Top > 水口良樹のペルー四方山がたり > 独自の進化を突き進むマリネラ・ノルテーニャの舞踊

独自の進化を突き進むマリネラ・ノルテーニャの舞踊

2014.03.17

 今回、このマリネラ・ノルテーニャのコンクールのチャンピオンが来日してワークショップを開くということなので、これを機にペルーの誇るマリネラ・ノルテーニャを紹介してみたい。

  ペルーには国民舞踊のマリネラと呼ばれる踊りがある。日本では知名度が低いが、ラテンアメリカ諸国、とくに南米の南の方では広く踊られているクエカと呼ばれる踊りの一種、いうなればクエカのペルー版だ。このクエカと呼ばれる踊りは、ペルーで生まれたサマクエカと呼ばれた踊りがラテンアメリカ諸国へと広がったとされ、アルゼンチンではサンバ、チリやボリビアではクエカ、エクアドルやメキシコではチレナと呼ばれている。そして起源となったペルーではその後チレナと呼ばれるようになっていたが、19世紀末にチリとの戦争に負けるとチリの名前を冠した踊りを国中で踊るのは屈辱と戦争で活躍した海軍にちなんでマリネラと改称された。もっともコスタノルテ(北部沿岸地方)では、マリネラ・ノルテーニャの起源はサマクエカではなく、バイレ・ティエラだと主張している。ともかく、この音楽が生まれたとされる18世紀末から19世紀頭にかけての時代、新たな文化混淆の音楽が爆発的に広がっていった、そういう時代であったようだ。
 この踊りは前述のとおりそれぞれの国に土着化して地域色豊かな踊りへと発展していったが、その元となったペルー国内だけでも非常に多様な地域色がある。基本的にはパレハ(ペア)でハンカチを片手にステップを踏んで踊る踊りだが、その踊りを見たり音楽を聴けばそれがどこのスタイルか大抵分かる、そんな踊りだ。
 ペルーでこのマリネラが有名な地域といえば首都のリマとトゥルヒーヨやチクラーヨ、ピウラといった町を抱えるコスタノルテ、そしてアンデス地域ではアヤクーチョやプーノなどであろうか。特に北部のスタイルはノルテーニャと呼ばれ、他の地域とは全く異なる独自の進化を遂げた踊りとなっている。

 マリネラ・ノルテーニャが他のマリネラとは異なる発展を遂げた一番大きな要因は、コンクールが踊り自体を洗練させ、地域差よりも踊りの技法を優先するアカデミア(舞踊学校)のスタイルで切磋琢磨したことにあったと言えるだろう。そしてさらに踊りの伴奏が、従来のギターやカホンで演奏されるコンフント・スタイルから、より音の大きいバンダ(ブラスバンド)スタイルへと変わったことだ。このバンダに伴奏が変わったことによって、音楽から歌は捨象され、リズムもよりスクエアなスタイルへと変化した。そしてそのバンダをバックに、コンクールに向けてより高度で新しいコレオグラフィー(振り付け)で踊る練習を積み重ねていったことによって、パーティで即興で楽しむ踊りから、美しく技を競い合う競技ダンスへと変化していった。もっとも近年は、行き過ぎた振り付けを反省し、即興性や踊りの際の表現力などを重視するように変わってきており、コンクールでもコレオグラフィーをかっちりと決めず即興で踊るスタイルが主流となってきているという。

 マリネラにかぎらず、ペルーで踊りと言えば、そもそも老いも若いもが踊るものであり、その年齢ごとに踊りのスタイルも変化していく。そして一番重要なのは、その踊りの時間、その瞬間をいかに楽しむか、ということだ。ノルテーニャも当然そういう踊りの文脈の中で発展してきた踊りではあるが、その一方でコンクールを最上の場として、美しいチャンピオンのパレハの踊りを目指して修練する、そんな強い求心力がペルーの踊りでは数少ない芸術的な舞踊へと昇華させた原動力となったのだろうと思われる。

posted by eLPop at 17:57 | 水口良樹のペルー四方山がたり