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『時に応じて駆けない騎手は、自らの墓標を刻む』 グアコ・インタビュー

2017.02.28

グアコ・インタビュー by 高橋めぐみ

列席:グスタボ・アグアド、ルイス・フェルナンド・ボルハス
通訳:石橋 純
2016年11月13日@中野サンプラザ 楽屋にて

 記事のアップがこんなに遅くなってしまったのだが、昨年(2016年)の日本におけるラテン音楽界の最大トピックは、グアコの来日公演だろう。この日を待ち焦がれていた人がどれだけいたことか。一昨年に非公式ながらその噂を耳にしたときに文字通り心が震えた。過去にも何度かそういう話は浮上しつつ、いつの間にか消えていたので、今回はどうやら「本当」らしいということがわかるにつれ、期待はどんどん高まった。
 ベネズエラ音楽研究の第一人者である石橋純氏を擁するeLPopでは、氏のトークを中心に来日前に3回に分けて『勝手にグアコ祭り』を開催して、まさに勝手に来日を盛り上げた。わたしは90年代に2回グアコのライブを見ているので、第2回の聞き手にご指名をいただき、個人的な盛り上がりは頂点に達した。さらには、インタビューもせよ、という指令まで来た。まさに、「生きててよかった!」だったのだ。

※『勝手にグアコ祭り』Vol.1の前半後半、Vol.2の前半後半をご参照ください。
※ 記事中の写真:by 石橋 純

 東京公演当日のリハ前にインタビューに臨んだ。カリブ・中南米のミュージシャンは押しも押されぬ大スターでありながらも、気さくな人が多い。あこがれのグスタボもまさにそういうタイプで、ニコニコと柔和な笑みを浮かべつつ話してくれた。

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【バンドの歴史は反骨精神】 
 わたしが最も聞きたかったのは、50年以上もの長い間続けて来られた理由だった。もちろん、結成時の1958年と今のグアコは同じではない。何度かの変貌を遂げつつ、トップ・バンドで有り続けられたのには秘訣があるはずだ。
 「グアコの哲学というのがあってね」と前置きしながら、「バンドとしての基礎はあるけれども、いつも現状に満足せず反骨精神を持って新しい挑戦をする。時に応じて駆けない騎手は、自らの墓標を刻む、ということだね」。
 さらに「いろいろなことを経験して思い出の多い人は孤独ではない。しかし、思い出にのみ生きる者は愚か者だ」と続けた。さすがである。グスタボは60代後半という年齢であり、見た目はそれなりにおじさんであるが、他の3人の若いフロントマンたちと一歩も引けを取らず歌い踊れるのは奇蹟でも何でもなく、彼の心意気の賜物なのだ。
 例えば、ローリング・ストーンズやエル・グラン・コンボのように世界には50年以上続いているバンドがいくつかあるが、その中でもグアコは図抜けて変化に富んだ音楽性を持っていると思う。そのあたりについては、「哲学だよ!例えばタンボーラやチャラスカといった伝統楽器を演奏していても、唯一無二のオリジナルであることを心がけている。今まで批判を浴びたこともあるけれど、グアコのサウンドはカリブ・中南米発のラテン音楽へのベネズエラからの回答なんだ。常に反骨精神を持ってね」と語る。
 
【ライブとアルバムの違い】
 3回に渡り開催した『勝手にグアコ祭り』の中で石橋氏が繰り返し語った説によれば、グアコには、その成立から現在まで第1期から第5期まで5つに分けられるそれぞれの期間があり、グスタボが言うようにバンドとしても基本姿勢は変わらなくても、その時々の特徴あるサウンドを作り上げてきた。ただし、常にそのステージはダンサブルでエキサイティングなものであったという。
 わたしが見たのは90年代後半で、いずれもヨーロッパでの音楽業界のコンベンションでのショウ・ケースだった。業界人(笑)という人種は概ね会場の後方の全体を見渡せるポジションでの鑑賞が一般的で、その端くれのわたしも友人たちと後ろの方で「グアコどうかな」などと話しながら見始めた。しかし、そんな斜に構えた無礼な態度は一瞬に吹っ飛んだ。気がつけば一番前で「グスタ〜ボ〜」と絶叫していたわたし。キャッチーなメロディ、時にうっとりするほどロマンティックですらある楽曲の美しさ、バックが繰り出す厚みのある複雑なリフ、声よし見た目よしダンスよしのボーカル陣。その乗りの良さは格別だった。
 しかしながら、アルバムは必ずしも興奮のステージと同じではないのだ。それはグアコに限らず言えることだが、ライブとアルバム(録音物)がまったく同じということはほとんどない。その中でもグアコは、かなり違う印象を持ったので、その辺も率直に聞いてみた。
「そうだね。録音の時はどうしても少し臆病になるかな。それに対して、コンサートではフロントの歌手4人も自由に動きながら発散して歌い、楽器の演奏も一体感を持って演奏できる。歌を聴くと言うよりもグアコの全体を楽しんでもらえる」。
 確かにアルバムはその都度コンセプトを決めて制作されるので、グアコのような大所帯でそれをステージで再現することに固執することはあまり意味がないかもしれない。つまり、仮にアルバムが少し大人しめであっても、グアコのライブは絶対にノリノリで楽しいものであることに間違いがないということだ。

