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アルトゥーロ・オファリル インタビュー<後半>

2026.05.02

UCLAハーブ・アルパート音楽学校の教授・教員らと卒業生で構成される「UCLA Latin World Music Ensemble」の一員として来日したアルトゥーロ・オファリル(Arturo O’Farrill)。インタビューの後半をお届けします。

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――先ほどカーラ・ブレイについての話がありましたが、昨年は、全く異なるタイプのアルバムを2枚リリースされました。

そう、全く違うタイプのアルバムだ。

――ひとつはカーラ・ブレイに捧げた『Mundoagua – Celebrating Carla Bley』
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そしてもうひとつはディジー・ガレスピーに捧げた『The Original Influences:Dizzy, Chano & Chico(Live at Town Hall)』。
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後者は、タウン・ホールで開催した『オリジナル・インフルエンス』と題した素晴らしいコンサートのライブ録音なんだ。チャノ・ポソに敬意を表したものだ。

――カーラ・ブレイとディジー・ガレスピー、このような異なったスタイルを演奏するのは、あなたにとっては、それほど難しくないことなんですか?

そうだね。父は私に、自分ができる限り最高のミュージシャンになるべきで、スタイルなんて気にするな、と教えてくれた。コンセプトなんて気にしないで、実力を身につけろ。上手に演奏しろ。自分の楽器を愛せ。自分自身を愛せ。自分の文化を愛せ。そして、ジャズであれクラシックであれ、準備を怠るな、と教えてくれた。つまり、私は何でもやるんだ。クラシックも書くし、ジャズも書くし、ラテン音楽も書く。自分のオーケストラも持っている。私たちは音楽という「建物」を築くんだ。

私にとって、もう一人の父のような存在だったのが、偉大なテナーサックス奏者のマリオ・リベラだ。彼はこう言った。「優れたミュージシャンとは、科学者であり、シェフであり、哲学者であり、建築家である」と。私はそれを信じている。人生を愛し、コミュニティを愛するために、できる限り多くのものを身につけておくべきだと信じている。音楽はそこから生まれるんだ。

MarioRivera1970s.jpg マリオ・リベラ

――そういうところから、ご自身の楽団、アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラ(Afro Latin Jazz Orchestra)が誕生したんですね。

アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラは、2002年に「ジャズ・アット・リンカーン・センター」のために立ち上げたんだ。私たちは5年間、ジャズ・アット・リンカーン・センターのメンバーだった。そして、次のステップへ進む時が来た。ウィントン(・マルサリス)と私は友人で、今でも非常に親しい関係にある。でも、私たちにとって巣立つ時が来た。そこで私はアフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラを立ち上げ、コンサートやツアー、レコーディングを始めた。素晴らしい経験だったね。
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アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラ

――お父様が亡くなったあと、ということですね?

そう、父が亡くなったあとだ。父は2001年に亡くなり、2002年に、ウィントンからリンカーン・センターに招かれた。

――それ以前は、お父様と一緒にアフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラ(Afro Cuban Jazz Orchestra)を率いていたんですね?

その通り。父のオーケストラを引き継いで、父が亡くなった後も、両方のオーケストラを続けていた。

――2つのオーケストラにはどんな違いがありますか?

面白い話がある。私はずっと作曲家として活動してきたが、父と比較されることをとても恐れていた。チコ・オファリルより優れているとか劣っているとか、そういう比較をされるのが本当に怖かった。だから自分の曲は演奏しなかったんだ。その後、父がまだ生きていた頃、ウィントンと一緒にコンサートをやった。家に帰ると、留守番電話にメッセージが入っていた。誰かが「アルトゥーロ、ハッキリ言っとくが、お前には父親の才能の40分の1もないことを知っておけ。実際、お前がゴミを漁っているのが見えるぞ」とメッセージを残していた。

人生で何よりも恐れていたことが現実になったんだ。しかしそれは、まるで解放のようなものだった。扉が開き、光が灯ったような感覚だった。「私は決して父のようにはなれない。だが、私は作曲家だ」と。こうして、自分を表現できるようになったことは、私にとって本当に重要な転機だった。

