(編集部)チリの吟遊詩人の世界について、この春に大阪大学を退官された、チリで吟遊詩人としても活動していた研究者、千葉泉さんにお話を伺いました。大変詳細で貴重なお話が聞けましたので、ほぼそのままここに収録したいとおもいます。聞き手はメンバーの水口良樹です。
(2024/11/10 zoomにでインタビュー)
Piojo Salinas y Alfonso Rubio
https://www.youtube.com/watch?v=XXu04y39aQc
チリのパジャドール(吟遊詩人)たち
水口良樹
千葉さん、本当に今日は無茶振りにもかかわらずありがとうございます。
千葉泉
いやいや、でもすごくいい機会になった気がしますし、もうすでにそう感じています。
水口
千葉さんはチリのいわゆるトロバドールとかパジャドールと言われるような、「吟遊詩人」っていうふうに訳される人たちの研究について、日本では第一人者といって間違いないと思いますので、そういう意味では本当に貴重な体験とか知見というものを持ってられると思いますので、今日はそういう話を聞かせていただけたらなと思います。よろしくお願いします。
千葉
ありがとうございます。水口さんの方から、これはどうなんだって聞いていただければ、あ、これはねって僕の方から答えられますので、そんな感じで水口さんにお任せします。
<チリの吟遊詩人の世界と出会うまで>
水口
はい。では始めさせていただきます。まず千葉さんが最初にあのラテンアメリカ、特にチリに行ったのは、吟遊詩人というよりはヌエバ・カンシオン(新しい歌運動※)に興味があって、という感じだったんでしょうか?
※ラテンアメリカの民謡をベースにしたプロテストソングのムーブメント
千葉
はい、その通りです。
水口
やっぱりそうなんですね。年代的には何年ぐらいでしょうか。
千葉
僕がチリの音楽、特にヌエバ・カンシオンについて初めて知ったのが、一つ目の、T京大学の劣等大学院生だった、23、4歳ぐらいの時。だから1983年とか84年のころですね。当時大学院生をしていて、当初のテーマが今と全く関係ない、メキシコの独立運動の歴史の研究してたんですよ。それで音楽としてはロックンロールみたいなのをやっていて、全然研究と趣味、娯楽が一致してない感じだったんですね。
で、そんな中でたまたま当時東京に住んでた早稲田大学の一年上のM2(修士課程2年)の先輩がメキシコに留学経験があった人で、その人がメキシコで買ったビオレタ・パラとかアタワルパ・ユパンキ、ヌエバ・カンシオンの2枚組のオムニバスレコードを持っていたんですね。それで「千葉君音楽が好きそうだからこんなん聞いてみたら?」っていうふうに教えてくださって。
で、それを貸してくれて、それでで「うわっ」てなってめちゃめちゃ感動して、もうメキシコの独立運動なんか嫌やからヌエバ・カンシオンで修論書こうってなって。で結局まともな修論書けなかったんですね。なんていうか、修論書かないかんという圧力から逃れるために、ヌエバ・カンシオンにテーマ変えたっていう感じだから、ヌエバ・カンシオンのこういうことが研究したいみたいなちゃんとした問題意識ってあんまりなかったんですよね。
でそういう感じで見切り発車で修論のテーマ変えちゃったので、結局ヌエバ・カンシオンは素晴らしいみたいな論文と言えないようなものを無理やり出して、結局T京大学、修士だけは一応取れたんですけど博士に上がれなかったんですよ。で、フリーターを2年ぐらいしました。ロックバンドの活動もしながらなんですけれども。
