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「勝手にグアコ祭り Vol.2〜グアコで踊れ!」ご報告!(前半)

2017.01.18

2016年の強烈な記憶!……といえば《ベネズエラのスーパーバンド》グアコ公演!
その奇跡の初来日公演に向けて、<eLPop>では3回に渡って「勝手にグアコ祭り」を開催いたしました。

ここに、2016年9月24日(土)、「カフェ・ラバンデリア」での「勝手にグアコ祭り Vol.2〜グアコで踊れ!」の模様を、遅まきながら、採録いたします。
あの興奮をもう一度!!!
……いま改めてじっくりと味わってみるのもまた楽しからずや、です。

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高橋めぐみ(以下M) みなさん、お越しいただきましてありがとうございます。eLPopプレゼンツ「勝手にグアコ祭りVol.3〜グアコで踊れ!〜」、ただ今より開始いたします。語り手は、石橋純先生です。

――拍手――

石橋純(以下I) 約ひと月前に渋谷でこういう“祭り”をやらしていただきまして、私もこういう機会というのは、夢にも……というか、実現しないと思っていた。グアコ来日が実現するとは。(話が出て来たのは)ちょうど1年ぐらい前でして。でも、どうせ実現しないんじゃないかって……。

 うん、去年のある時に、「みんな、来年の11月は絶対に空けとけ」って……

 そういえば、イベントで言いましたね(笑)。

 それが、いろんなところからチラッホラッて聞こえてきて。でも、何があるのか全然わかんなくって。で、「何があるんですか?」って訊いたら、誰かがちっちゃい声で「グアコが来るらしいよ」って。え、マジでーっ!とかって……

 確かに、「10月末から11月のひと月間、絶対に空けとけ」って(笑)。何のためにって言わなかった、というか、言えなかったんですよ。契約前だったから。

 かつ、「ラテン好きの人は」っていう前置きがあったんですよ。

 で、あのイベントの中で、私はグアコをかけたんだよね。

 あー、それが、ほのめかしてたわけですね。

 今日も持って来ている、73年盤をかけたんです。で、その上で、「絶対に空けとけよ」って言ったんですよ。

 そうそうそうそう。

 「絶対に空けて」くださった方たち、本当にありがとうございます。

 えーと前回、かなり大まかに、第3期ぐらいまで行けたんでしたっけ?

 そうですね。今回は、現代まで繋げないといけないと思ってるんで。

 今日はね、「まさに来る状態」のところまで、なんとかもっていきたいなーって思って。で、実はですね、私は超幸運な日本人でして、2回グアコを生で観ている。

 なーんと!

 そう。別にベネズエラに行ったことはないんだけど……今、なーんと!がおかしかったけど(笑)……音楽関係の仕事をしてるので。

 本業ですね。

 本業はそっちなので、2000年と2003年に両方とも、ある音楽のコンベンションだったんですけど、フランスとスペインで観てるんですよ。で、特に2000年……グアコはもちろん知ってたし、聞いたこともあったんだけど、生で観られるとはまさか思ってなかったから。2000年の時はもう、1曲目が始まった時に気がついたら、一番前まで走って行っていたという。で、関係者だと、みんな後ろのほうで喋りながら観てるヤツが多くて。世界中どこでも……

 確かに。

 日本もそうなんだけど。でもそれが、結構みんな持ってかれたんですよ。それだけ凄かったです。

 2000年、2003年っていうと、私の区分で言うと「第4期」ですよね。

 第4期の黄金期です。

 自分で区分しておきながら、憶えらんないんですけど(苦笑)、「第2次黄金期」ですよね。ていうことは、“生チャシン”を観た!(ホルヘ・ルイス・チャシンを生で観た、という意味)

 観てます。

 なんと! 僕は“生チャシン”、観たことない。

 あー、勝った!

 負けたーっ! この敗北感は、何だ……

――場内爆笑――

 いや、でもね、本当に素晴らしかったですねぇ。

 そうですかー。いや、今日も生チャシンはないんだけど……。チャシン作詞・作曲・歌を、今日のメインの曲に(笑)。

 まだ、すぐそこには行けないので……

 パート2の最後のほうなんで、絶対そこに行きつくように、ちゃんとペース配分しないと(笑)。

 頑張りましょう。じゃあ、どんどんかけて、はい。

 はい。1曲目ですね。私は2000年代のグアコを生で知らないもんで、20世紀が最後。20世紀の間中……1980年代から20年間、グアコのライヴのオープニング曲はこれだったんです。「ノーチェ・センサシオナル(センセーショナルな夜)」。

 カッコいいタイトル。

 「みんな、グアコのライヴで盛り上がってくれ〜」みたいな。「彼女連れて来て、踊ってくれ〜」みたいな、そんな感じの曲ですね。では、「ノーチェ・センサシオナル」。


Guaco / Noche sensacional

 はい、1979年作品「ノーチェ・センサシオナル」でした。

――会場拍手――

 まぁ、あの、ラ〜〜ラララ〜〜の四声コーラスのところでは、サルサとは明らかにちょっと違います。

 違いますね。

 これは、拠って来たるところは、ボサノヴァですね。

 ふ〜ん。

 セルメン(セルジオ・メンデス)的なものです。

 なるほど。

 で、これが79年(の曲)で、私の区分でいうと第2期が始まった時なんですよね。

 まさに、“センサシオナル”だ!

 うん、センサシオナル。で、これはどこから来たんだ?この人たちの音楽は? っていうことを、今日初めての方もいらっしゃるかも知れないので、ちょっとだけやりたいと思います。

グアコの音楽というのは、元々は……ベネズエラの地図が資料の後ろに出てますけど……一番左上のところですね。でっかい湖があります、マラカイボ湖。汽水湖(海水半分/淡水半分の湖)ですけど。左側はちなみにコロンビアですね。この湖がカリブ海に向かって閉じている左端のほうに、マラカイボというベネズエラ第二の都市がありますが、このマラカイボの……まぁ都会っ子ですね……ベネズエラの名門大学、国立スリア大学という、第2の都市だから、日本でいったら阪大……

 京大か阪大?

