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『2025年はこれだった:ペルーへの旅と印象に残った曲たち』(水口良樹)

2026.01.01

2025年、ペルーへの旅と印象に残った曲たち

今年は、私が2000年代よりお世話になっていたペルーのクスコの友人宅のご両親が相次いで亡くなり、リマでお世話になっている80オーバーの友人が体調を崩されたりということもあったので、予定を変更して夏にペルーに行ってきた。とはいえ、現地は南半球、冬である。長らく2月3月ばかりペルーに行っていたので、冬のペルーは久しぶり。そして感想としては、やはり暖かい季節に行きたいなぁということを改めて痛感。やっぱり寒いのは嫌いだ(今も寒くて風邪を引いている…)。

クスコより高度の高いアルティプラーノ高原の南端近くに位置するティティカカ湖畔の町プーノでは、昔参加していたワフサパタ地区サンポーニャ合奏団アルティプラーノがコンテストで優勝して、そのまま祝勝会で激しく飲むことになり、高山病にビール注入でかなり厳しかった(年々高地に弱くなっている)。激しい頭痛で残りのプーノ滞在はほとんどスープばかり飲んでいた。長らく参加していないが、それでもまだ私を覚えてくれている仲間もいて、こうして一緒にお祝いできたことは素晴らしかった。彼ら曰く、今の流行に迎合しないことで、独自色が逆に有利に働いたということらしい。そのトロフィーを中心に盛り上がっている風景を少しご紹介。

Agurupación Zampoñistas de Altiplano Barrio Huajsapata en Cancharani, 2025

https://youtu.be/CB_5bmgR5w8

クスコでは、他の友人たちにはほとんど合わず、かつて居候をしていた友人宅でお世話になったお父さん、お母さんの思い出話をして墓参を皆でした。昨年訪ねた時にはお父さんはぼけてしまって歩くことも出来ず、私の顔を不思議そうに眺めていた。お母さんはそれが悲しくて泣いていたのを覚えている。介護に疲れた友人の家族の話を聞きながら、どうやって乗り切れるかと話していた矢先の父親の死、そしてその悲しみが少しずつ癒えて気持ちが上向いてきた矢先の母のガンの発覚とあっという間の死。そんな顛末を改めて聞きながら、時の流れをかみしめた。

そしてリマでは、下町のムシカ・クリオージャの大聖堂、カテドラルの集いに通い、セントロムシカルやコンサートを巡り、インタビューをし、20年来合っていなかった友人がまさかリマに帰って来ていて久しぶりに会ったりした。

かのオスカル・アビレスもプレシデンテを勤めたセントロムシカル・ドミンゴ・ユフラのフェリックス・バルデロマルとグスタボ・ウルビーナの歌に80歳を超えた生ける伝説のギタリストマキシモ・ダビラの演奏を一曲ご紹介したい。

Centro Musical Domingo Giuffra
Félix Valdelomar y Gustavo Urbina con Máximo Dávila "Angelica"


https://youtu.be/WxDpqCA85xQ

ペルー映画祭がちょうど東京で行われているときで、私が解説を書いたケチュア語ロックのバンド、ウチュパのドキュメンタリー映画が公開されており、バンドリーダーのフレディ・オルティスに映画祭で話してもらうはずがまさかのコンサートとダブルブッキングとなり、私がライブ会場を中継し、最後ひとことお言葉をもらうという大役を引き受けた。

映画「ウチュパ」予告編(スペイン語)

https://www.youtube.com/watch?v=Ff0ZVzk001Y

この映画の素晴らしいところは、ウチュパのリーダーであるフレディ・オルティスが、亜アプリマックでなんとなく入隊した警察が、その直後からセンデロとの内戦に突入し、故郷や近隣地域での対テロ最前線での戦闘行為に拒否権なく動員されたことによる、自身の罪とトラウマとどう向かい合うかという非常に繊細なテーマを、掘り下げていることだ。白人の先住民への差別意識の強い上官、暴力の日々に麻痺しハイテンション出なければ生き抜けない日々、そして拷問の相手が同級生であったというような数々のトラウマ。警察に耐えきれなくて辞めたあとも、彼は当時を思い出しては泣き、酒と音楽(ロックとブルース)と宗教(彼は敬虔な福音派を表明している)がなければ生き抜けなかったと語る。

