハバナのページョ・エル・アフロカンのサンティアーゴ版ともいえるもので、エンリーケ・ボンネはすでに没していますが、「ピロン」の作曲者でアンヘル・ボンネのお父上だった人)

【Grupo Tata Güines】

https://youtu.be/rZ8WqUke2z4
(もちろん、偉大なパーカッションシストの志を継いだグループ)


【la Camerata Cortés】

https://youtu.be/6T1qX04jKBc
(エネへーのホセ・ルイス・コルテスが指揮するフルート女性奏者12人のカメラータ
この編成でやる意味ある?という疑問も)


話は変わりますが、このキューバ文化庁が主導し、サンレモ音楽祭のキューバ・ヴァージョンが4月5日〜10日まで、ハバナで行われるようです。イタリアの伝統ある音楽祭をなぜハバナで?と思っていしまいますが、両国の文化交流ということだそうです。アナウンスでは、コンテストや特別コンサートが行われるようです。

Spot SanRemo Music Awards 2022

https://youtu.be/pjkbr-oK0_c

パンデミックからの立ち直りの兆しが見えてきた中、ロシアのウクライナ侵略戦争というキューバの経済にとっても大打撃を被る事態が勃発した状況下で、このような交流が行われるのは、文化交流〜理解ということだけでなく、経済的にも少しでも刺激になることを願うばかりです。




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◆伊藤嘉章(カリブ熱中症担当/カリブ諸島+カリブ沿岸)
『キューバのストリーミングサイト、ダディ・ヤンキー引退』



今月はまずキューバが音楽関係商用ストリーミングのプラットフォーム『サンドゥンガ/Sandounga』の運用開始の話から。


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https://www.sandunga.cu

事実上の世界標準であるアップルミュージックなどを介さず独自のプラットフォームでキューバの外に音楽と関連の映像、書籍、楽譜、はては楽器まで扱うという意欲的なプロジェクトが進んでいる。
主体はキューバ文化省の傘下の国営企業Artex S.A.その輸出代理店の"Soy Cubano"が1年前から試運転を続けていたもの。基本的にWebブラウザーでアクセス可能でPC用とアンドロイドモバイルOS用の専用アプリも開発済み。

Sandunga2.jpg

扱いのレーベルは当然キューバのレーベル、Bis Music, EGREM,Abdala, Colibriをカバー。今のところ島内での最人気コンテンツはムシカ・バイラブレだと、まあそうでしょうね。
注目はこの「サンドゥンガ」のサイトの開発は非国営のベンチャー「Lombao Estudios」が行っていること。キューバの国営企業の効率が悪い事は良く知られているが、こういう形でスピードや柔軟性が高まるの将来が楽しみ。まだサイトはめちゃ重いですが。



その2は「ガソリーナ」の大ヒットでレゲトンという名前を世界に広めたダディ・ヤンキーが引退を発表。

インスタでの引退宣言

https://youtu.be/Y9BgTOSVk84

レゲトンがまだレゲトンという名前になる前のシーンの時代に彼を初めて知った筆者には、ちょっと感慨深いものがあります。超早口が売りでかつ人気ののDYでした。

Daddy Yankee - Mi Funeral (Video Oficial)(1994)(Playero 38)
こういうダディ・ヤンキーを当時見た。大うけだった。

https://youtu.be/7_cRc1kDrTI

そしてガソリーナの大ヒット
Daddy Yankee | Gasolina (Video Oficial)

https://youtu.be/XtPY5kxjCWo


トップスターの一人としてまだまだ面白い事をやってくれるのを期待してましたが残念です。
3月末にリリースされた最後の作品『LEGENDADDY』にはメガヒット作の『Barrio Fino』の匂いがプンプンする作品も多く、最近のラテントラップ的なソフトな感じに流れているシーンにカツを入れてるような出来です。
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Daddy Yankee - Rumbatón

https://youtu.be/t7gsVuW8AtY

Daddy Yankee - La Ola

https://youtu.be/HihDARG278U
一度別項でダディ・ヤンキーとシーンの事は纏めないといけないですね。
しばらく休養してまた何かやってもらいたいものです。




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◆宮田信(DANCE TO MY MAMBO担当/USA+MEXICO)
『カバニジャズ・プロジェクト』




1950年代のジョージ・シアリング〜カル・ジェイダーから始まり、多彩な出自をもつ数々のアーティストによって育まれてきた人気の西海岸発ラテン・ジャズ。東海岸経由でやって来たアフロ・キューバン〜カリブ海出身の演奏家、ウィリー・ボボ、アルマンド・ペラーサ、フランシスコ・アグアベーヤらとジャズ演奏家の出会いは、サンタナなどラテン・ロックの発展にも大いに関与し、現地で大多数を占めるメキシコ系アメリカ人=チカーノ音楽のひとつとしても確立されています。ローライダー・オールディーズとラテン・ジャズをまさにボーダレスに両方を奏でるローカル・バンドが沢山活躍しているのです。

サンフランシスコで活躍するコンガ奏者、ハビエル・カバニーラスは、よりハードコアにラテン・ジャズを奏でる大注目の演奏家。出身はメキシコ・ソノーラ州。国境の町、ティフアナで暮らし米墨の両方で活動を開始。2011年にベイエリアに移住して以降、数々の名だたる演奏家と共演してきた。またグラミー賞も獲得した人気のパシフィック・マンボ・オーケストラにも参加している。彼の自身のグループが、このカバニジャズ・プロジェクト。最新作『ヘラソニック』は、西海岸らしい明るいサボールに満ちた快作!!


CABANIJAZZ PROJECT『HELLASONIC』

https://youtu.be/4PYH0gMZvbI




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◆佐藤由美(GO! アデントロ!/南米、ブラジル & more)
『“地上最大のショー”が帰ってくる』




 重鎮や仲間、隣人や家族をコロナ禍で少なからず失ったブラジル。服喪明け、1年ぶりのカーニヴァルは悲嘆を払拭する、どんな意匠を凝らした祝祭を繰り広げてくれるのだろうか。“地上最大のショーMaior Show da Terra”の称号にふさわしいリオデジャネイロ、メイン会場マルケス・ジ・サプカイで行われる競演は、本来の謝肉祭2月25日〜3月2日を延期して4月20日〜30日に開催されることに。

 2022年のGrupo Especialトップ・エスコーラ12チームの“サンバ・エンヘード”
(テーマに沿ったストーリー構成を持つカーニヴァル用のサンバ)が、こちら。

“Sambas de Enredo 2022 Grupo Especial Rio de Janeiro”

https://www.youtube.com/watch?v=b35rcXObgsk

 ほぇ〜、もはやYouTubeで全曲聴ける時代なんすね。昔はLPとかCD入手しチェックしたものだが……おぅ、細けぇインレイの歌詞カード眺めながらより、こりゃ憶えるのに便利ですわ!(※何を今さら?)

