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「日本にもまだ何回も来るわよ」オマーラ・ポルトゥオンド、インタビュー 2018年3月19日

2018.06.30

 今年(2018年)3月18日、20日、東京公演の為に来日、公演の合間の19日、ホテル・オークラ別館の一室でインタビューをする機会を得た。以前彼女には、2度ほどインタビューしたことがあったが、いずれも20年以上前。オマーラが60歳前後という歌手として円熟期を迎えていた頃だった。その後、皆さんご存じの映画“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”のブレイク(2000年日本公開)があり、キューバ、ラテン音楽ファンだけでなく、広く音楽ファンに知られる存在となった。
久しぶりのインタビューは、30分という短い時間だったが、今のオマーラに触れられたような気がした。
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-----日本について、どの様な印象をお持ちですか。
オマーラ・ポルトゥオンド(以下O)
素晴らしい国よ。特に、いつ来ても人が優しいのが嬉しいわ。
それに、何回も来ると前にあった人たちにまた会えるのが、何よりも嬉しいわね。

-----声も美貌と同じで、いつまでも若さを保っておられますが、なにか秘訣があるのでしょうか?
やはり、毎日発声練習とかしているのでしょうか?
O:声が若いのは、自然にしているからでしょう。(と答えながら、即興でメロディを付け、口ずさんでくれる)
発声練習などは、していません。
私の基礎は、コーラスの学校とクアルテート・ラス・デ・アイーダで学びました。そこで学んだことが、知識となり身となって、ソロ歌手として今でも活躍できているのだと思っています。

----- コーラスですか?
O:コーラスは、ミュージシャンの誰にとってもとっても重要です。
ただ、持って生まれた素質というのがあり、音程を外さずにちゃんと歌えるというのが重要な素質で、幸いにも私にはその素質があったのです。

(西洋社会の影響が大きい国や地域はどこもそうだと思うが、キューバには、それぞれの町にコーラス隊(クラブ)があり、そこレコードなども出ている。また教会のコーラス隊も、住民の音楽教育に多く貢献している。オマーラが言うコーラス学校というのも、その様な機関のことだと思われる)

-----ロランド・ルナと一緒に演奏するようになったきっかけは?
O:ロランドと知り合ったのは、彼の父親を通してで、ロランドがまだ16歳の時でした。ある日、息子の演奏を聴いてほしいといわれたんです。彼は、ロランドの演奏を高く評価していました。また、彼自身はエンジニアだったんですが、彼自身も音楽の素質があったんです。
どんな職業でもそうですが、医者やミュージシャンになるためには、生まれつきの素質が必要なんです。
ロランド・ルナ(以下R):その上で努力することが必要なんです。
私は幼い時からオマーラと演奏することが夢だったんです。私のキャリアはまだ短いですが、夢が16~17歳で実現してしまったんですから、これが私の全てだと思っています。私のミュージシャンとしてのキャリアは、オマーラと出会った時から始まったんです。
オマーラとは、それからよく一緒に演奏していましたが、私は別のユニットでも演奏を始め、一時期カナダで活動していました。そのカナダに、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのツアー・バンドが来てそれを見たとき、このバンドの他の人たちとも一緒にオマーラと演奏したいな、と思うようになっていました。そして、キューバに帰国後、また夢が叶ったんです。そしてこのブエナ・ビスタのバンドは、ルベン・ゴンサーレス、カチャイート、グアヒーラ・ミラバル、バルバリート・トーレスなどのレジェンドたちの文化的遺産を引き継いでいるんです。そんな中に居られることは、また夢なようなことで、何度も夢を叶えることができたと思っています。
今回のバンドは、クアルテート(カルテット)なんですが、オマーラは、ジャズだろうが、キューバ音楽、フィーリンだろうが全てが素晴らしくて尊敬しています。こうして共演できるのも含め、これまでのことは本当に感謝しています。

-----お二人の出会いやこれまでの音楽的交流もわかりましたが、歳の差のある、お二人は失礼ですが祖母と孫ほどの差があります。共演するときに何か意識することとかありますか。
O:全く何も問題ありません。子供達と一緒に演奏したこともありますし。
R:我々若い世代のアーティストは、キューバの音楽の遺産に凄く感謝しています。そして自分の中で真実と感じるものを探すには、キューバのルーツに帰らないと行けないと思っています。
O:それは、日本のミュージシャンだって同じよ!日本のミュージシャンの中には、とても好きで尊敬している人も多くいます。
ミュージシャンの中には、今の音楽だけを追い求めている人もいればルーツを探す人もいるわ。まあそれは、ミュージシャンのそれぞれの考え方だと思いますが。
私は、歌手として、オーケストラでも歌って来たし、サルスエラでもジャズのクアルテットでも歌って来ましたが、どんなスタイル〜コンディションでも気持ちよく歌えるようにしてきました。(といいながら、彼女の十八番の日本の歌「さくらさくら」を突然一フレーズ歌い出す)

