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映画『イン・ザ・ハイツ』のサウンドトラック

2021.07.29

日本でも7/30からの全国で公開される映画イン・ザ・ハイツ/ In The Heights

eLPopの『6月のお気に入り』で佐藤由美さんが取り上げていたように、NYのラテン・コミュニティーの一つマンハッタンの北部のワシントン・ハイツを舞台にした大ヒットのブロードウエー・ミュージカル(トニー賞4冠とグラミー賞受賞)が映画化された作品だ。

ストーリー、音楽、ダンスのすべてをたっぷり楽しめ、かつNYのラテン・コミュニティーの息遣いがしっかり伝わるラテン文化やラテン音楽が好きな方は必見の作品。

NYのラテンコミュニティーを描いたミュージカル映画には過去「ウエスト・サイド物語」があるが、原作、そしてキャストのほとんどがラテン系である大手制作のミュージカル映画という点が画期的。と多分本作が初ではないだろうか。それだけに力の入った作品となっている。

本作の大きな魅力はストーリーやダンスになくてはならない音楽だ。そのサウンドトラックにはエディー・パルミエリやラリー・ハーロウなどのメンバーとしても来日しているNYラテンのバリバリなミュージシャンが数多く参加している。

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さっとなぞるだけでもルベン・ロドリゲス/Rubén Rodríguez(b), ネルソン・ゴンサレス/Nelson González(tres), ルイシート・キンテーロ/Luisito Quintero(perc), カミノ・モリーナ/Camino Molina-Gaetan(perc), ジョー・フィドラー/Joe Fiedler(tb), ジョナサン・パウエル/Jonathan Powell(tp) などなど。またルベン・ブラデス/Rubén Blades や マーク・アンソニー/Marc Anthonyも曲に参加している。

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映画内のダンス・クラブやストリートでの演奏のシーンでは リッキー・ロドリゲス/Ricky Rodríguez (b) やカレン・ジョセフ/Karen Joseph (fl)も顔を見せている。

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縁あって映画のパンフにワシントン・ハイツについての一文とキーワード解説を寄稿した。音楽やサウンドトラックの解説は宇野維正さんがご担当。

サウンドトラックには、色々とNYのラテンならではの色と香りが込められている。
それもそのはず、全曲プエルトリカンのリン=マヌエル・ミランダの作品であり、アレンジにはセルヒオ・ジョージやオルカル・エルナンデスが加わっているのだから。

スクリーンの前では何も考えずに音と映像を体に浴びれば十分だけれど、どんな音が隠れているのかや聴き所を少ししたためて見ました。参考にして頂けたら幸いです。


1. IN THE HEIGHTS
映画冒頭でストーリーと共にスタートする曲。頭はラップ、途中でサルサ、ラップ、ポップと状況に合わせ細かく切り替わってゆくのが楽しい。こういう混じり具合こそが今のNYのラテン・コミュニティーを表しているなと思う。そして曲は最初のダンスシーンの見せ場に突入。アレンジはセルヒオ・ジョージも関わっている。


映画『イン・ザ・ハイツ』本編冒頭映像8分

https://youtu.be/buSZqumGhNE

最初のパートなのでちょっと、ワシントンハイツの事を。パンフにも書きましたが
ニューヨークのマンハッタンの北端部分、南は155丁目から北はダイクマン通りまでの約4km2がワシントンハイツ。ここには20万人以上の人が住み、その約7割がヒスパニック。そしてその多くがドミニカ共和国出身者とその2、3世代の家族、つまりアメリカ生まれの世代。もちろんNYのヒスパニック最大勢力のプエルトリコやキューバ、メキシコ系などの人々も住んでいる。

ワシントン・ハイツの名前はアメリカ独立戦争の時、イギリス軍からマンハッタンを守るため高台(ハイツ)に作られたジョージ・ワシントン砦の名前から。ジョージ・ワシントンはあの初代アメリカ大統領の彼。20世紀以降開発が進み、地下鉄も開通して建物が並ぶようになった。当初はアイルランド人そしてユダヤ人の街だったが、1950年代からカリブ出身のヒスパニックが増加する。

1950−70年はワシントン・ハイツに限らずNYのヒスパニック人口は特に増加した。プエルトリコはアメリカの一部で市民権もあり移動にビザ不要なため、働くため多くの人が引越ししてきた。映画でのケビンが一例だ。

キューバ、ドニミカ共和国は独立国なのでアメリカに来るにはビザが必要だがNYには常に職を求めて移民がやって来ていた。映画に登場するアブエラと母親(第二次世界大戦前の移民)やソニーの父親もそうだ。

その後1959年にキューバ革命があり、キューバからの移民対応に1966年に難民地位調整法が出来たり、またドミニカ共和国の場合は1960年代の独裁政権崩壊後に米国ビザが緩和され、各々NYへの移住増の一因となっている。

生活が苦しい中、月-土は必死に働き、ようやく休める週末のホームパーティやまたNYならではのボールルーム(ダンスホール=今でいえばクラブ)でのラテン音楽やダンスを楽しむ人々が1950-1970年代のマンボやサルサの誕生・発展の力となった。プエルトリカンは1970年代のヒップホップ誕生にも大きな役割を果たしている。

