2月1日のグラミーの発表、2月8日のNFL・ハーフタイム・ショウをご覧になって「バッドバニーって何?」と思われた方、「グラミー対象のアルバム『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』は何を歌っているの?」と思われた方も含め、ぜひお楽しみ下さい。
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イベント『プエルトリコのお騒がせ男、バッド・バニーの真実』
@Con Ton Ton Vivo (2025/11/6)
出演:
岡本郁生(司会):音楽ライター/番組制作者/プロデューサー/DJ
伊藤嘉章:音楽ライター/DJ(プエルトリコ在住5年)
高際裕哉 :スペイン語圏文学・文化研究
Ayako :Mucho Mucho Mambo主催/Diablo Marino(プエルトリコ音楽”Bomba”のグループのメンバー
【1.バッド・バニーとは?】
――じゃあ、ぼちぼち「緊急開催」ということで始めたいと思います。
ここに集まっていらっしゃる皆さんには、改めて言う必要もないかと思うんですが、Bad Bunnyがあれだけヒットして話題になっているのに、日本じゃほとんど知られないところがあります。私も音楽ライターやFM番組制作もやってて、そういう中で、2026年2月に行われるアメフトNFLの決勝戦のハーフタイムショーに出るってことで話題になり、関心を少しずつ持つような人も出てきた。
とはいえ、話題にするときに、「プエルトリコ移民」とかっていう言葉を普通に使っちゃう人がいるんですよね。「移民」っていうのは基本的には別の国に移住するということなんで、プエルトリコの方々は移民ではないわけです。「移住」とか「引っ越し」になるわけですよね。
今のトランプ大統領になるときの選挙のイベントでも、あるコメディアンが「プエルトリコというゴミの島がある」みたいなことを言って大ヒンシュクを買いましたが、あれも、プエルトリカンは移民だろう、みたいな。
要はアメリカ人もそうだし、特に日本人も分かってないっていうか、理解しようともしてない、知らない人もいっぱいいるということもあり、これだけ話題になっていることを改めて考えてみようということです。
そんなわけで、どんな人なのか、改めて見て考えてみようということで。
今日の話者をご紹介したいと思います。
まず司会の岡本郁生です。音楽ライター/番組制作者/プロデューサー/DJをやっています。そして、音楽ライター/DJの伊藤嘉章さん。プエルトリコに5年在住経験があります。ちなみに、伊藤さんと私は、『ゼロからわかるラテ音楽』(世界文化社)という本を先日出しまして、バッド・バニーの紹介も書いています。
伊藤:あと、もう一冊、『都市のリズム』(鹿島出版会)という本を出しました。いろんな都市とその街で生まれた音楽のことを18人の筆者が書いたものです。
どちらの本も、エルポップという、岡本さんや自分も含め10人のラテン音楽の文章を書く人が集まったグループのメンバーにも寄稿してもらっています。本屋さんで見かけたら眺めていただけたら嬉しいです。
――で、隣はスペイン語圏文学・文化研究の高際裕哉先生です。今日は早稲田の授業から自転車で駆けつけていただきました。よろしくお願いします。
高際:よろしくお願いします。
――そのお隣は、DJイベント「Mucho Mucho Mambo」を主催し、またプエルトリコ音楽の「ボンバ(Bomba)」を演奏・ダンスする日本唯一のグループ、「ディアブロ・マリノ」のメンバーのAyakoさんです。プエルトリコには何度も行かれています。
Ayako:よろしくお願いします。
――まず、皆さんがバッド・バニーを、どの辺から最初に知ったか、入ったかってことから。
あ、ちなみに、バッド・バニー、英語的に言うと「バッド・バニー」で、スペイン語だと同じ「悪いうさぎちゃん」の意味の「エル・コネホ・マロ」っていいます。バッド・バニーの発音は、本人も地元の方も「バッド・ボニー」って言ってますね。
バッド・ボニー、スペイン語関係の方は「u(ユー)」の「ア」が「ボ」になるんで、映画の「ワイルドバンチ」っていうのもありまして、あれも「ワイルドボンチ」みたいね・・・おさむちゃんが、みたいな感じですけど。
すいません、全然受けてないですが(笑)、じゃあ、伊藤さんから。
