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「<エル・ポップ>トークライブ〜キューバ、プエルトリコ、ニューヨーク 黄金の三角関係〜 Vol.2」(その2)

2016.05.31

 去る2016年4月23日(土)、新宿のバー「Con Ton Ton」にて開催しました、
「<エル・ポップ>トークライブ〜キューバ、プエルトリコ、ニューヨーク 黄金の三角関係〜 Vol.2」。
テーマは「60年代」! <その2>です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(その1から続く)

岡本(O) 観光向けなのか、自分たちのやりたいことなのか、って微妙なところがありますよね。
本質的な話になっちゃうのかもしれないけど、基本的には観光客をホテルで踊らせるっていうところがあって、でも、録音の時はまた別な感じ、と。それ、どうなんですかね。その辺が何か、面白いなと思ったんだけど。

高橋(T) その辺は、なかなか難しい話しだと思うんだけど。チャランガ編成なんかのバンドっていうのはたぶん、庶民的……庶民の間で受けてて、で、確かにビッグ・バンドとかは、それとはまた違う世界で演奏していたと思うんだけど、昔、中村とうようさんが「嘘から出た真」っていう表現したことがあって、要は、観光向けや大衆に受けやすいように、分かりやすく大袈裟な表現を入れたり、強調したりしてやっているうちに、逆にエッセンスが抽出され、キューバ的なものとか、伝統的なものがギュッと詰まったものになっていくみたいなところはたしかにあると思うのね。大真面目に自分たちの伝統をやっていただけなら出てこない感覚っていうのかな。そういうことを考えると、観光向けなのか、自分たちのやりたいことなのか、という線引きはなかなか難しいところがあると思うのね。実際のライブで演ってた音を聴くわけにもいかないんでね。録音物から想像するしかないんだけど。

伊藤(I) ビッグ・バンドって形式は、ラテン各々の、プエルトリコでもキューバでも、たぶんメキシコでも、新しい編成だったと思うんですよ。もともとが米国ですから。

O その国にとっては、ってことですね。

I ええ、そうです。その若いミュージシャンにとっては、「え〜、何か格好いいじゃん、ずらっと並んで」みたいなね。それと、やっぱりチャランガとか、個々の伝統的なものも同時にある。

 プエルトリコでも、ダンスホールがあったわけですけども、アメリカから来た観光客が泊まっている、例えばカリベ・ヒルトン(ホテル)みたいな所で、セサル・コンセプシオンが演るときっていうのは、やっぱりジャズの曲を演ったり、それからフォックス・トロットの曲を演ったりっていうのを混ぜて、踊らせる。だけどそれだとエキゾチックでも何でもないので、地元の歌を歌わせてっていうのと混ぜて(演奏する)。(それに対して)自分らの、地元向けの、シーズン・オフのボール・ルームでやるときは、やや自分らの音を多くしてね。でも、米国のジャズっていう音楽で踊ってみたい、という踊り手もいるんで、完全に観光客と地元って分けられないけど、観光シーズンはスイング多めで、ステップもアメリカ人向けの説明とか、オフは地元受けするフレーバー/リズムが多くとか、どっちが多めっていうのと、あと(観光客向け)衣装とかは絶対あったと思うんですよね。

T フォックス・トロットって、録音物でもフォックス・トロットってついてるの、多いんですよね。カシーノ・デ・ラ・プラージャなんかでも、かなりフォックス・トロットって付けられている。でも聴くと別にそういうわけじゃないんです(笑)。米国のフォックス・トロットではない。だけど彼らにしてみれば、フォックス・トロット的なところがすごくある、みたいなね。新しい、まぁ、ある意味、憧れみたいな。だから、フィーリンなんかもそうで、米国のジャズみたいな、当時の新しいムーヴメントとかそういう音楽に、やっぱり憧れがあったと思う。

I 同時に、米国から来たお客さんに、「これはフォックス・トロットですから」って言うとね、フォックス・トロットってたぶん踊れるタイプの曲だから……

T ダンス音楽ですね、

O ステップの名前なんですよね?