 京大か阪大。まぁでも、ちょっとノリからすると、京大より阪大。

――会場笑――)

 ですね。雅(みやび)ではない(笑)。

 コッテコテな。

 やっぱ阪大ですね(笑)。

 で、このマラカイボが出身地で、伝統音楽ガイタ(をやっていた)。正確に言うと、ガイタにもいろいろ種類があるんだけど、ガイタ・スリアーナっていうタイプの音楽をやっていて、この私の区分でいうと黎明期の58年〜68年(創立後の10年間)は、この伝統音楽を、アコースティックに、ひたすら伝統的にやってた。その音源は私、持ってないので、こんな感じの音楽だったよ、ということで、1974年に録音されたガイタのスタンダード・ナンバーですね、基本編成のものをかけたいと思います。1958年にグアコが創立されて、ガイタ(という音楽)は1962年初めてレコーディングされました。で、グアコは64年が初録音かな……?

 音楽自体は、もちろんそのずっと前からあったんですよね? 録音は比較的新しいけど。

 だいたい17世紀末ぐらいからと、言われてます。

 ですよね。

 で、(ガイタが初めて)録音されたのが62年ということで、グアコはその2年後に初録音してますけど、そのグアコの初録音と同じ年の録音で、ガイタの古典ナンバーになっている「ラ・カブラ・モチャ(かたわの山羊)」っていうパーティー・ソングを聴いてください。こんな感じの音でした。グアコも当時は、こういう音でやってました。


La cabra mocha / Conjunto Saladillo

 今日のグアコの持ってる波動に近い、ひたすら明るいっていう感じの雰囲気を持っている、伝統的なガイタを選んでみました。編成としては、一番特徴的なのが……ちょっと録音が古くて音が悪いからあんまり迫力が伝わらなかったんですが……フーロっていうでっかい摩擦太鼓。擦って音を出す(ドゥル〜レッっていう)それがベースの役割をしている。ズココッコ、ズココッコと鳴っているのはタンボーラという、バチ二本で叩いている、和太鼓的な感覚の太鼓です。それと、キンキラキン、キンキラキンっていってるのは、チャラスカという管グイロ。あと、この録音ではあんまり聞こえないですけど、マラカス。で、唯一ハーモニーの楽器は、クアトロ。あとはひたすら、ソロ・ボーカルとコーラス。これでもう、多い時には30人ぐらいでやる。

 シンプルな作りだけど、大勢でもやると。

 もの凄い分厚い音楽。こういうサウンドでやってたんです、グアコは。で、それが突然、なんでさっきのボサノヴァっぽいものになったかっていうと、(当時)ベネズエラのフォークロア、民謡をジャジーに革新するというムーヴメントがあったんですね。それを横目で見て、「俺たちもやろう」と。20代の若者たちが。ガイタを現代化してやろうと。

 ちょっとイケてる音楽にしようと。

 イケてる音楽にしよう(笑)、ということで……

 このままでは、あんまりモテないだろうっていう……

 まぁ、それはあったでしょうね(笑)。カッコいいことやってやろうと、イノベーションを達成してやろうっていう、そういう感じですかね。それでは、その着想の元になったベネズエラ・ジャズの巨匠と言われているアルデマロ・ロメロという人の、“オンダ・ヌエバ”ってまさに名前もボサノヴァみたいなんですけども。ベネズエラ民謡を……ボサノヴァがサンバをはじめとする民衆音楽をジャズと融合させたように……ベネズエラ民謡をジャズと融合させようと。もちろん先輩のボサノヴァにも倣って。そういうムーヴメントなんですよね。

今日おかけするのは……前回はアルデマロ・ロメロのガイタをかけたので……これは本家本元オンダ・ヌエバ。元のリズムはガイタじゃなく、ホローポっていいます。ガイタと同じハチロク(8分の6拍子)のリズムを元に、伝統曲をボサノヴァ風というか、ベネズエラ流ボサノヴァにすると、こんな感じになります。ちょっと聴いてください。


Aldemaro Romero y su Onda Nueva / El gavilán

 はい、100%民謡、歌詞も音楽も200年ぐらい前の伝統曲を、こういうふうにリニューアルしたものです。ま、ハチロクでもこういうふうにスイングできるんだっていうことをみて、俺たちもガイタをイノベーションしよう、というふうにグアコの連中は思ったんです。

 で、いよいよ……

 そう。ただ、さっきの「ノーチェ・センサシオナル」の後半、サルサでいうとモントゥーノ部分の、ブリッジを挟んで2拍子になったのは、あれ、何なんだ!?と(笑)。

 何なんだ!?

 これ、ずっとハチロクじゃないかと。

 えぇ、えぇ、そうですよねー。

 ガイタはハチロクのものじゃないか。何なのあれ?後半部分は……ってことになるわけですけど、これはですね……もう一回地図を見ていただきますと……マラカイボの対岸、ちょっと右下のほうに、カビマスって書いてある。対岸の街です。この対岸の街からマラカイボ湖の南部ずっと、東岸から南岸にかけて、2拍子のガイタがあるんですね。よりアフロ色が強いガイタなんですよ。

 アフロ系の住民も多いということ?

