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ソンのルーツを探しに 〜キューバ、グアンタナモへの旅〜(その1) by二田綾子

2021.10.08

 キューバン・ジャズの「カミータ」レーベルやドキュメンタリー映画『Cu-Bop CUBA〜New York music documentary』の制作に携わってきた二田綾子さんが、『チャングイ:ザ・サウンド・オブ・グアンタナモ』という、キューバのチャングイの新録3枚組CDボックス・セットをSNSで取り上げ、かなり盛り上がっていた。そこで、キューバ音楽、特にソンやそのルーツの1つとされるチャングイなどに詳しい彼女に、チャングイの原稿を依頼したら、快諾下さった。マニアック〜学術的内容とグアンタナモ周辺の紀行的な側面ももった、魅力的な内容に仕上げて下さったので、ぜひお楽しみ下さい。
 全4回に分け、アップする予定です。

【二田綾子さんプロフィール】
 東京藝術大学音楽学部修士課程音楽学専攻修了。1995年以降度々キューバを訪れ、在ハバナ『キューバ音楽研究・発展センター』に留学し大衆音楽「ソン」のルーツを研究。
 2000年にキューバン・ジャズを中心とする音楽制作チーム「カミータ・レーベル」を写真家の高橋慎一さんと立ち上げ、2015年にドキュメンタリー映画『Cu-Bop CUBA〜New York music documentary』を制作。
 職歴は、音楽ジャーナリスト竹村淳さんが経営するテイクオフ→ディスクユニオン(ラテン・ブラジル専門フロア)→『SALSA120%』のウノを経て、今はなぜかペルシャ絨毯販売業。


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 今夏、マニアの心をわしづかみにするとんでもなく豪華な商品が発売された。その名は『チャングイ:ザ・サウンド・オブ・グアンタナモ』という3枚組CDと本のセットだ。

1. Changui the sound of guantanamo.jpg
*写真Changüí:The sound of Guantanamo (発売:Petaluma)

 100枚以上のフルカラー写真が掲載された全120ページのハードカバー本とCD3枚組。チャングイの情報がこれ以上なく盛り沢山に詰まっている。高級菓子箱のようなボックスを開くと雑多にサインが記されたトレス・ギターのイラストが描かれた本の表紙が現れ、その本を取り出すとグアンタナモの長閑な風景が写し出された紙ジャケのCDが3枚収められている。なんと新録全50曲。今まで日本で入手できたチャングイ関連の音源といえば、スミソニアン博物館や海外の音楽フェスティバルなどで数々の海外公演の経験もあるチャングイ界のメジャー・リーガー「グルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモ」と農村グループを代表する「エストレージャス・カンペシーナス」との2つ位しかなかったが、ここにはかなりディープなキューバ音楽好きも知らない、グアンタナモ郊外の知られざるグループの音源も収録されていて、こんなものが豪華CD/BOOKという商品として市場に出回ることになるなんて!と大興奮した。
 何だこのマニアックさは・・・ 半ば震える手つきでページをめくると、グアンタナモの日常風景やミュージシャンたちの姿がこれでもかという程私の目に飛び込んでくる。制作したのはアメリカに住むジアンルカ・トラモンターナというNY在住の音楽ジャーナリスト。ルーツ音楽に詳しいようだが、特にキューバ音楽関連で聞いたこともない人物だ。2017年から19年の間、約2年半をかけてグアンタナモ市内はもちろん、山村の集落各地も回り、膨大なフィールドレコーディングを行いチャングイの調査をしたそうだ。この作業、かなり大変だっただろうけれど面白いなんてもんじゃないだろうな、私も一緒に行きたかった・・・

ご購入はこちらから(ディスクユニオン新宿店 ラテン・ブラジル館)

 私は数度にわたってグアンタナモを訪れたことがあるが、最後に訪れたのは2012年。新型コロナウィルス感染症の世界的流行のせいで海外がさらに遠くなってしまったせいもあり、すっかりグアンタナモのことが記憶の彼方に追いやられていたが、全編フィールドレコーディングの生々しい音を聴くや否や、懐かしいグアンタナモの人々や景色、町の匂いや色彩が走馬灯のように蘇ってきた。

