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ペルーにおける詩と音楽〜吟遊詩人の世界

2024.12.04

 ラテンアメリカのそうそうたるトロバドールの世界の中で、ペルーは非常にマイナーな国である。しかし、では吟遊詩人は存在しないのかといえば、そんなことはない。ペルーはペルーで非常に多様な吟遊詩人世界を持っている社会でもある。

 吟遊詩人の定義は諸説あるが、国立民族学博物館で現在開催されている特別展「吟遊詩人の世界」展では、吟遊詩人を、王家の系譜や英雄譚を語り継ぐ語り部、戦場で兵士を鼓舞する楽師、社会批評家、宴席に哄笑の渦をまき起こすコメディアン、庶民の意見の代弁者、中央のニュースを地方に伝えるメディア、儀礼の進行を担う司会者、五穀豊穣を祈願する門付芸人、また、霊的な世界と交流する職能者、ヒップホップなどのラッパーまでをを含めている。

 一般にラテンアメリカで吟遊詩人という時にイメージされるものは、韻を踏んだ四行詩や十行詩の即興の歌や歌試合、ニュース歌謡などがイメージされるが、民博の定義であると物語歌だけでなく、神々と交歓するシャーマンの儀礼歌なども吟遊詩人の範疇に入ることになる。そうなると途端にアンデスやアマゾンのさまざまな儀礼歌が吟遊詩人の範疇に入ってくることになるが、ここではアマゾン地域でアヤワスカ儀礼の際に歌われるイカロという歌があり、それをうたうシャーマンたちが居ることを紹介するにとどめたい。

Sigo Siendo - Icaros amazónicos

https://youtu.be/fseKgna-Dsw?si=0QmvWajl9rL7qxgJ&t=521

続いてクマナナだ。クマナナは四行詩コプラを即興で韻を踏みながら歌試合をするというスタイルの音楽で、勝敗が決まるまで終わることが出来ないという。主にピウラ地方に残っている。クマナナは音声的にはアフリカのキンブンド語由来であるとニコメデス・サンタ・クルスは書いており、彼はこの即興詩の歌試合に惚れて自らの楽団名をクマナナと名づけたほどであった。

ニコメデスによれば、ペルー北部の町モロポン最高のクマナナとされたものに非常に似た歌試合の記録が1700年代のチリに残っており、こうした詩のスタイルやテクニック自体が非常に広い範囲で共有された民衆知として機能していたことを物語っている。クマナナは古くはアルパ、近年はギターとともに行われたというが、最近は無伴奏で歌試合をすることもおおいようで、個人的にはやはりちょっとギターなどの音楽に合わせて歌って欲しいと思ってしまう。

ニコメデス・サンタ・クルスも影響を受けたラモン・ドミンゲスが謡うクマナナの録音


Cumananas. Ramón Domínguez,(1913 - 1987), agricultor, natural de Morropón - Piura. Marzo, 1970.


https://www.youtube.com/watch?v=6ZkCX_M3RsE

ニコメデスのアルバム「ソカボン」にもクマナナが少し録音されている。

ギターが入っているクマナナ。

Cumanana YO SÉ MÁS DE CUZCO Maricielo y Fiorella

https://www.youtube.com/watch?v=fkWK125CwY0

ペルーの北部海岸を讃えるクマナナ

Cumaná Planta (1er puesto)

https://www.youtube.com/watch?v=FcoSHr9vKdQ

最後にアモール・フィーノである。これはどのようなものかというと、車座になって順番に四行詩を歌っていくというもので、緊張感がある劇的な単調のギターのメロディーが印象的だ。この遊びも現代ではほとんど行われることがなくなったが、カテドラル・デル・クリオジスモではたまに人がそろうと催される。2つ、1979年の大御所のものと、カテドラルのものを載せておくが、歌詞が分からないと、ほとんど違いが分からないかも知れませんね。

1979年のテレビ番組で行われたアモール・フィーノ。伝説的な大御所たちがアモール・フィーノをやっている。それだけで大興奮もののビデオである。

Amor Fino - Malambo

https://www.youtube.com/watch?v=AEy4KsxxgL8

カテドラルで開催された現代のアモール・フィーノ。

AMOR FINO - La Catedral del Criollismo - Lima, Perú

https://www.youtube.com/watch?v=7rBiUhbBDrc

さて、ペルーの吟遊詩人の世界はこうした多様なスタイルを持っているが、その謡い手としてもっとも有名な人は誰かというと、紛れもなくニコメデス・サンタ・クルスであろう。アフロペルー音楽復興の立役者でもある詩人の作品も聞いておこう。

マリネラに捧げられたデシマ。最初に続く4つのデシマの最終行を1つの四行詩として提示し、その後それぞれそのフレーズで終わるデシマを4つ続けるデシマ・グロサーダで

Nicomedes Santa Cruz: Décima a La Marinera

https://www.youtube.com/watch?v=LmC0mxcEDYI

また彼のもっとも有名なデシマの1つである「ペルー黒人のリズム」も載せておこう。

Nicomedes Santa Cruz - Ritmos Negros del Perú

https://www.youtube.com/watch?v=kZoqLcWfsjc


さらに、現代の若手吟遊詩人たちを紹介したい。

オマール・カミーノは新進気鋭の社会派シンガーソングライターであり、ペルーの若手の中でも非常に評価の高いデシミスタでもある。彼のコンサートでは、大抵最低でも1回はデシマが挟まれる。批評精神あふれるものからシャレが効いた爆笑ものまでさまざまな引き出しを持っている。また彼の師匠筋がコンサートに来てくれている時には、ちょっとしたデシマの交換を行うこともある。