 そうです。なぜかっていうと、マラカイボ湖の南岸に18世紀の間、カカオ・プランテーションがあって、奴隷化されたアフリカ人が大量に強制連行されて、移住させられていたからなんですね。で、そのアフリカ系の人たちが伝えた太鼓楽と太鼓歌が残っていて、だんだんマラカイボ湖東岸を伝って北上してきて、対岸のカビマスの街まで来たけれども、20世紀の中頃までマラカイボとカビマスの間には、渡し船しか交通が無かったから、ここで文化が途絶えたんですよね。で、カビマスまでがアフロ系のガイタだったんです。

で、カビマス出身のガイタ・グループ、グラン・コキバコア。今日、何曲かかける予定なんですが、このコキバコアはアフロ系のガイタを使って、それをサルサ前夜の、60年代のラテン・ダンス音楽とフュージョンして、新しいタイプのガイタを作った。それが“タンボレーラ”。ちょっと聴いてみてください。こんな感じの音楽です。


Tamborera No.7 / Gran Coquivacoa

 これ、録音年代は正確には判らないんですけど、1970年前後だと思います。このグループ自体が60年代末創立なので。で、これを聴いたグアコの連中は……グアコはマラカイボ出身で、このテのアフロ系の太鼓楽は、自分たちの伝統音楽としては持ってなかった。聴いてはいたでしょうけど。で、このグラン・コキバコアという後輩の連中がこういうのをやってて、これはサルサとフュージョンできるじゃん!というように思ったわけですよね。で、先程の「ノーチェ・センサシオナル」、サルサではモントゥーノの部分に、このタンボレーラを……

 2拍子の。

 2拍子のを持ってきたわけです。なので、この第2期のグアコは、音楽の流儀っていうのはだいたい4種類のジャンルというかスタイルがあって、@一つはガイタをさっきのアルデマロ流にボサノヴァっぽくやる、ということ。Aそれから2拍子系のタンボレーラで、サルサっぽくやる。それから、Bまさに「ノーチェ・センサシオナル」のように、テーマをガイタで始めて、ブリッジを挟んで、モントゥーノをタンボレーラでやる。この四つです。あとはもうなんか、まったくサルサそのものじゃない? みたいな感じのものも時々入れたりしてました。こんな感じでやっていくわけですけど、何といっても、最初っから最後までタンボレーラのリズムなんだけども、テーマがあってモントゥーノがあるというサルサ様式で、タンボレーラのリズムで貫くというのが、今日まで至る、グアコの一番の中核のスタイルになってきています。

 基本的なスタイルですね。

 基本的なスタイルになっています。はい。で、そういうスタイルを確立して、第一次黄金期と言われる1979年〜85年までの、ま、短いんですけど、7年ですか、その黄金期がやってきます。その代表的な曲なんですけど、メガヒット……81、82、83、84、85と、立て続けに5年ぶっ続けで放って、マラカイボの威勢のいい兄ちゃんのグループだったのが、全国区に進出します。で、だいたい同じようなタイプの曲なんですけど……

 しかもタイトルがね、なんかちょっとタイトルはね、かなりアレですよね(笑)。

 「宝くじ屋」「揚げパン屋」「かき氷」「コーヒーとタバコ」「郷土愛」と(笑)。

 「郷土愛」っていうのも、なんとも言えない。

 というふうに来てるんですけども、ちょっと「郷土愛」が……ま、「郷土愛」もそうか。全部実は、ガイタの伝統的なテーマ作り、詞作の流儀に拠ってまして。

 “プレゴン”みたいな……お店屋さんの宣伝みたいな。

 プレゴンですね、まさにそうです。「ビジェテーロ」は「宝くじ屋」なんで、これから聴きたいと思いますけど、今日買って……日本の宝くじは数ヵ月後に当たりが決まりますけど……今日当たりだよ!っていう。

 あー、すぐ判るんですか?

 貼り出す。何日までっていうのがあって、「今日、当たり日だよ!」って言ってるわけですね。そこが一番宝くじ屋の頑張りどころっていうか、その時に頑張って売り声を上げるので。

 その売り方はアレですか? 自分の身体にくっつけて売ってるような、あの……

 そうです。ビブスみたいな感じで、全身に宝くじを(笑)。

 日本にはそういう人いないんですけど、中南米とかスペインとかもそうなんだけど、なんかチョッキみたいなものに付けてるんですよね。

 宝くじビブスって……

 それで、どーですか、どーですか?って来て、もう要らないよって感じが結構……

 で、宝くじ屋さんの多くは、視覚障害の人。

 そうなんですよねー。だから、シエゴって、盲目の人のことをスペイン語でそう言うんだけど、それのマークとか付いてるんですよね?

 ちょっと真似してみると、「パラ・オーーーイ!」って言うんですね。デカい声で(笑)。で、チリンチリンチリン、「パラ・オーーーイ!」って。

 「今日までだよ〜〜」。

 そうそう。それを取って「Para hoy, compra mi billete mira para hoy」っていうのが、モントゥーノのテーマなんですけど。

 「今日、みなさん買ってちょうだい」。

 さっきの「ノーチェ・センサシオナル」もそうですが、第2期を築いたグアコの座付き作者、天才リカルド・エルナンデスは、キラーフレーズを作るのが、もう滅法上手くて。これ、多くの皆さんが初めて聴くと思いますけど、今晩一晩中「Para hoy, compra mi billete mira para hoy」が頭について離れないと思います(笑)。では、1981年、グアコのメガヒット・シリーズの皮切りとなった「宝くじ屋(ビジェテーロ)」、お聴きください。


Billetero / Guaco

 というわけで、「宝くじ屋(エル・ビジェテーロ)」でした。

 ヴォーカルは、アミルカル?