 地域集団もしくは贔屓チームに属す筋金入りのサンビスタはともかく、ただサンバ好きな一般人は、まずシーズン初めに巷(ラジオとか)で流れてくる各チームの新曲を品定め。お気に入りをざっと歌えるようになってから、当日の観戦に臨む。入場料は決して安くないが、やはり中継画面では味わえない熱気と驚きと感動シーンが必ずある。そして土地人には、まだ憶えていなかった曲でさえ、ものの15分で完璧に歌えるようになってしまう天賦の才が備わっていた。こちとらがややこしいサンバ・エンヘードのサビの部分だけやっと憶えられた頃、彼らはもう両手を広げながら大合唱しておるのだった。そう、唱和する喜びは何物にも代えがたい。

 いざ、土曜のAグループ(エスペシアル下の2軍)出場を明後日に控え、リオの逗留先にはサンパウロやレシーフェから友人らが続々と泊まりにやって来る。料理上手な通いのバイアーナから余裕の表情が消え、正月の準備に焦りまくる母とまったく同じで目を引きつらせながら、矢継ぎ早に「フェイジョン黒豆を水に浸しておけ、鶏肉・牛肉の解凍を忘れるな!」と厳命を下して帰宅。そんな非日常の情景まで含めて、カーニヴァル特有の空気だったりする。ちょっと懐かしい。





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◆長嶺修(猫の目雑記帳担当/スペイン & MORE)
『マルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』』



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http://www.tokyodoshuppan.com/book/b599344.html

「北」のほうの話で恐縮ですが、この月はどうしたってこちらのことを知っておきたい、ということで邦訳が出たばかり(原書の刊行も2021年)のマルレーヌ・ラリュエル『ファシズムとロシア』(浜由樹子訳/東京堂出版)を買い求めました(買って読んだのは3月ですが、ご容赦を)。

英題を『Is Russia Fascist? : Unraveling Propaganda East and West』とする本書は、「ファシズム」というレッテル貼りを前に、ファシズムの定義に関する整理・検討から説き起こし、ソ連時代にも遡り検証をした上で(パンク・カルチャーに発するナチのシンボルを用いたソ連期のロック・バンド/カウンターカルチャーについても少し触れられている)プーチン体制のロシアをファシズムとみなすことができるのか(一方で、今回の軍事侵攻=ロシア側の言う「特別軍事作戦」の目的のひとつをなぜ「ウクライナの非ナチ化」としているのかというところに繋がる、ロシアが自身を反ファシズム国家と規定する理由についても)、詳細に分析した学術書。政治学、政治哲学、思想史、社会学、文化人類学を組み合わせた方法論を採用するとし、訳者解説に「最新の理論的研究成果から極右集団の一見怪しげなウェブサイトまで、幅広い一次・二次資料を大量に渉猟しながら論を進める調査・情報処理能力」ともあるように、多角的で情報量が多く、門外漢が一度読んだだけでは、いきなり樹海の中に放り出されるようなもので、全体像の把握など無理筋ではありますが(登場する人名を憶えきるだけでもままならない)、「なぜロシアはファシズム国家ではないのか」と章の見出しも立てられているので、結論的な部分を抜き書きしておきます。

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「「ロシアのファシズム」について語ることは、学問的探究には応えられない。ロシアの体制は、ナチズムとの類比を可能とするような人種絶滅や支配のイデオロギーを掲げてはいない。国民を強制的に教化するイデオロギー的教義も、再生のための新たなユートピア・プロジェクトへの上首尾な大衆動員も、高レベルの抑圧も、独裁的機能も備えていない。プーチンは、ヒトラーでもムッソリーニでもないというだけなく(*ママ)、ピノチェトですらない。ロシアは、政治的テロルと反対派の大量弾圧を引き起こしたラテン・アメリカの反動的体制モデルからも程遠い。「ロシアのファシズム」について語ることは、「ロシアにおけるファシスト」という周縁的マイノリティを描く時にのみ意味を持つのであり、この「ロシアのファシズム」を他に類のないものとし、あるいは、政治体制それ自体を特徴付けるような、特定のイデオロギー的潮流として強調するものではない。」

 どうしてそのように考えられるのか、気になる方は本書を紐解いてみてください。それにしても、一線を踏み越えてしまったように思われる、今般のウクライナに対する全面的な軍事侵攻は、よく言われるように、都合のよい情報しか上がってこなくなったため、短期で片が付くと「プラグマティックに」見通した判断ミスに過ぎないのか、ここには懸隔があり、歴史認識などの問題について抜き差しならない妄執的信念に突き動かされた飛躍があったのか、素人目ではありますが、本書の分析からフェーズが変わったところがあるようにも見えるので、そのあたりについては研究の進展を待ちたいと思います。


 既読書の中から、今回と関係あるものもいくつか。金子夏樹『リベラルを潰せ』(新潮新書、2019年)は、2012年にモスクワのロシア正教会の大聖堂で反プーチンのパフォーマンスを繰り広げて逮捕・訴追され、ロシアで開催された18年のFIFAワールドカップ決勝戦でピッチに乱入し世界の目を向けさせたフェミニスト・パンク・グループ、プッシー・ライオットのエピソードをマクラに、日経新聞記者としてモスクワ支局での4年に及ぶ駐在歴があるという著者が、世界家族会議といった反リベラリズムで繋がる保守ネットワークの姿を、ロシアと米国の動きを中心に描き出したもの。

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https://www.shinchosha.co.jp/book/610797/

『ファシズムとロシア』の第7章「ヨーロッパ極右とロシアの蜜月」の中での「総主教庁(*注:ロシア正教会のモスクワ総主教庁)は、もう一人の新たな味方を「世界家族会議(WCF)」に見出した。1997年にアメリカ合衆国で、宗教的右派の活動家で、元レーガン政権の「子どもに関する全国委員会」に任命されたアラン・カールソンによって設立されたWCFは、自分たちを、〔必要とあらば〕攻撃も辞さない姿勢で「自然な家族」を守ることを表明する多宗教・多民族の連合体で、同性婚を常態化する法律に反対し、反ゲイのアジェンダを掲げる政府を支持する団体だと謳っている。WCFと総主教庁は、モスクワの反人工妊娠中絶キャンペーンを張る人々の回りに勢力圏を創り出すべく、共に連携してきた」といった部分の、その周辺も含めた近年の動向についてのレポートになっています。少々扇情的なようにも感じられるタイトルですが、筆致は抑えめで、新書ならではの手軽さもあり、背景的なことを理解する入口として、読んでおいていい内容かと思います。2014年のウクライナ危機についての記述もあり、クリミア半島のロシア編入の是非を問う住民投票で、監視団の役割を果たしたのが、フランスの国民戦線(現・国民連合)など欧州各地の反リベラル政党だった、と。

『ファシズムとロシア』では、政治的影響力が過大に見積もられているとされているネオ・ユーラシア主義の思想家アレクサンドル・ドゥーギン(『ファシズムとロシア』でのカタカナ表記は「ドゥギン」)についても取り上げられています。

また、世界家族会議と密接なNGOとして、反LGTB+と反中絶のために独自の運動を展開しているスペインの弁護士イグナシオ・アルスアガ(フランコ将軍の末裔となっていますが、これは誤りと思われます)が01年に立ち上げた超保守的な団体HazteOirを13年に吸収・発展させた、世界家族会議のロシア代表アレクセイ・コモフらが評議員を務めるCitizenGOについて、保守的なスローガンを車体に書いたバスを走らせる活動を展開したことなども紹介。

ところで、カトリックが優勢なラテンアメリカでは、人工妊娠中絶が認められていない国が多く、コロンビアではこの2月に、妊娠24週までの人工妊娠中絶が合法と認められたようですが、ラテンアメリカではこれが5ヵ国目となるとのことで、エルサルバドルは特に人工妊娠中絶に厳しく、転倒による事故が原因とした主張が受け入れられず殺人罪で禁錮30年の判決を受けた例もあり、性的暴行による妊娠でも中絶が認められていないと言います。コロンビアに関しては、下記を参照。