------本当にオマーラさんは、今言われたジャンルや他にもソンや、フィーリンなど色々なジャンルの歌を歌ってこられましたが、それぞれのジャンルを歌う時にそれぞれ何か意識して歌っているのですか。それともジャンルはあまり意識しないで歌うのでしょうか。
O:やはり、それぞれのジャンルにはその特性がありますから、それを意識しながら歌っています。

-----オマーラさんの歌は、どんなジャンルの歌唱も好きなんですが、個人的にフィーリンを歌たわれる時が一番好きなんです。
O:私もフィーリンは好きですよ。

-----1940年代にフィーリンは、オマーラさんら若者たちのデスカルガ(セッション)から生まれたわけですが、当時の様子をお聞かせいただけますか。
O:セサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスやホセ・アントニオ・メンデス、フランク・エミリオ、アドルフォ・グスマン、……色々なミュージシャンが集まっていたけど、それぞれ人によって誰が参加しているかで、どんな音楽がそこから生まれるかは違っていたわ。でもどんなメンバーだろうと即興性というのが、フィーリンにはとても大事なの。

(その後、フィーリンのその時代のことを具体的にもっと聞き出そうと質問してみたが、オマーラは、その質問にはあまり興味を示してくれなかった。彼女への以前のインタビューや他の記事での彼女の発言などをみても、過去のことへのこだわりは少なく、今のことそして未来のことへの興味が強い人だと感じていたので、それ以上この件で聞くのは止めにした。もしかすると、オマーラのこの年での並外れたヴァイタリティは、この未来志向によるものが大きいのかもしれない)

そこで、最近の共演について尋ねてみた。
O:最近は、メキシコの歌手といくつか共演したわね。ナタリア・ラフォルカデやリラ・ダウンズのアルバムで歌ったわ。ほかに、アルゼンチンのフィト・パエスとも録音したわよ。もし日本人に、一緒にやってくださいと言われれば、喜んでやりますよ。

-----では、ロランド・ルナさんの今後の活動の予定を教えて下さい。
O:彼は色々なところから引っ張りだこだから、こっちでやっていたかと思うとあっちでもやっている、という状況よ。
R: オマーラとはこれからも、一緒にやりたいと思っています。
他には、メキシコとU.S.A.のレーベルから、それぞれインストのアルバムをもうすぐ出す予定です。ほかにも、オマーラも入っているブエナ・ビスタのグループでのラテン・アメリカのツアーがあります。
また、オマーラとのアルバムで、キューバの色々な歌手やミュージシャンを曲毎に招いて録音するという、野心的なプロジェクトが進行しています。
他にもジャマイカやオーストラリアのミュージシャンとも最近共演しました。

(インタビューを終えようとすると)
O: 最後に、私はまだ独身だと言うことを言わせてください。
実は、ずーっと昔最初に日本に来たとき、1人のカッコイイ男性からプロポーズを受けたんですよ。でもキューバに帰らなくてはいけなかったので、残念ながらお断りしてしまったの。


 映画“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”(2000年日本公開)以降も何度となく来日し、衰えを知らないその歌声には何度も驚かされた。今回の来日は、87歳ということだが、まだまだ現役で歌い続けるという意欲にみなぎったオマーラの姿がとても印象的だった。日本にもまだ何回も来るわよ、と言っていたが、なんとすでにこの夏に「第17回 東京ジャズ・フェスティヴァル」で来日が決まった。今回は、ロベルト・フォンセカ(ピアノ)、バルバリート・トーレス(ラウー)というブエナ・ビスタ・バンドで気心の知れた2人を引き連れ、オルケスタ・デ・ラ・ルス、そしてブエナ・ビスタ以前にオマーラを日本に招聘したYOSHIRO広石との共演。一年に2回も来日するとは、本当に米寿直前なのか、と驚いてしまうしかない。オマーラの公演は、9月2日昼の部。詳細は
http://www.tokyo-jazz.com/program/0902daytime/

 また、映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の続編『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』が、7月20日からTOHOシネマズ シャンテほか全国で順次公開される。
http://gaga.ne.jp/buenavista-adios/