 アミルカル・ボスカンですね。第2期について語る上では絶対に避けては通れないのは、この時に一連のヒット曲、「郷土愛(センティミエント・ナシオナル)」以外のすべてを、ソロ・ヴォーカリストとして歌った、アミルカル・ボスカン。もう、もの凄い人気が出て。

 いい声ですよね〜。

 アイドル歌手並みの。で、彼はモントゥーノを即興で、ほんとに出来た人です。エクトル・ラボー張りの即興で。レコーディングは、ほんとに歌詞を作らずに臨んだと言われてます。

 <eLPop>っていうサイトに行っていただきますと、前回の8月9日の時にアミルカルの話も結構出た記憶があるんですけど……

 そうですね。

 そのへんも含めてもう一回見ていただくと、より理解が深まると思います。かなり細かかったので……(笑)。

 細かいところに行き過ぎて、第4期までで、第6期は1曲も……(笑)。あんまりここで掘り下げちゃうと、第6期まで行けなくなっちゃう。

 グスタボが怒っちゃいますよ。

 そうそう。えー、前回も言いましたけど、今はこのスタイルのは、この1曲しか聞けないんです、この時期のやつは。初代座付き作者のリカルド・エルナンデスは、キラーフレーズ創出の天才であると同時に、アレンジャーとしては、なんていうか力技というか、イヤでも皆さん、今晩「パラ・オイ」が頭の中に渦巻くと思いますけど……

 うーん、ちょっと微妙ですけどね〜(笑)。

 これだけのフレーズ作りの巧さに加えて、それをモントゥーノ部分で、二段構えのマンボで必ず高揚させるというのが、もう、ターボエンジンと私呼んでますけど(笑)。

 でも、まさにそうですよね。

 こんなふうに、今の81年の「宝くじ屋」を皮切りに「揚げパン屋」「かき氷」ときて、で、84年の大ヒット「コーヒーとタバコ(ウン・シガリート・イ・ウン・カフェ)」をフィーチャーした84年盤というのは、なんと日本盤が出たんですね。
なので日本では、これは愛聴しているというグアケーロは少なからずいるはずなんですけど、そのLPからまたちょっと変な曲を……。たぶんこれは最後なのかなと思うんですけど、前半ガイタで始まって、後半ブリッジを挟んでモントゥーノになる、「ノーチェ・センサシオナル」と同じスタイルの曲で、「ちびっ子グアコになりたい(キエロ・セール・ウン・グアキート)」。

 グアキートって何だよ〜という感じですよね〜(笑)。

 グアケーロはファンのことなんですけど、この子の場合、グアケーロなんだけど……

 まだちっちゃい?

 そうなんだけど、むしろ演者になりたい!っていうことなんですよね。

 あーーー、自分がね?

 で、この曲を選んだのは、来日メンバーのルイス・フェルナンド・ボルハスっていうのがまさに、ちびっ子グアコから始まって(笑)

 グアキートだったんですね〜。

 そうそう、グアキートで……

 ガキなガキート(グアキート)ですね〜(笑)。

 そうして遂にグアコのメンバーになっちゃったという、この歌そのまんまを行った人なんで。

 すごいな〜。

 フロント・ヴォーカルの、今はおじさんのグスタボを除いては一番のベテランである彼を、日本に初めて迎える。そういう趣向で……

 なかなかカッコいい人ですよね。

 カッコいい人だね。なんと、今日も何曲も用意してますけど、さっきの、グアコに影響を与えたグラン・コキバコアのバンマスの、ネギート・ボルハスの甥っ子なんですね。

 あっ、そうなんだ。

 ルイス・フェルナンド・ボルハスなんです。

 なるほど〜、知らなかったです。

 カビマスの家系なんです。では、お聴きください。歌は、またさっきのアミルカル・ボスカン。グアコが生み出した最大のアイドル歌手で、「キエロ・セール・ウン・グアキート(ちびっ子グアコになりたい)」。


Quiero ser un guaquito / Guaco

 歌詞がね、俺はまだちびだけど、子供だけど、グアコのようにグループ作りたいんだ……

 学校で。

 お姉ちゃんはすっかりグアコのファンだし、とかそういうことを、ちょっと子供っぽく歌ってますよね?

 そうですね。こういうクリエイティビティっていうのは、日本ではアニソンの世界に全部集約されてると思うんですけど。あの、ちょっとトリビアルな話ですけど……どうしてもグアコを語るといろんなトリビアが出てきちゃう(笑)……ブリッジのところで、「アイ・チェオ、エスト・エス・パラ・ティ」と、リカルド・エルナンデスが掛け声入れてましたけど、あのチェオというのは、チェオ・フェリシアーノのことです。

 は〜〜ぁ。

 で、今日のオープニング曲の「ノーチェ・センサシオナル」は、まだグアコなんてベネズエラの国外では一般のマーケットにはまったく知られなかった時代から、ミュージシャン受けはよくて。ベネズエラはリッチな国だったんで、サルサ系のミュージシャンがたくさんビジットしたんで、そこでグアコを観て、「なんだ、こいつら!」っていってファンになったミュージシャンが多くて、その筆頭がチェオ・フェリシアーノ!

 だったんですね〜〜〜。

 もう、グアケーロになってしまって。

 で、思わずそこで、名前を。

 なんと、「ノーチェ・センサシオナル」は、チェオ・フェリシアーノがカヴァーしてる!