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https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/matsuo/2022/03/aborto-colombia.php

 なお、『ファシズムとロシア』では、反リベラリズムについて、「極右、ポピュリズム、民主主義へのバックラッシュ、ましてファシズムなどという、伝統的なカテゴリーでは包摂できない現在のイデオロギー潮流を、より適切に把握することを可能にする」概念として、さらに細かく規定していますが、「反リベラリズムは、今日のロシアで唯一権力を持つイデオロギーであり、それはつまり、政府と大統領府が直接支持する唯一のイデオロギー」で、「反リベラリズムの見解は、「行きすぎたリベラリズム」への反動と「アメリカ主導の世界秩序」という過ちとして、保守主義についての公的な語りに浸透し」「欧米の優位に挑戦するロシアの外交政策の道具となっている」。しかしながら「たとえロシアがこの反リベラルの波の先頭に立ってきたとしても、反リベラリズムはこの国に特有のものではな」く、「現在西半球全体で見ることができるより大きな流れの一部として解釈されるべき」だと述べられています。


 次に、『ファシズムとロシア』で「ロシアの政治体制にファシズムのレッテルを貼った最も著名な主導者」の一人として批判的に論じられている歴史家ティモシー・スナイダーが帯に推薦文を寄せる、スナイダーの訳書の版元にもなっている慶應義塾大学出版会から上梓されたピーター・ポマランツェフ『プーチンのユートピア』(池田年穂訳、2018年)。

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https://www.keio-up.co.jp/kup/gift/putin.html

ソ連期のキエフ(キーウと表記されることになりましたが)でユダヤ人の家庭に生まれ、一家で西独に亡命した後、イギリスに腰を落ち着けた著者が、01年にロシアへと渡り、天然ガス企業ガスプロムが資金提供する、97年に設立された新興テレビ局で働くようになった経験を通じて見た「プーチンのユートピア」=ディストピアなロシア社会の諸相が描き出されています。元の英題は『Nothing is True and Everything is Possible』で、大金持ちのパトロン=「シュガー・ダディ」探しのための学校に通う女性とかモンゴル国境近くの山中にコミューンを築き世界の終末を待っている新興宗教セクトとか、オリガルヒのことなども出てくるのですが、パラパラと読み返していると、バイカー集団「ナチエンヌ・ボルキ」(「夜の狼」)がロシア版「ヘルス・エンジェルス」(当人たちはその見方を否定し、むしろ敵対勢力と見なしている)との触れ込みで登場していました。

「サブカル」絡みでもあり、『ファシズムとロシア』で「ある体制がファシズムとしての要件を満たすための一連の中心的要素のうち、ロシアが持っているのは一つのみ――国家機関によって支持される準軍事的文化である」というところの自警団サブカルチャーに関わるので、長めに引いておくと「現在、ナチヌイエ・ボルキに所属するメンバーは全国に5000人。ベーオウルフのような髭を生やした5000人の男がレザーの服を着てハーレーに乗っている」「旧ソ連におけるバイカーの活動は、1980年代末期に始まった。完全な反ソヴィエトで、自由とステッペンウルフ(ヘッセの同名小説『荒野の狼』から名付けられたカナダのロックバンド)を支持し、親米を連想させた。1990年代には、ヨーロッパなどのバイカー・ギャングと結びついていたものの、まだ過激なサブカルチャーにとどまっていた。愛国主義に転向したのはもっとあとだ。

言い伝えによると、ナチヌイエ・ボルキのリーダー、「外科医」の愛称を持つアレクサンドル・ザルドスタノフが路上で一人の聖職者に出会い、「あなたは生活を変え、聖なるロシアを救うのに手を貸さねばならない」と言われたという」(漢数字を算用数字に改めました。以下同)。

なるほど、当初はステッペンウルフ「ワイルドでいこう!」な『イージー・ライダー』野郎どもだったわけですね。『ファシズムとロシア』にも、「夜の狼」が複数のロック・クラブやタトゥー店などを経営する成功したブランドへと急速に成長したこと、プーチン本人もハーレーに乗り集会に登場したこと、西側のバイカー文化やクラブの集会での黙示録的雰囲気に影響を与えた『マッド・マックス』を参考にするなどカウンターカルチャーの要素を、クレムリンのイデオロギーと融合させるのに成功していること、若者の愛国的育成の役割に対してザルドスタノフが名誉勲章を授与された返礼に、チェチェンの指導者であるラムザン・カディロフを「夜の狼」チェチェン支部の名誉部長にしたこと、2014年のウクライナ危機ではセヴァストポリの通りをパトロールし、市街地へ入る主要道路を封鎖し、そしてストリコルコヴェの天然ガス工場や海軍本部への襲撃に加わることで、クリミア併合を積極的に後押ししたこと、後にメンバーの数名はドンバス内戦にも参加したこと、一方で「夜の狼」はプーチンの個人的サポートを強調するものの、2017年には大統領補助金を拒否されており、彼らと大統領府との関係は複雑であることなど言及されています。彼らについては下記リンク記事もどうぞ。プーチンのマッチョなイメージと自警団サブカルチャーとの結びつきがうかがわれます。

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https://www.afpbb.com/articles/-/3028454


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https://www.afpbb.com/articles/-/3043552

『プーチンのユートピア』の最後のほうには次のようにあります。「その週のニュースの総集編が放送されている。(中略)一見すると、どれもがしごく普通に思える。ところが、やがてプレゼンターは不意に2カメの方を向き、気づいたときには話が変わっている。西側は同性愛の泥沼に沈んでいて、聖なるロシアだけがゲイのヨーロッパから世界を救えるとか、いわゆる「第五列」、つまり西側のスパイで汚職反対運動家に扮しているが実際は全員CIAなのがロシアにはごろごろしているとか(中略)西側はウクライナの反ロシア「ファシスト」を支援しており、ロシアを手に入れ、そのオイルを奪おうと躍起になっているとか。アメリカの支援を受けたファシストがウクライナの町の広場でロシア人の子どもを磔にしているのは、西側がロシア人の「ジェノサイド」をもくろんでいるからということになるし、そこらをうろつくロシア憎しのギャングどもにどんな風に脅されているかと訴える女たちが、カメラの前で泣きわめく。もちろん、こうしたことを正せるのは大統領だけ、だからこそロシアがクリミアを併合したのは正しいことだし、ウクライナに武装させた傭兵を送ったのも正しいことで、これはロシアと西側との新たな大戦争のほんの始まりにすぎない」。今読むと、ぞっとさせられますが、国民向け宣撫(プロパガンダ)はこの時からすでに準備されていたわけですね。

 フォルカー・ヴァイス『ドイツの新右翼』(長谷川晴生訳/新泉社、2019年)は、文字通りドイツの新右翼についての研究書ですが、「ロシアとドイツの同盟は、新たな地球的「大圏域」秩序として、今日の右翼のあいだではよく論じられている。

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https://www.shinsensha.com/books/1952/

そこで議論の中心となるのは、超国家主義者にして秘教主義者であるロシアの大学教授、アレクサンドル・ドゥーギンによる「ユーラシア」圏域理論である」と、「事情通のなかには、ドゥーギンがプーチンにさして大きな力を及ぼしているとは見ない者もいる」としっかり断りをいれた上で、その著作が「ドイツの新右翼のあいだでも明らかに反響があった」というドゥーギンのことが紹介されています。