そう、私はアフロ・キューバンではないし、マンボにとらわれてるわけでもない。私はアフロ・ラテンなんだ。アフロ・ラテンは南北アメリカ大陸全体の遺産だと私は信じている。私のオーケストラでは、ペルーの音楽を演奏するし、エクアドルの音楽も演奏する。スポークンワードやヒップホップを取り入れた音楽も演奏する。私のオーケストラでは、他の誰もやったことのない方法でラテン・ジャズの表現の幅を広げているんだ。なぜなら、ラテン・ジャズこそが、ラテン音楽とジャズの持つ可能性のすべてを真に表現していると思うからだ。

ハンド・ドラム(手で叩く太鼓)には、何かとても素晴らしいものがあると感じている。なぜスウィングにハンド・ドラムがないのか? 分からない。全く見当もつかない。でも私にとって、コンガやボンゴは、ジャズにおいて非常に重要な楽器なんだ。でも人々は「いや、それが入ってたらラテン・ジャズだ」と言う。いや、そうじゃない。すべて同じファミリーの一部なんだ。すべてが同じ表現の一部なんだ。そしてその表現とは、こういうことだ。

アフリカは、先住民族の世界において、自らの意思に反して連れてこられて奴隷とされた人々を産み出した。これは、何度も何度も語り継がれるべき物語だ。なぜなら、歴史の物語を語らなければ、私たちはそれを繰り返す運命にあるからだ。

そして、恐ろしい時代が今、まさに訪れている。恐ろしく、不安な時代だ。私の同胞はアメリカで苦しんでいる。犯罪者のように連行され、殺されている。本当に恐ろしい時代だ。私も苦しんでいる。キューバで起きていること、そして世界中で起きていることを見て、私は苦しんでいる。だからこそ、この音楽が私にとってなぜこれほど重要なのかを、誇りを持って語ろうと思う。


――だからこそ、あなたは『ファンダンゴ・アット・ザ・ウォール』に参加したんですね。とても広がりを持った音楽だと思います。ラテン音楽だけではありませんよね。
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『ファンダンゴ・アット・ザ・ウォール』は、ヴァルダ・バー=カー監督による2020年のHBO映画で、米国とメキシコとの国境に建てられた壁をはさんだ両側、サンディエゴとティフアナで2008年から毎年開催される音楽フェスティバル「ファンダンゴ・フロンテリソ」を題材としたもの。フェスティバルの創設者ホルヘ・カスティジョが、プロデューサーのカビール・セガルと共に、アルトゥーロをメキシコ・ベラクルス州への旅に案内し、そこで彼らは、先住民、スペイン、アフリカの要素を融合させた伝統音楽「ソン・ハローチョ」の巨匠たちと出会うというストーリーだ。
アルトゥーロはこのストーリーにインスピレーションを受け、同名のアルバムを発表している。ここにはやはり「メキシコ系アメリカ人」としての彼の思いが強く反映しているように思われる。

『ファンダンゴ・アット・ザ・ウォール』を日本に持ち込みたい。日本に届けたい。このプロジェクトは私にとってとても重要なものなんだ。『ファンダンゴ・アット・ザ・ウォール』は、とてもエレガントだと感じたからだ。私は、社会活動や政治活動に積極的に参加しているんだが、ファンダンゴの創始者であるホルヘ(・カスティジョ)が、人々を(アメリカとメキシコの)「国境の壁」に集めたのを見た時、本当に衝撃を受けた。彼は世界中からミュージシャンを集めた。レジーナもいた。レジーナ・カーターもそこにいたんだ。ホルヘは世界中からミュージシャンを壁のところに集め、私たちはフェンス越しに演奏した。本当に素晴らしいと思った。たったギター1本で、政治の壁を打ち砕くことができるんだから。心からこの活動に共感している。

だって、今の状況を見てほしい。今起きていることは恐ろしいことだ。トランプが私の同胞にしたことは、犯罪だ。だから今こそ、これまで以上に、私たちはハラナを手に取り、憎しみの壁に立ち向かい、演奏し、歌い、踊り、決して屈しない。

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『Fandango at the Wall in New York』(2022年)
グラミー賞<ベスト・ラテン・ジャズ・アルバム>受賞

――アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラについて、もう一度伺いたいんですが、バードランドでは今も定期的にパフォーマンスをされているんですか?

(今年2月で)やめてしまったよ。

――え、やめてしまった?

29年も続いたのに、もうバードランドとは関わりがないんだ。

――なぜ?