 あー、すごい。

 もちろん、ガイタの6拍子のところはカットして、2拍子のとこだけなんですけども。そういうことで、名実ともに「俺がプエルトリコの筆頭グアケーロだ」って言ってるチェオに、グアキートの歌を捧げたんです。

 あーー、捧げてるんですねー……うん、子供の?(ふふふふっ)

 そう、昔っからミュージシャン受けがいいっていうか、マーケットよりも先にミュージシャンたちがグアコを発見していったっていう、そういう歴史はあると思います。逆に言うと、マーケティングは常に下手! 2016年に観た時も……

――会場笑――

 ま、マラカイボだから。

 それはある。

 カラカスじゃないし。

 そう、それはあると思うんで。反骨のマラカイボ! さて、ここで第2期が終わっちゃうんです。なぜ終わっちゃうかっていうと、84年のLPを最後に、アミルカル・ボスカンが脱退しちゃって、翌年にはリカルド・エルナンデスも脱退。アイドル歌手と座付き作者がいなくなっちゃって、どうすんのよ(笑)ということで、第3期は混迷の時代に入ります。

ですけど私、87年にベネズエラに住み始めて92年まで居たんで、まさに第3期が、私がベネズエラに暮らした時なので、思い入れのある時期ではある。この時期に日本のファンやアオラさんのようなインディー・レーベル(おそらく、ボンバレコードの勘違い?)がグアコを発見したんですね。それはまさに、何なんだこれはいったい、この変なバンドは何なんだ、と。おかしいだろ、このサウンドは、ということで見つけた。最も変なサウンドだったかも知れません、この時は。テクノサウンドだったんで。

 で、アレですよね。録音したものとライヴが、結構隔たりのある時期ですよね。

 隔たりあります。録音は……今のみたいなチャランガ編成はやめてましたけど……ブリブリな乗りのいいサルサの音だったんですけど、ライヴはね……。録音はこれからおかけするように、こんなテクノなサウンドに……。だから音源を聴いて、最初、日本の人たちは、変なバンドがあるなと。だって80年代半ばだから、サルサの大御所バンドはまだシンセサイザー使ってないですよ。生ピアノでやってた時代。電気楽器っていったらベースしかなかった時代……ま、たまにエレキギター入れるバンドもあったけど。そんな時代に、このピコピコのシンセサイザーですから、なんじゃこりゃ!になったわけで。

では、アミルカル・ボスカンが抜けて、リカルド・エルナンデスも抜けちゃった時代。だからしょうがなく、自ら珍しく「第3期」と宣言したんですね。普通グアコは、アルバム・タイトル付けなかったんですけど、初めてまともなアルバム・タイトル……『第3期』。

 いつもね、すべてが『グアコ』っていうアルバムだから……

 そうです(苦笑)。

 もう、すごく区別が……(笑)。自ら『第3期(テルセラ・エタパ』!

 これは、決意ですね!

 すごいですね〜。

 アミルカルいなくても、リカルドいなくても、俺たち出来る……

 大丈夫だぜって、ピコピコになった……(笑)、よく分からない。

 いやいや、結構混迷の時代ですよ。今こうやって、そのまま25年間発展し続けたということを知ってる我々は安心して……

 そうですね、聴けるけどねぇ。でも当時は、結構ヤバいな〜〜っていう状態だから。

 もう、混迷の時代も、振り返りながら楽しんで語ることができます(笑)。では、聴いてください。「アグアス・デ・クリスタル」。テーマ的にも、お姉ちゃんとカリブの海岸に行って楽しく過ごそうって、そういうアッパラパーなテーマなんで。


Aguas de cristal / Guaco

 歌っているのは、グスタボですね?

 グスタボ。

 グスタボは今回来日もします。オリジナル・メンバーなので。

 この曲はボンバ・レコードから出た、この次にかける、このジャケットで(と、現物を掲げる)日本盤で出たことがあるんですけど、それはこのLP+これ(※どれ?)の一部をコンパイルしたものなんですよね。今の「アグアス・デ・クリスタル」はボンバのCDに入ってるんで。

 しかもこれ、第3期って謳って、しかも「グアコはグアコだ!」ってここにわざわざ書いてある。

 そう。

 言わなくても分かるよ、っていう。

 まぁでも、この曲はリカルド・エルナンデス作曲じゃないし、グスタボ自身が歌って大ヒットにできたので、自信には繋がったとは思うんですけど。ただやっぱり、ネタが尽きたというか、どうしてもやっぱり混迷の時代になっちゃって……。で、この後、今日の第1部はですね、グアコの混迷時代を語るっていう曲目になっちゃってるんですけど。伝統的なガイタをこの時代どういうふうにやっていたかっていうのを、聴いていただきたいんです。まさにこの『マドゥーロ』の中に入ってる、最も伝統的なガイタ「プレグンタレ・ア・カルージョ(カルージョに訊いてみな)」っていう曲。カルージョって誰かっていうと、20世紀の前半に活躍した伝説のガイテーロ、ガイタ作者、歌い手なんですね。で、今もあるガイタ楽団、マラカイボの人だけが投票して選ぶ“今シーズン最高のガイタ”っていうのがあるんですが……

 へぇ〜〜〜……はい。

 「年間最優秀ガイタ賞」。ガイタってそのシーズンに世相を詠み込むみたいな、そういうサンバやカリプソと同じで……

 もしくは、“新聞詠み(しんもんよみ)”的な……

 新聞詠み、そうですね。なので、今シーズンのガイタっていうのを表彰するんですけど、その賞の名前が「年間最優秀ガイタ/ビルヒディオ・カルージョ賞」っていうんです。

 ん〜〜〜、名前を冠してるわけですね。

 名前を冠してる。そのカルージョを讃えた歌、“讃”の歌なんですけど。座付き作者がいなくなっちゃってるので、これ、誰が作ったかというと、外注していて、なんとさっきの“タンボレーラ”を発案したグラン・コキバコア……グアコと人気を二分するライバル・バンドの座付き作者、バンマスのネギート・ボルハスに発注したんですね。

 大胆な。

 大胆っていうか(苦笑)、競合他社に、いいのか!?

