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「ボレーロ」それとも「ボレロ」? スペイン語のアクセントと音引きの話

2014.03.14

スペイン語をカタカナに転写するとき、元のスペイン語単語においてアクセントのある音節に相当する日本語部分に、音引き「ー」を入れたほうがよいのか、それとも入れないほうがよいのか。ズバリお答えしよう。「どちらでもよい」。以下、このことについて解説していきたい。

アクセント付き音節相当部分に音引きを付さないと気が済まない人がいる。「パナマー出身のルベーン・ブラデスがボゴターでセーリア・クルースと共演」というスタイルだ。「そうしければならない」と信じ、その誤った思い込みを布教してまわる人もいる。そうした人のなかには、業界やメディアに多少の影響力を持つ人もいるから迷惑な話だ。

このことを理解していただくためには、まず日本語の音韻の仕組みを簡単に説明しなければならない。日本語には母音の長短が意味の違いに関与する。日本語のアクセントは、音の高低差で表現する。日本語には子音と母音の結合パターンである「音節」のほかに「拍」(モーラ)という概念がある。「バッター」の「ッ」部分は音節を形成していないが、一拍を形成する。「ター」の「アー」は長母音だが、「ー」の部分は単独で一拍を取る。聞こえづらい時に「バ」「ッ」「タ」「ア」と4拍で発音することに、この特徴が現れている。(より詳しくは註1参照)
 
かたやスペイン語の音韻においては母音の長短差、高低差は無意味である。スペイン語のアクセントは強弱の差で表現される。スペイン語において、アクセントのある音節が、高いピッチで、時間的に長く発音されることはあるものの、常にそうなるとは限らない。この点、強さで表すアクセントに付随して、時間も長く、ピッチも高く発音される英語の音声特徴とも、スペイン語は異なる。

Bogotáを「ボゴター」と書きたい人は、「ボ・ゴ・タ/高・低・低」という日本語の読みが気にくわないのだろう。スペイン語発音のBogotáは、日本語ネイティブ話者の耳には「ボ・ゴ・タ/低・高・高」に近く聞こえ、「ボ・ゴ・タ/高・低・低」という調音では、スペイン語でBógotaと発音しているかのように知覚されるのだろう。それがいやだという気持はよく理解できる。だが「ボゴター」と表記したとしても、初見の単語として読む場合、「ボ・ゴ・タ・ー/高・低・低・低」と、出だしが高く読まれる可能性は回避できない。「タ」が元のスペイン語のアクセント位置だと知らせるマーカーとして、音引きは役立っていないのだ。

いっぽうスペイン語の発音において、Bo-go-táのどの音節が一番長いかは同定しがたい。発話環境ならびに文脈によって変異するのだ。通常、スペイン語をまったく解さない日本語ネイティブ話者の耳にも、táが「長く」発音されているとは聞こえにくいはずだ。一方、日本語話者にとってtáが高く聞こえる事例は、たしかに多いだろう。だがこれもまた発話環境ならびに文脈によって変異する。¿No me dijiste que vivías en Bo-go-tá?(あれぇ、Bogotáに住んでるんだって言ったよねー!?)、と詰問調で大げさに発話する時、おそらく多くの日本語話者にはBoが一番長く、高いピッチで調音されていると聞こえるはずだ。つまり、音引きあり派が忌み嫌う「ボ・ゴ・タ/高・低・低」と似た調音を、スペイン語ネイティブ話者が行うことは、あるのだ。

Qui-toは「i」にアクセントがあるが、日本語ネイティブ話者は、これを「キトー」と聞き取ることもある。逆にスペイン語ネイティブ話者の耳にとって「キトー」「キト」「キート」の差はどうでもよい。人によってはこの3種の発音の区別さえつかないことすらある(スペイン語話者にとっては、「美容院/びよういん」と「病院/びょういん」の差異を聞き取るのは至難の業である)。

たしかにColónを「コローン」と書けば高い語頭で読まれることは避けやすくなる。だが、この操作は、スペイン語音では長く調音されるわけでない語末のoを伸ばしてしまうことと引き換えだ。つまりスペイン語話者にとってはどうでもよい「コ」の音の高さを出すために、スペイン語では長くもない「ロ」の音を伸ばす、という作業をしていることになる。また、スペイン語において巻き舌音に続く母音は長く保持される環境にある。したがってRubénは、日本語話者が直感的に「ルーベン」と書き取ってもおかしくはない発音となる。「ルベーン」という表記こだわるならば、スペイン語調音における「Ru」と日本語調音における「ル」の長短が逆になっても、日本語調音における「ン」の高低関係を維持するという選択をしていることになる。高低差はスペイン語では無意味なのに。こうした優先順位付けを、論理的に正当化するのは、極めて困難といえよう。(註2)