その上で、「民族主義を志向する集団が東側に魅せられるのは、相対的に「アメリカ的リベラリズム」の文化に毒されていないとされるからである。ヴィクトル・オルバーン[ハンガリー首相。フィデス・ハンガリー市民同盟党首。1963年〜]のような政治家や、ウラディーミル・プーチンの指導するロシア帝国復興によって、権威主義的に転換されていく東欧の社会は、合衆国やEUから独立した主権を求めるための手本とされるのである。さらにオルバーンやプーチンの、新たな民族至上主義的ナショナリズムを強制して国民の歴史を「浄化」していく手腕への評価もつけ加わっている」。

米国を主対象とした渡辺靖『白人ナショナリズム』(中公新書、2020年)には、米国の白人ナショナリストについて「興味深いのは、ハンガリーのオルバーン首相やロシアのプーチン大統領への評価が高い点だ。(中略)プーチンについても、反NATO、反EU、反移民、反LGBTQなどの姿勢が「反グローバリズムの旗手」や「西洋文明の守り手」などと好意的に受け止められている」ともあり、1939年の独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)締結を受けて総辞職した平沼騏一郎内閣の声明のように「欧州の天地は複雑怪奇」であります(基本的な構図が理解できれば、そうでもないのかもしれませんが)。とはいえ、市井の凡人に言えることは単純にただ一言「戦争反対」。

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https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/05/102591.html



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eLPop今月のお気に入り!2022年1月

2022.03.04

また陽が伸びて春が近いか、とか思ってた中、ウクライナで戦争が始まるとは…。
『eLPop今月のお気に入り!2022年1月』をお届けします!

新作・旧作関係なくeLPopメンバーの琴線にかかった音楽、映画、本、社会問題などを、長文でまたはシンプルにご紹介します。今の空気を含んだ雑誌、プレイリストのように楽しんで頂ければ幸いです。

【目次】
◆山口元一『「カイマネス・デ・バランキージャ」ベースボール・カリビアンシリーズ、2022年優勝記念:”Se va El Caimán”& モイセス・アングロ』(コロンビア)
◆岡本郁生『ラウー・アレハンドロ/Gracias por Nada、Latin Percussion Jazz Ensamble '79』(プエルトリコ/NY)
◆佐藤由美『コスキン・フォルクローレ祭』(アルゼンチン)
◆長嶺修『青木深『めぐりあうものたちの群像:戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958』』(日本)
◆水口良樹『マリア・アイデー・ゲラ』(ペルー)
◆宮田信『ティエラ』(チカーノ)
◆高橋めぐみ『『フレンチ・ディスパッチ』、『赤い魚の夫婦』』(米、メキシコ)
◆高橋政資『3人の注目若手女性歌手+ソンの歴史的音源(おまけ)』(キューバ)
◆伊藤嘉章『ロシアとウクライナとサルサ』(ロシア、ウクライナ、NY、プエルトリコ、クーバ)
◆石橋純『Yoshiro広石「黄昏のビギン」「ルパン三世のテーマIII」』(日本)






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◆山口元一("Ay hombe"担当/コロンビア)
『「カイマネス・デ・バランキージャ」ベースボール・カリビアンシリーズ、2022年優勝記念:”Se va El Caimán”&モイセス・アングロ』



コロンビアの最新ヒットを紹介するコーナー、”Ay Hombe”です。

やりましたね、カイマネス・デ・バランキージャ(Caimanes de Barranquilla)!
プエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカ共和国、メキシコ、パナマ、コロンビア6カ国のウィンターリーグの覇者が競う”ラテン・アメリカのワールドシリーズ”カリビアンシリーズ、2022年決勝で地元ドミニカ共和国の強豪、MLBプレイヤーを多数擁するヒガンテス・デル・シバオ(Gigantes de Cibao)を下して初優勝!70年以上の歴史を有する同シリーズ、コロンビアのチームが制するのは初めてです。


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ということで、バランキージャのカイマンたちの栄誉を称え、今月の1曲目はこの曲です。コスタを代表する名曲、”Se va El Caimán”...あれ? 最新ヒットじゃない? ビジョス・カラカス・ボーイズ? まあ 細けえことはいいんだよ!

“Se Va El Caiman” Billo's Caracas Boys

https://www.youtube.com/watch?v=ptlbvf1DRj4


Se va el caimán, se va el caimán, カイマンがいくよ カイマンがいくよ
se va para Barranquilla バランキージャに向けていくよ

Voy a empezar mi relato, 喜びと熱意をもって
con alegría y con afán ぼくの話を始めるよ
que en la población de Plato プラトの町で
se volvió un hombre caimán ある男がカイマンになってしまったんだ

Se va el caimán, se va el caimán, カイマンがいくよ カイマンがいくよ
se va para Barranquilla バランキージャに向けていくよ

Lo que come este caimán そのカイマンが食べるのは
es digno de admiración 感嘆すべきものなんだ
come queso y come pan チーズを食べて パンを食べて
y toma trago de ron ラムをひと飲み

Una vieja se sentó おばあちゃんが
encima de una sepultura 墓の上に座ったら
el muerto sacó la mano 死人が手を伸ばして
y le preguntó la hora いま何時って尋ねたんだって

La camisa es la camisa シャツはシャツ
el cuello siempre es el cuello 襟はいつも襟
la corbata es la corbata ネクタイはネクタイ
y aquello siempre es aquello 例のあれはいつもあれ



むかしむかし、マグダレナ川のほとりのプラトという町にサウル・モンテネグロという若い漁師が住んでいました。彼はどうしようもなくスケベな人で、毎日毎日川で裸になって水浴びをする女の子を灌木の陰に隠れてのぞいていました。

のぞき趣味が高じたサウルは、あるとき、グアヒーラ半島まで行き先住民の魔法使いに、のぞいている姿が女の子に見つからないように、自分をカイマンに変える薬をお願いしました。魔法使いは彼の願いを聞いて、二つの瓶を用意しました。赤い瓶の中はカイマンになる薬、白い瓶は人間に戻る薬です。

その後サウルは、この秘密を悪友に打ち明けて、彼をともなっては川に行き(ワニの指はゴツいので、ワニのままでは人間に戻ろうとしても指が上手に使えず瓶を空けられない)、この薬を使って出歯亀ならぬ出歯ワニになりのぞきを楽しんでいたのですが、あるとき別の友だちとのぞきにいったとき、うっかりその友だちに秘密を説明するのを忘れてしまいました。その友だちは、カイマンに変わったサウルをみて恐れおののき、近くにあった白い瓶を川に落としてしまいました。サウルはあわてて割れた瓶の中に残った薬を体にかけたのですが、量が足りず、上半身だけしか人間に戻ることができませんでした。以後、半人半ワニとなったサウルは地元で恐怖の存在となり、女の子たちは2度と川で水浴びをしませんでした。

変わり果てた姿になったサウルに接してくれたのは彼の母だけでした。母はサウルを慰め、毎晩彼の好物のチーズとユカ、さらにラムに漬けたパンを彼の元に運んだのでした。だが、そんな母も亡くなり、誰も地元でつきあってくれる人がいなくなったサウルは、マグダレナ川を下って、バランキージャまで行くことにしました。しかしそこでも人々は彼を怖がりました。サウルはしかたなくバランキージャの港を後にして、故郷へと向かいました。その後彼の行方は分かっていません。

