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2/10 eLPop 金沢編 資料D「高橋政資のかけた曲」

2018.03.05

◆Son para un Sonero / Conjunto son 14
LP:"Son Como Son" (1981)



 「サルサはキューバ発祥」という言説が、いつの間にか語られるようになっています。確かに、音楽的ルーツの一部分はキューバ音楽に見ることが出来るでしょう。しかし、サルサは、やはりプエルトリコ系を中心としたニューヨークの様々なラティーノたちが創り上げた音楽文化なのです。

 音楽スタイルのネーミングがうまく、ビジネス的にその重要さを知っているキューバのミュージシャンたちも、最近では自分たちのこの種を音楽を「サルサ」と呼び始めています。しかし、心の中では、「コンテンポラリー・ソン」=ソンの発展系だと思っている人が多いと思います。特にベテランの人たちはよく「サルサとは違うんだ」と頑なに主張します。

 ソンというと、クラベス、ボンゴ、マラカス、ギター、トレス・ギター、ベースに、何人かが歌も兼任するセステートという編成や、そこにトランペットが加わったセプテートの編成で奏でられる音楽だと、我々は思い込みがちです。しかし、そこに複数のトランペットやブラス、ピアノなどが加わったコンフントやオルケスタ、ビッグ・バンドの編成でも、ある形式の範囲で演奏されれば、キューバ人たちは「ソン」だと感じるようです。彼らの重要な音楽的アイデンティティが、「ソン」なのかも知れません。

 そんなソンですが、キューバも1960〜70年代は他の国と同様、ポップスやロックが流行して、ソンは古い音楽、過去のものとして、あまり顧みられなくなっていました。そんな中、ソンに再度スポットを当てたのが、アダルベルト・アルバレスです。そして、アダルベルトがサンティアーゴ・デ・クーバで結成したのが、ソン14(カトルセ)です。編成は、複数のブラスとコンガ、ティンバレスも入ったコンフント。この曲は、1981年発表のグループのセカンド・アルバム『Son Como Son(ソン・コモ・ソン)』収録の曲です。曲タイトル「Son para un Sonero(ソン・パラ・ウン・ソネーロ)」とは、ソネーロへのソンということです。ソネーロといわれるのは、ソンの味わいを歌や演奏で出せる人のことを特別にそう呼ぶのですが、曲始めの語りで歴代のソネーロたちの名前が列挙され、彼らを湛えています。まさに、ソンの復権を歌い上げた曲というわけです。

Son para in Soneroson14.jpg

 金沢のイベントの当日、eLPopの伊藤さんがステージ横で、こんなことをつぶやかれました。「曲前半は、キューバ人にしか出せない味わいを聞かせているが、後半はサルサ的な展開で、このぐらいのことは出来るんだぜ、といっているようだ」と。まさしく、曲始まりは、キューバ独特なハモっているのかどうか分からないような2声で味わいを出しているかと思えば、中盤以降、ストリングスも飛び出すドラマチックな展開で盛り上げていく、そんな、ソンの伝統と革新を同時に聞かせてくれる名曲です。


◆Esas no son Cubanas / Septeto Nacional de Ignacio Piñeiro
LP: "Sones Cubanos" (1962)



 最近、キューバ音楽ファンで「ソンが一番好き」と公言する方が増えています。その中には、キューバ第2の都市で古都、サンティアーゴ・デ・クーバのソンこそがソンだと思われている方が多々いらっしゃいます。確かにサンティアーゴ・デ・クーバは、「ソンの故郷」「ソンの街」を標榜し、多くの素晴らしいソンのバンドが今も活動していますし、ソンの揺籃の地であることも確かです。ただ、ソンはサンティアーゴ・デ・クーバなどの東部からハバナに伝えられ、スタイルとしてハバナで完成したと言われています。ハチロク系のリズムを導入、そして歌を聞かせるメロディ・ラインが主役の前半とモントゥーノというコール・アンド・リスポンスよるダンス・パートの後半という形式が完成され、このコントラストにより、幅広く聞かれるようになったと言うわけです。

 セプテート・ナシオナルは、そのソンの完成型を創り上げた最重要グループの1つです。1920年代後半に結成され、1930年代頃まで多くの名曲を世に出しましたが、ソンのブームの終わりと共に、ほとんど表舞台からは姿を消していました。しかし、1950年代終わり頃から始まった、古のキューバ音楽の見直し機運にのって、1962年に、音楽学者でもあったオディリオ・ウルフェの要請により録音されたのが、この『Sones Cubanos』というアルバムです。

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オリジナルのSIERRA MAESTRA盤

 結成当時からのリーダー、イグナシオ・ピニェイロを中心に、リード・ヴォーカルは、まだ若かったカルロス・エンバーレが抜擢されました。「キューバの声」とも称される彼の歌声は、ソンのソンたる味わいを十二分に伝えてくれます。

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その後発売されたSEECO盤

 このアルバムの収録曲は、「エチャレ・サルシータ」「スワベシート」など彼らの十八番ばかり。そして金沢で掛けた「Esas no son Cubanas そんなのキューバ女じゃない」も代表曲で、アルバムに記された形式は、SON HABANERO(ハバナのソン)となっています。「ソンを踊れないなんて、そんなのキューバ女じゃない」と歌われています。まさに、ソン讃歌ですね。


◆Chirrin Chirrán / Los Van Van
LP: "Los Van Van" (1973)

 

ニューヨークでサルサが誕生し盛り上げっていた頃、キューバではどんな音楽が作られていたでしょう?

 1950年代終わりから1960年代に掛け、キューバではチャ・チャ・チャやモサンビーケに代表される新リズムが次々と現れヒットしました。一方、世界では、なんと言ってもロックン・ロールやロックが、若者を熱狂させていました。キューバにもその波は押し寄せ、1959年のキューバ革命以降社会主義国家になっても、これらの音楽を演奏するミュージシャンが多く現れました。

 ロス・バン・バンの設立者でリーダーのフアン・フォルメルも、生前インタビューなどで「ロックは好きで良く聞いていた」と話しています。そんなフォルメルは、レベ・イ・ス・チャランゴンなどのバンドを経て、1969年にロス・バン・バンを結成。サイケなロック系のサウンドを前面に押し出したファースト・アルバムを同年発売しますが、まだそこでは後年の特徴的なロス・バン・バン・サウンドを聞くことは出来ません。その後すぐに、ドラマーがチャンギートに替わると、サウンドは一変しました。チャンギートは天才的なパーカッショニストで、8歳頃からハバナの有名なキャバレー、トロピカーナに出演してしまうほどでした。フアン・フォルメルは、チャンギートとソンゴ(SONGO)という新しいリズムを考案し、キューバ的なジャストで鋭角的なリズムでロック的なメロディーを演奏。一気に人気を掴みました。

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 この曲、「チリン・チラン」は、彼らのセカンド・アルバムに収録された大ヒット曲です。オープニング部分は、ロック好きなら何処かで聞き覚えがあるようなメロディだと思いますが、チャンギートの裏拍をバシバシ決めるドラミングが入ってくると、全くキューバ的になってしまう、不思議な曲です。キューバの若者も、サルサが創世されていた同じ時期に、こんな斬新な音楽を創り出していたのです。

 なお、ロス・バン・バンとフアン・フォルメルについては、以前eLPopに記事をアップしましたので、よりお知りになりたい方は、下記をご覧下さい。

http://elpop.jp/article/97096178.html
posted by eLPop at 09:39 | Calle eLPop