Top > 高橋政資のハッピー通信 > 2019年インテラクティボ来日、その3:インテラクティボはジャンルではない?

2019年インテラクティボ来日、その3:インテラクティボはジャンルではない?

2019.10.13

 この夏は、キューバン・ミュージシャンの来日公演が多かった。インテラクティボの後にも、8月の中旬には、ゴンサロ・ルバルカーバ&アイメー・ヌビオラ、8月下旬には、エリート・レベ・イ・ス・チャランゴンが来日し、それぞれ充実したパフォーマンスを見せつけてくれた。それぞれのリーダーは、偉大すぎる父親を持つミュージシャンばかりだ。キューバでは、さほど珍しいことではないが、重圧はいかばかりかと思う。

20190730INTERACTIVO_image01.jpg

 ゴンサロ・ルバルカーバは、最初の頃は父や祖父と同じようにダンソーンを演奏していたようだが、早々にジャズに比重を置き、世界的なジャズ・ピアニストとして、独自の地位を獲得した。若いときは、超絶技巧が目立ちすぎるきらいがあったが、最近の彼は、キューバ音楽とジャズのブレンド具合が絶妙で、今夏のステージでは、キューバ音楽のショーケース的なプログラムで楽しませてくれた。

GONZALO_NUVIOLA.jpg
ゴンサロ・ルバルカーバ&アイメー・ヌビオラのコンサートのフライヤー

 エリート・レベの父親は、1980〜90年代にキューバで絶大な人気を博したレベ・イ・ス・チャランゴンを率いたエリオ・レベで、まさにキューバ・ポピュラー音楽のレジェンド。キューバ東部の地方都市グアンタナモのローカル・リズムだったチャングイをオルケスタ編成でアップグレードし、唯一無二なサウンドを創り上げた。このバンドからは、ロス・バン・バンのフアン・フォルメルやプピ、ダン・デンのフアン・カルロス・アルフォンソら、多くのトップ・ミュージシャンが巣立っていった。1997年の突然すぎる総帥エリオ・レベの交通事故死によって、親父のもとで修行中だった、まだまだ若造のエリートがリーダーに就任。バンドを引き継いでしばらくすると、叔父でバンドのムード・メーカーだったオデルキス、名トレス・プレイヤーで、サウンドの要でもあったパピ・オビエドらが、次々に脱退し、バンドの存続が危ぶまれた時期もあったが、しぶとく生き続け、アルバムもコンスタントに発売してきた。正直、初期の頃のものは、親父のマネをするのに精一杯のように感じられたが、7年ぐらい前からは、先代のサウンドを踏襲しながらも独自性も聞いてとれ、最新作までかなり充実した内容のアルバムを発表し続けている。
 実は、エリート・レベ率いるチャランゴンのライヴは、初体験だった。最近のアルバムの充実ぶりから、かなり期待して望んだ。そして、ステージは期待に違わぬものだった。エリートの親父並みのパフォーマンスを筆頭に、メンバーも往年のサウンドを引き継いでいた。それはそうなのだが、レベ親父が率いていた時のサウンドとどうしても比較してしまう。ミュージシャンたちは皆、リーダーのエリートより若く、子供の時からティンバを聞いて育ったのだろう、随所にティンバ的な乗りやキメを入れてくる。その取り入れ方は自然でスムーズ、違和感は全く無いのだが、レベ親父の時代のあの粘り着くようなグルーヴ感、リズムの深みをどうしても期待してしまう。あまりにも、レベ親父の創ったスタイルが完璧で偉大すぎたということなのだろう。

ELITO.jpg
エリート・レベ・イ・ス。チャランゴン

 ロベルト・カルカセースの父親ボビー・カルカセースも、やはりキューバ音楽史に名前を残す偉大なミュージシャンだ。チューチョ・バルデース、エミリアーノ・サルバドールと共に、革命後の1970〜80年代を代表するキューバン・ジャズのレジャンド。フリューゲル・ホルンを吹きつつ、スキャット・ヴォーカルでオーディエンスを盛り上げるという、独自のスタイルを築き上げた。2017年にハバナをホスト・シティとして行われた、ユネスコによるインターナショナル・ジャズ・デー(2012年から毎年、ホスト・シティを決めて行われる)のAll-Star Global Concertでは、メイン・パフォーマーの一人に選ばれ、新世代ジャズ・ミュージシャンの筆頭、ベーシストでヴォーカル・パフォーマーのエスペランサ・スポルディングと共演し、健在ぶりを見せつけていた。エリオ・レベとは、全くタイプが違うとは言え、そんな親を持ちながら、自身も同じ音楽家として生きいくことのプレッシャーは、かなりのものだろう。