正直な話、バードランドのオーナーがひどく厄介な人間になってしまったからだ。ミュージシャンたちに暴言を吐くようになり、とても意地悪になって、どのミュージシャンを雇うべきか、誰をクビにするべきか、どんな曲を演奏するべきかまで指図するようになった。そんなことをやっちゃいけないんだ。

――残念ですね。

ええ、本当に悲しい。オーナーは私にとってヒーローのような存在で大好きだったのに、年を取って陰険になって、道を踏み外してしまったのだと思う。気の毒に思うよ。バードランドは大好きだ。そこに集まる人たちも大好きだ。29年間、あの会場の観客の前で演奏できたことは、私の人生における最大の栄誉だった。でも、もう潮時だった。

ちなみに、新しいレジデンシー(定期公演)を始めるんだ。シティ・ワイナリーという、もっと大きなクラブでレジデンシーを始める。全米に支店があるクラブだ。バードランドでは物足りなくなってしまった。ジャズ・アット・リンカーン・センターからも、バードランドからも卒業した。自分たちの建物を建てているところだ。だから、あんな形で終わってしまったのは残念だけど、大切なものは守らなければならないと思ってる。

一番大切なのは、会場の中央にある私たちのコミュニティだ。そこにはミュージシャンも観客もいない。ただ、協力と愛の精神だけがある。しかし、そのコミュニティが、あの男の毒によって蝕まれ始めていた。だから、良心に従って、観客、ミュージシャン、そして音楽を、これ以上彼に晒すわけにはいかなかった。

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バードランド

――ところで、息子さんたちのことをお伺いしたいのですが、それぞれ何歳ですか?

ザック(ドラムス)は34歳。アダム(トランペット)は31歳。ザックは信じられないほど素晴らしいパーカッショニストでドラマーなんだ。世界中でたくさんの人と共演している。
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ザック・オファリル

――あなたとも共演してますよね?

うん、よく一緒に演奏するよ。先住民のベーシスト、マリ・オボンサウィン(Mali Obomsawin)とも共演している。そしてもちろん、アダムのことは知っているだろう? 彼は長年、(上原)ひろみと共演していて、それは彼にとって大きな名誉だ。彼自身も音楽活動を始めていて、つい最近アルバムをリリースしたばかりなんだ。
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アダム・オファリル参加、上原ひろみHiromi’s Sonicwonderの最新アルバム『OUT THERE』

彼らが活躍してるから、僕は釣りを習おうと思っている(笑)。マス釣りを習おうと思っているんだ。妻と二人で少し時間を取って、人生を楽しんでみたい。

――彼らの音楽についてどう思いますか? あなたの音楽とは少し違いますが……

まぁ、悪くはないかな……いやいや冗談だよ(笑)。彼らは素晴らしいと思うよ。本当に素晴らしい。優れたミュージシャンで、冒険的で、若くて、私たちがアフロ・ラテンと呼ぶ音楽、あるいは何と呼ぼうと構わないが、そのあり方を変えていくだろう。面白いことに、何かをラテン・ジャズ、ジャズ、あるいはアフロ・ラテン・ジャズと呼ぶことは、もっと大きな議論への入り口に過ぎないということを、私はよく考えていた。

アダムは坂本龍一が大好きなんだ。坂本龍一が大好きで、レディオヘッドや(上原)ひろみなどからも影響を受けている。それが彼の音楽的ルーツなんだ。

もう一人の息子(ザック)はベネズエラ音楽とキューバ音楽から影響を受けている。彼は素晴らしいパーカッショニストで、ラテン・ジャズについて、私よりもずっと詳しい。だから、彼ら二人はまさに時代の先駆者であり、そして二人とも…でも、私が何よりも誇りに思っているのは、彼らが本当に素晴らしい人間たちだということだ。寛大で、優しく、謙虚で、音楽はあくまで道具に過ぎないということを理解している。


――ニューヨークのラテン音楽について伺いたいんですが……ティト・プエンテ、エディ・パルミエリ、ウィリー・コロンなど、多くの巨匠が亡くなりました。ニューヨークのラテン音楽シーンは大きく変化していると思います。

進化しているね。私はティト、エディ、ウィリーを知っていた。伝統の素晴らしいところは、それが消え去ることにある。人生の素晴らしいところは、それが終わることにある。そして、何か新しいことが起こる。それは私が知る限り、最も美しいことだ。それは約束ではない。私たちには何も約束されていない。