伊藤:僕プエルトリコには95年から2000年の5年ほど住んでいて、その後も毎年1回は行ったんです。ちょうどレゲトンが盛り上がってくる頃で、日本でも2003年4年に「ガソリナ」っていうことで行きついたわけですけど、バッド・バニーはその頃のオールドレゲトンの初期のあたりで育ってるんですね。1994年生まれなので、ダディ・ヤンキーの「ガソリーナ」が10歳。その前後から彼は音楽にはまっていく訳ですが、
自分は向こう行くごとにCDとか・・・だんだん配信になってきましたけど、買ってるときに、新しいアーティストの中で、2012年だったか2013年だったか忘れたんですけど、まだ本当に若いバッド・バニーが出てきた。そこからです。そして2015年16年くらいから変わってきて表に出てきて、シングル出してきた頃なんですね。
レゲトンというよりは、トラップやヒップホップに側に寄った音だったです。そして2017年とか8年の音が最高にチェンジした感じで良かったですね。そこから注目し始めて、その時、一番最初に買ったの彼の一枚目のアルバム『X 100pre』(2018)、でしたが、これすごい良かったんですね。
――『ポル・シエンプレ』っていうやつ。
伊藤:これから注目しだした感じですね。
――なるほど、では高際さん。
高際:2年くらい前に、カリフォルニアのコーチェラ・フェスがあったので、その時のショーの様子を、多分伊藤さんがSNSに流してくれて、それを見たんですよ。
Bad Bunny - Neverita (Live from Coachella)
それがちゃんとプエルトリコの歴史を追っている構成になっていて、ニューヨーク・サルサの話もそうだし、確かボンバとかプレーナの話もちゃんとやっていて、それを流した後に本人がバーンと出てきて、すごいなと思って見てたんですけど、ほぼここ2年くらいですね。
――バッド・バニーの最新作だと思うんですけど、授業でいろいろ使われていると聞きましたが、どういう感じでやってるんですか?
高際:まず、歌の歌詞を。
――皆さんには資料をお配りしてますが、2枚目、3枚目、4枚目とか高際さんの資料を付けているので、後で見ていただければと思います。
高際:新しいアルバム『Debi Tirar Mas Fotos』のアルバム、これまだCD流通してないですよね。配信でみんな聴いてるんだと思うんだけど、YouTubeにバージョンがツーパターンあって・・・1つが、今ミュージックビデオで本人が出ている。
もう一つは映像の代わりにコラムがついてる。それが全曲用意されているんですね。そのコラムのタイトルを、1枚目裏のレジュメに書いてあります。レジュメの3ページ目に、「絶滅の危機にあるプエルトリコの固有生物」というコラムをスペイン語と日本語の両方のせたんですけど、これは学生たちが授業で訳したんですよ。教材として。
その各曲についてのコラムはちゃんとプエルトリコ出身の歴史学者の人が書いているやつで、長さもちょうど読解にすごく良いんですよね。出てくる語彙も、社会科学とか歴史の用語があるから、僕みたいな、人文畑の人間のスペイン語は、これ読むとかなり伸びるんですよね。すごく面白いです、特にこのアルバムは、その楽曲のコラムが熱いんですよ。それに夢中になっていたんで、今日呼んでもらえたんだと思うんですけど(笑)
――アヤコさんは、さっき「ムチョ・ムチョ・マンボ」というイベントの主催・・・というふうにご紹介したんですけど、その一方で、ディアブロ・マリーノっていうボンバ・バンドのリーダーということで・・・リーダー、実質リーダーですよね? やられてて、何度もプエルトリコに行かれているんですけど、Bad Bunnyとの出会いと、その思いを語ってください。
Diablo Marino
アヤコ:にわかファン代表みたいな感じで今日は来てまして(笑)、本当にBad Bunnyで意識したのは、このアルバムからなんですよね。もともとサルサをやっていて、六本木にもすごく通っていたので、レゲトンを聴くことはありましたが、一所懸命聴こうと思ったことは過去なかった。なので、今日はすごくお勉強をと。あと、このアルバムがプエルトリコで今すごく流行って、プエルトリコでのバッド・バニーの1ヶ月間連続したコンサートに、私が知っているボンバ・ファミリーの方々がものすごくたくさん出演していて。なので、世界配信されたのは、涙が出る思いで見た、みたいな感じですね。
Carry Martinez Cepeda