 切羽詰まった状態なのかな(笑)。

 で、なんとこの87年から、87、88、89、90と4年連続でネギート・ボルハスは“ガイタ・デル・アーニョ賞”を自ら獲っている。グアコに書いたこの曲の、この名前を冠している賞を、自分のバンドで自分で受賞した。

 という人に頼まなければならないくらい、ちょっと……あー、って。

 こいつ勢いあるし、親しいバンドだから、と思って頼んだと思うけど、完全にアイデンティティ揺らぎましたね。

 そうですね〜〜(笑)

――会場笑――

 「グアコはグアコ」と言ってたわりにはね〜(笑)Guaco es…ん〜〜みたいな。

 私、この時期、何しろ同時代に生きたから思い入れのある時期なんだけど、歴史を振り返ってみると、この時期グアコにとって最も大きな成果は、日本マーケットを開拓したってっていうことなんですよね。

 あ〜〜〜、結果から言うと(笑)。でも、それが今年に至って……

 今年、25年後に花咲いたって、凄いですよね。桃栗三年柿八年、梨の馬鹿めは十八年。グアコの馬鹿めは25年。

 ほんと、四半世紀ですからね。

 四半世紀……まさか実現するとは思わなかった(笑)。
じゃあ、ネギート・ボルハスがグアコのために楽曲提供した「カルージョに訊いてみな」。モダンなガイタ・スリアーナ、お聴きください。


Preguntale a Carruyo / Guaco 

 トラッドであり、モダンでカッコいいと……

 まさにモダンなガイタ、いいですね。

 いいですよね。いいんですけど、如何にアイデンティティが揺らいでいたかってことを、この次の曲で確かめていただきます。

――会場爆笑――

 で、同じ趣向でネギート・ボルハスが自分のバンド、グラン・コキバコアで作った「ガイタ・デ・モレーロ」。モレーロさんていうのは、アルマンド・モレーロという、やはりラジオ草創期に、生ラジオ番組で、マラカイボの街で自作のいろんな曲を、都市の民衆歌謡を歌った偉大な唄者です。その人にオマージュを捧げて、まったく趣向が同じ! 自分がバンドのために……グアコに何か伝統的な曲を提供してよ!って言われて、OK!って言って……「カルージョに訊いてみな」も作りましたけど。これ2年後ですけど、「ガイタ・デ・モレーロ(アルマンド・モレーロのガイタ)」と。これ、自分のバンドに温存していたわけですから(笑)。この同じ年に、グアコには「カルージョに訊いてみな」。で、温存していた自分のバンドにはモレーロに捧げるガイタ。当然のことながらネギートはコキバコアで自分で歌って、「モレーロのガイタ」でビルヒディオ・カルージョ賞を獲りました。

 もう、やられてますね!

 お聴きください。グラン・コキバコアで「モレーロのガイタ」。

 ジャケもいいよね。


La Gaita de Molero / Gran Coquivacoa 

 素晴らしい。やっぱりこっちのほうが……
カッコいいっていう点で、もちろん伝統的なガイタ、モダンなテイストも体現した伝統的なガイタであれば、人気という点でもコキバコアには敵わなかったかも知れないけど、俺たちはイノベーションだぜ!っていうことで、やっぱいろいろなことやったわけですが。次に88年の「レポルテーロ」ですね。なんとまたこれが、作詞作曲ネギート・ボルハス!

――会場笑――

 頼んじゃってます(笑)。

 しかも、これ庶民讃でしょ。あのー、「宝くじ屋」「揚げパン屋」……これは、リポーターなんで。

 なんだろうねー。

 職業は、モダンな職業になっていますけど……(笑)

 なっているけど、結局はそういうお店屋さん系……

 庶民讃です。一般庶民讃なんですね。じゃあ聴いてください。これも日本盤、ボンバ・レコードから出ました。「レポルテーロ(リポーター)」。


Reportero / Guaco

 この86、87、88年ぐらいのグアコの一番物足りないところっていうのは、私の考えでは、マンボですね。今お聴きのとおり、所属レーベルの意向で、キーボード奏者のウィリー・クロエスにプロデューサー業を発注しているんで、キーボードが主導するマンボになっちゃってんですよね。

 なるほどーー。

 で、第2期はなんたってリカルド・エルナンデスの、二段ターボ仕込みマンボですよ! それに較べたらちょっと薄いなって感じが……

 しかもこれ、今ちょっと見てたら、10曲中5曲が、彼に頼んでる……

 ネギート・ボルハス!

 で、そのうち残りの1曲はパブリック・ドメインだから、4曲他の……(笑)

 あとは、昔の自分たちの曲の再録とかなんです。まぁグアコは歴史が長いグループなので、昔の曲の再録はよくやるんですけれど、それにしてもそんなわけでアイデンティティが……

 ちょっとね〜。

 ま、でも、このアレンジのカッコ良さは、グアコだな〜ぁと思ったでしょう!

 んふふふっ……どうですか〜?(笑)

 いやいや、別にこの時期で80年代の末、ガイタをモダンにやるという意味でも、グアコはすでに最先端ではなかったかも知れないんですよね。だからテイストにもよりますよね。私の考えるこの当時のガイタの最先端、1990年代、別にガイタ専門じゃないんですけど、ガイタを先端のアレンジでやったという事例では、アドレナリーナ・カリベというフュージョン・グループの……

 すごい名前ですよねー。アドレナリンですよ!アドレナリーナは……

 ちょうどこの時期ですね、1990年代の初め、ビクターの日本盤が出た時に、グスタボに電話インタビューをしたんですね。で、同時代のベネズエラのバンドで一番リスペクトしてるのは誰?って言ったら、「アドレナリーナ・カリベ」と言ってまして。

 ほ〜ぅ、お墨付き!

 そういうふうにインタビューで聞いた直後に……で、どこがいいの?って訊いたら「リズム・セクションが強い。ドラムスのアレンジが凄い!」って言ってて、その話を聞いた直後に、ティンバルとボンゴをアドレナリーナ・カリベから引き抜いた。

――会場爆笑――

 アハハハハ……やりますなぁ(笑)。

 で、ドラマーが私の友人だったんだけど、しつこくグアコから勧誘されたと言ってましたね。彼は受けなかったんだけど。

 じゃあ結局、自分のとこで欲しかったわけ?

