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YOKO La Japonesa Salsera、ビエラ・ディスコスに出演決定!

2015.02.17


というタイトルを読んで「??」の人も多いかと思うけど、これはすごい快挙なのだ。

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まずYOKOの事から。

ニューヨークをベースに活動するミュージシャンはクラシックに、ジャズにとたくさんいるけれど、サルサの世界で、それも歌手として活躍しているのはこのYOKOしかいない。

大阪出身。1997年に単身渡米。2006年にグラミー受賞のパーカッショニスト、チノ・ヌニェスのバンドにリードシンガーとして参加。その後数々のパフォーマンスを経て2008年にソロアルバム「La Japonesa Salera」をリリース。オンライン最大のラテン音楽ショップサイト、Descarga.comにてベストオブ2008年に選ばれるなど、鮮烈デビュー。

翌年、ニューヨークサルサのドン、ファニアレーベルの創設者の一人、ジョニー・パチェーコのライブに飛び入りした事がきっかけで、彼のBirthday ConcertやHis Music and Historyライブに唯一女性の特別ゲストシンガーとして出演。



2012年にはニューヨークのリンカーンセンターで、元ティトプエンテのバックバンド、マンボレジェンズオーケストラと共演し、マンボ、アフロ・キューバンの歴史で重要なディーバをたたえるシリーズで、ラ・ルーペのトリビュートを披露。これは日本人、そしてスペイン語圏外のアーティストとしての初の快挙。

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その年はウィリー・コロンのコーラス担当や、マリオ・オルティス・オールスターズと共演などソロ以外の活動も多彩。翌年はエクトル・トリコチェやらエディー・モンタルボ、レイ・ビエラ、マイケル・スチュアート、フランキー・ルイスJr.、フランキー・バスケス、スパニッシュ・ハーレム・オーケストラとの共演などなど大忙し。NYの"TWENTY"、"Gonzalez Gonzalez""Chango"などなどの様々なスポットでのギグの合間を縫った去年の凱旋公演では日本でベストのオルケスタ・メンバーを率いて素晴らしいステージを聴かせてくれた。

今年に入ってからもラリー・ハーロウと来日したルイシート・ロサリオと2トップでNYやPAでのギグをこなし、テキサスへの遠征も含め各地のファンをガッツリつかんでいる。

プエルトリコ

そのYOKOもプエルトリコ進出はじっくり取組んでいた。なにせ耳の肥えた厳しい聴衆が控えている。

サルサ好きの方ならご存知の通り、プエルトリコは「歌」にうるさい

ボレロの時代から名歌手を輩出しているのは周知の事実だ。メキシコの誇るトリオ・ロス・パンチョスのリード・ボーカルはエルナンド・アビレス、フリート・ロドリゲス、ジョニー・アルビノと代々プエルトリコ人が占めてきた。キューバの誇るソノーラ・マタンセーラもボビー・カポ、ミルタ・シルバ、ダニエル・サントスとプエルトリコから引き抜かれた歌手が続出だ。

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マンボ時代の美声の頂点ティト・ロドリゲス、そしてコルティーホ楽団の"ソネロ・マジョール"イスマエル・リベラ、それから"エル・カンタンテ"エクトル・ラボーと枚挙にいとまがない。

ファニア・オールスターズの歌手を見ても、チェオ・フェリシアーノ、ラボー、イスマエル・ミランダ、イスマエル・キンターナ、ピート・"エル・コンデ"・ロドリゲス、サントス・コロン、アダルベルト・サンティアゴ・・・と皆プエルトリカン。グランコンボの歴代の歌手は言うまでもなく、ロマンティカ以降のフランキー・ルイスからマーク・アンソニーまでサルサの「歌」を作ってきたのはこの島からの流れなのだ。

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その秘密の一つはボレロの伝統とともに、ボンバやプレーナのリズムの疾走感、そしてヒバロ音楽での歌詞を紡ぎだす即興の力。これが無いと島では「ただサルサのリズムにあわせて歌ってる歌手」ということで相手にされない。

YOKOはNYを中心とするギグの中で島を何度か訪れ、ヒバロの歌手(トロバドール)と延々30分も続く即興での歌の掛け合い合戦に飛び込んだりして島の厳しい聴衆から認められてきた。

そして今回の出演決定である。

ビエラ・ディスコス

ビエラ・ディスコスというのはプエルトリコのサルサ仕切っていると言っても過言ではないレコードショップ。小売りだけでなく海外向けを含めた音盤のディストリビューターであり、その創立者ラファエル・ビエラはレコード制作からプロモーション、マネージメントまで行うサルサの歴史的な人。今は引退しているがまだお元気。そしてその跡を継ぐ息子リッチーもプロデューサーであり、プロモーターであり、音楽史家であり強力なサルサの目利きなのだ。筆者も親父さんとリッチーには本当に色々教えてもらった。

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さて毎年3月の第3日曜日は、プエルトリコの誇るサルサのお祭り『Dia Nacional de la Salsa』だが、今年はその前夜祭としてリッチーが店の奥のステージを開放し、地元の腕っこきのオルケスタを選んで無料ライブを行うこととなった。ラインナップは今の島のサルサをがっつり支える布陣。

アニバル・デ・グラシアのバトゥケアロ(Anibal de Gracia & Batukealo)、サミー・ガルシアのエル・サボール・デ・プエルトリコ (Sammy Garcia y El Sabor de Puerto Rico)、フリート・アルバラードのデル・スール・アル・ノルテ (Julito Alvarado y Del Sur Al Norte)、そしてオルケスタ・シマロン (Orquesta Cimaron)

ここにYOKOが招待されたのだ。
強力な目利きでかつビジネスマンのリッチー・ビエラは半端なものはプロモートしない。耳の肥えた地元の聴衆に通用しないものは出さないのだ。だから今回のビエラ・ディスコスに出演決定は快挙と言って間違いない。NYを中心にアメリカ各地で活動してきたYOKOの事は、きっとミュージシャンや海外からも店を訪れるお客たちとの会話の中で話題に上がり、チェックを入れていたのだろう。

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3月15日の今年のサルサ国民の日『Dia Nacional de la Salsa』を聴きに行く人は前日のビエラ・ディスコでのこのライブをぜひお見逃しなく。ちょっと歴史的な瞬間かも。

(伊藤嘉章)

posted by eLPop at 19:31 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症