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世界を翔るトラックドライヴァー:修(しゅう)ちゃんの「中南米めおと珍道中」その2

2017.02.08

静岡・沼津市在住のパーカッショニストでトラック運転手……
現在、奥様とともに中南米を旅行中の高木修二さんからのレポート第2弾!
ドミニカ共和国編です。

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サンティアゴ デ クーバは国の東端に近いのでお隣のドミニカ共和国に飛ぶにはそこから直接行った方が時間も移動費も節約できる。早速チケットを手配してホセ アントニオ空港から一時間でサントドミンゴのラス アメリカ国際空港に到着。ドミニカ共和国はハイチとイスパニョーラ島を二分しているので途中眼下にハイチが見えたのが感慨深い。

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キューバから来るとドミニカの生活水準は高く感じた。車や道路、高層ビルやショッピングモールには物が溢れていて、それくらいキューバでの生活は物がなくて厳しいものだった。すぐ隣の国でこうも違うものなのかと不思議な感覚だったが、我々の国も物質社会なのですぐに元の生活感覚に戻ってしまった。

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サントドミンゴはクリストファー コロンブスがアメリカ探検の際最初に立ち寄りそれから街が出来上がったので旧市街には観光の見所も多いのだが、私は教会や博物館にはあまり興味がないのでコロンブスの墓(ピラミッド級)へ行ったくらいで、旧市街コロニアル地区のエルコンデ通りでアレパやカチャパやココジュースを買い食いして買い物したりしてそこそこに見て回り、やはりドミニカではメレンゲのライブが観たかった。

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幸いにも始めの一週間は日本人でドミニカに長年在住していた方のご紹介で、文化庁で音楽ディレクターや国立音楽学校でパーカッションの先生をしているエディさんのお宅にホームステイさせて頂いたので、先生の研究されているアフロドミニカンドラムやメレンゲの話などいろいろ聞くことができた。

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ここドミニカでもカリブ中南米の他の国と同じようにアフリカからプランテーションの奴隷が連れてこられたのでアフリカの元々の部族のリズムが数多く残っているようだ。中にはアフリカではもう滅亡してしまった部族のリズムもここドミニカにあるという。

ある日市の中心からオサマ川を渡ったところにある非常に貧しい地域にある太鼓職人のところに連れていってもらったのだが、水道もない感じで子供は道端で遊び女性がバラック小屋で淹れたコーヒーを出してくれてまるでアフリカに行ったかのような気分になった。とても自力では見つけられない世界だったがそこで見せてもらった太鼓は木をくり抜いたもので高さが私の胸まである長胴太鼓で杭を打って皮を張るとても原始的なものだった。先生によるとこういう文化がドミニカには国中に数十カ所あって全て回って調査しているという。この話は非常に興味深くドミニカに来るまで一切知らなかったことだ。ドミニカ=メレンゲ&バチャータだけではないのだ。

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キューバでは毎日どこかしらでライブがあったが、ドミニカでは通常金土曜にやっていて、Jet Setというサントドミンゴで有名なクラブハウスはなぜか月曜日にあるというのでスケジュールをチェックするとちょうどSergio Vargasのライブがあるではないか。何時にやるのかよくわからないので22時頃行くとまだ人が全然集まってなくオマケに冷房がガンガン効きすぎてお酒も進まず待つのが地獄だった。1時過ぎにようやく御大が出てきて彼の不思議な世界に引き込まれてしまった。このメレンゲという音楽は日本でもDJがよくかけるが、バンドではサルサバンドが一曲やる程度でなかなかお目にかかれない。やはりバンドで踊るメレンゲは気持ちいい!ステップはシンプルだがタンボーラのシンコペーションが気持ちいいところに入ってきて、これがメレンゲバンドだと一時間や二時間のライブずっとこれなので段々とノッてくる。気がつくと帰りは朝になっていた。

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毎週日曜には旧市街のサンフランシスコ遺跡の広場で無料ライブがあるというので行ってみた。ここは市民のお祭という感じでサルサもメレンゲもバチャータもありで若い世代から年配の方まで和気あいあいと好きな曲が演奏されると踊りに出てくる。飲み物も食べ物も売り子が歩いていて気軽に買えるので楽しいし危ない感じは全くなかった。

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平日はとくにやる事がないので、エディさんの友人の勧めでプランテーション遺跡ツアーに参加してみた。サントドミンゴ周辺の歴史的に重要な砂糖精製工場跡などを三ヶ所観て回ったのだがどれも放ったらかしな感じで、最後に寄ったトルヒーヨ元大統領邸では参加者が話になって議論を交わしていた。何を話しているか尋ねるとこれらの歴史的重要建造物は現在誰の管理下にも置かれておらず、これから政府と掛け合ってちゃんと管理し観光のために利用した方がいいと話していたようだ。元大統領邸も牛がそこかしこにたむろしていてそれはそれで長閑な雰囲気だったが、こういうものはやはりちゃんと管理して何かに役立てた方がいいのだろうと部外者ながらに思ってしまった。

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ドミニカはそんなに広い国ではないのでバスに三時間ほど乗れば大体の場所へ行ける。ということで北岸地方へ足を伸ばしてみた。