【耳で聞いて足が動き出す】
 さて、そんなオリジナリティと反骨精神バリバリのグアコが影響をうけた音楽は何だろう。メンバーも何度も入れ替わっているし、上記の『勝手にグアコ祭り』でも語られたように、その時々のヒット作を手がけたソングライター達が影響を受けた音楽も同じではないだろうが、まずはグスタボはどうなのか、その点を聞いてみた。
 わたしのキューバ公演についての質問を受けて、「キューバには行っていない。本当だよ。アマウリ・グティエレスとか、仲のよい友人はたくさんいるけれど」。
 ロス・バン・バンの影響が感じられる曲があるのではという質問には、「ロス・バン・バンよりもこっちの方が歴史があるよ(笑)!ドラムを入れたのもティンバレスを独立させたのもグアコの方が先だし、似たように聞こえてもグアコの方が複雑なことをやっている。とはいえ、アース・ウインド・アンド・ファイヤーの影響は受けた」。アース・ウインド・アンド・ファイヤーの影響を受けていないミュージシャンはいるのか、と思うほど、カリブ・中南米でも多くのミュージシャンが「影響を受けたバンド」にその名を上げる。しかし、きちんと調べなかったのも悪いのだが、まさかまだキューバ公演を行っていないことには驚いた。なぜなら、キューバのミュージシャンにもグアコ・ファンはたくさんいる有名なバンドだからだ。
 「そういえば、だいぶ前の話だけれど、イサック・デルガドがベネズエラに来た時にグアコの公演を見に来た。それでキューバに帰国して、グアコを真似た編成のバンドを組んだ(笑)。これは本人がそう言ってるのだから作り話じゃないよ。グアコはNG ラ・バンダやイラケレより先にドラムを入れてる!グアコの音楽は頭から入って足が動き出すものを目指しているんだ」と笑いながら話しつつ、最後に「でも、もちろんロス・バン・バンは大好きだ。ソンゴはいいよ。私たちはとにかく何でも聞くんだ。ミュージシャンとして功成り名を遂げたとしても、音楽を聞かないやつはだめだ」とにっこりした。
 そして、「もうひとつ言っておきたい」と前置きをして、「私たちの音楽にとってアフリカ系の人々がもたらしてくれたものがとても重要だ。ハイチ、ジャマイカ、ドミニカ、キューバといったカリブの島々だけでなくベネズエラにも到達している。コロンビアもそうだ。海岸地方にはアフリカ系の人々とその文化がある。スリア州でもマラカイボの湖南地方にある。それはアメリカ大陸全ての宝なんだよ」。
 自らを「活字中毒ならぬ音楽中毒」と称するグスタボ・アグアド。孫が5人いるらしいのだが、「ぜひ100歳まで歌い踊ってください」と頼んだら「そりゃあ、無理だよ」と爆笑した。

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【グアケーロから看板歌手へ】
 今回は、もうひとり、ルイス・フェルナンド・ボルハスにも話を聞くことが出来た。事前に石橋氏から「彼は本当にかっこいい」と知らされていたので、大抵のイケメンにはまったく緊張しないわたしもちょっとドキドキしていたのだが、部屋に入ってきたときにすでに悩殺されかかった。「俺ってかっこいいだろ」というような態度は全くなく、おしゃれでもない(失礼!)のだが、めちゃくちゃステキなのだ。それがスターというものさ、と言えばそれまでだが、とにかく「華がある」というのが一番ぴったりきた。
 グアコ最大のライバル・バンドである、グラン・コキバコアの音楽監督ネギート・ボルハスの甥であるルイス・フェルナンドがグアコのボーカルになるというのは、サッカーで言えば、FCバルセロナのスター選手を叔父に持つのにレアル・マドリードに入って大活躍みたいな感じで、その加入時にはちょっとした話題になった。実のところは、18歳の時に街のライブハウスでグスタボにスカウトされたという。彼はグアコの曲「Quiero ser un guaquito(ちびっ子グアコになりたい)」を地でいくグアケーロ(グアコ・ファン)で、そのことを家族や親類は反対もせず温かく見守ってくれていたそうだ。
 「だから、グスタボに声をかけられたときは本当に嬉しかった。彼は僕がボルハス家の人間とは知らなかったんだ。まるで世界中が僕の味方をしてくれて奇跡が起きたと思ったよ」とさわやかな笑顔で語る。横からグスターボが「本当に偶然だったんだよ」と合いの手を入れた。
 とはいえ、18歳でグアコのメンバーとなったルイス・フェルナンドも、もう40歳。かれこれ20年以上のキャリアを誇る看板歌手だ。
 「とにかくグアコで歌えることがひとりの人間として嬉しく誇らしい。でも、それは毎日がチャレンジで、グアコを通じて世界に向けてラテン音楽を発信している責任を感じている、僕の双肩にかかっているんだ(笑)」。
 今の世の中、40歳はまだ若い。これからもルイス・フェルナンドには多くの女性ファンの悩殺し続けて、グアケーロを踊らせてほしいものだ。

 インタビューの後に、リハーサルも見せてもらったのだが、そのリハーサルはなんと帰国後の公演及び、4月ベネズエラ全土で公開予定のドキュメンタリ映画『Semblanza』収録用のオーケストラ(グスタボ・ドゥダメル指揮)とのスタジオ共演を想定してのリハーサルでもあったようだ。確かに日本公演は終盤にさしかかっていたので、サウンド・チェックさえしっかりやれば本番の曲は完全に身体に染み込んでいるので問題なしというわけだ。だったら次の準備を怠りなくということなのだろうが、しかしまあびっくりである。
 その後の本番。とにかく夢のような体験だった。さすがに一番前での絶叫こそしなかったものの、こんなに最後まで楽しかったライブはいつ以来だろうと考え込んだ。その後、親しい仲間で行った勝手な打ち上げの時に、石橋氏からひとつの驚愕の事実を聞いた。グアコは結成当時から現在までギャラは完全に均等割だという。すごすぎる。
posted by eLPop at 19:19 | 高橋めぐみのSOY PECADORA