伊藤:アヤコさんは向こうで、いろんなボンバのユニットで習ったり、お友達も持っていて、その中で、セペーダ・ファミリーという重要なファミリーと一番親しい。そこのセペーダ・ファミリーの、すでに亡くなってしまいましたが一番の偉人、元祖の大親分みたいな人から今3代目の世代が活躍している。キャリー・セペーダとか、ラファエル・セペーダJr.とかが、ガンガン踊ってましたよね。
アヤコ:あと、ボンバとの関わりっていうことで言ったら、一番最初にプエルトリコに行ったのは、たぶん2000年か2001年だと思うんですけど、その時に、サルサのレッスンの一環でボンバを習ったんですよね。
私の先生はボンバが好きだったんで、それで習った授業がありまして、その先生の息子が今回のライブにも出てて、一番最初にソロを取っているんですよ。そういうのも、すごいいいなって思って。
伊藤:そうですよね。やっぱり、現世代のボンバの人たちが踊っていたっていうのが。やっぱりBad Bunnyとの同じ世代っていうところも感じますよね。
――ということで、お三方、語っていただきましたけど、私もレゲトンを聴いている中で、2017年に、ビクトル・マヌエルっていうプエルトリコのサルサ・シンガーのアルバムにBad Bunnyが入っていて、サルサを歌っているんですよね。
Víctor Manuelle - Mala y Peligrosa ft. Bad Bunny
それを聴いて・・・別にサルサを歌えばいいっていうわけでもないんだけど・・・みんな結構若い子がレゲトンに行っている中で、なんか若いやつでもサルサを歌えるやつがいるんだなっていうのをね、ちょっとそれ、伊藤さんと語ったような覚えがあるんですけど、でもこんなにすごいスターになるとは・・・という言い方も変ですけど、レゲトン・トラップ・シンガーとは、ちょっと彼の場合、別の道を歩んでいるような気がしてね。
それも面白いなと思うんですが、改めてですが、Bad Bunnyどういう人かっていうと、1994年生まれなので、例の大谷翔平と同じ年でございまして・・・
2016年に<ディレス>、これで。
Diles - Bad Bunny, Ozuna, Farruko, Arcangel, Ñengo Flow
伊藤:いわゆるレゲトンっていうよりは、やっぱりトラップっぽいって言うか。
――そうですね、トラップっぽいですね。
この年ぐらいに、「アオラ・メ・ジャマ」って確か、カロル・Gと共演のビデオも結構再生されたと思うんですが。
Karol G, Bad Bunny - Ahora Me Llama
2018年に、「I Like It」ですね。カーディ・ビー、J・バルビンと。この時はですね、まだ坊主で、チンピラっぽい感じのね。
Cardi B, Bad Bunny & J Balvin - I Like It
伊藤:これが流行ったおかげで、アメリカ・マーケットのリスナーが理解しやすくなった
――カーディ・ビーはニューヨークのドミニカンでしたね、この方ね。
J・バルビン、コロンビアの大スター。なので、そこにいきなり新人で抜擢されるっていうのね。これもなんかすごいなと思ったんですけど。
伊藤:18年って彼にとってはすごいエポックメイキングで、プエルトリコって、「バンコ・ポプラール」っていう銀行が毎年12月に年末用の音楽CD/DVD出すんですけど、やっぱり2018年のバージョンにバド・バニーが登場してるんです。
Bad Bunny - Desde El Corazón (Especial Banco Popular 2018)
なので、やっぱり17年から18年って、彼、やるじゃんって思われた年で、まだアルバムは1枚目を出す前に自分でいっぱい出してるシングル、コラボ作品が、良かったんですよね。
――さっき、伊藤さんの話もあった、これ(「I Like It」)が全米No.1ですね。まだまだチンピラっぽいのがいいなって思って。
伊藤:チンピラっぽいですよね(笑)。
――で、あと僕、思ったのはなんかいい意味でデレっとしてるじゃないですか。
1994年生まれで、さっき言ってたダディ・ヤンキーとかの「ガソリナ」は2004年なので、ちょうど10歳くらいの時のレゲトンのブーム。で、いろいろ読むと、ダディ・ヤンキーとやっぱりエクトル・ラボーが大好きだったって書いてある。
このデレっとした感じって、エクトル・ラボーに似てるなって僕はすごい思ってるところと、あとやっぱりその辺がヒバロっていうところに繋がりもすごい感じるところがあるんですけど、どうですか?