でも大学院の時に知ったヌエバ・カンシオンってやっぱり素晴らしかったよなって改めて思って。でもロックバンドの連中はもちろんラテンアメリカの音楽なんか興味ないから話が合わないですよね。かといって学術世界の人たちとも縁が切れたし、学術世界でラテンアメリカの音楽について興味があるような人ももちろんいないんで、ひとりぼっちでビクトル・ハラの曲とか聴きながら「これ、どうやって弾いてんだろう」みたいな。わかんないじゃん。
周りにラテン音楽やってるっていう人がいないからさ。もうかき鳴らしの方法だってわかんない。どうやってカッティングしてんだろう?もうそのレベルから全然わかんないわけですよね。クエカにしてもワイノにしても。まあ見よう見真似でこんな感じでやってるのかなっていう我流でビクトル・ハラの曲とかアンデス音楽を覚えたりしてたんですよ。だからまだ吟遊詩人にはたどり着いてないんだけども。
で、そのうちにもう一度チリの音楽で別の大学院に入り直して音楽でもう一回修士論文を書いてみようというふうに思ったんですね。で、フリーターしながらいろんなレコードを聞いたりとかする中で、狭い意味でのヌエバ・カンシオンだけじゃなくて、ヌエバ・カンシオンの人たちが土台にしたチリやペルー、ポリビア、ベネズエラのホローポとかキューバの音楽とかなんかのラテンアメリカ各地の民族音楽を聴くようになって。もちろんレコードとかではありますけれども。ペルーのお祭りのレコードとかメキシコのフィエスタの音楽とかそういういわゆる現地録音でレコードを出されているものを図書館とかで借りまくってね。
でそういう中で、「これはギタロン(チリの鉄弦25弦楽器)っていう楽器なんだ」だったり、「ビオレッタ・パラのこの曲って十行詩っていうので書かれてるんだ」とかだんだん知っていったんですね。で不十分ながらもヌエバ・カンシオンの研究をした時にビクトル・ハラとかビオレタ・バラとかの伝記も読んだんですよ。
そういう中でいわゆる吟遊詩人にあたるような、チリで言うと、詩人にあたるプエタ(ポエタ:詩人なんですけど、Uで発音してプエタっていうふうになります)とか、カントール・ア・ロ・ディビーノ(宗教詩カント・ア・ロ・ディビーノの歌い手)とかそういうカントールとかプエタっていう人たちがいるらしいぞっていうのをだんだん知っていって。なんか知らんけど、十行詩(デシマ)って、ちょっと長めのめちゃめちゃめんどくさい韻を踏む詩のスタイルらしい…とかさ。
で、チリでもクエカとかトナーダとか、いろいろあるじゃないですか、いろんなリズムが。その中でもそのややこしそうな十行詩っていうのにちょっと興味を持って。こんなややこしい韻を踏む詩の形を、例えば文字が書けない歌い手とかめちゃめちゃ使ってるわけですよね。即興詩人とかね。なんでそんなめんどくさいことやるんやろうっていうので、逆に興味を持って。
<パジャドールの即興詩>
千葉
で、二つ目の大学院は東京外大に戻ったんですけど、その修士をやりながら、一年目にスペインのロマンセとかデシマ(十行詩)とかの関連するような民衆詩と言いますか、そういう歌われる民衆詩みたいなものに関する文献、スペインとかチリとかの文献をちょっとずつ、不十分ではありましたけれども集めて読んでったんです。
で留学する頃には(二年目に留学したんですけど)、このカント・ア・ロ・ディビーノがどうも面白そうやなっていうなんとなく感触を持って、クエカにしようか、カント・ア・ロ・ディビーノにしようか、どっちにしようかなみたいな感じでいたんですけど。
