サラ・ゴメスは、1942年11月7日ハバナ、グアナバコアに生まれ1974年6月2日ハバナで没した、夭折の女性映画監督。ジャーナリストとして働いた後、1961年8月に、ICAIC(Instituto Cubano del Arte e Industria Cinematográficos1959年3月にキューバ政府によって設立)で働き始め、助監督を経てドキュメンタリー映画制作のキャリアをスタートさせた。キューバ初の女性映画監督だそうだ。
1974年の映画『ある方法で』は、サラ・ゴメス初の長編フィクションにして遺作となってしまった作品。
Cuban Movie: De Cierta Manera
https://youtu.be/EBuy6iaIANU?si=BF-FDI1XLW5wkX_h
ドキュメンタリーとドラマを組み合わせた構成で製作され、当時の人たちが革命による社会変化に、一喜一憂しながら生活する姿がより鮮明に描かれている。また、後に革命政府が修正することになる問題(差別問題や宗教問題など)なども先取りして描いていて、監督の洞察力も素晴らしい。また、キューバ音楽ファンなら、ニャーニィゴ(アバクア)の儀式シーンとその歴史的な話やサンテリーアのシーンなど、見逃せないシーンも多い。
『サンティアゴへ行こう』は、1964年に制作された彼女の初めてのドキュメンタリー。
Iré a Santiago
https://youtu.be/zLwrb1IGiQs?si=aduaBF5qCoVSiECf
サンティアーゴ・デ・クーバの観光アピールのために作られたのだが、トゥンバ・フランセサやハイチ起源のガガー(ハイチではララー)など、やはりキューバ音楽ファンには、嬉しいシーンが多い。
サラ・ゴメスの映画には、音楽のシーンが必ずと入っていいほど使われている。それもそのはずで、ハバナ音楽院で6年間音楽を学んだということだ。そんな彼女が、キューバ音楽を真正面から紹介したのが、1967年に制作された『...Y tenemos sabor』だ。
Y Tenemos Sabor
https://www.youtube.com/watch?v=Of9mwzLhB8o
(最後の5分は、サラ・ゴメスとは関係ない他のドキュメンタリーが収録されているので了承ください)
ミュージシャンで研究者のアルベルト・サヤス(Alberto Zayas)がナビゲーターとなって、様々なキューバ音楽を紹介していく。
トロバドールたちの演奏、初期形態のボンゴの説明、チャングイのグループの演奏、コンフント・ティピコ・アバネールによるマリンブラ、ボティーハ、キハーダを使ったソンの演奏、コンフント・エストレージャス・クバーナスのチャランガ演奏、ルンバ・グループ、コンフント・クラベ・イ・グアグアンコーの演奏、サンティアーゴ・デ・クーバのコンガ・グループの演奏、そしてラストには、チューチョ・バルデースのグループをバックに歌うグアパチャのかっこいいスキャット・ヴォーカルまで収録されている。
サラ・ゴメスへの評価の遍歴や研究などは、ネットで多く見受けられる。キューバ政府や社会の変遷と合わせて考えてみると、興味深い。興味ある方は、調べてみることをお勧めする。
映画では、3月に見たペルーのゴンサロ・ベナべンテ・セコ監督に『革命する大地』が、素晴らしかった。
1968年に無血クーデターで政権を握ったフアン・ベラスコ・アルバラード大統領率いる、いわゆる軍部革命政権によって1969年に公布された、農地改革法。ペルー国内でも賛否が分かれるこの大統領の政策を、当時の映像を使って再考する。農地改革という、中南米カリブの永遠の問題を再認識してくれる映画。
ライヴも多く体験したが、下記3つが強く印象に残った。
「La Banda El Recodo」
(https://youtu.be/3zOz8A0sst0?si=hFP958YWqdE0kdVH)
5月に開催された「ラテンアメリカへの道 フェスティバル」@お台場で、まさかのメキシコのバンダ体験。しかも、今年結成86年というメキシコ随一のバンダが、見られるとは。
「NAKIBEMBE」
8月に代官山UNITで見た、ウガンダの巨大木琴エンバイレを6人で演奏するグループ、ナキベンベ。ポリリズムと重低音の響きに圧倒。こんな知らない音世界があったことと、現地に行っても簡単には体験することができないであろうパフォーマンスを、日本で見られたことにも感謝。2025年にも再来日が予定されているようだ。
「JOE BATAAN」
9月に、代官山晴豆で見たジョー・バターン。82歳とは思えないステージだったが、そんな歳とかは関係なく、聞くもの全てが納得してしまう楽しさを醸し出していて、その場にいるだけで多幸感に包まれるコンサートだった。一昨年のシマファンクも、同じような感覚になったことも思い出した。