だから、ミュージシャンとしてこの世に生まれてきた私たちには、限られた寿命がある。私はエディを、心から愛している。エディへの愛が私の人生を変えた。彼が亡くなった時はとても悲しかったが、それもプロセスの一部だと理解していた。今、私たちにはエディ・パルミエリがいる。彼の名を冠した通りが作られる予定だし、彼の作品を思い出として残している。だが、誰かが……私はその人物を知っている……その役割を引き継ぎ始めている。ザッカイ・カーティス(Zaccai Curtis)という名の若いピアニストだ。

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ザッカイ・カーティス『Cubop Lives!』
グラミー賞<最優秀ラテン・ジャズ・アルバム>受賞

――はい、ザッカイ・カーティスですね。

そう、ザッカイ。彼がその役割を引き継ぎ始めている。ザッカイがいなくなったら、また別の若いピアニストが現れるだろう。そして私がいなくなったら、また別の誰かが現れる。それが人生の素晴らしいところなんだ。人生は手元に留めておくことができない。できるのはただ……贈り物を独り占めしておくことはできない。独り占めしてしまえば、それはもはや贈り物ではない。ただ、手放すことしかできないんだ。贈り物は、動き続けてこそ贈り物となる。そして、エディ、ウィリー、ティトが私たちに与えてくれた贈り物は、独り占めしていたら、贈り物ではなくなってしまう。私たちがそれを手放し続けるときだけ、それは贈り物であり続ける。それが、彼らが私たちに教えてくれたことなんだ。

――ところで、ビッグ・バンドを経済的に維持していくのは、大変なのではないですか?

いや、そうでもないんだ。面白いことに、私は父の影響を強く受けて……私たちは組織を運営し、コンサート・シーズン、レコーディング・シーズン、ツアー・シーズンを設けている。そして、音楽家たちが仕事を続けられるよう、懸命に努力している。というのも、父がミュージシャンを雇用する姿を見て育ったからね。それはとても尊いことだと思ってる。

ミュージシャンは、博士号取得に匹敵するほどの時間をかけて勉強し、その後フリーランスの世界に入る。仕事はない。医者になるために一所懸命勉強して、仕事の保証もない世界に入るようなものだ。それは本当に尊いことだ。本当に、本当に立派なことだ。だからこそ私は、ミュージシャンが仕事を続けられるように人生を捧げてきた。だから、ビッグ・バンドを維持しなければならないんだ。それに、ビッグ・バンドは私たちの声でもあると思っている。

そう。維持していくのは確かに大変で、私たちは本当に努力している。でも、私たちはとても恵まれている。演奏し、ツアーを行い、トロントのロイヤル・コンサバトリーで演奏し、ジャズ・フェスティバルに出演し、独自のコンサート・シーズンも開催している。先週の金曜日と土曜日には、ムセオ・デル・バリオで素晴らしいコンサートを開催したんだ。これから、シティ・ワイナリーでの新しいレジデンシーも始まる。だから、ミュージシャンを雇用し、彼らが家族を養い、生活していけるよう手助けできることに、本当に感謝している。それが私にとって最大の喜びのひとつなんだ。


――あなたのオーケストラは、あなたの作品を主に演奏するんですか?

私たちはいろんな曲を演奏する。伝統的なラテン音楽や、チコの曲もたくさん演奏する。他の人たちの曲もたくさん演奏するし、あらゆるジャンルの楽曲を演奏する。レパートリーにはヴィジェイ・アイヤーの曲も入っている。本当に様々なことをやっている。

――あなた自身は、作曲のインスピレーションをどこから得ているんですか?

私にとっての最高の作品は、人間を描いたスケッチだと思う。人間とその物語、人生、そして葛藤。フィデル・カストロが亡くなった時、私はハバナにいた。そして「三つの革命」という曲を書いた。フィデルが亡くなった時のハバナの音にインスピレーションを受けたんだ。とても静まり返っていた。やがて、人々が話し始めるのが聞こえてくる。そして、あの革命について考える。アメリカ独立革命について考える。そして、気づく。「待てよ、私たちは皆、第三の革命を待っているのだ」と。地球上のすべての人間が尊厳を持ち、衣服をまとい、十分な食事を得られるようになる革命を待っているのだと。

今この瞬間、地球上には一人ひとりを支えるのに十分な資源がある。なのに、なぜそれが実現しないのか? 地球上の誰もがチャンスを得られるような革命はなぜ起こらないのか? 私はそういうことにインスピレーションを受ける。あらゆるものから刺激を受ける。物語、ナラティブ。私は政治の世界で起こっていることについてよく書くんだ。


――2015年にキューバに行ったんですね?