でチリに行って割とすぐにそれこそ即興詩人の集いみたいのがあるんですよ。「エンクエントロ・デ・パジャドーレス」みたいな。で、吟遊詩人の中でも、特にその即興でその場で自分が思っていることだったり、その場にいる人だったり、その場で起こっている出来事だったり、その場にあるものなんかを詩に読み込んでいくっていう即興詩が多分、その一つの典型的な形態だと思うんですけど、そういう即興詩人のことをチリではパジャドールって言いうんですね。
で、パジャドールで有名なのはウルグアイとかアルゼンチンなんですよね。でも一応チリにもパジャドールっていう人たちがいて、四行詩とか十行詩で即興詩を読んでいくっていう人たちがいるんですよ。で言ってみたら、即興詩そのものを専門で吟ずるような人たち、一群の人たちがいるんですね。プロだったり、アマだったりするんですけど。で、僕がチリに最初に留学したのが1987年で、まだピノチェト軍事政権の頃※だったんですよ。
※ピノチェトは1973年にCIAのバックアップの元、アジェンデ社会主義政権を倒し、シカゴ・ボーイズと呼ばれた新自由主義の経済学者を経済政策に起用し、世界初の新自由主義の実験場となった。
その頃にいろんなペーニャに(ビオレタ・パラの時代からそうなんですけれども、舞台があってお酒とかちょっとしたものが食べれて、まあ催しを見るための酒場みたいなライブハウスみたいなとこ)、いわゆるライブハウスみたいなとこで行われるペーニャ、そういう専門のペーニャもあるし、例えば僕が住んでいたスラム地区ではカトリック教会の場所で臨時のペーニャが開かれたり、例えば学校とかね、そういう別にそのための場所ではないところで、たまたまそう開くような臨時のペーニャもあったんですけども。
スラム地区だったり、あるいはその地元の農村の住民のための住民センターみたいな。そういう集会所みたいなとこで、何月何日にエンクエントロ・デ・パジャドーレスやりますみたいな感じでやられる場合も、いろんな形態があったんですけども。
それで何人か、最低2人はいりますよね。というのは、一人で即興詩を吟ずるってあんまりおもろくないから多分そのラップとかと同じですよね。そのまあやり合うというかさ。
水口
コントラプントで。
千葉
そうそう。2人の場合もあれば、3人とか4人の場合もありますけれども、そういう形でこうちょっとお互いに茶化し合いながらとかアタカール(攻撃)しながら、笑いを取っていくみたいな感じでやられていて。
で留学して最初に僕が見たのがそのエンクエントロ・デ・パジャドーレスだったんで、ちょっと即興詩の、即興詩人のこと研究しようかなって、ちょっと傾いたんですよ。
最初は。同じ十行詩でも、即興詩人たちも十行詩、これは単独の十行詩なんですけどね。十行詩、一編をその場であの吟じたり、あとは二人組になって2行ずつ吟じてくっていうのもあるんですけど。十行あるから、一人で十行詩を吟じることもできるんですけど、Aさん、Bさんふたりで吟じるって方法もある。
10行ということは2×5ですよね。2行×5つ。でその韻の形っていうのがabbaaccddcっていう10行なんですね。最初の韻がabbaだからAさんが2行吟ずるってことは、ここでabっていう韻がくるから、3行目と4行目、次Bさんにバトンタッチなんですけども、言ってみたらAさんがBさんに、3行目は2行目と同じ韻で、4行目は1行目と同じ韻でひっくり返るみたいな感じで、はいどうぞってパス投げるんですよ。