要はスペイン語をカタカナ表記する際、アクセントのある母音に音節に音引きを入れる必要は、スペイン語の音という観点からは、まったくないということだ。音引きを入れるとしたら純粋に日本語環境における字面と響きだけの問題だ。それは個人的な好み、感覚の領域に行き着く。「ボレーロ」と表記する際の字面と響きが日本語として好ましいというのであれば、それは書き手の趣味・嗜好にもとづくスタイルとして、よろしいのではないだろうか。音引きあり・なしのどちらかが「正しい」ということは、ない。

私は長年、どちらかといえば、「音引きあり」派であったのだが、年を追い歳を重ねるごとに「音引きなし」派への傾きを強くしている。なぜか。それは、「音引きあり」へのこだわり、あるいは「あり・なし」の使い分けを、整然とルール化する仕事に鋭意取り組んだ結果、挫折するに至ったからだ。私ひとりだけではない。言語学者も含む、スペイン語教育のプロ集団7人のチームで侃々諤々の議論を尽くして徹底的に成文化したカタカナ転写ルールが、膨大・煩雑なものとなり、文筆実務上も教育上も実用性がないことが判明した(註1)。その作業過程で、音引きを入れるか否かというこだわりは、けっきょくは日本語環境/日本語話者の問題であり、しかも個人の感覚・好みに帰着し、スペイン語話者が原音をどう調音するか・聴きとるかとういこと(いわゆる「原音に近い」かどうか)とは、ほとんど関係しないということが明らかになった(註3)。

かつて私は、母音字で終わるスペイン語単語の規則アクセント(後ろから2番目の音節)に相当する部分には音引きを入れてカタカナ転写することにこだわっていた。だが、今は、「セビジャ・エンカンタドラ」で気にならなくなった。そんなふうに感覚というか美学が変化してみると、ルベーン、パナマー、コローン、パエージャ、ボレーロは字面が間延びして日本語割付けが「格好悪い」とさえ思えてきた。とはいえ、「音引きあり」派を否定はしない。それは、あくまでも日本語感覚の問題だからだ。ただし、「音引きあり」派の方には、しつこいようだが、次のことを忘れないでいただきたい。「音引きありの方がスペイン語原音に近い」ということは事実でない。「音引きを入れるカタカナ転写が正しい」ということは、事実に反する。

蛇足をいくつか。Venezuelaをベネスェーラとする表記を目にすることがあるが、ueは一音節二重母音なので「音引きあり」のこだわりとしてすら珍妙。ベネスェラ、ベネスエラは、zの発音を原音に近づけるという意味で一理あるが、もしそれをするならCuba、México、Chile、 Argentinaも原音に近づけて、ク(ー)バ、メ(ー)ヒコ、チ(ー)レ、アルヘンティ(ー)ナと書いていただきたい。ここには、スペイン語由来の音転写にするか、英語由来の音転写にするかという別の要素が介在している。、背景に固有名詞表記における愛着の問題が隠されている。永年「Beny=ベニー」で親しんだら、「ベニ」「ベーニ」などと書くのは不可能だ。

スペイン語に習熟していない書き手は、「音引きなし」派にした方が安全だ。なぜなら、(「ベニー」のような慣用定着例を除き)アクセントの「ない」位置に音引きを入れてしまっては、これは明らかな誤りだからだ。Álvarezを「アルバーレス」などと書けばスペイン語を知らないということを公言するようなものだ(註4)。「アルバレス」と書いておけば恥をかかずにすむ。(註5)(註6)

【参考】
「スペイン語のカタカナ表記について」
日本語の音韻体系はスペイン語と異なりますので、スペイン語をカタカナ転写する際にはゆらぎが生じます。とくに、スペイン語のアクセント位置に相当するカタカナに音引き「ー」をつけるか否か[...]に、書き手の好みによる異論や、同じ書き手でも単語によるゆらぎが生じます。本書では、なるべく一貫した原則にもとづくようにしましたが、慣用や筆者の好みを尊重した場合も少なからずあります。
(東京大学スペイン語部会編(2008)『Viajeros 東京大学スペイン語教材』東京大学出版会、iiiページ)