そして強調しておきたいのが、彼が作る曲が本当に素晴らしいということだ。コスタのムシカ・クリオージャやアフロペルー音楽、そしてアンデスのワイノなど各地の伝統音楽に真摯に取り組み、それぞれが抱えている生きづらさ、疎外された者へのあたたかいまなざしに満ちた曲が多いのが素晴らしい。彼の詩集もよいらしいが私は残念ながら手に入れられていない。インタビューもコロナのロックダウンで流れてしまったのが返す返す残念である。

コンサートでリマに捧げるデシマを行ったときの模様を見てみよう。

Décimas a Lima - Omar Camino

https://www.youtube.com/watch?v=BmPCgmMpkPA

さらに小さなライブでリマを代表する老デシミスタアントニオ・シルバ・ガルシアとコントラプントを行った時の模様。

Contrapunto de Décima Antonio Silva García y Omar Camino

https://www.youtube.com/watch?v=m2uLL5Z_yLY

彼の歌う歌も一曲。都市移民を歌った曲「風に舞う葉」を。

Cultural Live Sessions - Omar Camino - Hojas Al Viento

https://www.youtube.com/watch?v=UB1O7NEWsw4

もう一人、若手を紹介するなら、マリア・アイデーだろう。アンデス東斜面のワヌコ出身で、大学時代にオマール・カミーノとともに音楽学者チャレナ・バスケスの薫陶を受け、デシマを始めている。彼女は大学の卒論でもラテンアメリカのデシマについて書いており、ペルーを代表するパジャドールとしてラテンアメリカ各地のパジャドール、トロバドールの大会に参加し、各地のさまざまな世代の吟遊詩人たちと交流し、そこから彼女の故郷ワヌコで国際的なイベントを企画していこうという本当に行動力と才能溢れる若手詩人であり、歌手であると言える。

また、アンデスにルーツを持つものとして、特に故郷ワヌコのワイノを積極的に歌い継いでおり、リマに出てきた時には、ムシカ・クリオージャのより古いスタイルが守られているカテドラル・デル・クリオジスモを訪れ、主催者のギタリスト、ウェンドル・サルガードに必ずソカボンを捧げている。彼女の詩集は幸い彼女にインタビューした時に購入することが出来、彼女が私にあてたデシマを書いてくれたのは非常にうれしい思い出である。

マリア・アイデーが謡うソカボン。

María Haydeé - Décimas de presentación - Socabón (Perú)

https://www.youtube.com/watch?v=d0ostuREY9s

カテドラル・デル・クリオジスモでマリア・アイデーが、家主(主催者)のウェンドル・サルガードに捧げたソカボン。

María Haydeé canta Socabón en La Catedral del Criollismo

https://www.youtube.com/watch?v=b1PBOW0Cxa4

彼女が歌うワヌコのワイノ「Adiós cariño」。

María Haydeé & Omar Majino - ADIÓS CARIÑO - Huayno huanuqueño

https://www.youtube.com/watch?v=SQFv9xo81nc

チリのカサブランカで毎年開催されている「Encuentro Internacional de Payadores」は、チリ、アルゼンチン、コロンビア、ペルー、メキシコ、プエルトリコなど各地から吟遊詩人が集まり、それぞれの歌を交換し、時に歌試合に興じる。毎年訪れているマリア・アイデーの活動をいくつか追ってみよう。

ソロでソカボンを歌うマリア・アイデー
XIV Encuentro Internacional de Payadores de Casablanca, Chile
Socabón Peruano "Siendo en el amor capaces" Décimas de María Haydeé Guerra Berrios

Siendo en el amor capaces

https://www.youtube.com/watch?v=ZlE4rbrck60

ペルーとチリのパジャドールの歌試合
Contrapunto de Maria Haydeé Guerra (Perú) con Ruth Barrales (Chile)

Contrapunto de Maria Haydeé Guerra (Perú) con Ruth Barrales (Chile) en Casa Blanca, Chile

https://www.youtube.com/watch?v=n8CwG3fzeMA

せっかくなのでEncuentro Internacional de Payadoresで他の国の歌試合も見てみよう。

アルゼンチンとチリ

Encuentro Internacional de Payadores de Coltauco, Chile 2023. Contrapunto y Parte 1.

https://www.youtube.com/watch?v=c6uieS7XonQ

4カ国対抗

XXX Encuentro Internacional De Payadores en Casablanca

https://www.youtube.com/watch?v=0_APHX44jWc


今回はざっくりとペルーの吟遊詩人世界について紹介させていただいた。また、個別の魅力的な人々についても機会を見つけて掘り下げていければと思う。

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http://elpop.jp/article/191144018.html


posted by eLPop at 21:57 | 水口良樹のペルー四方山がたり