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エル・グラン・コンボの軌跡(5) :80年代ヒット量産の時代

2014.09.03

(第四回より)

■チャーリーとジェリーフロント始動
ペジン、アンディの脱退で「グランコンボは死んだ」とまで言われた70年代末。メンバーやファンの懸念も意に介さずチャーリー、そして「白い」ジェリーを加入させたイティエールの耳は確かだった。彼はメンバーの心配にお得意のジョークを込めてこう答えたという「心配するなって。こいつは白く塗ったネグロ(黒人)なんだから」
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その言葉の通りグラン・コンボの軽やかなようで深いリズム・フィーリングをしっかりとものにした二人のフロント、チャーリーのエネルギッシュなリズム感、ジェリーの落ち着いた声と新しいフィーリングのコンビネーションは‘80年代のヒットを量産したのだった。
『Aquí no se sienta nadie』でゴールド・ディスクを、81年はメキシコでCalendario de Plata賞を獲得。その他コロンビアの"El Congo de Oro"、プエルトリコ国会議員賞、などなど、『En Alaska』ではグラミー賞にノミネートと賞も総なめにする。
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■サルサ・ロマンティカの時代
’80年代はサルサ・ロマンティカの時代だ。’81年、トミー・オリベンシアが『Un Triángulo de Triunfo』でフランキー・ルイスを前に出し、フランキーは’85年に『Solista...Pero No Solo』でソロ・デビュー、一方’83年にコンフント・チャネイがエディ・サンチアゴをフロントに『Chaney』で鮮烈なデビューを果たし、エディはソロで’86年『Atrevido y Diferente』をリリースという空気が満ちたプエルトリコだった。

しかし、イティエールは簡単に迎合などしなかった。彼らのサウンドとリズムをキープしながらヒットを飛ばし続ける。ヒット曲を見てみよう。これらはライブでの定番で、今回の日本公演でも必ずこのラインナップから聞くことが出来るだろう。
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1981 『Happy Days』から”El Menu”、”Timbalero”
1982 『Nuestro Aniversario』から”Goyito Sabater”、”El Telefono”“Gotas de Lluvia”、”Trampolin”
1983 『La Universidad de la Salsa』から” Y No Haga Mas Na”、Las Hojas Blancas”
1984 『Breaking The Ice –In Alaska』から”Carbonerito””Azuquita Pa’l Cafe”
1985 『Innovations』から”Camino de Amapolas”、”La Loma de Tamarindo”と続く。
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ロマンティカのブームが収まった時、彼はこう語る「当時のブームの中にいた若手はやり方を間違ったと思う。彼らはリズムの事が良く分かっていなくてプエルトリコの音楽の香りを失ってしまって、個性をなくし、そしてそれがダンス・フロアの支持を失った。リズムは音楽の大切な事の一つだからね」。

こんな言葉が表わすように、ロマンチカ快進撃の’85年にはプエルトリコの伝統音楽、ヒバロ、ボンバ、プレーナを取り込んだ『Nuestra Musica』(=Our Music)をリリースしてブームにぶつける。“La Fiesta De Pilito”、” No Hay Cama Pa' Tanta Gente”“ Asalto Navideño”をヒットさせ、このアルバムは未だにクリスマス・シーズンになると高セールスを記録する地元に愛される定番になっている。
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"Nuestra Musica"(1985)

サウンドは時代の息吹を取り入れつつ、軸がぶれないグラン・コンボの音は、チャーリーとジェリーの歌い方を含め、ロマンチカの歌手にも大きく影響を与えている。’80年代後半になるとサルサ・ロマンティカは過激さをを増し”サルサ・エロティカ””セルサ・センサシオナル”と表わされる事も多くなる。ラロ・ロドリゲスの名曲”Ven, devorame otra vez”は’88年の作品だ。

ここでイティエールは、過激に走るシーンへグラン・コンボ流の「ロマンチカ」を提示してヒットを飛ばす。ラロのヒットの作者Palmer Hernándezを起用した’89年の”Amame”だ。この曲を含むアルバム『Amame』はビルボードのトロピカル・アルバム・チャートのトップを取り”Aguacero”、”Otra Vez Enamorado”のヒットも連発した。
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"Amame" (1989)
『Amame』の様にロマンチックな路線を取り入れても、決してそれまでのスイング感やオリジナルの個性、そして品を失わなわず、自分たちの音楽の大切なものをしっかりキープする、そんな彼らのやり方が50年以上の歴史を支える秘密なのだろう。

ということで、次回は現在までと日本公演で予想されるヒット曲のお話で完結です。
posted by eLPop at 13:37 | 伊藤嘉章のカリブ熱中症