ヒップホップの4要素はラップ(MC)、DJのビート、ブレイクダンス(ブレイキング)、グラフィティと言われるが、ヒップ・ホップ黎明期のコールド・クラッシュ・ブラザースのチャーリー・チェイスはプエルトリカンで本名カルロス・メンデス。グラフティーには何といっても同じくプエルトリカンのリー・キニョーネスがいる。ブレイク・ダンサーにはプエルトリカンが山のようにいた。

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1990年代は南米産のコカインやクラックなどの麻薬がアメリカの都市を中心に流通し、NYのラテンコミュニティーも大きく荒れたが、麻薬対策や経済対策などで状況は改善し、ワシントン・ハイツも現在では90年代からすると治安も街も相当整備され美しくなっている。

とはいえ、映画の通り人々の暮らしは決して楽ではなく、一方で同じく映画で描かれている通り、美しく安全になってきた街の家賃は高騰し、街に住み続けることができにくくなる、いわゆるジェントリフィケーションの一連の問題もでてきてる。

そんな背景のさまざまな景色が最初の曲「IN THE HEIGHTS」の色々な場面に手短に込められている。




2. BENNY’S DISPATCH
レゲトンのリズムとR&Bのスタイルが交差するレスリー・グレイスとコーリー・ホーキンスによるキュートなナンバー。こんな風にラテンの要素とアフロアメリカンの要素はNYでは常に背中合わせ、常に一つに溶け合っている。


3. BREATHE
レスリー・グレイスをフィーチャーしたミュージカルらしい聴かせる曲。冒頭をルベン・ブラデスが担当しているをお聴きのがしなく。ルベンの映画といえば『クロスオーバー・ドリームス』。この映画もアメリカのラテンを描いているのですが、内容をご存じの方は、なぜここにルベンが、というのがピンとくるかも。

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4. NO ME DIGA
美容院の楽しいシーン。タイトルの「NO ME DIGA」は「まさか!」「うそでしょ?」「マジか!」の意味。曲の頭のトレス(キューバ系の復弦3コースのギター的な弦楽器)のフレーズからプエルトリコの農民系音楽のヒバロまたはキューバの農民系音楽のグァヒーラを思い起こす。
(メキシカンテイストではないと思います。)

この2つの伝統のジャンルは即興で町の出来事を歌に織り込むような、楽しい面を持っている。時に即興合戦(コントルベルシア)なんかが催されたりするくらいだ。カリブ版ラップ合戦みたいなもの。即興しやすいようにコード進行もシンプル。噂話をああだこうだと楽しむシーンにもってきたリン=マヌエル・ミランダはさすがのプエルトリカン。当たり前とはいえお見事。これもセルヒオ・ジョージが関わっている。

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5. IT WON’T BE LONG NOW
曲の出だしのブラス・アレンジとコード進行を聴いてフアン・ルイス・ゲーラを思いおこした人も多いのでは。洗練されたメレンゲ・ムード満載。(サンバ風のリズムではありません)。そして「NO PARE SIGUE SIGUE」のフレーズで90年代のメレン・ハウスのプロジェクト・ウノの大ヒット「El Tibron」を思い出してにやりとするかも。バネッサ、ウスナビ、ソニーの3人のドミニカンがからむシーンにふさわしいドミニカンサウンドをきっちり織り込んだ曲。これもセルヒオ・ジョージが関わっています。

フアン・ルイス・ゲーラ - Mi PC

https://youtu.be/y_XELufzUPc

プロジェクト・ウノの1993年の大ヒット「エル・ティブロン」
Proyecto Uno - El Tiburon (Official Video)

https://youtu.be/1DERLChIkeI

NYのドミニカの人口は70-90年代にまず大きく伸びた。特に80年代。そしてNYが荒れた90年代に少し勢いが落ちたあと、2000年代はぐんぐん伸びている。80年代の伸びはNYでサルサの勢いが落ち始めたタイミングと重なるように伸びたメレンゲの人気と呼応している。

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また2000年代の人口の伸びはバチャータの伸びと呼応しているともいえるだろう。ブロンクス出身のバチャータ・グループ「アベントゥーラ(Aventura)」の2002年の大ヒット「Obsesion」と後に独立したロメオ・サントスの大きな人気はドミニカンの人口増にも支えられている。

Aventura "Obsesion"
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6. 96,000
ラップでスタートし、90年代のR&Bとビッグ・パンやファット・ジョーのヒップホップ、エミネムの「Loose Yourself」のビートとか思わせる。そして2000年代のNYのレゲトン、例えばNOREの「オジェ・ミ・カント」やニーナスカイなどが頭をよぎるサウンドも楽しい。さすがのアレンジ。そしてダンスシーンは楽しい。

ベニー役のCorey HawkinsはヒップホップのN.W.A.の伝記映画『ストレート・アウタ・コンプトン』でDr. Dreの役やってるくらいヒップホップもイケテルから"96,000"の頭の野郎がたむろって歩いてるシーンはヒップホップ好きのリン=マヌエルからのオマージュでもあると思われる。