【註】
(1) 共通日本語のアクセントは、高い拍が低い拍に下がる高低差の部分(「滝」と呼ばれる)、つまり拍と拍との間にアクセントがあるといわれる。この観点からすれば、アクセントのある音節の母音の強さで表現するスペイン語を、転写時に日本語のアクセントとして再現するのはもともと無理があると言える。別の考え方では、共通日本語のアクセントとは、「滝」がどこに来るかという示差的特徴にもとづいた、高低音律のパターンだ、とも言える(頭高・中高・尾高・平板の4型)。これに依拠するなら、カタカナ転写時に音引きのあるなしを組み合わせてスペイン語のアクセント位置を再現するためのルール作りは、以下のような作業となる。まず、共通日本語のネイティヴ話者が未知のカタカナ語を直感的にどう調音するかを、上述の4型のいずれに当たるかにより分類。それらの単語がスペイン語原語のアクセント位置とどう乖離しているかという組み合わせを虱潰しに検討する。変数の設定には以下の要素が関与する。@日本語に転写した際の拍数Aスペイン語単語が単音節か否かBスペイン語単語のアクセント位置:最終音節、後ろから2番目の音節、後ろからN番目の音節、語頭の音節C単数形か複数形か。これらの組み合わせ相互に整合性のあるルールづくりは膨大なリストとなり実用性は乏しい。しかもその中身の大半は、スペイン語よりもむしろ共通日本語の調音についての記述となる。

(2) 長年Panamáに駐在し、Colón市とPanamá市をたびたび往復する日本人ビジネスマンが「パナマー」や「コローン」とカタカナ転写するの事例を、私は見たことがない。私の知る日本在住のColónさんも自分の姓を「コロン」と表記するし、日本語で名乗るときはみずから「コ・ロ・ン/高・低・低」と発音してまったく気にしていない。

(3) 一例として、Cubaをクーバとし、ubaをウバと表記すると選択する場合の規則を成文化してみてほしい。「どっちも音引き入れればいいじゃん」という方は、chile(唐辛子)も「チーレ」とするだろうか?これを「チレ」とするならなぜ?granada、granadas、nada、encantadaはどう転写するだろうか?Ramírezには音引きを入れるか?ならばMéxicoもメーヒコとするか? しないなら、なぜ? これらの事例ごとのあなたの選択をルール化できるだろうか? もちろん不可能ではいけれども、たったこれだけで膨大な作業となり、取り組む人はおそらくうんざりすることだろう。

(4) 音引き主義で正しく転写するなら「アールバレス」となる。不思議なことに、「ナシオナール」と語末のal相当部分に音引きをつける選択をする書き手が、語頭のalを「アールと転写する事例には、めったに出くわさない。「アルバレス」もまた、そのままでは「バ」を高く発音される可能性が大きいから、音引き主義を貫くなら「アールバレス」のほうがよいのではないかと思う。「あり」でも「なし」でもよい、というのが本稿の主張ではあるが、「ナシオナール/アールバレス」あるいは「ナシオナル/アルバレス」のどちらかに揃えないと、(私の場合は)気分がスッキリしない。

(5) 「エンカンタド」「エンカンタード」のどちらが正しいのかと教室で学生から質問を受けるときにも、私は、「どちらでもよい」と答えている。スペイン語教師のなかには、音引きなしで転写するけれども、スペイン語のアクセント位置に相当する日本語の拍は高く発音すべしと指導する人もいる。「クリストバル・コロン」(クリストファー・コロンブス)を「コロン/高低低」と発音した学生に、「コロン/低高低」と言いなおさせる場面を見たことがある。私はと言えば、自分では常に「コロン/低高低」と発音するが、他人が「コロン/高低低」と読むのは許容する。なぜなら、しょせん日本語の音韻体系・音声事象にすぎないからだ。件の学生が、スペイン語を話すときにColónのアクセント位置を正確に発音できているなら、問題なしと考える。なお、ラテンアメリカ史研究者が「クリストーバル・コローン」と転写する事例も、私は寡聞にして見たことがない。

(6) Twitter上でのあるベネズエラ人大学生とのやり取りで、「tan poco puedoo」という表現を本稿をアップして後に目にした。https://twitter.com/NinaAdbou/status/447522204297998337 「やっぱ都合わるいですぅ〜!」みたいな感じか。ここで、母音字をひとつ余計に記述する(長くする)ことで強調されているのが、アクセントのある「ue」でばなく、語末の「o」であることに注目してほしい。スペイン語のアクセント位置と母音が長く保持される音節位置は環境により浮動するということの一事例である。
posted by eLPop at 19:07 | 石橋純の熱帯秘法館