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セルヒオ・ジョージ・インタヴュー<3>

2014.04.15

――楽器を始めたのは?
「まずトランペットとヴァイオリンをやって、ピアノは15歳ぐらいからだ。はじめは独学で2年、そのあと個人レッスンを受けて、大学に入ってからジャズのジャッキー・バイヤードについて2年。そしてMJQ(モダン・ジャズ・クァルテット)のジョン・ルイスに習った。最初に参加したレコードは、ラテン・パーカッション社(※)から出たコンフント・カチェーのアルバムで、77年ごろだったからね。ボクは16歳ぐらいで、音楽についてはほとんど何も知らなかったね」

(※)ラテン・パーカッション(LP):ニューヨークをベースにするラテン・パーカッションのメーカー。1970年代初頭から、教則レコードをはじめ、ティト・プエンテ、カルロス“パタート”バルデスなどパーカッション奏者を中心としたさまざまなアーティストのアルバムをリリースするようになった。
――91年6月号の月刊「ラティーナ」誌に掲載されているインタヴューの中であなたは、古い世代との間に大きなギャップがあると語っていましたが、いまではどうですか?
「そのギャップはますます広がったといってもいいかもしれない。ボクの立場は、音楽は進化するものだということなんだけど、“こんなのはサルサじゃない”って常にいわれ続けているからね。ひとつ間違ってほしくないのは、そのギャップは“年配の人たち”との間のものじゃないってこと。彼らはマーク・アンソニーを買ってくれるんだから。これは、“年配のミュージシャンたち”とのギャップなんだよ」

――あなたの作るサウンドを特徴づけている大きな要因のひとつが、バスドラムのキックのアクセントだと思うんですが、それはどこからヒントを得たんでしょう?
「基本的には、キューバでよくやっているスタイルから思いついたんだ。キューバではバスドラムのアクセントを、こんな風に(と手を叩きながら…)3拍目と4拍目に置くことが多いんだけど、ボビー・バレンティンやサル・クエバスといったニューヨーク・ラテンのベーシストたちは、このパターンとリヴァースさせたパターンとを組み合わせて、その部分に親指弾きでアクセントをつけていたんだ。ボクはその親指弾きのアクセントからヒントを得て、♪プンプン・トゥントゥン・トゥントゥン・プンプン・・・っていうようにやってみた。はじめはベースのルベン・ロドリゲスに、ボビー・バレンティンのスタイルで弾いてくれって頼んで、ボクは親指弾きの部分をバスドラムのキック音で補強してみたわけ。そんなことを何年間も繰り返し試してみてやっと自信を持てるようになった。“アッ、いいこと思いついた”ってわけで一朝一夕にできたわけじゃないんだ。もとをたどればキューバのスタイルに行き着くわけだけど、なにかちょっと別のことをやりたかった。ダンス・フロアでみんなが気持ちよさそうに踊ってるのを見て、うまくいったなって思ったね」

――ライヴ録音の『パーフェクト・サルサ』でも、あのバスドラムのキック音が効いてましたよね。
「とにかく、あのときのリズム・セクションは強力だったからね。マーク・キニョーネス、ボビー・アジェンデ、ルイシート・キンテーロの3人は・・・。しかも前の日に1回リハをやっただけなんて、信じられないだろう? あんなスゴイことはもう2度と起こらないんじゃないかな」



(つづく:1996年9月東京にてインタヴュー)
posted by eLPop at 00:20 | 岡本郁生のラテン横丁