<モンゴとの出会い>

 1998年春、当時まだ学生だった私は親の不安などを完全に無視して、キューバでの一年間の滞在を決行した。「キューバの伝統音楽、ソンの論文を書くためのフィールドワーク」なんて言い訳をしながら、毎日朝から晩までライブ三昧の日々を堪能して踊り明かす日々を過ごしていた。
 滞在中は数え切れない程のライブに足を運んだが、その中でも最も印象的なイベントの一つとして思い出深いのが「エンクエントロ・ナシオナル・デ・セプテートス・イグナシオ・ピニェイロ」。これはキューバ中のソンを演奏するグループが一同に首都ハバナに集合して、数日間にわたりひたすらソンのライブを繰り広げる極上のフェスティバルだ。ソンの歴史上最も重要な音楽家の一人、故イグナシオ・ピニェイロの名前をそのまま用いた音楽事務所のパティオでライブが開催され、それこそ「ソンでお腹一杯になりすぎてもう倒れそう!」というくらい、これでもかという程次から次へとソンのグループが出演してぶっ通しで演奏し観客が踊り続ける、日本ではあり得ないような贅沢なイベントだった。
 首都ハバナのグループの他、シエンフエゴス、カマグエイ、サンティアゴ・デ・クーバなど各地から魅力的なグループがやってきていたが、その中でも私が最も目を付けて夢中になったのが、グアンタナモ出身のチャングイを演奏するグループだった。当時そのグループは「セプテート・ティピコ・グアンタナメーロ」と名乗っていたが、チャングイをよりグローバルにしたいという思いを込めて「ロス・ウニベルサレス・デル・ソン(ソン・ユニバーサルズ)」という名称に変更していた。私は以前の方が良かったと思うのだが・・・

2. ロス・ウニベルサレス・デル・ソン.JPG
*写真:ロス・ウニベルサレス・デル・ソン

 すっかり耳に馴染んだ安定のソンのサウンドに比べると、粗野で荒々しいけれど、どこか哀愁を帯びて琴線に触れる旋律のヴォーカル、シンプルな編成なのにグイグイとアグレッシブに攻めてくるポリリズムの嵐、シンコペートするグルーヴ感に満ちた黒いウネり・・・ヤバい、これはクセになる。ソンのフェスティバルが終わる頃にはすっかりチャングイのことで頭がいっぱいだった。
 グループのリーダーである愛称モンゴことラモン・ゴメス・ブランコは、ミュージシャンでありチャングイの研究家だと言う。私が「チャングイに興味がある」と言うと、モンゴは夢中になってチャングイ論を繰り広げはじめた。そして、きみは絶対グアンタナモに行くべきだと熱く語る。ちょっと難しそうな顔をしながら渋く話す彼の姿は真剣そのもの。
 「チャングイってなんだか奥深いような感じがする・・・ちょうど研究対象のソンのルーツとも言われていることだし、これは研究しないわけにはいかない!」と、半ばモンゴに洗脳されたような気がしないでもないが、グアンタナモに訪れたい気持ちは日々高まるのであった。
 その後モンゴはハバナ市内で時折開催されている「グアンタナモ県人会(そんな集会があるとは!)」に私を連れて行き、そこに集まるグアンタナモ出身者に「日本からチャングイを調べに来た音楽研究者」と大げさに紹介したおかげで、もはやチャングイ研究をしないわけにはいかない状況におとしいれたのだった。ちなみにその県人会では当然のようにチャングイの生バンドが出演して老若男女が楽しそうに踊っていた。


<チャングイについて>

3. グルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモ.jpg
*写真:グルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモ

 さて、日本ではまだまだ知名度が低い「チャングイ」という音楽ジャンル、これはどういうものなのか簡単に説明しよう。
 サルサの源流となったキューバの基幹音楽「ソン」は、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブをはじめとして世界各地で演奏されすっかり有名になったので、もはや説明の必要もないほどメジャーな音楽になっている。ソンはキューバ東部にあるハバナに次ぐ第二の都市サンティアゴ・デ・クーバで誕生したとされているが、そのさらに東に位置するグアンタナモという地域では、ソンが生まれる背景に深く関わっていたとされるチャングイという音楽が今でも盛んに演奏されている。
 グアンタナモというと米軍基地があることで有名なので何となく怖いイメージを抱いてしまうが(私も行く前はそうだった)、実際訪れると穏やかな人々が暮らすこぢんまりとした可愛らしい田舎町だ。米軍基地があるので英語を話す人が多い、とガイドブックで読んだことがあるが、全然そんなことはなくハバナ以上に英語が通じない小さな地方都市だった。
 ものすごくざっくり説明するとチャングイとは、ソンを泥臭くした、よりシンコペーションのビートが力強い大衆舞踊音楽、というところだろうか。ソンと同じように前半はメロディアスな歌謡があり、後半はコール&レスポンスが繰り返される即興的なモントゥーノ部分で盛り上がる。楽器編成はトレス、ボンゴ、マラカス、グアヨ、マリンブラ。通常マラカスやグアヨの演奏家がヴォーカルを兼ねている。大事なポイントは、ソンでおなじみの拍子木クラベスは使用されない。グアヨは金属製のグイロで、かなり大きい音が出るので目立つ。マリンブラはアフリカ起源の親指ピアノが巨大化したもので、奏者が上に座ってベースの役割をする。ボンゴはサルサやソンに比べて胴が長いので音が少し低く、「ボンゴ・デル・モンテ(山のボンゴ)」という名称だ。調律キーが付いていないので、火の熱で調律するという原始的な感じが田舎っぽい。