2017年のインターナショナル・ジャズ・デーで、エスペランサ・スポルディングと共演するボビー・カルカセース

 そんな環境下、ロベルト・カルカセースは、前2者とは違う方法で音楽と対峙してきたのではないかと思う。先代のスタイルを継承するのでもなく、キューバン・ジャズなど既存のスタイルの中で活躍しようとするのでもなく、自身のスタイルを模索し続けた結果行き着いたのが、インテラクティボのオープンな共同体だったのだろう。自身のパフォーマンスよりも、プロデュースに徹し、パフォーマーたちの個性を引き出し、全体をまとめ上げる。1曲1曲は、ヒップ・ホップ寄りだったり、レゲエ寄りだったり、ファンク寄りだったり、ルンバだったりするのだが、どの曲もキューバ色に包まれたインテラクティボの音にしてしまう。


「EL PODER DEL AMOR」ハバナの野外ステージEl Sauceでの2018年のパフォーマンス

 「フィーリンはジャンルではない」という言い方を借りれば、「インテラクティボはジャンルではない」ということだろうか。1940年代終わり頃、学生の仲間内の集まりのデスカルガ(セッション)からスタートした“フィーリン”。その集まりの中からは、ホセ・アントニオ・メンデス、セサル・ポルティージョ・デラ・ルス、フランク・エミリオ、オマーラ・ポルトゥオンド、エレーナ・ブルケなどなど、後のスターが何人も出てきた。やはり同じように、インテラクティボから育った、ジューサ、テルマリー、メルビス・サンタ、ブレンダ・ナバレテ、シマフンクたちは、それぞれソロでも大活躍している。中でも今回のライヴで大フィーチャーされていたテルマリー(・ディアス)は、異色な経歴で、もともとジャーナリスト志望だった。キューバのシステムに乗っ取った音楽教育、則ち幼少の頃から音楽の道を目指し、最終的にキューバ国立芸術大学(ISA)などで学ぶという、キューバでプロのミュージシャンになるためには、ほとんど必須と思われる道を歩んでいない。そんなテルマリーを引き入れ、才能を開花させることが出来たのも、インテラクティボが柔軟でオープンな共同体であるからに他ならないのではないかと思う。


Telmary ft. El Ruzzo (Orishas) - Cógela como arde [Remix]

彼女は、2014年に発表されたドクター・ジョンのルイ・アームストロングへのトリビュート作『スピリット・オブ・サッチモ(Ske-Dat-De-Dat: The Spirit of Satch)』に、そうそうたるメンバーに混じってゲスト参加したりと、海外での活躍も盛んだ。また最近では、キューバ本国でも人気急上昇だと伝え聞く。


Dr. John: Tight Like That (featuring Arturo Sandoval and Telmary)

ブレンダ・ナバレテも、カナダのレーベルからソロ・アルバムを発表しているし、シマフンクにいたっては、マーク・アンソニーの事務所とマネージング契約をし、U.S.A.で積極的にツアーを行っている。


「Mulata Linda」Brenda Navarrete


「Me Voy」CIMAFUNK


「PONTE PA' LO TUYO ft. Juana Bacallao, El Tosco, Roberto Carcassés」CIMAFUNK

 このように、まさに若手の登竜門、学校的な役割を果たしているインテラクティボだが、それ故に、「アマチュアっぽい」とか「学生バンドみたい」などという感想も、チラホラ耳に入ってきたりするのも事実だ。確かにそういう面もあるかもしれないが、いつの時代も、“アマチュア” 的な感覚が新しい価値の多くを生み出してきたのではないだろうか。ロックなんて、時代を席巻した有名バンドの多くが、学生バンドから出発している。

 インテラクティボのFacebookには、ライヴの情報のほか、インテラクティボ周辺のミュージシャンの活動なども多く紹介されているが、常にアンテナを張り、新しいメンバーを加入させ、新陳代謝を図っているようだ。インテラクティボが今後、どんな風に変化を続けるか、実に楽しみだ。そして、再度来日してもらいたいものだ。

 最後になったが、私とロベルト・カルカセースを最初に繋いでくれた樋口仁志氏に、改めて感謝したい。

その1:インタビューは、こちら
その2:ライヴ・レポートは、こちら
posted by eLPop at 20:04 | 高橋政資のハッピー通信