伊藤:そうですね、やっぱりプレ・レゲトン最初期って、いわゆるダンスホールから出てるわけなんですけど、プエルトリコに渡ったら、すごくそれがハードエッジな音になった。イビー・クイーンとか、ベイビー・ラスタ&グリンゴとか。いわゆる「アンダーグラウンド」の時代。だけど、ダディ・ヤンキー以降はすごい歌謡性がすごく増してきた。
Baby Rasta y Gringo "Punto 40"
そこの中で育ったから、一番ゴリゴリのハードなところっていうのは彼、直接通ってない。お父さんはやっぱりサルサみたいのが大好きだったので、やっぱりその中で彼の個性っていうのは出てきた。
あと歌い方ですね。どう見ても鼻が詰まってんじゃないか(笑)みたいな、これがダラッとした感じを出しますよね。
――これが癖になる感じがあると思うんですよ。
伊藤:そうですね、最初はなんだ?といううちに、癖になってきますよね。
――さっき言ったね、ビクトル・マヌエルとのサルサも、サルサのマナーにちゃんとのっとってやってるのがすごいなと思って。ちょっと簡単に経歴を。
2019年にJ・バルビンと一緒に『オアシス』(下記A)っていうのを出して、その後に、『YHLQMDLG/ジョ・アゴ・ロ・ケ・メ・ダ・ラ・ガナ』(2020)(下記B)、
で、『エル・ウルティモ・ツアー・デル・ムンド』(2021)(下記C)、『ウン・ベラノ・シン・ティ』(2022)(下記D)、『ナディエ・サベ・ロ・ケ・バ・ア・パガール・マニャナ』(2023)(下記E)。
この辺でもう全米一位になってるのはね、すごいですよね。
伊藤:全然日本では伝わってなかったと思うんですけど、日本で雑誌で取り上げたとこほとんど、ゼロだったと思います。でも向こうじゃもうどんどんチャートに入ってきてるっていう。
――「スペイン語であるにも関わらず」って言い方もあれですけども、全米チャート。ラテン・チャートではなく全米チャートのナンバーワンと。
伊藤:はい。で、今、スクリーンに出してますけど(
BAD BUNNY x DRAKE - MÍA
この曲もハードエッジな曲じゃなくて、こういう歌がアメリカのチャートに入って。
それからプロモーションビデオはプエルトリコのホーム・パーティーのシーンで。
2010年代の音楽って、すごく思うんですけど、やはりネット経由のプロモーションビデオの力すごく大きくて、皆さんご存知の通り、TikTokなんかでも、ダンスコンペティションみたいなのがあるじゃないですか。一つの音楽が出た時に踊り方を決めて、アーティストが出すとそれを全世界が真似して、各国で地元を背景に踊ってアップするみたいな。
そういうことって、2010年代以降のSNSをうまく使った手法の中で広がっていくわけですが、
同時に例えばスペイン圏のミュージシャンとかが、どういう背景のところで歌って踊っているのか、すごくダイレクトに掴めるようになっている。それが2010年代以降だった。
「都市とリズム」って本でも書いたんですが、プエルトリコじゃこういうところでパーティーやっている。いいんじゃね?って思った奴、結構いると思うんですよね。
――伊藤さんから見ても現地の雰囲気っていう・・・
伊藤:このまんまですね。現地はこの後ろの方に、若者の親父達も飲んでいるっていう、ソファでグタグタやっていて、若者が表でガンガン踊っているっていう、こういう感じですよね。
――高際さんとかアヤコさんはどうですか?この辺は。
高際:僕はもう全然知らなくて。印象としては、この時期日本でヒップホップとかがアベマとかで流れ始めて、ヒップホップ甲子園みたいなのやってて、僕、地元が北関東なんですけど、群馬の大泉のラッパーとかブラジル系の方が出てきて、こんな感じの作りでやってたかなっていう印象はあります。
これ2018年くらいだったら、なんかその北関東が転化してみたいな感じの、元がこれなのかなって気もしないでもないですね。地元の印象ですけど。
――アヤコさんは?