そしてプール・シーンの曲調はサム・クックの大ヒット"Twistin' the Night Away"のようなビート。サム・クックは公民権運動にも積極的に関わりマルコムXやモハメド・アリとも親しい大歌手でディランの影響もある「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」はで人種平等社会を訴えたり、リン=マヌエルのもつテーマとも重なってたりする。


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7. PIRAGUA
イントロはトレスを使っているが気分はクアトロ(プエルトリコ系の復弦5コースのギター的な弦楽器)で奏でられそうな軽快なヒバロ音楽のムード漂う曲。プエルトリコの伝統的かき氷である「ピラグア」をプエルトリコ系のリン=マヌエル・ミランダが歌う(作曲も)という状況にピッタリのアレンジ。


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ヒバロ音楽の大御所、チュイート・エル・デ・バヤモンによる定番曲のひとつ「セイス・ファハルデーニョ」の映像を。こんな音がプエルトリコ人の観客の頭で鳴ったのでは。

CHUITO EL DE BAYAMON seis con decimas

https://youtu.be/4kwQVibL4u0



8. WHEN YOU’RE HOME
R&Bやポップスのサウンドに再び「NO PARE SIGUE SIGUE」のフレーズが挟み込まれ、サルサに展開しながらレスリー・グレイスとコーリー・ホーキンスの歌が聴かせる。

9. THE CLUB
ダンス・クラブのライブシーン。これはサルサでバッチリ踊らねば。NYのマンボ感覚なリズムがコンパルサになだれ込みブレイク。見事なダンスがスクリーン上で楽しめる。ここはオスカル・エルナンデスのアレンジ。(メレンゲのテイスト全開ではありません)

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10. BLACKOUT
大停電のシーンの曲で、出演者総出のコーラスへつながって行く、からだが揺れる曲。

11. PACIENCIA Y FE
アブエラがスローからラテン・リズムに歌い上げていく部分は、彼女がキューバから出てきて苦労し過ごしてきた人生を色々思わせる。

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12. ALABANZA
ウスナビの悲しみに包まれた語りから始まる歌は追悼に満ちている。

13. CARNAVAL DEL BARRIO
冒頭の部分はヒバロ音楽の「ラメント」のムードから典型的なアギナルド(ヒバロ音楽の一つで本来はクリスマス・シーズンの曲。パーティーで楽しまれる)のお祭りの色になだれ込む。「アギナルド・ヒバロ」って定番曲にムードを似せている。(全くサンバチューンではありません)

Christian Nieves performing Aguinaldo Jibaro

https://youtu.be/RtJLJXkzJO8


そして、ここからリズム・アレンジはとても巧み。
ボンバの色を少し織り込んだり、ヒップホップ色をミックスしたり、アクセントでメレンゲ的に聞かせたり、プレーナ(プエルトリコのアフロ系音楽の一つ)色があったり、サルサ的であったり。汎カリビアン的な仕上がり。短調をベースにしながら、エネルギーのある「カーニバル/お祭り」の音楽になるところがスペイン語圏カリブ/ラテンの真骨頂。途中の旗について歌うところではプエルトリコのプレーナの定番曲「Que Bonita Bandera」が引用されています。

踊りのシーンでは「ドミニカ共和国」「プエルトリコ」「メキシコ」「キューバ」の塊で踊られるシーンがあるのですが、各々にステップがちがうドミニカはメレンゲっぽく、プエルトリコはボンバ、キューバはルンバ(パロ)と・・、ほんと一瞬のシーンにこだわりを詰め込んだリン=マヌエル・ミランダとクリストファー・スコットのチームには脱帽。

なお、踊りを終えて引越しトラックで去っていく美容院チームの短いシーン(サウンドトラックにはなし)でかかるのはメレンゲ。その軽快な躍動感を選択するこだわりにもおもわずにやにやしてしまいます。

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14. WHEN THE SUN GOES DOWN
レスリー・グレイスとコーリー・ホーキンスによる王道的なバラードスタイル。これもNYの生活の中にある音。ファンタジーな映像と共にたっぷり楽しんでください。きっとこれはフレッド・アステアの映画『Royal Wedding』へのオマージュでもあるのでは。

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15. CHAMPAGNE
ウスナビとバネッサのちょっと切ない歌。グッと来るシーン。泣けます。
(これ以上は映画にて)

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16. FINALE

しんみりしたボレロ調からウスナビのラップ、そしてエンディングへ昇って行く、ファイナルにふさわしい曲。

17. HOME ALL SUMMER
エンドテーマ。軽いレゲトンなポップチューンでかわいい。歌い手3名に注目(注耳)!
そうです、出演もしているマーク・アンソニーも歌ってますよ。

という感じて、ニューヨークをはじめとするカリブ系ヒスパニックの人たちには、琴線に触れまくり&色々なものが混じるリアリティのあるアレンジで仕上がっています。
お楽しみ下さい!

posted by eLPop at 01:02 | Calle eLPop