Top > Guindahamacas > ソンのルーツを探しに 〜キューバ、グアンタナモへの旅〜(その2) by二田綾子

ソンのルーツを探しに 〜キューバ、グアンタナモへの旅〜(その2) by二田綾子

2021.10.14

二田綾子さんによる『ソンのルーツを探しに 〜キューバ、グアンタナモへの旅〜』第2回目です!

◆◆◆◆◆◆
(その1から続く)

<初めてのグアンタナモ>

 キューバ第二の都市、サンティアゴ・デ・クーバからトラックに揺れること約二時間、すっかりモンゴに洗脳されて本場のチャングイを聴かない訳にはいかないという気持ちになっていた私は、同じくキューバに留学していた日本の友人と一緒に念願のグアンタナモに到着した。ちなみにそのトラックは「安いから」と知り合いに進められた乗り合いトラックで、後ろの荷台に大勢がひしめき合って座るオープンカー・スタイルだ。風に当たりながら眺める田舎の風景が旅情をかき立ててくれる上に非常に格安なのが嬉しい。しかも一緒に乗っている人とも面白おかしいおしゃべりもできるから、体力に自信がある人はこのようなスタイルでの移動がおすすめ。(しかし友人は移動中に降られたにわか雨のせいでグアンタナモ滞在中は風邪で寝込んでしまった。)
 サンティアゴ・デ・クーバもそんなに大きな町でもないので、想像した通りグアンタナモは小さな町だったが、それでも右も左も分からない。近くにいた男性に尋ねると「町の中心は公園があるところだ」というのでパルケ・セントラル(中央公園)に向かうことにした。
 簡単に公園は見つかった。サンティアゴやハバナに比べると、はるかに掃除が行き届いていて爽やかな公園だ。きちんと整備されているのでグアンタナモの人々は律儀な性格なのかもしれないとなんとなく思ってしまった。
周りに数件のカフェやお店らしきものはあるものの、観光客に役立ちそうな建物は一つも見つからない。インフォメーション・センター?地図?ホテル?探すだけ無駄らしい。公園周辺は本当に全く観光用のものなんか一つも存在しない、静かな市民の憩いの場だった。
 ちょっと疲れたし、とりあえず近くにあるカフェに入ってみる。サンティアゴ・デ・クーバのように外国人目当てに好奇心旺盛に近づいてくるような人はいないが、好奇心という言葉でいったら、おそらくここの方が上だ。とにかくいたたまれないような視線を感じて落ち着かない。そりゃあ、たとえば、日本のド田舎にインド人の衣装を着た家族連れがいきなり町の喫茶店に入ってきたら注目してしまうだろう。
 私たちは恥ずかしくて顔を上げられないまま席に着いてしばらく大人しくしていた。すると、頼んでもいないコーヒーが運ばれてくる。あれっと思いキョロキョロすると、向こうにいる1950年代風の紳士が指をパチンと鳴らしてウインクしてくるではないか。
 「素敵だ・・・」
 アジアからの不思議な珍入者に歓迎のしるしというわけだ。私たちは向こうにいる紳士とコーヒーで乾杯の仕草を取り、とてつもなく濃くて甘いコーヒーを一杯ご馳走になった。ハバナやサンティアゴ・デ・クーバと異なり、外国人に興味を持った男たちがしつこく話しかけてくるような雰囲気はなく、みんな遠くから見守ってくれている。コーヒーの紳士も、特に話しかけてくることもなかった。グアンタナモの市民は奥ゆかしくて非常に温かいのだ、と友達と意見が一致して一気にこの街が好きになってしまった。
 その後無事モンゴに再会できた。街の文化人っぽい人たちに「彼女たちは日本からチャングイを調べに来た研究者だ」とモンゴが大げさに紹介してくれたお陰で、数人が集まり真剣になって滞在中のスケジュールを調整してくれた。それが、なんと朝8時から夜までピチピチの予定で詰まっていたので、今まで抱いていたルーズなキューバ人のイメージを完全に覆してくれた。(ちなみに誰からも特に金銭など要求されることもなく、最後までただの好意でとにかく内容の濃すぎる音楽体験をさせてくれた。)グアンタナモの人々、何て良い人たちなんだろう!

グアンタナモ市内の壁画
*写真:グアンタナモ市内の壁画

<チャングイの生き証人、ペドロ・エスペーとイケイケお姉ちゃん>

 ローマ・デル・チボ(ヤギの坂)、下町の音楽が眠っている宝庫。グアンタナモ市内の一角にある地域、ここは庶民の音楽が盛んだった場所として有名だ。ハバナでいうところのセントロ・アバナのカヨ・ウエソ地域(ルンバが盛んに演奏されていた地域)のような所だ。確かにチャングイの曲などを聴くと、歌詞の中にこの地名がしょっちゅう出てくる。前述したエリオ・レベもここの出身であり、彼の曲にもこの地名は登場する。
 現在はこの地に「カサ・デル・チャングイ(チャングイの家)」という小さなチャングイ博物館のような建物があり、そこで様々な催し物が開催されている。