 欲しかった。いや、すごいなぁと思ったのは、即、獲っちゃうってこと(笑)。

 どうだい?って……

 じゃあ、グアコもリスペクトしたアドレナリーナ・カリベのガイタ、聴いてください。よりロック的な……

M Ya no me importará / Adrenalina Caribe

 いや、これは衝撃だったんじゃないかと思いますね。

 ロックですね。

 うん、グアコがピコピコやってる時に、アドレナリーナ・カリベは全部生演奏でやってるんですからね。打ち込みゼロでやって……エビオ(・ディ・マルソ)は元々ドラマーですし。

 そして、この容貌……

 なのでやっぱり考えちゃったでしょうねぇ。どうしたらいいんだ、俺たち、と。で、さらにですね、追い打ちをかけるようにリカルド・エルナンデスが、なんと第2期グアコのサウンドそのままのバンドを立ち上げちゃう!(笑)

――会場驚愕のえー!?――

 実際、この『マドゥーロ』とか『デハンド・ウエジャ』とか、この今かけたグアコのアルバム、日本盤が出て、日本では、凄いなぁ、こんなバンドがカリブにあったんだ!って注目しましたけど、ベネズエラではそんなにはヒットしなかったんです。コキバコアのほうが圧倒的に人気だったんです。そんな中で、これからおかけするリカルド・エルナンデスの新バンド、ロココっていうですけど、これ、「グアコが昔のサウンドに戻った!やったー!」ってみんな……(笑)。まぁ、エルナンデスも可哀想なんですけどね。ロココってバンド作ったんだけど、グアコとしか認識されなかったんです。

――会場大爆笑――

 しかも(グループ名の)最後ね、韻を踏んでるじゃないけど、「コ」は「コ」だっていう……全然違う名前にすれば良かったのに(笑)……

 だけど、グアコで、このサウンドとこの世界観を作ったのも彼なんで、別に新バンド作ってやっても、何の……なんていうんですか、本家本元っていうのがあるしさぁ、非難される謂われないんだけど……

 ないんだけど、どうすりゃいいんだよ、っていうねー。

 なんで二番煎じ感になっちゃうんだろう、俺がやったのに……(笑)

――会場笑――

 自分がやったことを自分で二番煎じにしてるって、あり得ない状況に……(笑)

 これはもう、リカルド・エルナンデスがずっと抜け出せなかった、グアコの呪縛。

――会場騒然――

 それは呪縛ですよね、完全にねー。

 だけど、グアコにとっては、これはもう“汗”ってやつですね。俺たち混迷してる時に(笑)

 お願いだから、やめてくれ!っていう(笑)

 何なんだ、それ!?って。みんなそっちがグアコだと思っちゃうじゃないか、って(笑)。

――会場爆笑――

 まぁだから、グスタボとリカルドは、なかなかいわくつきの仲になっちゃったですし。ロココの「バモス・ア・エチャルレ・ボラス…」、ボラスっていうのは金玉なんですけど、頑張って行け!っていう時に、そういうことを男言葉で言うんですけど。それ、放送禁止用語なので韻を踏んで「バモス・ア・エチャルレ…ソダ」。ま、頑張って行こうぜ!みたいな。ベネズエラ、こう危機に向かっているけど、みたいな社会批評も込めた、まさにガイタの伝統を踏んだリカルド・エルナンデス節、お聴きください。


Vamos a echarle … soda / Rococó 

 ま、何て言ったって、あの二段構え、ターボエンジン・マンボの本家本元ですから(笑)、やっぱり……

 しかもヴォーカルが、アミルカルに凄い似てる。

 アミルカルそっくりのヤツを探してきた……(笑)

――会場大爆笑――

 そしてここに、凄い! 「Verdadero sonido」って(書いてある)……本当の音、と!

 そうそうそう、こっちがホンモンだと。

 ちょー嫌がらせな感じ(笑)。

 いや、これはもうラジオでかかってきたら、みんな「グアコ」としか認識してなかった。

 ねー、それは無理もないですけどねー。ま、彼に罪はないんだけども。

 だけど今や、別に……

 でも、ロココは続いたんですか?

 続いてないですね。

 あー、やっぱり……(笑)

 誰も今や、思い出せないし。こないだYouTubeで発見したけど、なんか……「この時代のグアコは最高だ」っていう書き込みがありました。

――会場大爆笑――

 違うしーーー。

 これで、なんかグアコ、危機一髪で、このままどうなっちゃうんだってところで、パート1が終わっちゃうとヤバいので(笑)、ジャーン! 『グアコ』!!
guaco_90_日本語.jpg

 これね、何でだろう!?っていうね……

 なんですねー。しかも裏を見ると、「アグラデシミエント:ジュン・イシバシ、ポル・ス・バリオス……」これを読むと(大声で)俺が提供したんじゃないか?みたいな疑惑が(笑)。いや、それは違う! 私は「これはやめてくれ!」って言ったんですよ。

 でも、やりたかったんだよね。

 そう、やりたかった。つまりこの頃、日本盤がたくさん出て、グアコってこう書くっていうことを認識しちゃったんですね。

 日本に行けるかも……ってね?

 行けるかも、っていうこともあって、で……

 行ける寸前までいったんだよね?

