親の証言によれば、3才くらいからテレビの音楽番組にへばりついてリズムを取っていたという。若い女性歌手専門。三つ子の魂……
父親は戦後のダンス・ブーム世代。よからぬ下心があってかどうか、学生のダンスパーティー(今でいえばクラブ・イベントか)に音源を持ちこんでいたらしい。SP盤である。カエルの子はカエル……
レコード棚を見るに、ジャズに混じってザビア・クガートの“マイアミ・ビーチ・ルンバ”とかジョージ島袋の“ジャパニーズ・ルンバ”などが。たぶん子供の耳には刷り込まれてたのだろう。これが後々に繋がっていたとは、千里の道も一歩から……

そんなラテン・テイストが地表に出たのは中学生。当然、ビートルズなりクリームなりにもヤラレタのだが、好きだったのはジャクソン5やモータウン・サウンド。それはビートルズでは見られないかっこいい楽器が。
コンガである。
ふと気付くとサンタナやらBSTやらリズムの激しい音楽にはあの音が。いや、ジェームス・テイラーにだって、T-Rexにだって。
時は移り大学時代。当時ジャズ(ベース)をやってた大学のクラブの部室に、中南米研究会のギタリスト、秋岡欧(敬称略。現・ショーロ・クラブなどなど)が何枚かのアルバムと共に現れてひとこと。
「こういうの一緒にやんない?」
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ブラジルものはサンバ、Cidade MaravilhosaとかMarchinha Do Grande Galoとか。黒いオルフェなんかもあった。
ラテンものでは、なんかボクシングほんとにやるの?みたいな兄ちゃんがお気楽な感じでヒゲのトレーナと写ってるジャケ。もう一枚はビッチェズ・ブリュー的、ブラック〜アフリカなムード。
ウイリー・コロンとルベン・ブラデス(ブレイズ)の『メティエンド・マノ(Metiendo Mano)、とエディ・パルミエリの『ルクミ・マクンバ・ヴードゥー(Lucumi,Macumba, Voodoo)』だった。
対称的な2枚だったが、これにヤラレました。リズムのドライブ感、疾走感、そして歌が良い、曲が良い!ハマった瞬間。

という事で学園祭の野外ステージとかやって盛り上がった。
その後は河村要助さんや新星堂、メルリ堂のお勧めからこんな体に。


