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ウィリー・ナガサキ氏より、アルマンド・ペラーサへの追悼文が届きました!

2014.04.20

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1979年西鉄グランドホテルにて 写真:上田通明(Micky Ueda)氏提供

我々の、最後の精神的支柱であるアルマンド・ペラーサ(本名 アメーラマンド・ペラーサ)師が2014年4月14日に別世界へ。
 
<ぺレス・ブラード、ティト・プエンテなどから始まる黄金の音楽人生>
 1950年代の名演はプエンテがティコ・レーベルに残した「ラン・カン・カン」の第2弾。クレジットは無いが、全編、華麗に歌いまくるスタイルは彼以外のなにものでもない(プエンテ楽団の社長を務めたボンゴセーロ、ジョニー・ロドリゲスに確認済み)。
 電光石化、スパークするボンゴは、まさに大都会を照らすひとつの灯、未来へのニューヨーク・ラテンに勇気を与えた。
 
<その後、西海岸ベイ・エリアに本拠地を移す>
 パッと浮かぶプレイは、カル・ジェイダー61年作『ラテン・バッグ』収録の「ダビッド」で、これも、美しくも、激しく、そして優しいペラーサそのものの演奏である。
  なんと言っても72年、ニュー・サンタナ・バンドへの加入。抜群の才能を持つロック・ミュージシャン達に更なる喚起を促す。サンタナ 同年の傑作『キャバンサライ』からクレジットされているアルバム、すべてが素晴らしい!
  特に『ボルボレッタ』の「漁夫の契り」そして『アミーゴ』の「ヒターナ」や「ダンス・シスター・ダンス」におけるコンガ、ボンゴの神技は永遠の光を放つ。
  スーパー・ブラック・ブリット!黒い弾丸、すなわち心を撃ち抜く弾丸!これを携えた数少ないパーカッショニストがアルマンド・ペラーサ。その立ち居ふるまいは、俊敏かつ整然。まさに“南海の黒豹”、“鋼鉄の獅子”であった!
 
グランド・マスターの新たなる旅立ちを皆さまと見守りたく思う。
 
ウィリアム・ナガサキ
posted by eLPop at 20:44 | Guindahamacas