I うん、たぶんステップがぴったり合うような、っていうことだと思います。で、それをそのまま書いたり……。両方だったと思うんですよね。

O ですよね。だからほんと、その辺が、我々が今想像するのはなかなか難しいですけどね。どっちだからいいとか悪いとかじゃなくて。その場にいて見てみたかったな、っていう気はしますね。

T&I そうそうそうそうそう(笑)

O たぶん、見せる部分と録音に残すところは、やっぱり微妙に変えてたんだろうな、っていう気はしますね。いわゆるショウみたいなものじゃなくて、自分たちの特色を出そう、っていうところを録音したんじゃないのかな、と。まあ、想像するしかないんですけどね。
 
 じゃあ、次もまたキューバなんですけど、これ、ニュー・リズムですよね?

T そうですね。まあ、チャチャチャに刺激を受けて……って、別に文献に書いてあるわけじゃないけど、僕は色々今回考えてみて、あ、やっぱりチャチャチャが発端なんじゃないかなぁ、と思ったんですね。チャチャチャをエンリケ・ホリンが発明し、アラゴンをはじめいろんなチャランガのグループがやりだして、バーッと世界中に広がっていった。で、そんな広がりを見て、新しいのをやろうって人がいろいろ出てきたのではないかと。

 次に掛けるのは“ウパウパ”っていうニュー・リズムなんですけど、1958年に、パチョ・アロンソが始めたものです。パチート・アロンソのお父さんですね。で、作曲したのはエンリケ・ボンネ。この人は、サンティアゴ・デ・クーバのコンフント・フォルクロリコみたいなのをやってた人で、サンティアゴ・デ・クーバの重鎮で、作曲家でもあります。まだ生きてると思いますけど。で、この2人で組んで、色んな新しいスタイル〜リズムを作ったんです。一番有名なとこだと“ピロン”ですね。“臼”っていう意味なんですけど、臼を引く、臼を突く、こういう動作をリズムにしたらしんですが、他にも色々あるんですけど、で、ウパウパがどうも一番最初だったっていうんで、今日は、このウパウパをかけようと思って持ってきたんですが……(アルバムを探す)

O これも、名付けたもん勝ちっていうか(笑)、そういうのは今でもありますけどね(笑)。

T はい(笑)。これはオリジナル・レコードじゃなくって、あとで再発されたレコードだと思いますが。(ジャケ見せる)“ウパウパ”って書いてあって、で、「あ〜、これかけりゃあいいや」と思って家でかけてみたら……違うレコードが入ってた(笑)

(会場笑)

O ありがちですね……


(ウパウパの実際の音が、こちらです)

T そうなんです(笑)。キューバで中古で買ったんだけど、見事に中身が違っていた! よくあるんですけどね。CDで入っていたのも持っていたはずなんですが、すみません、CDが見つけられなくって。で、その後“シマレ”っていうリズムを演っていて、それも結構同じタイプのリズムなので、今日はシマレの方をかけます。

O ホント、いい加減ですよね〜(笑)。

I それに、ネーミング、言ったもん勝ちです。

O そうそう、言ったもん勝ち! そういう意味では、キューバ人ってやっぱりその辺は長けてますよね!

I 長けてる!

O 我々の共通の友人である石橋純っていうベネズエラ専門家がいて、ベネズエラ人はホントにネーミングが下手だ、っていつも言ってますけど(笑)。
では、「シマレ・ア・ロ・ボンネ」、パチョ・アロンソ。

【PLAY♪ Simale a Lo Bonne / Pacho Alonso】

(Simale a Lo Bonneがなかったので、同じシマレのリズムを使ったFea la jicotea、80年代の映像ですが)

O パチョ・アロンソ、“シマレ”のリズムですね。何とも言いようのない感じですね!(笑)

(会場笑)

I 他にシマレのリズムを取り上げたやつとかいるんですか?