噂によると、その後サウルはこのマグダレナ川のほとりのどこかで、ある女の子に恋をしました。その女の子もやがてサウルのことを好きになり、2人の間にはワニの尻尾の生えた可愛らしい女の子が生まれたそうです。

公園に行くとパンダやロバなど動物を模した遊具があるでしょう。子どもがまたがってギコギコするやつです。コロンビアのコスタで児童公園にいくと、よくあれのサウル版、半ワニ半人の遊具があります。目にする機会があればこんな物語を思い出してあげてください。

プラトの町では、いまでも毎年12月17日から20日の間、カイマン男を偲ぶお祭り”Festival Folclórico de la Leyenda del Hombre Caimán”が開かれています。

カイマン男
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https://www.plato-magdalena.gov.co/MiMunicipio/PublishingImages/Paginas/Fiestas-y-Celebraciones/hombre-caiman.jpg

細かいことはいいといいつつ細かい補足ですが、コロンビアやベネズエラで”カイマン”と呼ばれるのはアメリカワニ、いわゆる”クロコダイル”です。ベネズエラを代表するシンガーソングライター、シモン・ディアス(Simón Díaz)の名曲で、ボビー・バレンティン(Bobby Valentín)がサルサ化した“El Caimán”(オリジナルのタイトルは“Mercedes”)にも水浴び中の女の子がワニに食われてしまうエピソードが歌われますが(ちなみにこれも出歯亀案件です)、アリゲーター科に属し、大きくてもせいぜい2mを超える程度のカイマンと違って、こちらの”カイマン”は最大6m程度になります。

おまけ。

Bobby Valentín canta Cano Estremera “El Caimán”

https://www.youtube.com/watch?v=YfWDCQ6B7DQ



さて2曲目もバランキージャから。パンデミック開始以来2年が経過、この原稿執筆時点で死者が14万人に達しようとかというコロンビアですが、2022年2月11日にリリースされたモイセス・アングロ(Moisés Angulo)の新曲です


“Late mi corazón”

https://www.youtube.com/watch?v=MHG1T9bYiyg


いかにもバランキージャっ子っぽい、カーニバルでかかりそうな明るい調子の曲ですが(ちなみに彼は私の友人の学校の先輩だそうです)、タイトルは「我が心臓よ、鼓動せよ」、ビデオにあるとおりCovid-19の感染者や感染者の家族、親しい人をこの感染症で亡くした人たちを励ます歌です。ビデオの最後に”最愛の妻に捧げる”とのキャプションに続いて、神が与えた絆は切り離せないというマルコによる福音書の一節が引用されますが、歌手の妻はCovid-19に感染して集中治療室に26日間入院した後に回復し、命を取り留めています。


今週はこの程度で。ではまた来月もよろしくね。




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◆岡本郁生(ラテン横丁・USA LATIN & MORE)
『ラウー・アレハンドロ、Latin Percussion Jazz Ensamble '79』


プエルトリコのウルバーノ、ラテン・トラップ、レゲトンの今人気抜群のスターの一人、ラウー・アレハンドロの最新ヒット。2/25にYouTubeにアップして2日で800万ヒットというパワー。

PVが最高ですね!こういうのが今かっこいい!ということなのでしょうが、なんでこんなに日本趣味(?)なのか、気になるところ。

Rauw Alejandro - GRACIAS POR NADA

https://www.youtube.com/watch?v=M4LkAw_qKfg



そして、こんな録音が!
ラテン・パーカッション・ジャズ・アンサンブル、1979年日本公演、九段会館での演奏。FM東京でオンエアされたもののはずです。
素晴らしいですね〜!

Tito Puente Latin Percussion Jazz Ensemble Live in Japan '79

https://youtu.be/55izQtNOBrQ

[メンバー]
Tito Puente (timb, vib), Carlos Patato Valdéz (congas), Johnny Dandy Rodriíguez (bongo), Andy González (b), Edy Martínez (p)
[曲目]
1 Morning 2.Bernie's Tune 3.Talking Skins 4. A Noro Morales (Maria Cervantes) 5. Picadillo 6. El Rey del Timbal 7. Oye Como Va

[編集部注]
この79年の来日とこの演奏が日本のラテン音楽にどれほど影響を及ぼしたか!?を昨年岡本さんが「e-magazine Latina」に書いた記事にあります。さわりの部分は無料で読めますので下記をクリック!


[2021.04]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《後編》〜

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https://e-magazine.latina.co.jp/n/n9cdb1e1383bd




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◆佐藤由美(GO! アデントロ!/南米、ブラジル & more)
『コスキン・フォルクローレ祭』



アルゼンチンのコルドバ州コスキン市で毎年開催されるコスキン・フォルクローレ祭
輝かしい時代の記憶がちりばめられた、1965年の映画……初めて観ました!
22年前の現地初訪問の思い出がよみがえります。


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“Cosquín, amor y folklore” (1965) PELICULA COMPLETA

https://www.youtube.com/watch?v=kqg_gHyxLjI





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◆長嶺修(猫の目雑記帳担当/スペイン & MORE)
『青木深『めぐりあうものたちの群像:戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958』』


戦後の進駐軍と日本の音楽/音楽家の関わりについて知りたいと思い読んだ中の1冊。めっちゃ長尺なのですが、「ラテン」の話題もあります。

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http://www.otsukishoten.co.jp/book/b107196.html


ジョージ島袋とノブオ西本歌う「ジャパニーズ・ルンバ」の話とかも出てくるので、“音源”としてこちらもどうぞ。

JAPANESE RUMBA ジャパニーズ・ルムバ 1951

https://youtu.be/IVhIp3cdJVQ




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◆水口良樹(ペルー四方山語り担当/ペルー)
『マリア・アイデー・ゲラ』




今回は、最近積極的に活動をペルー内外で行っているマリア・アイデー・ゲラさんをご紹介したいと思います。

彼女はペルーのアンデス東側斜面を下った先にあるワヌコの出身で、リマでは惜しまれつつ2016年に亡くなったペルーの民族音楽研究者チャレナ・バスケスの門下生として学んだ。同門には以前紹介したオマール・カミーノなどもいて、今でも一緒にイベントや講座を行っている(最後のおまけ参照)。オマール・カミーノがデシマを歌いながら伝統を取り込んだポップ路線で歌を紡いでいるのに対して、マリア・アイデー・ゲラはあくまで伝統の枠内で自身の活動を模索している。それぞれのポジションの違いはありつつ、ともに素晴らしい歌を紡ぐ私の大好きな歌手だ。

ワヌコのヤラビーからカシュアへと続く曲「オヒートス・ネグロス(黒い瞳)」を歌うマリア・アイデーとギターのオマール・マヒーノ
María Haydeé & Omar Majino - OJITOS NEGROS - Yaraví huanuqueño con fuga de cashua

https://www.youtube.com/watch?v=NiDMe7_4iF8



パンチョスのボレロ「シ・トゥ・メ・ディセス・ベン」をプエルトリコのクアトロ奏者フアン・ニエベスらと共演したMV

SI TÚ ME DICES VEN (LODO) ... por un bolero a distancia - by Juan R. Nieves & María Haydeé

https://www.youtube.com/watch?v=-Et1jzxikNU


さて、マリアさんに話を戻したい。彼女は特に20世紀および現代ペルーの定型詩デシマ(複雑な韻を踏みながら歌われる10行詩)とそのメロディについて卒論を書いており、自身もデシマ謡いとしてプエルトリコやキューバといったカリブ諸国やメキシコやチリ、パナマ、コロンビア、ウルグアイなどのラテンアメリカのデシマ謡いと各地のフェスティバルで交流したり共演するなど近年積極的に活動している。特にチリのカント・ア・ロ・ディビーノをギタロンと一緒に歌っているのを見たときにはおもわず夜中に一人で盛り上がったものであった。


