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2/10 eLPop 金沢編 資料A「水口良樹のかけた曲」

2018.02.22

◆Chabuca Granda "Coplas a Pancho Graña" (tondero)

 ペルー音楽といえば、多くの日本の方がイメージされるのは「コンドルは飛んでいく」に代表されるアンデス音楽ではないかと思いますが、ペルーの首都リマがある沿岸部では長らくアフロ系住民の影響を強く受けたクリオーヨたち(広義には新大陸生まれのヨーロッパ人)によるムシカ・クリオーヤと呼ばれる音楽が愛されてきました。この音楽は、ヨーロッパ生まれのバルス(ワルツ)やポルカなどを中心に、ペルーで生まれたマリネラ(サマクエカ)やアンデスの影響を受けたヤラビーなどをレパートリーとして発展してきました。

 チャブーカ・グランダは、そのムシカ・クリオーヤの中でもっともよく知られたシンガーソングライターです。彼女の作曲した多くの曲が今もペルー音楽の欠くべからざる一翼を担い続けています。また、ムシカ・クリオーヤは、沿岸部の庶民の音楽として上流階層からはなかなか認められてこなかったのですが、上流階層出身の彼女がエレガントに歌ったことでようやくナショナルな音楽としての地位を確立するに至りました。さらにアフロ系住民の音楽と舞踊の復興運動をパトロンとしてその最初期よりバックアップしたという意味でも、まさに沿岸地域の音楽文化において、彼女の存在を語ることなしにすますことはできないほどの最重要人物の一人ということになります。

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 代表曲は日本では「ニッケの花」のタイトルで知られる「ラ・フロール・デ・ラ・カネーラ」や「ホセ・アントニオ」、そしてチリのビオレタ・パラに捧げられた「カルド・オ・セニサ(灰とアザミ)」などです。

 今日ご紹介するこの曲は、ペルーの北部海岸地方の舞曲、マリネラの亜種の一つであるトンデーロと呼ばれるスタイルをベースに作られた歌曲です。このタイトルとなっているパンチョ・グラーニャとは、1947年に暗殺されたチャブーカの友人であったジャーナリストのフランシスコ・グラーニャ・ガルランで、この曲は彼に捧げられた曲です。当時大統領であったブスタマンテは、ペルーで唯一、長期に政治基盤を維持している政党アプラ党との取引によって成立した政権でした。このアプラ党は、もともとマルクス主義政党として成立した政党で、1930年代には軍とアプラの闘争が激化し、本拠地であったトゥルヒーヨでは軍部によるアプラ関係者の虐殺事件が起こるなど、合法・非合法を巡って長い戦いが続いてきた政党でした(この後、アプラはファシスト党の手法を取り入れたり支持基盤の沿岸部中間層が豊かになってくると穏健化しアメリカの政策にも同調的にもなってきていた)。しかし、実際にブスタマンテ政権が始まると、アプラは議会の強化と大統領の権限制限を進め、不景気とインフレを回避するために石油採掘権をアメリカの会社に安くで契約するなどし、国内から強く反発を受けました。そうした反アプラ批判の急先鋒であったのが、「ラ・プレンサ」紙の編集者であったフランシスコ・グラーニャ・ガルランでした。その結果、彼は二人のアプラ党員に暗殺され、政治は再び反アプラへと大きくかじを切ることとなり、混迷の中クーデターと戒厳令が敷かれ、結果ブスタマンテは政権を追われることとなります。

 そんなきな臭い雰囲気とはまったく無縁にも思われるこの曲ですが、それはおそらく、フランシスコ・グラーニャの家に招かれて頻繁に音楽を楽しむパーティを行っていたチャブーカ自身の思い出が強く反映されているのではないかと思ったりもします。

 彼女の歌や演奏をムシカ・クリオーヤのスタンダードだと思って聴くとあとで愕然とすることになるので、あくまでムシカ・クリオーヤの中では非常に特殊な音楽家であったということは理解していただいた上で、彼女の歌と曲を楽しんでもらえればと思います。まさに唯一無二のペルー最高のシンガー・ソングライターと今なお言われつづけるその魅力をお聴きください。