T いるんですよ。ウパウパもだいたいこっち系のリズムなんですけど、アラゴンとか取り上げてたし。

 ニュー・リズムっていうのは、ある程度流行ると、みんな結構有名なバンドも取り上げたんですよ。この人のヒットにはさっき言った“ピロン”っていうのもあるし“グアソン”なんて言うのもあったりとか、パチョ・アロンソとエンリケ・ボンネ2人で作ったり、パチョ・アロンソだけでもいろいろ作って演ったんですよね。で、アラゴンって、本当に色々なものを取り上げるのが上手くって、チャチャチャもそうですよね。チャチャチャっていうとアラゴンって言われるくらいにまでしてしまう。で、グアソン-チャとか、ピロン-チャとか、あとこの後取り上げるモザンビーケなんかも、モザン-チャとかいってね、もう色々と……。

I 順列組合せ。

T そうそう(笑)。ほんとに順列組合せみたいな感じ(笑)で、それを自分たちのノリのいい演奏で、自分たちでヒットさせちゃうみたいなね。因みにこのパチョ・アロンソっていうのは、日本のキューバ音楽ファンでも、なかなかこの人がどんな人か知ってる人いないと思うんですけど。この人1950年代後半くらいからRCAビクターなんかからも、ボレロ・アルバムからアップテンポなのまで出したりしてて、ボレロはちょっとくさい感じなんだけど、フィーリンなんかの新しいものを積極的に取り上げる人だったんです。

 色々ビデオがYouTubeにも上がってるんだけど、オマーラ・ポルトゥオンドとか、エレーナ・ブルケが入っていたクアルテート・ラス・デ・アイーダなんかをバックにして、自分が歌ったりとかしてて、カッコいいんだけど。ちょっと聴いた感じは違うんですけど、ベニー・モレーと同じくらいアイドル的な人気があった人ですね。


(クアルテート・ラス・デ・アイーダをバック・コーラスに付けてピロンを歌うパチョ・アロンソ)

O ネーミングの妙っていうか、やっぱり何かその辺は、キューバ人は上手いなぁっていう風に思うんですけどもねぇ。これ、ちょっと聴いただけじゃ全くキューバ音楽だって思わないし、う〜ん、何か、すごいミックス具合っていうか。ギターもすごくフィーチャーされてるしね。何かその辺が、ある意味でアバンギャルドっていうか、いや、音楽じゃなくってネーミングの仕方がね、アバンギャルドだなぁと思ったんですけども(笑)。

 どうですか? プエルトリコもそんなにネーミングばんばん繰り出してくるっていうのはないですよねぇ。

I プエルトリコないですねぇ。ニューヨークだって、そんなにないですよね? ニューヨークでもしあるとすれば黒人音楽、ダンス・スタイルでかなり色々細分化されてね。でも音楽とかリズムっつーのは……。

O ダンスでいえば、ほら、マッシュポテトだったり……。

I モンキーだとか、ワトゥーシとかね。

O そういう意味ではブーガルーっていうのもその中の一つだとは思うんですけどね。

I そうですよね。でも、リズム自体にこれだけ細分化するっていうのは、まあ、ネーミングのマーケティングの上手さもあるけど、やっぱりキューバはリズムに非常に敏感だったっていうことなんですかねぇ? どうなんでしょうかね?

O まぁ、結果的に、見るとそうなってる。

I そうですよねぇ。

T 確かに、そうですよね。ネーミングに関しては本当に上手くって。フアニート・マルケスって人が、このあと60年代の中盤……1965年か、パ・カっていうリズムを作ったりとかね。とにかく、なんかあるんじゃないか?って思わせるリズム名は多いですよね(笑)

O そうそう! なんだろう?って思わせるみたいなね

T うんうん。でもね、この辺のニュー・リズムってやっぱり、さっきチャチャチャのことで言ったみたいに、それまでの、キューバ的なものを突き詰めていくソンみたいなスタイルとは、ちょっと違うと思うのね。ウパウパとかシマレは、たぶん、サンティアゴ・デ・クーバ由来のリズムを使ってると思うんだけど、その分、汎カリブ的な感じがするし。

 で、この後の話しのネタばらしっていうか、先に少し言っちゃうけど、例えば、パ・カっていうのは、ホローポとキューバ音楽を掛け合わせたものだって言われてたりとか。次の次くらいにかけるパチャンガも、そういう汎カリブ的なリズムとキューバ音楽を掛け合わさったものだって言われたりしてて。だから、この辺から僕は、ちょっと先祖返りしたと思ってるんですけど、これは、あとでまた……

O 先祖帰りっていうのは、どういう意味ですか?

