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エディ・パルミエリとニューヨーク・ラテンE(最終回)<サルサについて>

2014.09.25

――ところで、“サルサ”という言葉は70年代、なぜポピュラーになったのでしょうか?

サルサという言葉自体はキューバで生まれた。もっと早い時期にね。
プエンテがあるときこう言ったよ。「サルサって、スパゲッティとかにかけるものだろう?」と。サルサという言葉は、物事をシンプルにするために使われたんだ。世界中の人がラテン音楽について、「サルサを聞こうぜ!」といえるように。
要は、コマーシャル。リズム・パターンの単純化だよ。
本当は、マンボ、チャチャチャ、グァラーチャ、ソン・モントゥーノ、グァヒーラ・・・と、それぞれの名前がちゃんとある。それがサルサというひとつの言葉になってしまった。みんな、単に“サルサ”をやるようになった。
つまり、サルサは何も意味しない。私にとっては、ソース・・・パスタとかいろんなものにかけるソースのことでしかない。
キューバでは歌詞の中で使われていた。「ティストのあるリズム」という意味で昔からよく使われていたんだが、それがやがてものすごくポピュラーになったわけだ。裏でカネがだいぶ動いたんだろう。カネでいろいろ面白いことが起こるんだよ(笑)

――あなた自身はサルサという言葉は好きじゃないと…?

だって、何の意味もないんだから。サルサという言葉で単純化されたラテン音楽は、退屈だ。歌手がメインになって、緊張感あふれるソロの応酬なんてものはもうなくなってしまった。楽団にあわせて歌手が歌う、歌手が歌う、歌手が歌う・・・。もう、エキサイティングなダンス・ミュージックじゃない。
いくつかのバンドはまた昔のようにやり始めているけれどね。ほんのいくつかは。エキサイティングなダンス音楽はもう長い間失われてしまった。

――なぜ、エキサイティングなものが失われてしまったんでしょうか?

単にバラードをダンスのテンポでやるだけだったから。ただ歌手が歌い、コロが歌い、その上アレンジはつまらない。そういうことだ。
われわれが60〜70年代にやっていたようなエキサイティングな音楽じゃない。サルサ・センスアルやサルサ・ロマンティカ……必ずしもニューヨークじゃないが……は、バンドさえなくていい、リズムマシーンがあって適当なアレンジがあって歌手があればそれで出来あがり、リズムセクションもいらない、というような、いつも同じつまらない退屈なものの繰り返し。レコード会社も、若い歌手を見つけて、同じアレンジャーで・・・という繰り返しだ。
私は94年にアルバム『パルマス』でラテン・ジャズをやり始めた。でも、すべてが変わってしまっていて、ラジオで全然オンエアされなかった。当時は、若いイケメンの歌手だけが大事だったんだ。ラヴ・ストーリーを歌って、バラードをダンスのテンポでやってるだけのね。

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――プエルトリコに腰を落ち着けたいとは思わなかったんでしょうか?(註:80年ごろから数年間、母親や兄の看病もあってプエルトリコを拠点にしていた)

私はプエルトリコ生まれじゃないからね。イスマエル・ミランダ、ボビー・バレンティン、チェオ・フェリシアーノなんかはプエルトリコ生まれだから、70年代に故郷へ帰った。ファニアで大人気となり、プエルトリコでも毎週いろんなところでイベントに出演してかなり稼げたから。
ウィリー・ロサリオもプエルトリコへ帰り、仕事がいっぱいあって金持ちになった。ボビー・バレンティンも会社を作った。
昔はいつも仕事があったんだ。でも、いまはどこへ行ってもレゲトンで、昔みたいなラテン音楽はない。レゲトンとヒップホップばかりさ。それから逃れられない。子供たちは世界中どこへ行ってもラップばっかりだよね。

(2007年8月3日 ホテル・オークラにて)

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“サルサ”に関しては厳しい言葉が続いた。しかし、「そうおっしゃる割には、<サルサ・オーケストラ>を率いて来日するんですね…」なんて無粋な批判は無用である。さまざまな矛盾や葛藤を抱えながらも根本は全くブレることなく生き抜いてきたという事実こそが重要なのだ。
50年以上に渡ってラテン音楽界を牽引してきたマエストロが、いま、この世界に向けて発信する音。その音に真摯に向き合いたい。

さて今回の日本公演では、長年のメンバーだったホセ・クラウセル(パーカッション)が抜け、カミロ・エルネスト・モリーナが加入しているのにも注目である。まさに「パルミエリ学校」健在! ほかにも、ルイス・フーシェ(サックス)、ジョナサン・パウエル(トランペット)、ルケス・カーティス(ベース)ら多くの若手が参加、ジョニー“ダンディ”ロドリゲス(パーカッション)、“リトル”ジョニー・リベロ(パーカッション)、カレン・ジョセフ(フルート)、ジミー・ボッシュ(トロンボーン)といったベテラン勢とともに、エディ・パルミエリ校長のもと、どんな刺激的な音を聞かせてくれるのだろうか。日本公演が本当に楽しみである。

(了)
posted by eLPop at 13:20 | 岡本郁生のラテン横丁