◆Markasata "Ausencia" (italaque) BOLIVIA

 これから紹介したいアンデス地域の音楽は、いわゆる「サンポーニャ」と日本で呼ばれている楽器で演奏されている音楽です。サンポーニャとは、ビンの口に上から息を吹き込むとホーと音が鳴る要領でドレミファソラシドを上下二段に交互に振り分けて、二列の管を操って演奏する楽器だ。

 ただ、ここで演奏されている楽器は、その2列のサンポーニャをドミソシ側とレファラド側で列ごとに二人で持って、息を合わせて二人一組で一つのメロディを演奏する、という非常に古い演奏方法で演奏されているものです。二人で一つのメロディーを吹くので、音が途切れず、むしろ重なりながら演奏されるという特徴があります。また音自体が非常に倍音を多く含んでいるため、二人一組で50人とかで吹くと、もうビンビン響き渡る音の洪水の中でどんどんテンションが上っていく、そんな音楽でもあります。

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 このスタイルの奏法はシクーリと呼ばれるもので、スペイン人侵入以前から演奏されているスタイルと言われています。ペルー南部、ティティカカ湖畔のプーノから、ボリビアへと続く高度4000メートルのアルティプラーノ地域で演奏されることが多い楽器で、コミュニティの成員である男性が皆で集まって演奏する儀礼的側面も強い音楽です。今日ご紹介するシクーリは、ペルーではなく、ボリビアのものを持ってきました。

 イタラケとは、ラパス県のカマチョ地方で演奏されるシクーリの一種で、カントゥと呼ばれる非常に大きな太鼓とともに演奏されます。7月のカルメンの祭りで演奏されるものが有名です。シクーリにはイタラケのほかにもさまざまな種類が土地ごとにあるのですが、シク(サンポーニャ)の種類や組み合わせの種類に加えて打楽器の違いも非常に多彩です。小太鼓、大太鼓、シンバルが入る明らかな軍楽隊の影響を残すものから、イタラケのように各々が非常に大きな大太鼓は脇に抱えて叩きながらサンポーニャも演奏するスタイルなど、様々です。

 でもまあ、これだけ語った後に言うのもなんですが、とにかく四の五のいわずに、まずは聴いてみてほしいです。この音色を高度4000メートルの酸素濃度の中で何時間も聴いていると想像しながら聴くと、本当に異次元にちょっとぶっ飛べるような衝撃と言うか、インパクトがないでしょうか。




◆Los Destellos "La Cervesa"(cumbia)
もう一曲ご紹介するとすれば何がいいかと考えましたが、一曲、ペルーのトロピカル音楽も紹介したいと思い、持ってきましたのは、ロス・デステージョスの「ラ・セルベサ(ビール)」という曲です。
ロス・デステージョスを率いているのは、ペルークンビアの父と呼ばれるエンリケ・デルガードというギタリストです。クンビアはコロンビア発の音楽で、ラテンアメリカでサルサ以前に非常に大流行した民衆音楽ですが、各地の音楽と融合しながら土着化していったという意味でも、サルサとはまた違った魅力のある音楽です。
 ペルーのクンビアは、対外的にはチチャと呼ばれることが多いのですが、チチャとは本来はペルーのアンデス・クンビアを指して呼ばれた名前で、ほかにもアマゾン風であったり北部風であったりといろいろなスタイルがペルー国内だけでもあり、地域の音楽文化と融合したり、国境を越えてブラジル音楽やテックスメックス音楽なんかもどんどん取り入れながら奔放に展開してきたのがペルーのクンビアの魅力です。

 また、もうひとつの重要な特徴として、コロンビア発のクンビアに、当時ペルーで徐々に影響力を増しつつあったロックが取り込まれ、そのベースにさらにその土地の音楽などがある、という重層構造になっています。

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 この「ラ・セルベサ」は、曲的にはアンデス的要素は少ないのですが、歌詞のほうが非常にアンデス的な酔っ払い曲の典型的なパターンといってもいいと思います。もちろんアンデスだけではなく沿岸地方にもこういった歌詞は伝統的にあるのですが、アンデスに圧倒的に多くみられる歌詞といえるでしょう。まあ、一言で言えば、「人生の辛いことは酒のんで忘れよう」というやつですね。アンデスのスペイン語ワイノ世界で繰り返し登場する「酒を呑むのは人生の苦しさ、辛さを紛らすため」というまさに典型的なテーマです。


posted by eLPop at 12:24 | Calle eLPop