T えっと、これももう言っちゃいましょうか?(笑) 昔、ハイチのメラングとかがその代表格だけど、汎カリブ的なリズムが、カリブの島々にあったようなんですね。どこもだいたい同じような音楽があった。たぶんキューバも。

 だけどキューバは、その中からダンソンとか、アバネラとかというリズムやスタイルを作りだし、そこからまた、シンキージョみたいなリズム、そして、2・3とか3・2とかのクラーベっていうのを作って、ソンを形作っていった。この全く新しい感覚を持ったソンは、一気にキューバやスペイン語圏の近隣の島にも広がっていって、中心的なスタイルになったんだけど、それ以降は、ソンを、その後の様々な編成のバンドの中でどうやって表現していくか、っていうのを、ずーっとやって来たと思うんですよね。ソンのヴァリエーションをずーっと作ってきたのではないかと。そして、1950年代頃になると、もうある程度まで来ちゃって行き詰まってきたんじゃないかと思うんです。で、チャチャチャみたいな、ちょっと汎カリブ的な、軽い感じの曲が受けたんじゃないかと。そしてその後、2・3とかのクラベスの感覚は入っているんだけど、あまりそれを感じさせないようなものが、どんどん出てきた。たぶん行き詰ったっていうのもあるんだろうし、あとはその時代の要請というのもあるんだろうけど。

 だから、この後かけるパチャンガっていうのが、メレンゲのリズムとソン・モントゥーノを掛け合わせたものだって言われてるんだけど、メレンゲはあのメラングに音楽的にもすごく近いし、そういうのを混ぜ込んで、先祖返りしながら、なんか新しいスタイルで打開していこうっていう、そういう流れがあったんじゃないかな、と思って。温故知新ですかね。

O なるほどね。だからまあ、先祖帰りなんですかね? いわゆるキューバ音楽的なものが行き詰ってきて、それを打開しようっていう試行錯誤なのかな?って、ちょっと思ってたんですけれども。じゃあ、そのパチャンガ。

T あ、行っちゃいますか?

O ええ、行っちゃいましょう、この流れで。
 キューバ革命後、米国とキューバの国交がなくなって、キューバからの音楽が全然入らなくなったんですけど、その最後にギリギリ滑り込みセーフみたいな感じで、米国で大ヒットしたのがパチャンガ。エドゥアルド・ダビッドソンっていう人が59年にキューバで大ヒットさせたのが「ラ・パチャンガ」って曲なんですけど、僕はつい最近までどういう感じの人かっていうのを知らなくて、何となくまともな人……まともな人っていう言い方は変だけど(笑)……と思ってたんだけど、なんか、ただのアンちゃんじゃねーか、みたいな(笑)。コレですよね。この写真ね。
(ジャケ見せると、会場笑)

Davidson_1.jpg

T でね、将来もっとこうなっていくんですよ。(別のジャケ見せる)

Davidson_2.jpg

O あ〜、こうなっていくのね。

T そう、だから、いわゆる性的マイノリティだったようですね。

O このジャケは衝撃ですよね〜。なんとなく、グアヤベラとか着てるような感じの人じゃないかな?って思ってたんですけど。

T この人、元々作曲家だったらしいですね。作曲家として、ずーっとやってて、で、今からかけるオルケスタ・スブリメって、やっぱチャランガのバンドが、ここに色々曲を提供してて。で、59年に「ラ・パチャンガ」、パチャンガの曲を提供して、で、これがもう大ヒットしたと、いう感じですね。

O とりあえず、聴いてみましょう。

【PLAY♪ La Pachanga / Orquesta Sublime】


O はい、これがオルケスタ・スブリメですね? 本人が演ってるの?

