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11/3「eL Pop Party Vol.5 -ラテン音楽最新リポート-」で水口のかけた曲など

2015.11.16

 2013年にスペイン在住のペルー人であるハビエル・コルクエラ監督が制作したペルー音楽ドキュメンタリー映画「SIGO SIENDO(kachkaniraqmi)」を中心に紹介させていただいた。


■1. Kachikaniraqmi, Los Cholos
LosCholosKachkaniraqmi.jpg
 冒頭に、アンデス音楽を中心に広くペルー音楽を演奏しているギターとチャランゴ、管楽器のトリオ楽団ロス・チョロスのアルバム「Kachikaniraqmi -todavía somos, aún vivimos-」(2008)よりタイトル曲を紹介させていただいた。
 このアルバムは映画に先立って制作された作品であるが、映画同様、ペルー各地で愛されてきた民衆音楽を演奏したアルバムであり、そのライナーノーツにはそれぞれの曲に対する詳細な解説がつけられるなど、ペルー各地の音楽をリスペクトし、そのコンテキストまで含めてリスナーに届けたいという熱意が伝わってくる作品となっている。さらに、このアルバムは、ロス・チョロスを支えていると言ってもいいペルースタイルの若きチャランゴ奏者リカルド・ガルシア・ヌニェスのチャランゴを中心とした素晴らしいアレンジでアヤクーチョのみならずペルー各地の音楽が演奏されていることである。
 そんなロス・チョロスは、アルバム一曲目としてタイトル曲にどのような曲を持ってきたのか。それは、アヤクーチョ地方で今もバイオリンとアルパ(ハープ)の演奏にのせて踊られているハサミ踊りの曲をバックに、インディヘニスモ文学の作家にして文化人類学者、さらに行政府の中で先住民文化の承認に尽力したホセ・マリア・アルゲーダスのケチュア語の詩「Tupac Amaru Kamaq Taytanchisman(我らが父なる創造主トパック・アマルに)」を、彼自身の朗読の録音を重ねたものであった。ギターとチャランゴで奏でられる魔術的なハサミ踊りの曲にのせて、アルゲーダス自身の声で語られるアンデス民衆を貫く悲しみが歌われている。タイトルに反して、詩の中にはトパック・アマルは出てこず、喪失の痛み・苦しみ・悲しみが語られ、そして最後にこう締めくくられる。カチカニラクミ、と。
私たちはそれでもまだ生きている、と。

■2. Sigo Siendo (kachkaniraqmi) 予告編
 続いて、そのカチカニラクミを副題として持つ映画「SIGO SIENDO」の予告編を紹介させていただいた。ペルーのアマゾン、沿岸部の首都リマとアフロ住民の町エル・カルメン、そしてアンデス地域は南部のアヤクーチョ県プキオ近郊の情景が音楽とそれを歌い奏でる人々の姿とともに駆け足的に紹介される。予告編なので、多くを見ることは出来ないが、映画の中で映しだされる圧倒的なペルーの豊かな自然の情景や雑然とした町並み、そして農村風景と貧しい民衆音楽家たちの、それでも音楽に生涯を捧げた熱い思いがこもった作品であることは伝わるのではないだろうかと思う。


この映画についての詳細は別に記事として準備中なので、以下はかけさせていただいた曲について紹介させていただく。

■3. Memoria (yaraví), Sila Illanes(voz)-Víctor Angulo(guitarra)
 80年代から90年代前半期にかけてのアヤクーチョは、ペルーを未曾有の危機へと引きずり込んだ内戦の勃発の地でもあった。そのため、農村部を中心に毛沢東主義テロ組織センデロ・ルミノソと軍部の双方からの弾圧/虐殺が行われた土地となり、多くの難民がアヤクーチョからリマなどの都市部へと流出していった時代でもあった。
 この時代の記憶と証言、抵抗の一翼をアヤクーチョの民衆音楽家たちが担っていたことはあまり知られていない。もっとも有名な歌としては、それ以前に遡る60年代の軍部虐殺を歌った「レタマの花」があるが、テロ内戦時代にも悲惨なアヤクーチョの現実を伝え、記憶し、生き残るために歌い続けられてきた。
 このシラ・イジャネスによるヤラビーの曲もそんなレパートリーの一曲だ。ヤラビーという哀歌のスタイルにのせて切々と歌われるこの曲が、作中で語られる当時の悲しみの記憶と直接リンクする形で、当時の彼等の苦しみと、二度とこのような暴力の時代へと逆戻りしてはならないという決意が伝わってくる部分でもある。また、シラの歌とビクトル・アングーロのギターが本当に素晴らしい。


■4. Todos Vuelven (vals), Rosa Guzmán(voz)-César Calderón(guitarra)-Carlos Hayre(bajo)-Félix Casaverde(guitarra)-Manuel Vásquez "Mangué"(cajón)
 最後にサルサでも有名となったセサル・ミロのバルス「トードス・ブエルベン」が作中で印象的に歌われたシーンをご紹介させていただいた。
 歌っているロサ・グスマンは、近年セルヒオ・バルデオスとエドワルド・ペレスとで出した素晴らしいアルバム「デスペルタール」で脚光を浴びたバリオ(下町)の歌手であり、代々音楽家一家の出である。テレビなどで活躍するわけではなく、まさにバリオの素晴らしい歌手として愛されている超実力派の歌手である。お金を払っても歌いたかったと語る彼女がバリオのギタリストセサル・カルデロンの爪弾くギターに乗せて歌い始め、それがペーニャ・ドン・ポルフィリオでのそうそうたるメンバーをバックに歌うトードス・ブエルベンへとつながっていく演出がなかなかにくい。ニコメデス・サンタ・クルスに当代随一のギタリストと言わしめた故カルロス・ハイレの弾くウッドベースに、これまたチャブーカ・グランダのバックでもギターを務めた故フェリックス・カサベルデのギター、そしてペルーネグロで活躍したマヌエル・バスケス・"マンゲー"の叩くカホンというだけで、その演奏を聴いてみたい!と思わずにいられない素晴らしい構成だ。
 その演奏をバックに、人生の黄昏時に自分の拠り所へと帰って行きたいという気持ちと、そこに帰ったとしてももうそこには青春の輝きの残滓以外何もないという切ない歌詞が切なく歌い上げられ胸を締め付ける。ペルーのムシカ・クリオーヤの最良のエッセンスがここに凝縮されている、そんなワンシーンである。


■おかわり:DJたいむ
おまけとしてDJタイムにご紹介させていただいた2曲も追記で紹介させていただきます!
上の作品群とはまったく方向性が異なるペルーのアンデス・ロックの今最も面白い2曲をご紹介させていただきました。
■5. Carnaval, La Sarita
アヤクーチョのハサミ踊りのアルパ奏者とバイオリン奏者だけでなく踊り手までメンバーに加えたまさにミクスチャーなアヤクチョ・ロック。リマへと移住した若者第二世代の生きる多層的世界観が見事に結実した奇跡的なバンド。曲によってまったく違う方向性と融合で驚きを届けてくれる彼等の実力にもセンスにもまさに脱帽と言わざるをえない。

彼等のオフィシャルPVより。すこし前置きが長かったり独特な作りになっております。

■6. Espejo del Alma, Flor de Loto
こちらはアンデスとアマゾンの要素を取り込んだフュージョン・メタルバンド、フロール・デ・ロトの2014年最新アルバムより。サリタが曲ごとに多様性を見せてくれるバンドであるとすれば、フロール・デ・ロトは一曲の中でめまぐるしく世界が変わっていく面白さがある。
posted by eLPop at 19:33 | Calle eLPop