チャレナ・バスケスに捧げるデシマをソカボンというスタイルでカテドラル・デル・クリオジスモを主催しているウェンドル・サルガードの伴奏で歌う
OTROS MUNDOS SON POSIBLES - Homenaje a Chalena Vásquez R.

https://www.youtube.com/watch?v=lk6dfD7_32E

チリのギタロンにのせてデシマの即興詩「カント・ア・ロ・ディビーノ」を歌う
PERU DECIMA 2014 - Décima a lo divino - María Haydeé Guerra -

https://www.youtube.com/watch?v=duhjpcSf5CI


同時にリマではカテドラル・デル・クリオジスモに参加し、ムシカ・クリオージャの現場に入り込み、ワヌコのワイノやヤラビーなどを中心に歌う活動を行っている。さらにメキシコやプエルトリコの歌曲も定期的に歌っている。

最後にカテドラル・デル・クリオジスモでロサ・グスマンの歌で知られるバルス「ケブラント」を歌っているビデオを紹介して終わりたい。

Quebranto (José "Tato" Guzmán) María Haydeé Guerra

https://www.youtube.com/watch?v=XfLhTwu0hUI
(うしろになんだか見覚えのある人がちょろちょろ映っていますがご愛敬ということで)


おまけ
マリア・アイデー・ゲラとオマール・カミーノがリマ・ケ・リマというペルーで歌われているデシマのスタイルを紹介するミニ番組をご紹介。

"La décima cantada en Perú, herencia y nuevas propuestas"

https://www.youtube.com/watch?v=c_kUx52UjuE




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◆宮田信(DANCE TO MY MAMBO担当/USA+MEXICO)
『ティエラ』



イーストLAを代表した名グループ、ティエラ

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一昨年の暮れに兄でリーダーのルーディ・サーラスが亡くなり、弟でリード・ヴォー
カルのスティーヴ・サーラスが2月に亡くなりました。彼の歌唱が大きくフィー
チャーされた「トゥギャザー」を。大ヒットした時にTV出演時の動画です。

Tierra - Together

https://youtu.be/Vt0tq-rD38U




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◆高橋めぐみ(SOY PECADORA担当/スペイン語圏の本・映画)
『『フレンチ・ディスパッチ』、『赤い魚の夫婦』』




またまた映画紹介はお休みですが、最近観たもので一番おもしろかったのは、
『フレンチ・ディスパッチ - ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』です。ウェス・アンダーソンが好きな人にだけお勧め!最高すぎて言葉にならないので紹介はしません(汗)。が、情報は以下でご確認ください。

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https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html



読んだ本:
★『赤い魚の夫婦』(2013年、日本での出版は2021年)
原題:El matrimonio de los peces rojos
著者:グアダルーペ・ネッテル Guadalupe Nettel
翻訳:宇野 和美
現代書館

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http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5905-8.htm


 2019年に、ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』を読んだ時以来の衝撃でした。たった5編の短編集なのに、それぞれが長編のような複雑な充実感を秘めているからです。新人でも若者でもないからこういう言い方は失礼だと思うのですが、メキシコの逸材現る!という感じでしょうか。今まで翻訳されなかったのが不思議です。

 収録作は、「赤い魚の夫婦」、「ゴミ箱の中の戦争」、「牝猫」、「菌類」、「北京の蛇」の5編で、それぞれに何らかの生き物が出てきて、時には主人公以上の存在感を見せます。その絡み具合というか、気づかないうちに煮詰まっていた感情爆発のトリガーになるような使われ方が非情に斬新です!

 表題作の赤い魚のベタが出てくる「赤い魚の夫婦」は、パリで暮らす、出産を控えた弁護士とその夫の物語。友人からのプレゼントで狭い水槽で飼われている2匹のベタの様子と、夫婦がすれ違って行く様が丁寧に描かれていきます。赤ちゃんは生まれますが、劇的なことが起こるわけではなく、あるいは些細なことなのかも知れないちょっとした違和感がやがて...。多分、こういう経験は多くの人(特に女性)にあるのではないかと。

 「ゴミ箱の中の戦争」は、両親の離婚から母に見捨てられ、裕福な伯母の家で暮らすことになった少年時代の回想。余計者として過ごさなければならない日常に現れた「友」とは?そして、前代未聞の駆除方法。ゴキブリが苦手な人にはキツイかも知れませんが、わたしはこの話が一番好きです。主人公があてがわれた物置のような部屋の隣に住む使用人母娘のおかあさんが秀逸。

 飼い猫と同時に予想外(猫は違うだろうけど)の妊娠に対処しなければならなくなった女子大学生の「牝猫」。バスク人小活躍(半笑い)。ちなみに猫の名前はグレタとミルトン。

 作品中もっともシュールなのが「菌類」です。しかも性感染症の菌。ちょっとしたきっかけで有名な音楽家と不倫関係になったバイオリニスト。それっきりのつもりがそうはならず...。最初の方の切ない情熱の描写はなかなかグッと来ます。さて、菌はどう関わるのでしょう?

 「北京の蛇」は、幼少期にフランス人の養子になった中国系の劇作家の父が、故郷を訪れた後で、性格が激変してしまうお話。挙動不審な行動を繰り返し、遂には蛇を飼うようになります。中国でいったい何があったのでしょうか?

 作者のグアダルーペ・ネッテルはメキシコの作家ですが、メキシコシティだけでなく、パリなど作家が暮らしたヨーロッパの街も舞台になっています。子供の頃に、目の病気のためにいじめに遭い、読書や創作に逃げ込んだことが作家になるきっかけだったそうです。

 しかし、この人は相当な書き手です。またまた自らの語学力の低さが悔やまれる(号泣)。もっと読みたい!翻訳者の宇野和美さんには深く感謝したいです。スペイ ン語の素晴らしい翻訳者は何人もいると思いますが、文章のリズムやちょっとした台詞のセンスに脱帽です。引き続きネッテルを訳していただけることを熱望いたします!





