Top > 高橋政資のハッピー通信 > 『キューバ音楽を歩く旅(さかぐちとおる 著)』書評

『キューバ音楽を歩く旅(さかぐちとおる 著)』書評

2017.01.14

『キューバ音楽を歩く旅』
さかぐち とおる 著 彩流社 刊
キューバ音楽を歩く旅

 1997年以来9回の訪キューバで、ハバナやサンティアーゴ・デ・クーバ、トリニダーといった有名観光地だけでなく、キューバ全土を隅々まで回ってきた、さかぐち とおる氏が、昨年(2016年)12月『キューバ音楽を歩く旅』を上梓した。彼は、1999年から2000年にかけての4度のキューバ訪問で20都市以上を訪れた際に集めた音楽情報を2000年に『キューバ音楽紀行』として発表しているので、そちらを読まれた方は、そのアップデート版として読むこともできる。
 本書は、大きく4つのテーマに分けて書かれている。まず、キューバ音楽〜ダンスの多様なジャンルを、それぞれの音楽が盛んな地域で、どのように育み楽しまれているかを紹介する第1章から第5章まで。次に、キューバ音楽の代表的なミュージシャンを紹介する第6章。観光ガイド的な第7章と第8章。そして最後に、今後のキューバがどのように変わっていくかを論じた第9章。

 本書の目玉は、当然一番多くページが割かれている最初のテーマの部分だ。キューバ音楽ファンなら知っているであろう“ソン”や“ダンソン”、“サンテリア”“アバクア”“バントゥー系”などのアフリカ伝来の音楽、“ルンバ”“コンパルサ〜コンガ”“トゥンバ・フランセサ”といったキューバで誕生したアフロ系の音楽、そして、スペイン直系の“プント・グアヒーロ(ムシカ・グアヒーラ)”を、各章に分け、音楽の歴史や特徴を丁寧に解説している。ここまでなら、普通の音楽解説書だが、筆者は、それぞれの土地でのその音楽との出会いやその道程での出来事、出会った人々のことを、いきいきと音楽紹介の中に挟み込み、その場所で生きている音楽を紹介している。レコードやCDといった録音物で聞くことは、異国の音楽を楽しむのにとても有効な手段だ。そして、ネット時代の今は、YouTubeなどで現地の動画もふんだんに見られる。しかし、現地にわざわざ赴き、音楽の場を求めて探し当てることによってしか得られないものが確かにあると、あらためて教えられる。伝統的音楽の伝承のされかたなど、どんなジャンルにも当てはまる問題もそうだが、渡航歴多数、録音物収集家といった熱心なキューバ音楽ファンにもなかなか知られていないジャンルに出会うことも、そんな音楽〜舞踊を求める旅の醍醐味だろう。トリニダーのバントゥー系の踊りマクータやサンクティ・スピリテゥスのパランダ、カマグエイのカリンガなど、筆者がその様にして出会った音楽〜舞踊も紹介されている。特にこれらは、録音物や動画の存在も少なく、大変興味深く読むことが出来た。また、第2章で、“ダンソン”の今を紹介しているのは、やはり実態があまり伝わってこないジャンルだけに貴重だ。
 第6章の【著名なミュージシャンの面々】は、筆者の音楽歴、現地でのライヴ体験が反映された人選になっている。本書の本来の目的である「旅によって出会う音楽紹介」とは、少しそれた内容なので紙面もあまり取れなかったのだろうか。キューバ音楽の歴史やジャンルの多様さを考えると、現代のバイラブレ系(キューバン・サルサやティンバ)とジャズ系だけでなく、ベニー・モレー以外にも歴史的なミュージシャンももう少し紹介して欲しかった。さらにいうと、“ダンソン”を紹介する第2章の中において、マンボのルーツをオレステス・ロペスとイスラエル・ロペス(カチャーオ)の兄弟によるリズミカルなダンソンにあると紹介するにとどめているが、諸説あるルーツ論争のこと、さらに第1章におけるソンのルーツについても、サンティアーゴ・デ・クーバとグアンタナモ以外の地域でのソンに繋がるような歴史的な音楽状況も、読者のキューバ音楽への関心をより深めるためにも、紹介して欲しかった。
(第1章のソンの演奏に使われる楽器の紹介の項において、“マリンブラ”を「アフリカのムビラという親指ピアノが起源」と紹介されているが、ムビラは、アフリカに広く分布する親指ピアノのジンバブエのショナ族に特有の名称。この南部アフリカ地区からは奴隷が連れてこられていないことを考えると、ジンバブエにバントゥー系が暮らしているとしても、ムビラをルーツにするのは間違いだと思われる。中央アフリカでの名称サンサ、リケンベ、マリンバか単に親指ピアノとした方が適切だと思われる)
 本書の特徴の1つに、旅で使える実用書という側面がある。第7章は、入国、通貨や宿泊施設などの基礎情報。第8章は、首都ハバナと各地方の見所、聞き所、交通手段などが体験を元に書かれている。第6章以前にも、いたるところに長年の経験から掴んだ、筆者独自の現地の人々とのコミュニケーション方法や音楽スポットなどの探り当て方などのヒントが、惜しみなく書かれている。
 そして最終章は、キューバの今後について、筆者の見識が述べられている。2015年7月、キューバとU.S.A.は54年ぶりに国交を回復。翌年3月、オバマ大統領が現役の合衆国大統領としては、88年ぶりにキューバを訪問。U.S.A.の企業を始め、U.S.A.の手前、訪問や進出を見合わせていた西側の政治家、企業も次々にキューバとの接触に乗り出した。そんなキューバを巡る国際情勢を踏まえ、今後のキューバの行く末を政治的、経済的、民衆の暮らしなど多角的に、2016年4月5月の訪問時の体験などを元に報告、将来像を描いている。ジャーナリストらしく、個人的感情や期待をあまり表に出すことなく、冷静な視線で考察しているのが、とても好感がもてた。全体として、良くも悪くも緩やかに変化していくとする見解は、私も同感だ。
 筆者は、その後の次期合衆国大統領がトランプ氏になったこと、そして、その直後の11月25日に前キューバ共和国国家評議会議長フィデル・カストロの死去というニュースを知ることなく、10月に脱稿している。トランプ次期大統領の就任後の政策方針如何によっては、ここ2年の両国の距離感に変化が出る可能性はあるが、民間、経済の交流はすでにかなり進んでいることを考えると、それほど衝撃的な展開にはならないだろうと私は考えている(この原稿を書いている数日前に、トランプ氏のツイッターによるトヨタのメキシコ進出への批判、フォードのメキシコ工場建設中止などのニュースが飛び込んできているが)。筆者の見解も是非聞いてみたいところだ。

 いずれにせよ、音楽に限らずキューバに関心のある方は必読。また、キューバに行ってみようという方、特に音楽に触れてみたいという方には、初心者、上級者共に、本書を旅の友にされることを強くお薦めする。ただ、激動の時代において変化は付きもの、特にキューバ社会は、ここ25年ほどの間に制度なども常に変わってきた。本書に書かれた、特に旅行の基礎情報である7章については、出発前に自身で確認することはお忘れなく。
 なお、筆者、さかぐち とおる氏は、最近これまでの中南米、スペインへの多くの取材内容を紹介するブログを始められた。ラテン世界に興味を持つ方は、是非覗いてみて欲しい。
http://sakaguchitoru.sblo.jp/

書籍情報
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2266-8.html
posted by eLPop at 14:19 | 高橋政資のハッピー通信