北岸で最大の街プエルトプラタへ着くとレンタカーを手配して東へ一時間ほどのカバレテという地域へ。ここはいい波が立つのでサーフィンスポットとして有名で、宿を海の近くにとってみた。プエルトプラタにはアメリカやヨーロッパからの直行便があるのでこの辺りはサーフィン目当ての観光客が多い。隣の部屋の客はドイツからサーフィンをしにきていたし、プラヤエンクエントロというビーチに行くと海外から移住してきたサーファーが貸しサーフボード屋をやっていたり街全体がヒッピーテイストでアメリカ留学時代が懐かしい。いくつかボード屋があるので自分に合った板を見つけ、いざ夢のカリブで初波乗り。久々のサーフィンだったので感覚を取り戻すころには腕はパンパン。午後は風が出て波のクオリティが下がるので休憩して夕方もう1ラウンド。リーフブレイクのよく切れる波はパワーもあり乗り味は最高。

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波が良くない日は更に東のサマナ半島までビーチハントに行ってみた。途中小さな集落がポツポツがあり人々は素朴な生活をしているし、時々これまで見た事もないくらいの椰子の木がビッシリ生えている海岸線や森があったり、気の向くままにビーチへ降りると誰もいない美しいビーチに出会ったりもできた。そこでポツンと一軒だけの食堂でビールとモフォンゴと頼めばそれは忘れられない至福の時間だ。

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ハリケーンが少し前に来ていたのでチラホラ水没している所があったりしたが、こうして走っていたら目的地のサマナに着いたのが夕方になってしまい夕陽だけ拝んでまた三時間の道のりを帰らなければいけないのであった。ドミニカ人の運転マナーはとても悪く、道も悪いので大きな穴などに気をつけて走っていると必ず煽られる。これが夜の田舎道は街灯などなく真っ暗でとても普通に走れるものではない。この日は途中前が見えなくなるほどの大雨も降ってまさにトリプルパンチ。運転は好きで自信がある方だが帰りは往路の倍の時間がかかり泣きたくなるドライブになってしまった。

プエルトプラタから南に一時間ほどの山の中にドミニカ第二の都市サンティアゴ デ ロス カバジェロスがある。ここはメレンゲティピコというサントドミンゴで聴けるメレンゲとは少し違うメレンゲがあるというのでこれを目当てに滞在してみた。

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ちょうど金曜の夜だったので早速宿の人にメレンゲライブがある場所を聞き、歩いていけるモニュメント公園近くのBajarandoというバーに行ってみた。

23時ころ行くと演奏は始まっていて客も温まりはじめていた。ここでやっていたのはキーボード、ベース、タンボーラ、ボーカル二人という小編成のバンドだったが、タンボーラが凄く良くてそれだけで満足してしまいタンボーラ奏者に話しかけ連絡先をもらう。サンティアゴのどこかでタンボーラを探したいと思っていたので彼に聞けば間違いない。サンティアゴの一番街的な通りであるソル通りのおみやげ屋にもタンボーラはあるのだがあまりいいものではなかった。やはりプロが使うものはプロに聞けばいいだろうということでこの前の彼に連絡すると待ち合わせしようと言うのでどこかのお店に連れていってくれるのかと期待していた。約束の日に会うとタンボーラを一つ持ってきていてこれを売ってやるという。クオリティはいいものだったが、メレンゲティピコのタンボーラは大きいものでないとダメだそうでこのサイズの太鼓を日本に送るとなるととても送料がかかりそうなので見送ることに。値段もなかなかなので仕方ない。

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有名なバンドを観るなら市街地からタクシーで北に15分ほどのMonte barというハコあるというので、土曜日の夜誰が出演するのかもわからず行ってみた。

この日はBanda LibeというバンドでDJが爆音(ホントに耳が痛くなるほど)でメレンゲをかける中二時間ほど待って0時半過ぎに登場。メレンゲティピコと言えども古い感じは全然しなくて今でも現在進行形なサウンドだった。サックスやアコーディオンが長いソロをとったり、プログレッシブで先が読めない展開にどんどん惹きこまれてしまって、こんなかっこいいメレンゲがあったのかと度肝を抜かれた。メレンゲは奥が深いのである。

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短い間だったがサンティアゴも楽しめたのでもう一度サントドミンゴに戻り、エディさんにタンボーラのことを相談するといいとこに連れてってやるとのことで彼のオフィスで待ち合わせる。するとヘルシンキから来たパーカッショニストがいて彼もタンボーラを探しているという。エディさんの仕事がひと段落すると、皆でお昼ゴハンを食べて太鼓職人に路上で待ち合わせ。その手には大小のタンボーラを持っていて、それは探していたものそのものだった。日本に送ることを考えると小さいのでも充分よいものだった。値段もお手頃どころか予算の半額以下だったのでとてもよい買い物ができた。

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これでドミニカでの目的も果たせたのでお隣のプエルトリコに移動する手段を調べるとサントドミンゴからフェリーがあるではないか。料金は飛行機と変わらずも十二時間かかるのだが、大きいクルーズ船にはカジノやディスコがあり夜中の航海を現地人と大騒ぎして楽しめそうな船の旅になりそう。それで港のフェリーオフィスへ行ってみるとハリケーンの影響か何か(火事があったという噂も)で船は当分の間出航しないという。残念だったが、いつになるかわからないものを待つ訳にはいかず、すぐに飛行機を手配し大きな期待を胸にサルサの聖地プエルトリコに飛び立ったのである。

(つづく)
posted by eLPop at 22:18 | Guindahamacas