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◆高橋政資(ハッピー通信担当/キューバ、ペルー、スペイン)
『3人の注目若手女性歌手+ソンの歴史的音源(おまけ)』




とにかく、最近のキューバの若手〜中堅女性歌手たちの活躍が素晴らしい。
そんな中、注目すべき3人の女性歌手が共演した楽曲が、昨年6月にPVとしてネットにアップされていたので、ご紹介しよう。

父の日に捧げられたソン。
【Dúo Iris, Luna Manzanares y Laritza Bacallao - "Son de papá"】

https://youtu.be/C3ecPn-lxwo


最初に登場するのは、ヌエバ・トローバ系の男女デュオ、Dúo Irisの女性歌手Dayamí Pérez Sánchez(ダヤミ・ペレス・サンチェス)。素直な歌い口が魅力。

その次に歌い繋ぐのは、カンシオーンからポップス、ミュージカルまで何でも歌えると現地でも評価の高い、Luna Manzanares(ルナ・マンサナーレス)。ロベルト・カルカセースがプロデュースしたアルバム『クール・クール・フィーリン2』でもフィーチャーされていた女性歌手だ。

そして最後にモントゥーノで盛り上げているのは、Laritza Bacallao(ラリッサ・バカジャオ)。あのチャランガの名門楽団オルケスタ・アラゴーンの初期黄金期のフロント・ヴォーカリスト兼ダンサー、Rafael “Felo” Bacallao(ラファエル・"フェロ"・バカジャオ)のお孫さんだ。お父上のErnesto Bacallao(エルネスト・バカジョオ)もアラゴーンで活躍した歌手なので、いわゆるサラブレッド。2014年に、イタリアのラテン音楽レーベルでU.S.A.にも広く配給するPlanet Recordsからファースト・アルバムを出している。現代の若者らしくラテン・ポップスやティンバ、レゲトンなどを歌うが、伝統系もしっかり歌えるのは流石。


以下に、彼女たちの単独PVもピックアップしたので、チェックしていただきたい。

【Dúo Iris, Yoel Martínez - Nana para despertar】

https://youtu.be/qHO2hRE5UVQ

【Luna Manzanares - Todo de mi】

https://youtu.be/czzyET6_rZ8


【Luna Manzanares- Canto a Oshun】


https://youtu.be/JjptRgP_NYs

【Luna Manzanares "Cool Cool Filin 2" - Déjame ir】

https://youtu.be/BT6U0qKplc0

【Laritza Bacallao - Run To You】
ホイットニー・ヒューストンのヒット曲をキューバン・サルサ化

https://youtu.be/W2Ig6w968RI

【Laritza Bacallao - Que Hablen】

https://youtu.be/8OpvcWDoRcc


“おまけ”と言うには、貴重すぎる音源が最近YouTubeにアップされたので、こちらもご紹介をしておこう。

【Sexteto habanero Godinez 1916 - Amalia Batista - La Original 1918】

https://youtu.be/E7KYyeZEdiU

Sexteto Habanero Godínezの1918年の始めての録音セッションの6曲の内、一番最初に録音された「Amalia Batista」が遂に聞けるようになった。これは事件だ。

このグループは、1918年にトレス奏者Carlos Godínezによって結成されたハバナに於ける最初期のソンのバンドで、Maria Teresa Vera、その師匠のManuel Corona、後にSexteto Boloñaを結成するボンゴセーロAlfredo Boloña、そしてマラカス&ヴォーカルのSinsonteという、とんでもない人たちが参加していた。リーダーのCarlos Godínezは、この後、サンティアーゴ・デ・クーバからやって来たソンのバンドCuarteto Orientalに合流し、1920年にあのSexteto Habaneroを結成する。

ここで聞かれるサウンドは、Sexteto Habanero以降に確立され、サルサまで引き継がれる、前半のヴォーカル・ソロ・パートと後半のソン・モントゥーノ・パートというスタイルになる以前の、最初からモントゥーノで聞かせる古いソンのスタイルを聞くことが出来、興味深い。ただ、サンティアーゴ・デ・クーバのモントゥーノ・スタイルとも明らかに違う、アバクア的なものを感じるのだが、いかがだろう?

このあたりのことは、以前『eLPop今月のお気に入り!2021年6月』の「マリーア・テレサ・ベラ、キューバ音楽に最前線を走り続けた女傑」に書いたので、今回の記事と一緒に読んでで頂きたい。
http://elpop.jp/article/188808737.html

ちなみに、この音源をアップしたCarlos Godínezは、トレス奏者Carlos Godínezのお孫さんで、Elena Burkeと共に来日もしたこともある伝統派ソンのグループ、Grupo Raisónのコンガ奏者だった人だ。





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◆伊藤嘉章(カリブ熱中症担当/カリブ諸島+カリブ沿岸)
『ロシアとウクライナとサルサ』



3/3から予定だったウクライナのキエフ恒例の「キエフ・ダンス・フェスティバル-SALSA/BACHATA/KIZOMBA/CUBAN/ZOUK」は当然中止になった。

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東欧やロシアはサルサを踊って楽しむ人たちがかなりいて、かつローカルバンドもあったりする。筆者もプラハ(チェコ)、ワルシャワ(ポーランド)、ブダペスト(ハンガリー)、キエフ(ウクライナ)などに行った時はサルサがかかって踊れる場所に遊びに行った。ロシアもモスクワ、サンクトペテルブルグなど盛んでキューバのバンドの公演も多い。


ロシア/モスクワでのロス・バン・バンの公演
Los Van Van - moscow cubans on the scene (2010)

https://youtu.be/EQwaolpJo5s

サンクトペテルブルグでも長くやってるイベントがある。これはダンス中心の映像だが最後にちょとっろバンドが出てくる。
Fiesta 2.0 Salsa Party (2018)

https://youtu.be/3Kfgv0pL2M4


ウクライナにはディスロカドス(Dislocados)というサルサのバンドがあって頑張っている。

ジミー・ボッシュがフェスに参加しDislocadosと共演している。曲はコルティーホのナンバーでジミーも自作でやっているLa Soledad。Tpがピューピュー言って、ソネオ合戦が入ったりしていい感じ。後ろにプエルトリとウクライナの旗が並ぶ。

Jimmy Bosch and Dislocados - La Soledad(2010)
https://youtu.be/t4jdyu4YppM


ディスロカドスはキエフ・ビッグ・バンドをバックにフランキー・バスケス(vo)やミッチ・フローマンとも共演している。曲はキューバのマルセリノ・ゲーラ作で2009年にプエルトリコのチョコ・オルタがヒットさせた"Ahora Mismo"。

Kiev Big Band feat. Frankie Vasquez, Mitch Frohman & Dislocados - Ahora Mismo

https://youtu.be/3Ghv4FT1auM


映像に映っている音楽を愛する人たちは突然戦争に直面した。強権的指導者が出現するとあっという間に時代は100年前と変わらなくなる事に愕然とする。




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◆石橋純(熱帯秘法館/CASA CACHIBACHI担当/ベネズエラ& more)
『Yoshiro広石「黄昏のビギン」「ルパン三世のテーマIII」』



 当年82歳になるYOSHIRO広石が先頃新録を発表した。「黄昏のビギン」である。

YOSHIRO広石のプロフィールを紹介しておこう。1940年大分市まれ。17歳で上京し、米軍キャンプをはじめ都内のジャズクラブやシャンソン喫茶でジャズとラテンを歌い始める。1964年来日したベネズエラの歌手エディス・サルセードに見いだされ、翌年ベネズエラの地上波テレビ局RCTVとレギュラー契約。これを皮切りに、メキシコ、USA、コロンビア、アルゼンチンなどラテンアメリカ各国でエンタテインメントの最前線で活躍、15カ国でレコード発売している。1990年以降、たびたびキューバも訪問。1999年文化庁芸術祭賞受賞。21世紀に入ってからは彼の原点であるボレロに回帰し、このジャンルの親密性を彫りさげる歌唱で時代を先取りしてきた。

2020年には60余年にわたる歌手人生を回顧する自伝『YOSHIRO:世界を驚かせた日本人歌手』(焚書社)を出版している。この本は、1960年代から21世紀にかけてのラ米音楽エンタテインメントをショーの現場から描いたライフヒストリーであり、登場するアーティストをひとりひとりピックアップして音源をチェックするだけで、ある視点からのラ米ポピュラー音楽史を辿ることができる貴重なドキュメントでもある。