 さらに、嬉しいことにロランド・ルナも出演している映画『Cu-Bop across the border』の6月30日からの大阪、東京での再上映も決定した。
http://www.cinemart.co.jp/theater/shinsaibashi/lineup/20180118_15118.html
http://tollywood.jp/next.html
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 インタビューの翌日(20日)、六本木のEX THEATER ROPPONGIで行われた公演を見た。
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 今回の来日は、「映画『Cu-Bop across the border』公開記念 ロランド・ルナを迎えて」と副題が付けられているように、高橋慎一監督が、キューバ出身の2人の天才ジャズ・ミュージシャンを負ったドキュメンタリー映画で、インディー映画としては、異例のロングラン・ヒットとなった『Cu-Bop』をロードショウ用に再編集しした『Cu-Bop across the border』の公開記念という形で実現した。

出演:オマーラ・ポルトゥオンド(ヴォーカル)、ロランド・ルナ(ピアノ)、ロドニー・バレット(ドラムス)、ガストン・ホヤ・パレリャーダ(ベース)、アンドレス・コアヨ(パーカッション)
<以下の写真は、すべて高橋 慎一氏撮影>
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 舞台上手から、アンドレス・コアヨ(パーカッション)、ロドニー・バレット(ドラムス)、ガストン・ホヤ・パレリャーダ(ベース)と並んだバンドが演奏を始めると、準主役のロランド・ルナ(ピアノ) と共に下手からオマーラ・ポルトゥオンドが登場、セサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスのフィーリンの名曲「ノーチェ・クバーナ」をおもむろに歌い出しコンサートは始まった。実は、彼女が今どのくらい歌えるか少し心配だったが、このオープニングの1曲を聴いて、そんな不安は一発で吹っ飛んでしまった。
 というのは、ここ何年かの数回の来日公演で、年齢がオマーラの歌にどの様に影響しているのか判断しかねるステージが何度もあったからだ。もっと言ってしまえば、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのバンドは、彼女の本当の良さを聞くには編成が大きすぎると思うし、ブエナ・ビスタは、あくまでバンド全体で創り上げていくステージなので、オマーラも自身の歌をしっかり聴かせるというより、観客を乗せ盛り上げることに集中してしまうことが多かった。歌、それも彼女の得意とするフィーリンのような自由な歌の表現を聴くには、不向きなバンドなのだと思う。
 今回のようなコンボ・クラスもしくはデュオでこそ、オマーラの歌は輝く。これは、幸運にもキューバで彼女のライヴを数度体験した私の持論だが、メンバーとの十分なコミュニケーションのもとで発揮されるオマーラの歌の力は、とてつもないのだ。今回のメンバーは、皆まだ若手の部類に入る人たちだが、オマーラの歌と十二分にやり取りをし、彼女の魅了を十分の引き出してくれていた。
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 マルタ・バルデースのフィーリンの名曲「パラブラス」、フアン・フォルメル作の「タル・ベス」、オマーラの女性歌手としての大先輩マリア・テレサ・ベラの「20年(ベインテ・アニョス)」、ミゲル・マタモロスの「黒い涙(ラグリマス・ネグラス)」、プエルトリコのラファエル・エルナンデスの名曲「シレンシオ」、エリセオ・グレネーの「ドゥルメ・ネグリータ」などの十八番を中心に、日本公演での定番「さくらさくら」の独唱などもはさみながら、15曲、たっぷりと聞かせてくれた。ステージ中盤オマーラ抜きのインストでは、ダンソーンの「アルメンドラ」を披露。各メンバーのテクニシャンぶりを見せつけてくれたが、中でもピアノのロランド・ルナのジャズ的要素とキューバ音楽特有のリズム感やメロディ感覚を往き来する演奏が、お見事だった。
 次の曲では、前々日のブルーノート東京公演で、ロランド・ルナの代わりを務めた奥山 勝がゲストとして登場、「ベサメ・ムーチョ」を演奏した。ロランド・ルナとはまた違ったコード感で、オマーラの歌に寄り添いながら、感情の機微を見事に表現。今回のコンサートでも一二を争うベスト・トラックだった。
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 終盤の「グアンタネメラ〜シティエラ(メドレー)」アンコールの「ウルティマ・ノーチェ」といったミディアム〜アップ・テンポの曲も観客を煽りことに終始することなく、しっかりと“歌”を聴かせてくれた。円熟等という言葉が陳腐に感じられるほどの充実ぶりを見せてくれた、87歳のオマーラだった。

<トラック・リスト>
1. NOCHE CUBANA
2. LO QUE ME QUEDA POR VIVIR
3. TAL VEZ
4. DUELE
5. DRUME NEGRITA
6. LÁGRIMAS NEGRAS
7. PALABRAS
8. ALMENRDA
9. BESAME MUCHO (Piano: 奥山 勝)
10. ?
11. さくらさくら
12. SILENCIO
13. GUANTANAMERA〜LA SITIERA
14. 20 AÑOS
EC. ÚLTIMA NOCHE
posted by eLPop at 20:25 | 高橋政資のハッピー通信