アヤコ:パーティーの感じは本当にこういう感じで、ドミノもやってるし、ライブとかがあると近所の人が椅子持って、周りに座って飲んでるんですよね。お酒代払ってるかどうかちょっと分かんないですけど(笑)、勝手に来て飲んでて。盛り上がってるし屋外もやっぱり多い。・・・・・みたいな感じの店が多いんですよね。
すごいこういう雰囲気があります。
――ドレイクとコラボするとか、組む相手が大物なんですよね。
伊藤:そうなんですよね。これやっぱり、彼の才能っていうか。いいなっていうのを取りこんだのもあるし、本人の戦略っていうのもなかなか鋭いですね。
――ですよね。
まだこの頃は坊主頭で剃りが入ったりしてるんですけど、この後ちょっと髪伸びてくる。あと、歌手活動の他にも、ご存知の方も多いと思うんですけど、プロレスやってるんですよ。昔、子供の頃からプロレス大好きだったということで。
伊藤:プロレスの映像出しましょうか
――これまた笑えるっていうかね。
自分の曲で登場するっていうね。そりゃそうだろうって感じです。
伊藤:彼ちっちゃい頃から好きなんですよね、プロレスね。
これ何年くらいですか?
――これは2、3年前じゃないですか。2023年とか、
パンツでやってるからカルバン・クラインのCMもオッケー(笑)。パンツ似合いそうですよね。本当あの、「バッド・バニー、プロレス」で検索すると、いくらでも出てくるんで。
伊藤:みんな笑って見てますね(笑)。
――あとですね、ジェームス・コーデン(俳優、コメディアン、歌手、作家、プロデューサー、テレビ番組司会者。CBSの番組『レイト×2ショー』の司会)の「カープール・カラオケ」ってご存知ですかね。
いろんな大物歌手と車の中でカラオケやるってあれにも出てて、その中で、なんでバッド・バニーって名前かっていうこととか、あとどういうアーティストなりたかったかっていうこと言ってるんですけど、なんか、「昔はその着ぐるみ着て、あんまり僕、顔を出したくないなかったんだよね」みたいなこと言ってるのも面白いと思ったんですよ。
伊藤:インスタにちっちゃい頃、そういうのをかぶらされて嫌な顔してるの出てましたね。
――それを無理やり着せられて激怒したのが、バッド・バニーの芸名のきっかけだとかっていうね。ちなみにベニートっていう本名ですけどね。
伊藤:はい。
――あと、俳優でも結構活躍してて、ブラピの映画『新幹線/ブレット・トレイン』、これ殺し屋役で。この時って品川に来てるんですかね〜?
伊藤:いやいや、絶対来てないと思う。
シーンの看板とか変だし、どう見てもニューヨークの地下鉄(笑)
――これ結構ね、いい感じでやってる。
――わお! 結構やるもんですよね。
あとなんか変なゴルフ映画とか、ゴルフ映画のキャディー役とかね。
あとね、ドラッグクイーンの役とか、結構俳優としても活躍してて、
伊藤:「かっこいい男」だけにしてないですよね。前にテゴ・カルデロン出てた「ファスト&フュリアス/ワイルド・スピード」、そういうやつはちょっとかっこいいとか悪いだけなんですけど、バッド・バニーっておかしな役も結構やりますね。
――コメディータッチもね、『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』(原題:ハッピー・ギルモア)ていう変なゴルフ映画があるんですけど、それも最初、レストランの全然使えないウェイター役で。それって結構、プエルトリコ人を象徴するみたいなラティーノがバカにされてるみたいな。そこからキャディになって、ゴルファーになるっていう。
映画自体がめちゃくちゃな映画なんですけど、そういうのもやってたりとかね。
伊藤:そうですよね。一方でこの頃、ファッション雑誌、VogueとかGQとかいうところにガンガン出ている。
この人、いろんなファッション、ユニセックス、トランスセックスな服と組み合わせを全然違和感なく着こなしてて、ファッション雑誌としてもファッションアイコンとして、どんどん前に出ていく。
(PART 2に続く)