 寸前まで。実際、「カリビアン・カーニバル」のファイナル・プレゼンまで行ったんですけど、混迷の時代だったんですよ。すべて混迷の材料、音とともに皆さんにご披露したと思うけど、本人たちがこれを悩んでない訳がなくて、アドレナリーナ・カリベはこんな最先端のロック・ガイタやっちゃってる……

 カッコいいし。

 俺たちを見限って(笑)グアコをおん出たリカルドは昔ながらのロココで、得意のマンボでブリブリ言わしてる。で、俺たち、レーベルの言いつけでプロデューサーを外部で、いい曲書いてくれるヤツが他にいないからコキバコアに頼んだら、コキバコア上り調子になっちゃって……四面楚歌。

 ほんと、四面楚歌ですよね。

 朗報は、日本に進出した……

 ていうぐらい、それたぶん本当に嬉しかったんですよ。

 本当に嬉しかった。で、やっぱり悩みもいろいろ重なって、ソノグラフィカ・レーベルとまだ契約が残っていたのに契約を破棄して、ライバル・レーベルのソノロドベンに電撃的に移籍した。ガイタ・グループの習慣として毎年1枚必ずシーズンにレコードを出さないと売れない! ガイタっていうのは、9、10、11、12の4ヵ月しかシーズンがないので、その時に合わせて音源を出さなきゃいけない。で、6月ぐらいに移籍したんだよ。

 あー、ぎりぎり。1枚作るの、結構大変ですよねー。

 大変ですよ。だって、それを10月に発売するんですから!

 今と違ってねー。

 そんな混乱の中で、ま、相睨んだわけでもないんでしょうが……

 日本語付きの?

 そう。これ、今聴いてみると、これに続く第3期の模索が始まっていたんだけど、テクノでもないし、後に第3期に実現するような、よりアコースティックでラテンのリズムを効かしたサウンドにもならないし、っていう、非常に中途半端な……

 過渡期な。

 過渡期で、しかもやっぱり時間がなかったっていうのが、アリアリとしてるって感じの音なんですよ。ところが幾つか新機軸が出て、第3期を準備しました! まだこれ、第2期の最後の2番目になりますけど、一つは、アイドル歌手/有名歌手をゲストに迎えて、マーケティングでタイアップするというやり方。それはもちろん、グアコの常套手段になります。なかなか素人受けしないから、素人受けするような……

 ちょっと商業的な。

 そう。仲介者的なゲストをフィーチャリングするということです。カリーナっていう、このレーベルの女優兼歌手を呼んでゲストに迎える。より重要なのは何と!……先週発見したんですけど(苦笑)……

 先週!? 先週って、凄い最近ですねー。

――会場笑――

 そうそう。あの実は、私もオタクですけど非常に偏ったオタクなので(笑)、コレクターのオタクじゃないので。第4期の、私が“第二代座付き作者”と呼ぶ……

 チャシンですね?

 JLC=ホルヘ・ルイス・チャシンが、初めて楽曲を提供した!

 あー、そうだったんですか。それを、先週気付いたんですね?

 先週気が付きました!

 遅いですね〜〜(笑)。

 ホルヘ・チャシンって書いてあった。ホルヘ・ルイス・チャシン=JLCなのに、「ホルヘ・チャシン」? んっ!?……と思って聴いてみたら、声がチャシンでした(笑)。なので、もう第2部は「チャシン祭り」になりますので、それを前倒しして。
チャシンは、まだこの時は“カランガノ”っていうグアコの元キーボード奏者が、グアコを抜けて作ったサルサ・バンドのメンバーだったんです。で、その頃まだ二十代だったんですけど、チャシンの作詞作曲で「アモール・デ・カミーノ(行きずりの恋)」。

M Amor de camino / Guaco

I いや実は、真剣にこの曲を聴いたのは、何十年ぶり……

――会場爆笑――

 なんですけど……

 いい曲ですよね〜〜。

 うん。チャシンの曲作りはとにかく凄い、リカルドと並ぶ天才。タイプは違うけどバラード作り、バラード作者っていう意味で天才だと思うけど。実はこの曲では、後に今日までグアコの特徴となる、第4期以降のファンクっぽいマンボのアレンジが……

 バイラブレだし。

 出てますね。なので、控えめだったけど、スタッカートを効かせてマンボを吹き上がらせる(※?)っていうサルサ、リカルド・エルナンデス色を出した、今日に続くグアコのトレードマークであるホーンセクションの、まぁ芽生えが感じられました。

 うん、キレが良くて。

 なのでこの曲は、実はもの凄い大事な曲ですね。その当時誰も認識してなかったけど、私も認識してなかったけど(笑)

 一週間前に気が付いたんですね(苦笑)。

 一週間前に気が付いて……(爆)

 おいおい、って。

 今にして思うと、これがだから、今に続く……

 凄い収穫ですよね、それ一週間前に気が付いて(笑)

岡本 気が付いて良かったですよ。

 いやいや、グアコ祭りやって良かった(笑)。いやー、発見がいろいろあります。
そんな訳で混迷の第3期の中、もう一作を残している第3期の中でも、もうすでに第二次黄金期を準備する萌芽があった!ということですね。さすが、グアコ!と。嬉しい。

――会場笑――

 で、パート1はこれで。ちょっと休憩いただきまして、15分ぐらいいただきまして。ここにCDも売ってます……次にご紹介する黄金期、第二次黄金期のアルバムが2枚。

 1993年〜2004年まで6作のうちの2作で、アルバムとして駄作が無いし、1曲として似てる曲が無いという絶頂期……ま、今も素晴らしいですけど。もう音楽的クリエイティビティに関してはもう、頂点を極めた時代です。

 『ガロパンド』と『エキリブリオ』っていう二種類ございますので。

 もうとにかく2枚……偶々今日の選曲は1曲しか入ってないけど、どっちも迷わず買って大丈夫です。1曲も駄作がない! 全部違う!! 保証します。じゃ、また戻ります。

<休憩>
posted by eLPop at 22:56 | Calle eLPop