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アントニオ・サンチェス・インタビュー<前篇>

2015.04.24

 今年のアカデミー賞で4部門を受賞した話題の映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で音楽を担当したドラマーのアントニオ・サンチェスが、先日、自己のグループを率いて来日公演を行った。
 これに先立ち、4月13日に丸の内のコットンクラブにて、映画のプロモーションを兼ねた記者会見が開催された。当日はミュージシャンの菊地成孔氏による講演のあとサンチェスが登場。会場に映し出される映画の1シーンにあわせてドラム・ソロを演奏するというパフォーマンスがあり、その後、菊地氏が中心となってのインタビューとなった。
 ここで、このときの記者会見およびそのあと私が行ったインタビューの模様をご紹介したい。
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菊地成孔(以下K)ある作品を称賛するために他の作品をいやしめることは非常に品位に欠けることであると承知のうえで申しあげますが、私は日本のすべてのジャズ・ドラマーに、今年のオスカー・ノミニーのうち「セッション」と「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(以下「バードマン」)は必ず見るように呼びかけています。前者ではジャズドラムへの合衆国ひいては世界的な無理解を嘆いていただき、後者で、ジャズ・ドラマーという自分の職業の自信と誇りを取り戻し、大いなるイマジネーションを受けるように呼びかけています





K ドラムソロはそもそも誰のアイディアですか? もし監督からだった場合、あなたはその提案をどう思いましたか?

アントニオ・サンチェス(以下AS) 2013年の1月にアレハンドロから電話がかかってきた。携帯に「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ」と出ていて、「あれ、なんだろう?」と思って出たら、「アントニオ! 次回作はコメディを作るんだが、サントラはドラムだけで行きたいんだ」と。「やりたいか?」と言われ、すぐ「イエス!」と答えたのがすべての始まりだった。で、スクリプトを送るよ、と。だから、彼には最初からそういうコンセプトがあったわけだ。

K 録音の具体的な状況を教えていただけますか? 演奏にひけをとらない本当に素晴らしい録音再生技術だと思いますが。

AS 実は今回、別々の日に2回のセッションをした。まず1回目は、まだ映画の撮影中にニューヨークのアヴァター・スタジオで録った。自分のドラム・セットを持ち込んで。撮影中で何も見るものがなかったので、監督からディテールを含めてすべてのシーンの説明を口頭でしてもらった。たとえばマイケル・キートン演じるリガンが起き上がって、ドアを開け、廊下を歩いて角を曲がって、そしてステージへ…という長いシーンを説明してくれたんだが、「演奏するときに、僕の前に座って、君が想像することを僕も一緒に想像しよう。そして、たとえばドアが開くとか角を曲がるとか変更があったら手を挙げてくれ」と。そんな風にして録ったんだ。それが最初のセッション。すべてのシーンで50〜60のテイクを録ったよ。

で、そのデモを監督がセットに持って行って、いくつかのシーンを、僕のデモにあわせてリハーサルして撮影した。タイミングや、どうなってるかを見ながらね。

そのあとデモを編集して、当てはまるシーンにつけていった。それから僕はロサンゼルスへ行ってそのデモと一緒に映画を見て、再びスタジオに入り、今度は映画を見ながらすべてをやり直した。セリフやちょっとした動きに気をつけながら。たとえば、いまやった(※この直前に、映画の1シーンを映しながらドラム・ソロをするというパフォーマンスがあった)シーンでは、アレハンドロは「3回目に壁を叩くときに一番デカクやってくれ」という風に注文をつけてくれた。

最初のデモではドラムの音が美しかった。でもアレハンドロは、ドラムの音をもっと汚くしたがった。音がはずれてて古い感じに。なぜなら、すべてのシーンが古いブロードウェイの劇場で起こってるから。
なので、LAでやった2回目のデモでは、ドラムはそんなにいい音じゃなくしてくれ、と。僕はあまりいい音にならないようにチューニングして、こんな風に…とハイハットを叩く…2枚のシンバルを一緒に叩くと、壊れてるようになるだろ? そして別の種類のドラム・ヘッドも使った。ファイバー・スキンといって、より古い音がする。最終的にドラムの音は素晴らしいものになっていると思う。

