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カッサヴとズーク(その2)by 山口誠治

2019.10.09

山口誠治さんによる『カッサヴズーク』続きます!!

◆◆◆◆◆◆
(その1から続く)

●カッサヴとズーク(3)

個々の活動も豊かなタレント集団、再来日するカッサヴのオリジナルメンバーはこういったミュージシャン。
続きましてジョスリーヌ・ベロアール。

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Jocelyne Beroard(ジョスリーヌ・ベロアール)1954-

マルティニーク出身のシンガー。カッサヴのメンバーの数多いアルバムの中で、写真は珍しく日本盤が発売されたソロ3作目。手前味噌だが解説を書かせていただいた2003年度作。デデ・サン=プリ、マラヴォワ、カリ、サム・アルファ、エリック・ヴァーガル、マリオ・カノンジュ、ジョスリーヌ・ラヴィル、タブー・コンボ、クリス・コンベッテ、トニー・シャスール、タチアナ・ミアス、EZ..ケネンガ、ストライカD、アウィロ・ロンゴンバ…と、彼女もまたズークの枠を越え、数え切れないアーティストのレコーディングに声を貸す、引く手あまたの人気歌手。ソロ活動は多岐に渡るけれど、プライオリティはカッサヴに置く。

20歳のときフォール・ド・フランス(マルティニーク)から薬学を学ぶためフランス本土カーンに渡ったものの、音楽への情熱が勝り歌い始めたようだが、プロ歌手としては、ジャマイカのリー“スクラッチl”ペリーのスタジオで、バックボーカルなどを務めていたのが最初だそうだ。80年にパリへ戻り、カッサヴをスタートしたばかりのデシムス兄弟とジャコブ・デヴァリューに会い、カトリーヌとジョスリーヌのベロアール姉妹で、カッサヴのセカンドアルバムにコーラス参加。

ジョスリーヌ・ベロアールといえば、個人的にはフィリップ・ラヴィルとのデュエット曲「Kolé Séré」が真っ先に頭に流れる。元は彼女のソロ1作目『Siwo(シロップ)』に、作曲者であるカッサヴのジャン=クロード・ネムロとのデュエットで収録された曲で、アルバム共々大ヒット。ダブル・ゴールドディスクを獲得している。フランスでゴールドディスクを獲得した最初のカリブ海の歌手ということ。ほぼカッサヴによる布陣にもかかわらず、この1986年にファーストソロを出したタイミングについて、カッサヴとして1年に2度のリリースはできず「Mové Jou 」や「Pa bizwen palé」など、すでにカッサヴのフラッグシップとなる曲も歌い、ソロスキルをマーケットに割り込ませるだけの能力が備わっていたことに加え、ズーク・マシーン(女性歌手3人組)のデビューリリースがあり急いだ、という事由もあるようだ。

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セネガルの恵まれない子供たちへの支援に対し、1996年にジャコブ・デヴァリューと共に同国から受勲。

彼女の写真好きはよく知られている。以前ジャン=クロード・ネムロのジャケット写真について「私が撮った写真だけれど、ちょっと赤く加工された」とプチ不満のメールをいただいたことを記憶している。『Siméon』や『Nèg maron』『Le gang des Antillais』といった映画ほかテレビドラマ等、女優としての仕事もこなすマルチな才能を発揮。
こちら↓は昨年制作されたジョスリーヌ・ベロアールのTVドキュメンタリーの告知です。





大丸1️カッサヴとズーク(4)

個々の活動も豊かなタレント集団、再来日するカッサヴのオリジナルメンバーはこういったミュージシャン。
お次はジャン=クロード・ネムロです。

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Jean-Claude Naimro(ジャン=クロード・ネムロ)1953-

マルティニーク出身のキーボード奏者。幼少からクラシック・ピアノを始め、1970年にフランス本土に音楽留学するまで、既にローカルシーンで様々な音楽活動を行っていたよう。1975年には、ロック〜ディスコ・バンドのマルタン・サーカスのベーシスト、ボブ・ブローとモザイクというバンドを結成。この年にパリのマルティニーク系バンド、ガウーレのレコーディングにも参加していて、歌とギターを担当していたのが、当時16歳のカリ。翌年にはエディ・ミッチェル、ミシェル・フーガン、ストーン&チャーデン等のアーティストとツアー。1979年にはLAに向かい、バリー・ホワイトとのコンビで知られる名アレンジャー、ジーン・ペイジのレコーディングに参加。一年間のLA生活からフランスに戻ったJCネムロは、同郷フィリップ・ラヴィルのツアーで、デビューしたばかりの少女セリーヌ・ディオンとステージに立っている。

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1980年から、マヌ・ディバンゴ、ミリアム・マケバのツアーに同行。JCネムロの名前がカッサヴのレコーディングに登場するのは、その後ジョルジュ・デシムス名義の最初のアルバム(1983年)あたりからだと思うが、カッサヴのサウンドに変化があったのはこの頃だ。ジャコブ・デヴァリューはカッサヴ結成時を振り返り、RFIのインタビューにこんなことを述べている。「今までとは違うバリエーション、オーケストレーションの模索は楽しかったが3〜4年かかった。各々の表現に何を持ち込んで公式化するか。もし自分たちメンバーが同じ環境から来たのだったら、それはうまくはいかなかっただろう。」音楽経験のレンジの幅やカラーが異なっていたJCネムロの登場は、少なくはない状況の変化をもたらしたのだと思う。