キューバには毎年行っているよ。(今年)1月にはプラザ・ジャズ・フェスティバルでキューバに行ったし、何年も通っているんだ。

私は政治の話はしない。共産主義者ではないし、どの政府も支持していない。私が支持するのは文化、家族、人々だ。私はキューバが大好きだ。キューバの人々を愛している。誰かを責めるつもりはない。今起きていることは犯罪だ。私は公に言うが、トランプが今日キューバに対して行っていることは、キューバをレイプしているに等しい。彼は、女性や子供たちに対してそうしてきたように、キューバを意のままに操るために、キューバを飢えさせている。彼の地にいる私の愛する人々が、電気も食料も交通手段もない状態でいると思うと、心が張り裂けそうだ。すべては、彼がマイアミの友人たちを喜ばせたいがために起きていることだ。恐ろしいことだ。しかし、悪は悪行によって、その報いは自ずと訪れるだろう。

私はキューバに通い続けている。オバマ(大統領)がラウル(・カストロ)と共に、状況を一変させるための素晴らしい計画を発表した時、私は現地にいた。しかし、アメリカの政治はサイコロの目のようなもので、4年ごとに何が起こるかわからない。それは世界の他の国々も知っている。
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世界は私たちを見て、「なんてことだ、今度は何が起きているんだ?」と首を傾げる。しかし、キューバの人々と深く愛し合っている私にとって、これは実に興味深いことなんだ。
なぜなら、私にとってキューバこそが未来だから。キューバを歩けば、アフリカの血を引く人、ヨーロッパの血を引く人、アジアの血を引く人を見かける。彼らはスペイン語を話し、ヨルバ語を話す。アイルランド系の人もいれば、キューバ人、メキシコ人、ヨルバ人、ガーナ出身の人もいる。キューバを見れば分かるが、アメリカ人がこれほどキューバを嫌う理由は、そこが様々な人種の混合体だからだと思う。実に美しい人種の融合だ。そして今、アメリカでは誰もが白人でキリスト教徒で男性であるべきだという風潮の中で、私たちは苦しんでいる。


――ところで、新しいラテン音楽シーンについてですが、例えばバッド・バニーは世界中で大人気ですよね。彼と彼の音楽についてどう思いますか?

とても面白かった。スーパーボウルでの彼のパフォーマンスを見た時、感動的な瞬間がたくさんあった。ラテン音楽のミュージシャン仲間ともたくさんその話をしたんだ。もちろん、彼は私にとってヒーローだ。そう。彼を見た時、スーパーボウルで麦わら帽子やグアヤベラを着て、誇りを持って、サルサやヒップホップ、レゲトンを踊る人々を見た時、アメリカがスペイン語を認めざるを得なくなったのを見た時、私はまるで赤ん坊のように泣いてしまった。そして最後に、彼がたくさんの旗を掲げて登場した時、もう涙が止まらなかったんだ。バッド・バニーが好きかって? 彼の音楽についてはあまり詳しくない。でも、彼はとても素晴らしいと思う。本当に優れたアーティストだと思う。多くの人が、彼はとても裕福で、この件で莫大な金を稼いだと言っていた。私はそのことについては何も知らない。彼は非常にユニークなアーティストで、とても独創的だ。その点を私は尊敬しているよ。
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――最後に、「カサ・ビロンゴ」はいつオープンするんですか?

2月18日に着工した。業者の話では、1年で建物を完成させてそのスペースを私たちに引き渡すとのことなので、そうすれば、私たちの建築家が内装工事を進めることができる。2年後にはオープンして、3年後には完全に機能するようになるだろう。
でも、正直言って、まだ何も実感が湧かないんだ。妻と二人で、キッチンのテーブルでこのプロジェクトを形作り、音楽を編集し、リハーサルのための水やクッキーを買ったり、学校をまわって「ここで教えてもいいですか? ここで教えてもらえませんか?」と頼み歩いていた日々が、信じられない。
お金も計画も目標も何もなかった。ただひたすら正しいことをするだけ。そして、それがここへとつながった。だから、まだ実感が湧かないし、実感したくもないんだ。あの頃のことは、謎のままにしておきたい。それをとても楽しみにしているよ。


――ありがとうございました。

(了)
posted by eLPop at 22:30 | 岡本郁生のラテン横丁