そういう過去を持つ彼が、ペルーのケチュア語ロックの最前線を切り開いてきた。それは、近年流行っているようなパッチワーク的に先住民的イメージを寄せ集めてイメージを作る作品ではなく、日々の農作業や村の生活の中にあった音楽の営み、位置づけをロックを通して生みだす作業でもあるところに特徴が有る(この映画については別にいつか書きたい。というか、書くなら早く書かないと、ですね)。
ともかく、そんなウチュパの代表曲からコンサートは始まった。その時のビデオを紹介する。

Uchpa "Ananau"

https://www.youtube.com/watch?v=l2SuG9lyvIY

後日、フレディの家にも遊びに行き、彼が家の屋上に作っているアンデス庭園を見せていただいた。アンデスの伝統的なハーブやさまざまな植物を植えていて、それでお茶を入れてくれた。

またこのライブで知り合ったアンカシュ出身のロックに詳しい方から、古い日系人ロックを数曲教えていただいた。興味深いので紹介しておきたい。この方とはまた合ってゆっくり話そうと意気投合していたのですが、時間切れで会えなかったのが残念でした。

1967年にリマで日系人2人を含む4人で結成されたロス・シグ・セロ、どんな曲だと聞いてみたらまさかの日本語で非常に驚いた。当時日本語で歌っていたペルーのロックといえば圧倒的にセサル・イチカワがメインボーカルをしていたロス・ドルトンスが有名だが、他にもいろいろいたのだということをその友人から教えていただいた。

Los Zig Cero "No sé por qué lloro" (1968)

https://www.youtube.com/watch?v=Jz0_FT6J1VM

もう一曲はペルーのSPレコードなのだが、スペイン語のグァラチャと日本語(しかも「お富さん」!)という組み合わせにのけぞる。おそらく70年代頃の録音と思われる。

Trío Sensación "Nakata"

https://www.youtube.com/watch?v=src-eU-kD7Y

またインストでベンチャーズ路線でペルーで活躍したロス・ベルキングスは「オキナワ2000」という曲を作っている。

Los Belkings "Okinawa 2000" (1969)

https://www.youtube.com/watch?v=QbrPUkqv3Yo

さらに今回の滞在では、念願のラ・ラーのコンサートに行くことも出来た。鼻歌と音階のラから名前をつけたというラ・ラーの歌は、自由で、抽象的で、それでいて痛みと課題を優しく問いかける作品が多い。フェミニスト歌手として暴力、差別、非人間化、無賃家事労働、ルッキズム、身体性の奪回など多岐にわたる。また、こうした問題を曲としてうたうだけでなく、前口上としてしっかりと聴衆に投げかけながら歌っていたのが非常に印象的だった。ここではまだアルバム未収録の「私もあなたを見た」。大切な存在に思いも寄らぬ形で裏切られること、そしてそれの愛が支配であったことに気づく、そういう歌だ。こちらは彼女のオフィシャルビデオから紹介。

La Lá "Yo también te vi"

https://www.youtube.com/watch?v=a4DhANQuang

他にも、若い女性たちによるマリネラ・リメーニャを中心とする運動であるとか、悪魔舞踊を巡るショーと講演、同じムシカ・クリオージャを愛していても、庶民のいくペーニャと富裕層が通うライブハウスの違いなど改めて痛感したりとほんとうにいろいろなことを感じたが、そうした経験も少しずつ機会を見つけてご紹介して行ければと思う。

そんなわけで、今年の新曲なども含めていろいろ紹介することも考えたが、せっかくなので私がこの夏に旅で出会った曲から特に印象的だったものをご紹介させていただくことにした。それでは2026年も皆さんのラテン音楽生活にとって、実り多きことを祈っております。

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posted by eLPop at 12:45 | 水口良樹のペルー四方山がたり