そしたらBさんがそのもちろんAさんの放った1、2行覚えていて、2行目と同じ韻で3行目をまず終えてで4行目は1行目と同じ韻で終えるっていう感じになるんですよね。でそれであとはaccddcという形やから、二行ずつ、またAさんにバトンタッチされてでBさんにバトンタッチされて、最後はまたAさんで締めくくるみたいな感じなんですけども。まあこう2人で協力してやるっていう感じで。だからこれはあのコントラプトじゃなくてカント・ア・ドス・ラソネスって言うんですけど。だから2人いるってことは理性が2つあるわけじゃん。
だから、2つの理性で作る歌ですよ、みたいなそういう意味だと思うんですけど。で、これはあの僕の一応読んだ知識だと中世のそれこそトロバドールたちがすでにやっていた技法らしいです。 だからやってることの結構な部分っていうのは、本当に中世のトロバドールたちがやっていたような、コントラプント自体もそうだよね。
2人でやりあう、デサフィーオ(決闘)っていうかさ。それもそうだし、それからかなり具体的な2人で例えば4行を2行ずつやることもできるし、十行詩の場合はだから5回くるわけですけれども、2人で作っていくっていうのがすごく普通に行われていて。であとは観客にネタを求めるという本当の即興ね。
だからその詩を即興するだけじゃなく、一方的に即興するだけじゃなくて、お題をそもそも観客から与えてもらう。それでそれは2種類、観客が参加する形態があって。で一つは例えばですけど、一番ややこしいのはカント・ア・ドス・ラソネスで、十行目を、一番最後の行ね。十行目を観客に言ってもらうっていうね。
Contrapunto a dos razones con verso redoblado
https://www.youtube.com/watch?v=xQkjQTSjr1M
カント・ア・ドス・ラソネス
水口
ああ、あらかじめ縛るわけですね。
千葉
そうですそうです。あらかじめオチを言ってもらって、このオチになるように作りましょう、みたいな。で、めちゃくちゃいろんな場であったのが、今でも覚えてますけど、いろんなもありますけど例えば「Que se vaya Pinohet(ケ・セ・バヤ・ピノチェ)」だからピノチェトは出て行け、みたいな。
ピノチェ、エで終わる。ということは、10行目がéだから6行目7行目がタンビエン、とかムイビエンとかéで終わる単語で終わんなきゃいけないんだけど、そのケセバヤピノチェっていうのが来るから。そうするとまあ、9行かけて2人でピロチェトのことを弄ぶような、軍人馬鹿にするネタみたいな詩を2人で協力して作っていくんです。
水口
そういうのっていうのは秘密警察がいたりとかっていうのは大丈夫だったんでしょうか。結構、危険な気がするんですけど。
千葉
あ、なんていうかな。サポっていって、スパイみたいな人たちがいるんですけど。市民の中にもいるんですよ。だからペーニャの場っていうのは、全然開かれてて誰でもいけるから多分いると思うけど、それでもやっちゃってましたね。
水口
ははは、そうなんですね。
千葉
それでもクーデター直後みたいにすぐに軍人がやってきて捕まるみたいなことはありませんでした。ゲラゲラって笑うけど、いろんなとこでやってるじゃん。もう無数の場所で。だから多分いちいち取り締まれないという状況だった。今の質問ではちょっとそう思いました。
水口
そうなんですね。じゃあアルゼンチンよりはだいぶ穏健だったっていう感じなんですね。
千葉
いや、そんなことないですよ。チリの方が多分、激しかった。抑圧は。っていうことは言われてますけど。ま、だからそういうことされてもやってたっていう感じですかね。だから多分いたる所でそういうところを取り締まることはできないぐらい多分いたる所で反対してたというか、そんな感じなんじゃないかな?