『Yoshiro 〜世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手』

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https://funshosha.stores.jp/items/5ec1f99ecee9ea3c4e011a1f


今回のミニアルバムで重要なのは、もちろんタイトル曲「黄昏のビギン」のなのだが、多くの人の耳目を引くのはカップリング曲「ルパン三世主題歌3」かもしれない。「ルパン、ルパン、ルパン、囲みを破って、闇を走る、火を噴くワルサー、マシンガン。ルパン、ルパン、ル・ル・ル・ルパン」というあれである。実は、アニメのオリジナル曲を歌っていたのは、ほかならぬYOSHIRO本人だったのだ。今回のレコーディングは、はじめてのセルフカバーということになる。


アニメルパン三世サウンドトラック

https://youtu.be/S7ohwTJYO8

このセルフカバーを機に、アニメのサウンドトラックを40年以上ぶりに聴いてみた。まず鮮烈に耳に飛びこんできたのが、歌の合間にYOSHIRO自身が入れる、"Ah, !sabor!, Ajúa, !óyeme! などの、スペイン語のかけ声だ。こんなに「本物すぎる」ラテンボーカルが、アニメ主題歌として日本の地上波テレビから流れていたという事実、そして、そうとは知らずに小学生の自分が週一で聴いていたということが衝撃である。

もう一つの衝撃は、この曲がまっとうなラテンロックになっているということだ。「ルパン、ルパン、ルパン、囲みを破って、闇を走る」の部分はI・IV・V7の循環コードで構成されていてる。世界でもっとも広く知られるラ米の旋律である「ラ・バンバ」や「グアンタナメラ」と同じ進行であり、ラテンアメリカ各地に伝承される民衆音楽の根幹にある様式と言ってもよい。米国のポピュラー音楽界においてこの循環コードは「ラテン・ツイスト」として認識されており、一例としてはザ・ビートルズがカバーした「ツイスト・アンド・シャウト」も同じ進行でできている。

ルパン三世のテーマの作曲者である山下毅雄は、こうしたことを知っていたのだろうか? 彼の経歴を調べてみると、ジャズ畑の出身であり、多くのテレビ番組主題歌を手がけた人とある。その業績リストのなかでテレビアニメ「冒険ガボテン島」主題歌(1967)が目にとまった。「冒険ガボテン島」主題歌といえば、コンガのソロで始まるラテン調の楽曲として知られる。Aメロ「ガボテン・ガボテン・ガボテン、チャチャチャチャチャ」の部分はコロンビア・ダンス音楽の巨匠=パチョ・ガランが提唱したリズム《メレクンベ》の代表曲「アイ・コシータ・リンダ」のリフレインをパクったものである。われわれカリブ音楽オタクたちの間では周知の事実だ。


「冒険ガボテン島」

https://youtu.be/Gylt8ruHwjE


Pacho Galan "Cosita linda"

https://youtu.be/-fdA4UGWJlk


商業作曲家・山下毅雄は、おそらくテレビ音楽を量産するルーチンのなかで、日本では人口に膾炙していない洋楽をネタ元としてチェックしており、そうした中でパチョ・ガランのメレクンベのモチーフが耳にとまったものと想像される。1960年代の日本から見たら、南米コロンビアのポピュラー音楽など存在しないも同然の認識だったのだろうが、一国を代表する大作曲家の代表曲の主要旋律をこれほどあからさまに流用して子ども番組の主題歌に焼き直すとは、なんとも荒っぽい時代だった(同様にドミニカの国民的ダンスナンバー「コンパドレ・パンチョ」を流用して知らん顔の大瀧詠一「恋はメレンゲ」の事例を思い出した)。

これは私の妄想であるが、山下はネタを渉猟するなかでたまたまゴキゲンなラテンロックに遭遇し、そこからルパン三世のテーマの様式を発想したのではないだろうか。カルロス・サンタナではさすがにメジャーすぎてすぐにネタバレするだろうから、ホルヘ・サンタナもしくはマロあたりに、元ネタはないものだろうか? 

YOSHIRO版「ルパン三世主題歌3」のテーマの衝撃その3。YOSHIROは「Luパン」でなく「RRRRuパン」と巻き舌でくりかえし発音している。スペイン語、ポルトガル語、英語に精通したYOSHIROは、フランス語の綴り字と読み方の基本的教養もあっただろう。当然ルパンの綴り字がLupinであることは知っていたと思われる。日本語で語頭のラ行音を自然に発音すれば、巻き舌音になることはふつうはなく、むしろLの発音となるはずだ。原語の歌詞にこだわることで知られるYOSHIROが、「RRルパン」という発音をうっかりやらかしまったとは考えにくい。アニメのテーマソングを受注したヴォーカリストが、シンガーとしての個人的創意を前面に出すともまた思えない。となると、「RRルパン」という威勢のいい巻き舌発音は、「ラテンぽさ」を演出するために、制作チーム側からだされた指示なのかもしれない。

知ってか知らずかラ米音楽の根源的循環コードを用い、おそらくカリブ系ダンス音楽を歌わせたら当時唯一無二の存在であったYOSHIRO広石を起用し、さらにこのラテン歌手に「RRRRルパン」と連呼するディレクションを出したとするならば、山下ら音楽プロデュースチームは、いったい何を考えていたのだろうか? それともなにも考えていなかったのか。どちらであれ、現代の私たちの視点からは、本物と偽物の緊張感が心を揺さぶる表現と言える。この無作為の創造を再評価したからだろう。YOSHIROは新録においても「RRRRルパン!」と連呼している。

いまさらながら確認しておくと、そもそも「X世」という呼称はフルネームもしくは名のみに付けられるもので、姓につけるものではない。「アルセーヌ・ルパン三世」ではなく「アルセーヌ三世」でもなく「ルパン三世」と名付けられたそのときから、これが銭形平次や石川五右衛門といっしょに暴れるのがふさわしい、日本土着のキャラクターであることが決定づけられているのだ。だから、「RRRRルパン」上等!

最後に浮上するのは、この超有名アニメのテーマソングを歌った男がYOSHIRO広石だったという事実は、なにゆえこれほどまでに世に知られていなかったのか、という謎だ。YOSHIRO自身も、なぜこの業績を、今回にいたるまでプロモーションに利用してこなかったのか? 

これはYOSHIRO広石本人から話を聞いてみるしかないだろう。「黄昏のビギン」のエピソードも含めてぜひインタビューを試みみたい。企画、続報待て!

お知らせ
YOSHIRO広石 CONCERT 2022 歌手生活65周年 シングルレコード&CD「黄昏のビギン」発売記念 ライブコンサート
日時:2022年4月24日(日)
参加ミュージシャン:YOSHIRO広石(Vocal)
浜村美智子(Vocal)
藤井 摂(Direction,Drums)
藤本暁子(Piano)
佐藤英樹(Percussion)ほか
場所:赤坂BFlat
東京都港区赤坂6-6-4 赤坂栄ビルB1/zip
Open:16:30  Start:17:15
チケット:A席¥5,000 B席¥4,000 (ドリンク&フード別料金 ¥550〜)
お問い合わせ:TEL:03-3367-0859  Mobile:090-4129-8851





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