映画の一番最初のシーン、暗いところで聞こえてくるのは、スペイン語の声だ。僕がアレハンドロに何かを訊いている。それから、チューニングのためにドラムを叩き始める。それが最初のシーンなんだ。

完成した映画を見たとき、信じられなかったよ。ミックスされてもっと低めに使われるものだと思ってたのに、ドラムの音がすごく大きかったから。そんなに大きな音で使われるとは思っていなかった。ファースト・セッションも少し使ってるけど、だいたいは2回目のセッションのものを使っている。

K ドラム・セットという楽器はハイからロウまで、すべての周波数帯域、というか高い音方低い音まで入ってまして、ひとつの小宇宙と言うか世界と言うか…。演奏は非常にミニマルでクールなんですけれども、ときに躍動的でグルーヴィーでもあり、我々観客側が、ドラム・セットと言う楽器の可能性を根本から発見し直した、というか、ドラム・セットと言う巨大な胎内に入り込んで胎児まで退行してしまうんじゃないかというぐらいの、非常に豊かで、我々を包み込むサウンドになっていると思います。
クレジットにドラム・スコアとありますが、あなたは作曲家でもありますけれど、本作の演奏に作曲の要素は少しでもありますか?

AS 即興=作曲であると思う。その瞬間で作曲している、という考え方だ。即興する瞬間にストーリーをつづっているんだ。

ジャズ・ミュージシャンというのは、まわりにリアクションする職業だ。パット・メセニーにしても誰にしても、バンドのほかのメンバーが演奏していることに反応していく、というものだと思っている。今回、自分が反応していたのは、ストーリー、そして映像に対してだ。だから自分にとってはまったく同じ感覚だった。

即興では、考える間はなく本能でリアクションしていく。監督が求めたのはまさにそういうことだった。「ちゃんとオーガナイズされたものではなく、ジャジーなものをやりたいんだ」と言われて、「よしわかった。それなら僕はとてもうまくできるよ…」と(笑)

K あなたのおじいさんは高名な俳優と聞きました。映画に何カットか登場するドラマーはあなたですか?

AS いやいや、僕じゃないんだ。撮影のときはちょうどゲイリー・バートンとのツアーが入っていたんで友人のネイト・スミスを推薦した。

実際これがすごく難しい仕事でね。というのも、彼は僕が録音するより前に演じなくてはならなかったし、そのあと僕が録音するときには、彼がどうやったかを正確に知って、彼がそれをやっているように、そのとおりにやらなければならなかったから。

K ずっとBGMでドラムが鳴っているんですけど、映画の中で2か所だけドラマーが叩いているところが出てくるんですよ。要は、BGMと思って聞いていると、「あ、ホントに叩いてたのか」と驚かせる、という脱構築も入ってて非常に興味深いです。

AS アレハンドロが狙ったのはまさに、観客が、ドラムがBGMなのか、リガンの頭の中の音なのか、それともほんもののドラマーが叩いてる音なのか、常に混乱してほしい、ということだ。

K 映画全体がそういう作りになってますね。
ジャズのドラム・ソロの歴史にはマックス・ローチの『永遠のドラム』以来優れた歴史がありますが、本作のドラム・ソロはひょっとしたらその歴史をも更新したといって過言ではないと思います。
ご自分のグループでの初来日に我々ジャズ・ファンは大きな期待を持っております。シンプルなカルテット編成ですが気鋭のプレイヤーばかりです。
第一には本作のオリジナル・サウンド・トラックについて、第二には来日公演について日本のジャズ・ファン、映画ファンにコメントをいただけますでしょうか?

