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ラリー・ハーロウ・インタビューB(最終回)

2015.01.08

――オーケストラ・ハーロウと並行してアンバーグリスというロック・バンドをやっていましたよね。ロッド・スチュワートと一緒にツアーしてたんですか?

ロッド・スチュワート&ザ・フェイシズ、テン・イヤーズ・アフター、グレイトフル・デッド、ジミ・ヘンドリックス…。アンバーグリスは楽しかったね。ルイス・カーンもいたんだ。楽しかった(笑)



――ロック・ミュージシャンとツアーするのはどうでした?

もっとセックス、もっとドラッグだ。
カバンにドラッグをつめて持ち歩いてる男がいたんだ。そいつは我々が行く街に1週間前に行ってドラッグを売りさばく。何人かはヘロインのオーヴァードウズで死んだ。サイケデリックな時代だよ。

――そこから何かアイディアを得たりとか…?

Yes and No.
だがとにかくジミ・ヘンドリックスは凄かったね、何度か一緒に演奏したが…。一緒にツアーもしたんだ。
あと、ジャニス・ジョプリン、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュとも。カントリー・ジョーはジャニスのボーイフレンドだったからね。

シカゴのアラゴン・ボール・ルームでもやったな。大きなところだ。映画館を改造したようなとこで、父もやったころがあると言っていた。そのときはカントリー・ジョー&ザ・フィッシュの前座だった。演奏が終わって楽屋に行ったら、ジャニス・ジョプリンが楽屋に立っていた。ジャック・ダニエルを片手に酔っ払ってて、ハグしてキスしようとしたら、その場でぶっ倒れて…。だからキスはしてない(笑)

――ビル・グレアムとは?

彼はキャッツキルで働いてた。ウエイターだった。たしかポーランドからの移民だったかな…?(筆者註:ベルリン生まれのロシア系ユダヤ人)

彼はラテン音楽を愛してた。上手いダンサーだったんだ。パレイディアムでよく女の子をひっかけて踊ってた。みんなあまり言わないけど、いいダンサーだったんだよ。

ビルはフィルモア・ウエストをやってて、あとでフィルモア・イーストもオープンしたんだが、アンバーグリスは、フィルモア・イーストが閉まる前の最後のバンドだったんだ。ビルボード誌やキャッシュボックス誌にライヴのレビューが出たが、「アンバーグリスは最低だ」ってのばかりだった。そろそろ解散するころだったんだ。あの夜はたしか、レスリー・ウエストのマウンテンとも共演したな。ま、でも楽しかったよ。

そのあと、ビルはCSN&Yのツアーをマネジメントした。彼はオーケストラ・ハーロウを前座に雇ってくれて、そこでスティーヴン・スティルズに会った。彼はCIAエージェントの息子でコスタリカで育ったからスペイン語を話す。で、ラテンが好きという訳だ。彼とは、ハバナ・ジャムで共演したな。

――最初にビルと会ったのは?

キャッツキルのコンコード・ホテル。ウエイターで、カードゲームで儲けてたよ。クルマを持ってたのは彼だけだったからよく乗せてもらってた。とてもいいヤツだった。突然ヘリコプター事故で死んでしまって…。

サンタナのマネジメントを始めてフィルモアをやめたあと、彼はマジソン・スクエア・ガーデンでフラワー・ショウを始めたんだ。
「ビル、なんでそんなことやってんだ?」と訊いたら「花は言い返さないからな」だって(笑) ミュージシャンたちはいつも言い返してくるけど花は言い返してこない、と。いろいろと稼いでたよ。

(了)
posted by eLPop at 19:58 | 岡本郁生のラテン横丁