マリンブラ
*写真:マリンブラ

 チャングイでのトレスはヴォーカルのメロディーラインをなぞるように弾き、歌の各フレーズの後に「パソス・デ・カジェ」という二小節程度の分散和音による装飾的なフレーズが付随している。ソンと同じく花形の楽器だ。
ボンゴはソンのような定型パターンは演奏せず、ひたすら即興で自由に叩く。ルンバでいうところのキントのような役割で、その暴れ具合が非常にカッコ良い。
 ソンと似ている所も多いが、以上のようにチャングイ独特の特徴が強烈なオリジナリティを持っているので、好きな人は泥沼のようにハマってしまうのだろう。何といっても、こんな穏やかな農村風景が広がるグアンタナモでどうしてこんなにカッコいいキレッキレの音楽が生まれ育ったんだろう!?というギャップに驚きを隠せない。

 次にチャングイでのダンスだが、これがまた難しい。面白がってグアンタナモ出身のダンサーからチャングイのレッスンも受けたことがあるのだが、私がいくら練習してもまるでサマにならず、恥ずかしくて人前で踊るなんて絶対にできない。ソンと同じく裏拍(コントラティエンポ)でステップを踏むのだが、ソンよりもシンコペーションが強いリズムなので、4拍目でステップを踏むのが本当に難しい。そしてステップはほぼ摺り足。腰よりも肩の動きにポイントがあるようだが、それも全然上手くできない。

 百聞は一見に如かず、とにかく下の動画を見てプロフェッショナルの演奏と踊りを見てください。2004年にグアンタナモを訪れた際、老人クラブのような場所でグルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモが演奏していたのに偶然遭遇することができた時の映像。イマイチ音質が悪いのはご勘弁をしてください。


*映像:グルーポ・チャングイ・デ・グアンタナモ

 1945年にグアンタナモ市内で結成し、それまで田舎で演奏されていたチャングイを世の中に広めるきっかけとなったグループ。スミソニアン博物館など海外公演も多数。チト・ラタンブレ(トレス)、カンブロン(ヴォーカル/グアヨ)など多くのチャングイ・レジェンドを輩出している。ダンスはチャングイ界のプリマドンナ、ベージャという愛称で長年親しまれたエベリア・ノブレとディアブロという愛称のアメリコ・トレダーノ・ハイ。チャングイに関する映像を見ると必ずといっていいほど彼らの姿を見ることができる。この微妙な体の動きは熟練にしかできない技だ。

<チャングイの知名度をメジャーにした立役者、エリオ・レベ>

 田舎で生まれたチャングイを全く違う大編成でポピュラー音楽に引き上げ、キューバ中で大旋風を起こしたグアンタナモの輝くヒーローがいる。何度か来日経験もあり、日本でもキューバン・サルサ・ブームのきっかけを作ったエリオ・レベだ。大所帯オルケスタ編成にトレスやバタ・ドラム、ヴァイオリンを入れてブラス隊はトロンボーンのみというボリュームたっぷりの音圧で、チャングイのシンコペートするグルーヴを加えたキューバン・サルサ。レベが生み出すドス黒くうねるリズムの波に誰もが踊り狂い、1980年代にはキューバで一世を風靡した。オルケスタ・レベのアルバムにあるクレジットを見ると堂々とジャンル名として「チャングイ」と記載されてあるため、レベの音楽がチャングイだと思っていたファンも多いかもしれない。

MI SALSA TIENE SANDUNGA_JAPON
*写真:オルケスタ・レベ/ミ・サルサ・ティエネ・サンドゥンガ(ディスコ・カランバから発売された日本盤ジャケット)
5-1.オルケスタ・レベ.jpg
*写真:こちらは、キューバ。オリジナルのジャケット


*映像:ロス・ウニベルサレス・デル・ソン

 2004年、グアンタナモのスポーツ大会か何かで演奏している映像。演奏はロス・ウニベルサレス・デル・ソン。あれ?マラカスを振っているおじさん、何か見たことがあるような・・・そう、何と彼はエリオ・レベの従弟!初めて会った時は本人と間違えるほどそっくりで驚いた。

(その2へつづく)
posted by eLPop at 20:16 | Guindahamacas