AS 今回は素晴らしいミュージシャンたちと来日できてラッキーだった。
最近の2枚のアルバム『ニュー・ライフ』『スリー・タイムズ・スリー』を中心に演奏する予定だが、6月には『メリディアン・スウィート』というニュー・アルバムが出る、それは、この「バードマン」に多少なりともインスパイアされているんだ。1時間1曲、カットのない、映画のようなアルバムになっている。
エネルギーにあふれダイナミックでコントラストを楽しめるクールなバンドだと思うので、どうぞ見に来てほしい。

(会場からの質問)監督とのコラボについてお聞きしたいのですが、イニャリトゥ監督の素晴らしさ、そしてあなたが今回の経験から得たものは何でしょう?

AS 僕がアレハンドロで一番好きなところは、本当にクリエイティヴなスピリット。彼は完全にクレイジー。だけど良い方のクレイジーなんだ(笑)。

彼は常に即興的な作り方をしているから、他の人にも同じような姿勢を求め、その中でどの人からも最高のパフォーマンスを引き出す。そういう才能を持っている。監督としては、非常に要求度が高い。厳しいという評判だが、僕にとってはそうではなかった。音楽の収録は2日間で終わったしね。でも、マイケル・キートンに訊いたら「ほんとに大変だった」と言ってたけど(笑)

そうそう、面白い話がある。僕はメキシコシティで育ったんだが、彼はラジオDJでとてもいい番組をやっていて、僕はいつもそれを聞いていた。最初にパット・メセニー・グループを聞いたのも彼の番組だった。
2005年にパット・メセニー・グループがLAでやったとき、コンサートが終わって出てきたら、ひとりの男が近寄って来て僕の腕をつかんで「あー、素晴らしいコンサートだった。僕はパット・メセニー・グループの大ファンで…君はメキシコ出身だろ? 僕もメキシコなんだ。素晴らしい」と。ウザかったから早くそこを離れて楽屋へ戻りたかったんだけど、いい人そうだったんで「お仕事は?」と訊いたら「映画を撮ってるんだ」と。で「もしかして僕がみたことあるのもありますかね?」というと「さあね、どうかわからないけど『アモーレス・ぺロス』とか『21グラム』とか…」「え!? あなたがアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ!?」というわけで友達になって、「バベル」や「ビューティフル」の試写会でニューヨークへ来ると僕を招待してくれて、僕がコンサートでLAへ行くと彼を招待して、と、とてもいい友達関係だよ。

(会場から)リガンの心の中にどれだけ入って行く必要性を感じましたか?

AS まさにアレハンドロが一番求めた部分がそこだった。
今回のドラムというのは、リガンの内なる世界、彼の抱える葛藤、苦悩、痛み…そういったものを表現するのがまさにドラムである、と。こういうアプローチだった。なので、音も大きいし、ストレスを感じるようなテンションもある。映画を通してリガンの心はだんだん退行していくわけだから、彼のエモーショナルな側面を表現すること、これがいちばん大切だった。だから、ときに、とてもエネルギーがあるし、ときに、ささいなニュアンスがあったり、深く視力深い瞬間があったり、というような演奏になっている。彼の精神状態を映し出すために最大限の努力をした。

(司会者から)アカデミー賞を獲ったということについて、そして映画を見ての感想を教えてください。

AS 映画は、まあまあだね(笑)。というのは冗談だけど、僕は地球上で最高にラッキーなドラマーだと思ってる。アカデミー賞を獲るような映画の音楽を担当することができたわけだし、しかもその音楽は、自分自身を変える必要がまったくない、自分がこれまで作って来た音楽そのものだった。こういうのは二度とないんじゃないかと思う。ま、「バードマン2」をやるなら別だけど(笑)。一度しかないユニークな機会だったと思う。

映画を初めて見た時、信じられなかった。大きなインパクトを感じたよ。いろんなレベルでの人の感情というものがドラムを通してつづられていて、しかも自分のドラムの演奏を大きな劇場で聞くことができる、これが僕にとっての最大の賞だったと思う。

(つづく)
posted by eLPop at 19:11 | 岡本郁生のラテン横丁