カサ・デル・チャングイ
*写真:カサ・デル・チャングイ

エリオ・レベ像
*写真:カサ・デル・チャングイ内にあるエリオ・レベ像


*映像:カサ・デル・チャングイ内での解説

 このローマ・デル・チボで、チャングイの生き証人とも言える大巨匠とアポイントを取ることができた!とラフェリートが興奮して言うので、フィールドワークに行くことにした。ちなみにこのラフェリートという人物だが、彼は文化省関係かなんかに勤めているインテリ。キューバではたまに驚くほど文化水準の高い人物に遭遇するが、彼が語る映画論は詳し過ぎて、まるで付いていけなかった。
 ラフェリートが「チャングイ奏者の数少ない貴重な生き残り」と騒ぐ位だから、これは興味深い。ワクワクしながら彼の後を付いてローマ・デル・チボのとある民家へと近づいた。
 すごいボロ屋だ。今にも崩れそう・・・
 ちょっと及び腰になりながら中に入ると、かなりのご老体がベッドからゆっくりと起き上がってわざわざ出てきてくれた。足は枯れ木のようだ。起き上がって大丈夫なのだろうか。彼の名前はペドロ・エスペー。チャングイの知名度を世界に広めたグループ「グルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモ」でヴォーカルとマラカスを担当していた。チャングイを語る上で欠かせない、かの有名なトレス奏者、チト・ラタンブレなどと一緒に活動をしていた、生粋のチャングイセーロだ。

ペドロ・エスペー
*写真:ペドロ・エスペー

 聞くと、生まれは1909年(2000年没)、当時89歳のご高齢だった。彼の話によると、父親の時代にすでにグアンタナモではチャングイが演奏されていたと言う。幼い頃から家族や親戚が演奏する音楽に慣れ親しみ、大人になると当時のディスコやいわゆる売春クラブなどで演奏して回り日銭を稼いでいた。チャングイという素朴な音楽とディスコとが今ひとつ結びつかなそうだが、チャングイだってポピュラー音楽の一種。グアンタナモの人々にとって、娯楽の場で聴く音楽が自然とチャングイになるのだ。まさにグアンタナモの大衆に根付いている音楽、チャングイ。
 ペドロ・エスペーと名残惜しいお別れ(もう二度と会えないだろうという予感がした)をしてから外に出ると、ローマ・デル・チボの風景とは似ても似つかない、イケイケ黒人系お姉ちゃんが長い足をちょっと斜めにして腰に手を当ててこれ以上ないくらいのキメポーズで立っている。バツグンのプロポーションに、アディダスのピタピタ・スウェットがお似合いだ。明らかにウイッグと分かる、ツヤツヤなドレッド・ヘアーが目にまぶしい。彼女の立っている部分だけが世離れして見えた。今まで生きてきた人生の中の一風景で、こんなに大きなギャップを感じたこともないかもしれない。まるで、霞ヶ関のど真ん中に侍がいるような世離れ感だ。
 「ずう〜っとここで待ってたのよ。ふとあんたを見かけてやっぱり、って思ったわ!私のこと覚えてる?」
 覚えてる!!以前東京のライブ・レストランでイケイケに踊りまくっていたあのお姉ちゃん!1990年代半ば、新宿歌舞伎町に「ココロコ」というレストランがあったのだが、そこではキューバからやってきた生バンドが毎晩出演していた。コロナ渦の今となってはあり得ない、夢のようなレストランだ。スタイル抜群の彼女はダンスも飛びぬけてカッコ良かったので誰よりも目立っていて、その時知り合いになったんだった。確か彼女は日本人と結婚して日本に住んでいたんじゃなかったっけ?
 「今、ちょっと帰省してんのよ、ダンナは日本にいるけどね。にしても超ビックリ!!グアンタナモ来てんのお?ねえねえ、今晩遊ばない?」
 こんな面白いことってない。こんなかけ離れた所で、知っている人に会えるなんて!!私たちは即OKした。いかにも遊んでいそうなお姉ちゃんだし、今一番(グアンタナモで)ホットなスポットに連れて行ってくれるに違いない。
 やっぱり彼女は夜もキメキメだった。私たちアジア人じゃあ、どんなに頑張っても負けてしまう、非の打ち所のないプロポーションだ。私もあんな足が欲しい・・・
 輝くような彼女のパワーに圧倒されて最初は気づかなかったが、ふとみると彼女の後ろに3人の男が付いている。彼らはボディ・ガード?それともファン?よく分からないが、とりあえず私たちは静かに彼らの後に着いて行った。やっぱりイケイケお姉ちゃんは人気者だ。次から次へと知り合いに挨拶する。彼女の友達というだけで、何だか私たちまで鼻高々な気分。連れて行ってもらったディスコも顔なじみらしく、次から次へと挨拶のキスを交わす。
 ディスコの中は真っ暗だ。大抵のディスコというものは暗いものだが、ここのディスコは密閉された屋内で停電が起きてしまったように暗くて、本当に何も見えない。しかもものすごい暑さだ。ただならぬ熱気の中、体を揺らしていると、どうも中は超過密状態らしいということに気づいた。やがて何となく暗闇に慣れてくると、とんでもないほど多くの若者たちでごった返しているのに仰天した。グアンタナモにはこんなに人がいたんだ!ド田舎ド田舎とバカにしていたが、日本の一地方都市のディスコはこんなに密にはならないはずだ。グアンタナモ中の若者が全て集まったのか、それともグアンタナモは実は多くの若者が住んでいるのか実態は分からなかったが、耳をつんざく大音量でギュウギュウ詰めになって踊りまくるグアンタナモ人たちのパワーに恐れ入った。日中は穏やかに見えた町なのに、どこから人が集まってきたのだろうか。
 キューバ人ってやっぱり踊る。こりゃあパワフルだ・・・
 150年前の伝統音楽チャングイが今でも息づく町グアンタナモの別の一面を垣間見ることで、ますますこの町が好きになってしまった。
 イケイケお姉ちゃんのその後だが、ハバナの街中で何度も見かけた。キューバではかなり高級と思われる車の中から耳をつんざくようなクラクションを鳴らし「アヤコ!アヤコ!」と呼ばれたこともあったし、高級ホテル、アバナ・リブレのロビーでまばゆいドレスを着ている姿の彼女にも遭遇したし、やっぱり彼女はハバナでもイケていた。

(その3へつづく)
posted by eLPop at 09:12 | Guindahamacas