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『特集:私はいかにしてラテンにハマったのか?佐藤由美の場合』

2014.02.14


「すべてはクリスティーナのお導き……」

 運命の出会いについて、ひとつ思いを馳せてみるとしよう。だってよー、微妙に世代も嗜好も異なる顔ぶれが、なぜに今、このCalle eLPopなる“通り”で、袖すり合うも多生の縁を、身をもって示しているのか。まったくもって、奇遇というほかないではないか。音楽との出合いもまた然り……。



 








 1973214日、当時の某国営放送局の良心ともいうべき、夜のゴールデンタイム番組「世界の音楽」。いつものごとく漫然とテレビを眺めていた時、それは起こった。


 
生来、人類の“ソプラノという音域”が苦手だったにもかかわらず、彼女の声だけは何か特別な啓示にも似た響きを放っていて、純な心にいたく沁みた。否、ハートにぶすりと突き刺さった。傍らでギターを抱き、ときに唱和する親しげな面立ちの雄々しき男性。民俗楽器の伴奏が、彼らの文化背景を窺わせていた。女性歌手が身に纏う誇り高き装束、古代遺跡の精緻な石積みを想起させるスタジオ・セットも、夢を膨らませるに充分だった。


後で聞いたところによると、出演予定だった米国の某ジャズ・オーケストラが急遽キャンセル。まったく無名の彼らに、たまさか登板の好機が回ってきたのだという。それにしても、大英断だったと言わずばなるまい。そげな度胸、現テレビ局にあったりする?


 ただちにアーティスト名をメモし、レコード店でLPを探した。めでたく来日記念盤をゲットしたのち、ふと店内で平積みされた武骨な専門誌の表紙に当該アーティストの姿をみつけ、迷わず購入。嬉々として未知の領域だらけの、訳わからん誌面を読みあさった。この雑誌を購読し始めたお蔭で、メルセデス・ソーサやアタウアルパ・ユパンキの来日公演を逃さずにすんだ。


 クリスティーナとウーゴCristina y Hugo(クリスティーナ・アンブロシオとマルティン・ウーゴ・ロペス)……彼ら夫婦デュオの歌と出合わなければ、現在の自分はここにいない。

 

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『亡び行くインディオの哀歌』EMI(1970年録音)        『コンドルは飛んで行く』Philips(1972年録音)

くだんの番組放映時点で、初来日ライヴはすでに終了していたのだが(ちなみにライヴ共演者は、クリスティーナの実妹グラシエラ・スサーナ! 芸歴当初、母国アルゼンチンでは、姉妹デュオ、のちに姉の夫ウーゴを加えたトリオでも活動をしていたのだ)、数年後、再び彼らは訪日。ようやっと都内ホールで、ナマの歌に触れることがかなった。よほど番組を観て触発されたファンが多かったのだろう、会場は満杯。期待に違わぬパフォーマンスに酔い知れた。


その次、彼ら3度目の来日時(78年夏)までには、当の招聘元・専門誌出版社へ、半ば強引に押しかけ入社していた(スペイン語も喋れぬのに、なんと厚かましい!)。そして、来日アーティストと合宿しようなるファン交流企画に加担し、ぬわんと憧れの歌い手と、秩父の山間にある民宿で同じ湯船につかるという恩恵(?)に浴した。後にも先にも、いわゆる有名人との混浴経験なんて……クリスティーナともう一人、2013年に亡くなられたタンゴの女王、藤沢嵐子さんと一緒に麻布十番の黒湯につかったくらいのものだ。

 

 その後も夫婦デュオは、81年に全国ツアーを行い、83年にはソロへ転向したクリスティーナ名義で、5度目の日本のステージに立った。だが、無念の報。8665日、ブエノスアイレス市内で自動車事故に遭い、夫婦ともに帰らぬ人となってしまった……。


おそらく日本ほど、クリスティーナとウーゴの歌声を長らく深く愛し続けた国はない。90年代を最後に、彼らのアルバムはベスト盤を含め、国内音楽市場からすっかり姿を消してしまったようだ。なんと、人類の忘却スピードが加速したことか……まったく情けない。


彼ら夫婦の存在なくして、小生がメルセデス・ソーサの歌と出合う機会はなかった。もし、メルセデス・ソーサの歌世界に深入りしていなければ、たぶんミルトン・ナシメントの音楽にも傾倒しなかったろう。また、ミルトンの故郷を初めて旅した直後、ブエノスアイレスのタンゴ・クラブでメルセデス・ソーサ当人に接見し、深夜のつましい酒場で盃を交わしながら、母なる人の繊細な素顔の一端を垣間見るチャンスなど、断じてありはしなかったはず……。


 誰しも天啓にも似た音楽との出合いの瞬間があると思うが、小生にとっての導き手は、間違いなくクリスティーナの声だったのだ。


posted by eLPop at 01:18 | Calle eLPop