T 本人が入っているかは分からないです。

O これが1959年。

T たぶんこれがパチャンガっていうのが世に出たオリジナルじゃないかっていうことですね。で、本人もピアニストなんだけど、ルベン・リオスっていう、ボレロとかでも結構有名な人と2人で録ったのがあるんですけど、まあそれはね、悪くないんだけど、こちらのほうが良いですかね。もうちょっと後になってから自分の名義で録ったのも、ちょっと聴いてみましょう。

【PLAY♪ La Pachanga / Eduardo Davidson】


O はい、これ、エドゥアルド・ダビッドソンの自作自演っていうことなんですけど、もう完全にこれはメレンゲですよねぇ。さっきの方は、もっとなんていうか、ちょっとメレンゲっぽい感じもありつつ汎カリビアンな感じですよね。まぁ、もともとメレクンベっていうのもありまして、メレンゲとクンビアをミックスしたものをヒントにしたとかいう説もあるらしいですけどね。伊藤さんどうですか?

I 分かり難いですよねぇ、これ。さっきの(オルケスタ・スブリメ)は、やっぱり、後々ニューヨークのいわゆるパチャンガと言われたのに通じますけど、ここ(エドゥアルド・ダビッドソン)になると……なんか良く分からないですねぇ(笑)

T そうですね。このレコードが録音されたのは、スブリメのよりずーっと時代が下がった時だったから、メレンゲをかなり意識して演ってる可能性もありますね。ただ、ミスター・パチャンガといわれたルベン・リオスのパチャンガの最初期の録音は、パーカッションはこういう感じではあります。パチャンガというリズムは、メレンゲを取り入れて作ったといわれてるんだけど、オリジナルのスブリメは、確かにメレンゲ独特なパーカッション・パターンは出てこないですね。ただ、リズム的には、メレンゲのリズムの後半の♪タカタカタッみたいな、たたみかける感じはするんじゃないかな。あんまり強調はされなかったけど。

まあ、それはそれとして、この曲が大ヒットしたんだけど、その直後に国交が断絶してキューバの音楽がダイレクトになかなか伝わらなかったりとかになるんだけど、その直前に伝わって、ニューヨークとかでも広まったリズムではありますよね。


(ルベン・リオスのラ・パチャンガ)

I そうですねぇ、このレコードに括弧してパチャンガって書いてあるんですけど、この2曲とも書いてあっても同じリズムとはとても思えませんよねぇ!(笑) だから、この括弧つけたやつがほんとにリズム名としてつけたのか、僕、すごい疑問だと思って。結構、適当につけてるの、あるじゃないですか。だからそこを丸々信じててもしょうがないかなぁとは思ってて。

 で、ほら、パチャンガって、「カリ・パチャンゲーロ」じゃないですけども、パーティーって意味もあるので、今の曲の歌詞を聴いてたら「パチャンガに行こう」って。パチャンガに行こうってことは、要は「パーティーに行こう」ってことだと思うんですけども、そういうことなんで、必ずしもリズムのパチャンガとこの曲が繋がってるのかは、ちょっと良く分かんねえなぁ〜……と思いながら聴いてたんですけどね。

O いわゆるマンボとかチャチャチャの流れじゃなくて、汎カリビアン的にもっと外を向いて他の地域でもヒットを出そう、みたいなところにしたのか、他に活路を見出そうとしたのか、そのへんちょっとわからないんですけど、新しいものをやろうとしてるんだろうなっていうことは何となくわかりますけどね。でも、ちょっと曖昧なというか、ますます分からない、っていう感じですよね。

 え〜っと、60年代と言いながらまだ60年代にたどり着いてないんですが(笑)、ちょっと作戦会議をしますので、ここで休憩を頂きます。

(会場爆笑)
(休憩)

(続く)
posted by eLPop at 17:16 | Calle eLPop