水口
なるほど、ちょっと言ったぐらいだったら大丈夫っていう感じですね。
千葉
うん、まあしゃあねえなって言って、軍人とかもわかってるけど、そのいちいち取り締まれねえしなぐらいで多分やってた。だからといって抑圧がなかったわけでは決してないというか、そんな感じですかね。
それであの1つがそういうふうに観客に言わせるっていうんで、本当にその場で作るっていう感じでね。でもう1つは、これも中世の吟遊詩人の全くそのままの伝統が生きてるんですけど、ペルソニフィカシオン、ペルソナってありますよね。
このペルソニフィカシオン、つまり「擬人化」というか、「憑依芸」みたいな技法があって、でそれは主に十行詩だとちょっと長いんで四行詩、八音節四行詩。これは偶数行が韻を踏むだけでいいから、デシマ(十行詩)よりも韻の縛りは緩いというか、八音節四行詩で偶数行だけ韻踏んでたらいいですよっていうね。
でペルソニフィカシオンの場合はこれが主に使われるんですけど。で、これはまあ言ってみたら、例えば軍人とチェ・ゲバラとかそういう対立する、まあなんでもいいですけど、バスの運転手と学生とかね、こう社会的にちょっと対立するような人物を2人、観客が選ぶんですよ。誰と誰みたいな。
例えばわかりやすく言うと右派と左派みたいな。トランプと誰々みたいなね。トランプとバイデンでもいいですわ。みたいなのを観客が言うんですよ、必ず対立するセットを。でAさんBさん、どっちにする?みたいな感じで、じゃあ俺トランプ、俺はバイデンやみたいな感じで、その場で始める。
水口
でその役になりきるってことなんですね。
千葉
そうそう。でそれは自分の信条と違っても、もう軍人大嫌いでもめちゃめちゃえげつない軍人を演じるわけですよ。わざわざ。そうすると受けますよね。そうすると、言い手が逆に反応しやすくなるじゃないですか。だからそれは対立もしてるけれども、受けるのが目的やから、相手にこう批判されやすいことをわざと言っちゃったりとかね、いう感じだから本当に対立はしてないですね。
そういう役の上での対立だから。映画の悪役といい役みたいなさ、そんな感じでしょうかね。あとはもちろん完全に普通のデサフィーオ(決闘)ももちろんあって、2人で、例えば最初の自己紹介の時にもういきなりこうお前なんやねんみたいな、あほんだぁらみたいなことを相手の体型をおちょくったりとか、外見をおちょくったりとかするのをお互いにやりあうっていういわゆるデサフィーオはあります。
でこれも多分トロバドールたちの伝統にあるので、こうして見るとさ、めちゃめちゃ生きてるんですよ、中世の伝統が。それがたまたまですけど、今僕が言ってるのは一つの現場ですね。今日、僕は2つお話したいんですけど、一つめの現場がいわゆる純粋な本来の即興詩をやるための会、エンクエントロ・デ・パジャドーレスっていう機会が一つありまして、で、それが今話した感じ。
で、それは特に僕はたまたま行ったのが軍事政権下だったんでかなりの割合で、軍事政権の状況を批判するために割と使われてました。必ずしもそのテーマじゃなくてもいいんだけども、多分そういうのに集まってくる人とか、それを専門にやってる人たちが、どちらかというと、左派系というか、進歩的なというか、軍政に対してどちらかというと批判的な人たちがパジャドールをやってる人が多かった気がします。
水口
パジャドールの人は、当時はもうみんな字が読める人が多かったんですか?
千葉
もちろん全員読めます。100パーセント。
水口
ということはやっぱりそういう会をやるのはインテリっていう感じでなんですか?
千葉
そうです。実際インテリもいました。学校の先生とか。 数学の先生とか音楽の先生とか、もちろんほとんどの人は、多分全員じゃないけど、半分以上、6、7割はおそらく大学出で。小学校も出てないっっていう人は多分一人もいないんじゃないかな。おそらく僕が知り合った人は全員もちろん読み書きができる。かなりインテリも結構いたって感じ。何かご質問がございましたら…。
水口
いや、非常に興味深くって。やっぱりパリャドールって即興詩の世界なので文字というよりは声の世界の人というイメージがあったので、特に即興でそういうものを楽しんでいる人たちっていうのはどちらかというと識字率が低い人たち多いのかってそもそも思っていたということと、そういう人たちはどちらかというとピノチェトに対してそんなに敵対的な立ち位置ではないイメージを持っていたので驚きました。
千葉
ああ、なるほど。伝統の中で生きてきてるから。
水口
クエカなんかも割とナショナリズムの枠の中でやるっていう意味では体制派になりやすいイメージがあるんですけど、なんとなく。
千葉
なるほどなるほど。鋭い指摘です。いい質問。
即興詩をいつぐらいの時にどう覚えたかって結構大事ですよね。でね、要するに軒並みペーニャとかに出演している有名なパジャドールたちの、それから今の人たちの教育歴っていうのは結構大学出が多い。割と。
水口
どこでどういうふうにデシマ(十行詩)と出会うんですか?