1985年にマヌ・ディバンゴも参加したソロアルバム(といってもほぼカッサヴ)を制作。収録曲の「En Mouvmen」はカッサヴの代表曲のひとつとなっている。カッサヴのヒットチューンにはジャコブ・デヴァリュー&ジョルジュ・デシムスのコンビによるものが多いが、この「En Mouvmen」にしてもジョセリーヌ・ベロアールの項に書いた「Kolé Séré」にしても、JCネムロが作ったメロディは記憶に残る。しかしながら、このアルバムタイトルの「バラテ」とは一体何?何処? でジャケットに写る本人以外は何者? どうして酒瓶が並んでる? というかねてからのナゾはいまだ解けず。

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その後新コンセプト「ターボII」によるアルバムを1988年と1991年に制作している。
1993〜94年にピーター・ガブリエルのワールドツアーに参加(DVD『Secret World Live』がリリースされた)するため、カッサヴでの仕事を行えなかった。この間、彼の代役を務めていたのは、現在ミジックオペイ他ビギン〜ジャズ・クレオールでの仕事が多い、ピアニスト/ディレクターのティエリー・ヴァトン。

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カッサヴや自身名義、あるいは他アーティストへの提供も含め、JCネムロの作品にはマズルカ曲が多いことを2000年リリース『Best of Mazukas』で気づかせた。初期は親アフリカ楽曲の印象だったが、やはりこのあたりはマルティニークの人間なのだ。



●カッサヴとズーク(5)

個々の活動も豊かなタレント集団、再来日するカッサヴのオリジナルメンバーはこういったミュージシャン。
引き続き、ジャン=フィリップ“ピポ”マルテリーです。

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Jean-Philippe Marthély(ジャン=フィリップ・マルテリー)1958-

マルティニーク出身のシンガー。歌う際に独特の節回しがあり「うまい!」と思わず言ってしまうテクニックと、MCや曲中での観客の盛り上げ方は、昔から評価が高い。

1970年代のマルティニークを代表するカダンス・バンド「ラ・ペルフェクタ」を脱退したギタリストのシモン・ジュラッドが、1978年に結成した「オペレーション78」。このグループでの活動が、JPマルテリーのプロ歌手スタート地点。カッサヴを立ち上げたピエール=エドゥアール・デシムスが、オーディションで歌手を探している際に、マルテリーとさらに同じくオペレーション78で歌っていたジャン=ポール・ポニヨンを気に入り、カッサヴ3作目「N°3」(1981)にこの二人の歌手を呼び寄せた。JPマルテリーはカッサヴに残ったが、ジャン=ポール・ポニヨンは留まらず、引き続きシモン・ジュラッドやグループ・サキヨ、ソロ歌手またサイドマンとしても需要の高い人気歌手となっている。

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他のメンバー同様、ほぼカッサヴのメンバーによるソロリリースをJPマルテリーも行っており、「Rété」「Bèl Kréati」ほかカッサヴの代表曲となるヒットソングを歌っていくのだけれど、それより以前カッサヴに加入した頃に「ジャン=フィリップ・マルテリー&ファクトリー・ズーク」としてリリースしたアルバムが印象深い。ペルフェクタのような重厚なカダンスだが、1曲だけフュージョン風味のマズルカが入っていて、初めて聴いたときに私的ツボにひっくり返った。JPマルテリー=カッサヴの思考が働くので、ソロアルバムに関しても聴く前から勝手な予測が働いてしまうのだが、作品にによってはマラヴォワっぽくバイオリンを前面に置いたもの、あるいはシュヴァルブワを取り入れたりと、案外ビックリさせてくれるアルバムのリリースを続けている。

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カッサヴ・メンバーの中では年少組となる二人の看板歌手、マルティニーク出身のJPマルテリーとグアドループ出身の故パトリック・サン=テロワは、それぞれの故郷のリズムの使い分けを行う、カッサヴのコンセプトやサウンド面での戦略にフィットした存在で、「マルテロワ」などコンビの名義でリリースされた作品も忘れてはいけない。

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90年代にいくつかアルバムをリリースした若手に「セカンス」というグループがあり、ハードドライヴなズークと紅一点のフォーメーションは、カッサヴの弟分みたいな印象だった。それもそのはずで、このバンドのJPマルテリー似の声の主は、弟のティエリー・マルテリー。またコンポーザーにはパトリック・マルテリーなる人物もいて、顔を見ればJPマルテリーの複写のような感じなので、彼もまた兄弟なのだろう。昨今活躍しているシンディ・マルテリーは、親子共演も多い愛娘。確か息子も、と記憶が曖昧なので検索してみると、本人同様マルティニーク東岸ロベールの音楽好きのマルテリーさんが何人も見つかったので、断念することにした。


(その3へつづく)
posted by eLPop at 13:33 | Guindahamacas