千葉
だからそれもおそらく新しい歌(ヌエバ・カンシオン)関連で、デシマがあるんや、みたいな。で、ビクトル・ハラと知り合いだったりするんですよ。
水口
ビクトル・ハラもパジャドールのアルバム出してますしね。
https://www.youtube.com/watch?v=HCgnjviP7VQ
ビクトル・ハラのアルバム「Canto por travesura」に収録されたギタロンで演奏された「Por un Pito Ruin」
千葉
そうですそうです。ビクトル・ハラの後輩だよね。ビオレタ・パラとかビクトル・ハラとお付き合いありましたみたいな人たちの年代。で、ていうことは割とその現代的で都市的なところもあって、教育も受けていて。
で、意識的に社会運動っていうか、社会を変えていこうみたいな文脈の中で、でもアメリカに従属するんじゃなくて、伝統的な価値もちゃんと取り入れましょうっていう、多分そのスタンス。ということは、ヌエバ・カンシオンとちょっと似てるよね。
伝統取り入れるって言っても、伝統の中で自然に育ってきて、で気づいたら即興してましたというよりは、大人になって理性がついてから、それこそ20歳以降とかね。即興詩っていうものがめっちゃおもろいやんこれって頑張って覚えるぞみたいな感じで覚えて、ちょっと才能があった人たちが芽が出たみたいな。そんなパターンが全部じゃないけど割と多い。7割8割。
だから伝統的に農村で農民やっていて、でいろんな機会で即興する機会があって、お父ちゃんもやってたから、俺もやってるんやみたいな人たちってのは少なくて、そういう人たちはでも実際に、水口さんすごく鋭くって、保守的なんですよ、やっぱり。即興詩をやるという形態が同じであっても、精神性がめちゃめちゃ伝統的でさらに言ってしまうと体制維持派、ピノチェト大好きみたいな方々も中にはおられました。
が、前面にこの即興時の夜会とかでバーって出てくる有名どころっていうのは、もう軒並み知識人で、まあでもすごく仲が良くなってくれた靴職人のホルヘっていう人だけは中学出なんですけども、それでも中学校出てますからね。中学出てるってことは日本でいうと高校出てるわけだから。
で、僕なんかよりもすごいめちゃめちゃいろんな単語知ってるわけですよ。すごい勉強して。だから大学は出てないけれども、すごいちゃんと、もちろん本も読めるし、詩も書けますしね。文字で。そういう形で意識としてはすごい左派的というか進歩的というか。そういう人たちが意識して、即興詩を覚えるぞと。
で覚えた状況で軍事政権になってるから、これはピノチェトを批判しよう、みたいなので、どうしてもそういう文脈自体がペーニャに行ってる人たちも、どちらかというと反対派の人がデサオガールする(吐露する)っていうかさ、ちょっとこう息抜きとか、ちょっとストレスを晴らすために聞きに行くっていうことも多いから。
そうするとやっぱりそういうテーマになりがち。だからあそこでピノチェト万歳的なピエ・フォルサード(最終行を観客があらかじめ提案し、十行詩の脚韻を最初に縛るスタイル)、一番最後、ピエって足ですよね。ピエ・フォルサードを保守的なのを言ったら、多分ブーイングになりそうな感じ。
本当はだって自由なんだから何言ってもよさそうなんですけど、集まってる人の大半も中道派から左派の人が多分多いというかさ。そんな感じですね。コンテキストとしてはね。それがまあ即興詩人の世界というか、日々のね、だからそうすると伝統的な即興詩がそのまま生きてますよっていうのとも、ちょっと違うというか学び直してるって感じかな?ちょっとね。こんな感じですね。それが一つめの世界。
(その1終わり)
→【本企画目次へ戻る】
http://elpop.jp/article/191144018.html
Top > Guindahamacas > 千葉泉さんに聞く、チリの吟遊詩人の世界 その1

